2024年4月7日日曜日

遥か遠くの砂漠から

この四月の始め、朝起きて雨戸を開けたら空一面が茶色っぽい黄色一色になってる日がありました。あまりに日常とは違う景色なので、「!」と受けるインパクトはとても強いものです。

でも初めてのことではないので、一目見て、「ああ、遠くから砂が飛んで来たんだな。」とわかりましたが、南仏モンペリエの空を覆ったこの砂が、どこから来たものか、皆さんには見当がつきますか?

春になると、日本で黄砂の現象のことを耳にすることがあるかと思います。

自分も小さい頃、遥か遠くのゴビ砂漠やタクラマカン砂漠から飛んでくるという砂の話に驚いたり悠久ロマンを感じたりしたものでした。

南仏にまで飛んでくる砂も同じ感じで、実はアフリカ大陸のサハラ砂漠から飛来しているのです。

モンペリエからサハラ砂漠まで、およそ3000キロ。サハラ砂漠あたりに吹く、暖かくて乾いた風を「シロコ/Sirocco」と呼ぶのですが、低気圧ゾーンの発生と共に、高く舞い上がり、こんな遠くまで運んでくるというのです。強い時にはアルプス山脈やアルザス地方の方の空までが、黄色く染まるといいます。

今回の現象は、空の色も印象的でしたが、一歩外に出ると、また別のシロコの現象の一つがはっきりと見てとれます。

それは地面に舞い降りた砂漠の砂。

あたりに路駐されてる車を見ると、一目瞭然です。 



ぱっと見て、「あちゃー!」という感じですよね。


 
 
 
これは安全に運転するためだけにでも、すぐに洗車しなくちゃと思ってしまいますが、もちろん、シロコの現象は数日間続きます。びっくりしてすぐに洗車したところで、数時間後にはまた砂に覆われてしまいます。
 
アフリカ大陸には行ったことがない私ですが、3000キロ離れた砂漠、しかも有名なサハラ砂漠から飛んでくる砂には、やっぱり悠久ロマンのようなものを感じてしまうのでした。
 
 

2024年4月6日土曜日

サマータイム

去る3月31日、毎年恒例の時間変更がありました。

冬時間から夏時間への移行です。

前にもこのブログで話題にしたことがありますが、もうやめる、やめると言いながら、ダラダラと続いているこのシステム。

毎年のことながらも、テレビやラジオでは、「時間変更に気を付けてくださいよー。」キャンペーンが繰り広げられます。

 

 


土曜日から日曜日にかけての眠っている間に、夜中の2時が夜中の3時になります、ということです。 

ちなみに日本との時差は、これで夏の間は7時間になります。

私自身は、夜の仕事帰りが遅いことが多いこともあって、サマータイムになると真っ暗にならないうちに帰れるというだけでも気分的には助かるし、夜遅くまで明るいと、一日が長くなった気がして、アペロだのなんだの、楽しむ気分になる点はいいのですが、やっぱりややこしいシステムです。

今の時代は時間変更自動搭載のスマホやパソコンが多いし、昔ながらの時計というものを持っていない人も多いようですが、自分で時刻を変えないといけない人にとっては、めんどうくさくもあり、逆方向に変えていないか心配だったりするものです。特に、変更日当日や週明けの約束時刻には気を付けないといけません。

たったの一時間とはいえ、生態系にも影響ありと確認されているこの時間変更。 

やっぱり、とにかくもう早く廃止にしようよ!としか言えないシステムです。

私は夏時間の間元気で、冬時間の間元気がない、という傾向が顕著に現れるようなので、次の冬時間が来るまで、青空を楽しみ、時間を大事に元気に過ごしたいものだと思います。

 

2024年3月31日日曜日

フランス流「三寒四温」?

気温の上がり下がりが激しいのが、季節の変わり目の時期のモンペリエの気候だと私は思っていますが、寒い日が続いていたこの3月、突然春を通り越して夏が来たのかと思うような日が訪れました。

日々の最高気温が10度から15度の間で推移していたのが、3月18日にいきなり25度を超えたのです!

この3月の最低最高気温が月上旬の9度だったので、「2週間で冬から夏へ飛んだか?」という現象です。しかも3月25日の最高気温は13度になったので、まさにヨーヨー状態。私が「気温の上がり下がりが激しい」というのがどういうものかわかっていただけるかと思います。

以前からこのブログでも、モンペリエでは春と秋の冬を着る機会がないと嘆くことがありましたが、25度になった日の街には、半袖どころか、ノースリーブやキャミソールの女の子が出現して、すれ違う度に私なんかは「ほらほら、やっぱり!」と呟いていました。

でも無理もありません。空は気持ちのいい青空。太陽の光も夏のまぶしさ。

人々はカフェやレストランのテラスに繰り出し、つい最近までの冬空はすっかりどこかに飛んでいきました。

 

 

気温の上がり下がりと言えば、日本では「三寒四温」という言葉がありますね。もともとは、冬の時期に寒い日が3日、暖かい日が4日の7日周期で寒暖が繰り返される現象のことを言っていたそうですが、今の日本では3月とかの春先によく聞かれる言葉だと思います。

フランスにも気温の上がり下がりにまつわることわざがあって、「En avril, ne te découvre pas d’un fil ; en mai, fais ce qu’il te plaît!」という有名なものです。

訳は「4月は一糸たりとも脱ぐな、 5月になったらお好きなように!」という感じで、4月には暖かい日が来るけれど、まだまだ寒い日もあるから、油断して薄着にならないように、という教訓です。気温の現象を語っているのではなくて、代々受け継がれてきた「教え」ですね。

これは本当にその通りで、暖かくなってきたからといって衣替えなど張り切ってしてしまっては失敗のもとです。コートもジャケットもまだまだ手元に出しておくべきだし、セーターだってまだ片付けてはいけません。

夏になってでも、日夜の気温の寒暖も激しい気候なので、軽く羽織れる上着やスカーフは不可欠で、フランスでは脱ぎ着しやすいものがファッションにおける必需携帯品です。

このことわざを口うるさく言ってあげたくなるのが、モンペリエの中高生。この25度になった日のように、青空が出て気温が上がると、彼らはすぐに薄着になります。こっちが長袖でうすいセーターを着ていても、キャミソールでやって来ます。しかも雨がパラつく日でも、天気予報を見て傘を持ち歩くという習慣もない彼らは、ずぶぬれになることもしょっちゅうで、すぐに風邪をひくのです。

この3月の間も、「風邪ひいた~」と言って現れたり、「風邪のため欠席」という生徒たちが続出。顔を見れば、「この前暖かくなったから、また薄着でプラプラしてたんでしょ?」と突っ込む私に、懲りない彼らはエヘッとおどけるだけ。この人たちは寒くならないための対策なんて永遠にしないんだろうなあ。 

日本人とフランス人の間にある文化の違い、メンタリティーの違いというのは、日常のあちこちにあって、こんなにも違うかと、びっくりするやらあきれるやらですが、彼らからみたら、日本人の習慣ににもツッコミどころは満載なわけですから、それが異文化を知ることの醍醐味ですね。

これから春から夏へと小走りで移り変わっていく様子を、またお届けしたいと思います。


2024年1月31日水曜日

新しい年

2024年、新しい一年がまたやってきました。

日本にとっては心穏やかとは言っていられない年明けとなりましたね。

「あけましておめでとう!」と晴れやかに言っていられない気分になった方も多かったと思います。自分もその一人です。地球の裏側にいるとは言え、日本から飛び込んでくる知らせには衝撃を受けるものです。 時差があることを利用して、夜な夜な情報収集にあたりました。

能登の大地震で犠牲となられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災地の皆さんに、一日も早く日常が戻ることを祈るばかりです。

また、お正月休み真っ只中の羽田空港での事故。まさに被災地に向かおうとしていた海上自衛隊の方々の無念を思うと、言葉もありません。乗員乗客が全員無事との知らせには世界中が安堵しましたが、詳細を知れば知るほど、一分一秒を急ぐ過密時間が、根本的な原因の一つであるとしか思えません。なんらかの利益や効率性を求めて、時間にしろ、何にしろ、可能な限り詰め込もうとする姿勢からは脱却しなくてはいけないと、改めて思いました。

どれだけ大都市だろうが、同じ滑走路で離発着が数分刻みで行われるという実態は、もしもの事故が起きないように設定されているとは思えず、過密状況と言い切るしかないと思います。管制官にしろ、技術部門にしろ、パイロットにしろ、安全安心を第一にするには、最低限の心のゆとりが持てる人間的なタイムスケジュールに変えていくべき時が来てるんだろうと思います。

この年明けの出来事を受けて、新年のご挨拶をすっかりしそこなってしまった失礼な自分でした。

新年のあいさつをフランス語では「Bonne Année !」と言いますが、 それぞれの土地の文化があってこそのそれぞれの言語。一つの表現をとってみても、日本語とフランス語ではやっぱり違いがあります。

例えば、日本人にとっての「あけましておめでとう」は、あくまで、新年を迎えたことを喜び祝う言葉であるわけで、新年を迎えてからしか使いません。

一方、フランス人にとっては、相手方に素晴らしい一年を祈るための言葉なので、日本人にとっての年末のあいさつ「良いお年を!」も「Bonne Année !」、大晦日を超えてからの「あけましておめでとう!」 も「Bonne Année !」。日本人が「あけましておめでとう」の後に続ける、「良い年となりますように。」と願うその部分が「Bonne Année !」に相当すると考えた方が、意味としては近いかと思います。

使うシチュエーションは似ていても、言葉のもつ意味は違うということはよくありますね。

そして、日本人にとっては、新年を祝うのが基本的に三が日の間だったり、年明け最初の一週間に限られるものというのが基本で、1月も末になってから年賀状を送ったり、挨拶をするのは少々おかしい、礼儀的に正しくないと見なされることが多いと思います。

けれどフランス人にとっては、1月中だったら、誰か会う人に「Bonne Année !」と言うことに問題はないし、人によっては、その人に会うのがその年で一回目だったら、二月になっていようが「Bonne Année !」というと考えている人も少なくありません。

 そういうわけで、このブログ上で新年のご挨拶をするのが遅れてしまいましたが、フランス式ということでお許しくださればと思います。

皆さんにとって、健康に恵まれて、心穏やかな時あふれる一年となりますよう、お祈り申し上げます。

 


 

2023年12月28日木曜日

Marché de Noël / マルシェ ドゥ ノエル その続き

初めてペイルー公園に会場を移した、モンペリエのマルシェ ドゥ ノエル。

今回は大成功のようで、連日たくさんの人でにぎわっているようです。

 
 
 

クリスマスマーケットでよく見られる山小屋風のスタンドを、フランスでは山小屋という言葉そのままでChalets と呼びますが、今回は86のシャレが並んだそうです。
 
 

 

伝統工芸の品を売る店、手作りアクセサリーの店、革製品の店、ろうそくの店、などいろいろありますが、食べ物やさんも充実しています。
 
 

 
わたがし屋さんのように食べ歩き用もあれば、チーズ屋さん、ソーセージ屋さんなど、おうちに買って帰るためのお店もあれば、
キッシュやウィンナー、クレープ屋にチュロス屋と、お食事からデザートまでそろいます。
 
以前にお話ししたように、クリスマスマーケット自体がどちらかというと東ヨーロッパの伝統文化ということもあって、あちらのものを紹介している店が多いです。

 
 
 
プレッツェル(Bretzel)もドイツの菓子パンですもんね。
 
マルシェの中央にはテーブルやイスが準備されていて、最初からマルシェに来て飲食目的で来る家族や仲間同士もたくさんいます。
 



寒いのに賑やかなことといったら!

さて、ここで一つ、クリスマスマーケットで飲むものと言えばなんでしょう?
伝統的であり、この季節に屋外で飲むのにもってこいのもの。
 
それはホットワイン。フランス語では「Vin chaud」です。
シナモンやオレンジをきかせていたりもします。
寒い日に外で Vin chaudを一杯飲みたくなる。季節柄の行動の典型ですね。
 
 
 
 
 
久しぶりだったので、私も一杯飲んできました!

ノエルのマルシェは子供に楽しんでもらう場でもあります。
先日お伝えしたように、モンペリエのマルシェではここ数年、小さなローラーコースターやスケートリンクまでできていたのですが、今回は会場の関係からも、そういう大掛かりなものはなし。代わりに、と言って正しいのかわかりませんが、いろいろな催し物に工夫を凝らしていたように思います。
 
写真撮影スポットもマルシェの中に用意されていました。
 
サンタさんに充てた手紙をいれるポストとクマサンタ。子供づれファミリーで行列ができていました。
 
 

 
マルシェの奥、水道橋のふもとでは、サンタさんのそりです。
 
 

 
 
イベント系の方では、いろいろなパレードがあったようです。
 
今年のマルシェ ドゥ ノエルに行った人の声を聞くと、老若男女問わずに満足した人が多かったようです。
コメディ広場の工事が理由でペイルー公園になったわけですが、一周してみた感覚では、エスプラナードでしていたときよりも、フードコーナーを真ん中にして、コンパクトにまとまった感じが、より「村」っぽい雰囲気を作り出していて、クリスマスマーケットに相応しかったんじゃないかと思います。
 
さて、来年度はどこで開催するんでしょうか? 次回の発表を楽しみにしたいと思います。

2023年12月27日水曜日

クレッシュ ドゥ ノエル / Crèche de Noël その続き

昨日ご紹介した大きなクレッシュ ドゥ ノエル。

実はコメディ広場からすぐのところで見られます。

La chapelle Sainte-Foy (シャペル・サント・フォワ)という小さなチャペルで、コメディ広場に並行して通る小さな道、rue Jacques-Cœurの14番地にあります。 
La petite chapelle des Pénitents blancs とも呼ばれてる場所ですが、それはここがペニタンブラン所有のものだからです。(白懺悔の会とか同胞団とか訳されるようです)

以前から毎年12月になると会員やボランティアがクレッシュを飾っていたそうですが、2013年から一般の人にも公開するようになったそうです。だとすればもう10周年ということになりますね !

南フランスでは、クレッシュに飾られる人形のことをサントン人形 (santons)といい、キリスト生誕にまつわる人々の姿が見られます。マリア、ジョゼフ、東方の三博士、羊飼い、などなどメインの人物を中心にしていることはもちろんですが、粉屋さんや挽き物屋さん、大工さん、洗濯屋さんなど、村人たち様々な職業も見られます。





2013年から一般公開しているとあって、ボランティアの皆さんも張り切って楽しんでいるんだろうと思います。
数年前の情報によれば、すでに400体のサントン人形が飾られていたそうで、今回私が見たものからは、メンバーが楽しみながら毎年いろいろ足してるうちに、規模が大きくなって人形が増えていってる様子が想像できます。
キリストが誕生した時代には存在しなかった手回しオルガン弾きもいました。
 


観覧車までありましたから!

キリストが生まれた馬小屋の様子ですが、25日まで彼の姿はありません。ノエルはキリストの誕生日ですからね。
 
 
 
 
各家庭で飾る場合でも、キリストは25日の朝になってから、ちょこっと足されるのが伝統なのです。このことを初めてした時は、へぇ~おもしろいなあ、と思ったものです。

こちらシャペル・サント・フォワのクレッシュは、12月中は公開されているようなので、モンペリエに住んでる方はぜひ見に行ってみてください。

とある季節に人形を飾るというこの文化を見て、日本のお雛様を思い浮かべました。片づけるタイミングにもいろいろ風習や説があるところもなんだか似てるなあと。宗教的にはなんの関係もありませんが、それぞれの土地に文化があって、まさに「ところ変われば!」ですね。

こちらのシャペルは、クレッシュ ドゥ ノエルのことを別にしても、一見の価値がある場所です。また追って詳細をお伝えしますね。

2023年12月26日火曜日

クレッシュ ドゥ ノエル / Crèche de Noël

今年も12月24日、25日が過ぎましたね。

25日が祝日の国も多いので、土、日、月と三連休となった人も多かったことでしょう。
皆さんはどんな日を過ごされましたか?
キリスト教徒ならではの過ごし方をされた方、クリスマスをイベント的に楽しんだり、おいしいものを食べる機会だと楽しまれた方、または極々平常通りだった方と、いろいろな過ごし方があったかと思います。

私はというと、普段とは違う美味しいものを食べる機会として楽しませてもらいました。

現在のフランスは、政教分離を徹底する社会として知られていますが、もともとキリスト教をもとにしながら発展した文化圏内にある国ですし、主にカトリック信仰の人々が暮らしてきた土地で、その人たちが文化を育んできた国ですから、たとえ日ごろは政教分離の話題に触れることが多くても、フランスで12月を過ごす度に、やっぱりノエルというのは大事なんだなと、再確認せずにはおれません。

そんなわけで、ノエルの時期ならではの話題が続いています。

サパン ドゥ ノエル、マルシェ ドゥ ノエルと来ましたが、次はとてもフランス的、かつ南仏のノエル文化が際立つなクレッシュ ドゥ ノエル / Crèche de Noël 」です。

以前にも話題にしましたが、フランスではノエルが近づいてくると、教会や各家庭、役場や商店で、イエスキリスト生誕時のうまやの様子を再現した、人形群の模型を見かけるようになります。
日本語ではイエス生誕群像とか訳されるのでしょうか。

私もこれまでに個人の家庭や教会などで、いろいろなタイプ、そしていろいろな規模のクレッシュを見てきましたが、今年新たに初めて見に行ったところがあります。

そこでみたクレッシュの大きいこと!



 
何百体の人形が使われているんでしょうか?



 
キリストが生まれた馬小屋じゃなくて、村どころか、これはもう街ですね!

さて、これが見れるのはどこでしょうか?

モンペリエの中心地にある、とあるところです。

私は毎日通勤路となっていて、前を通っているところなのですが、モンペリエの中でそんなにメジャーな場所とも言えないかもしれません。モンペリエ在住の人でも、名前がピンとこない、一度も中に入ったことはない、という方も多いかもしれませんね。

このクレッシュについて、またこの場所について、また追ってお伝えしたいと思います。