2008年5月30日金曜日

Déclaration des impots : 確定申告

フランスでは今日、確定申告の締切日でした。日本のような源泉徴収システムではないため、サラリーマンを含め、国民の誰もが自分で収入を申告しなくてはいけません。そのため毎年、確定申告の時期である春先になると、どうしたら税金を少しでも少なくできるか、といったテーマで議論、情報が飛び交います。社会保障、国民への援助がかなり充実しているフランスなので、自分の身分、生活状況によってはかなりの優遇措置を得られるのです。そのため、自分がどういった優遇対象にあてはまるのかを知っているか知っていないかで大きな差がでるわけです。
私は日本で確定申告をしたことがなかったので、フランスに来てからの初体験チャレンジとなったのでした。外国人でもフランスで収入を得ている人は、きちんと申告する義務があり、私も学生ながらも働き始めてからはきちんとするようにしてたので、去年までにすでに3回か4回と、申告経験を積んでました。とは言っても、外国人学生としての身分だったし、何がなんだかわからないままで、単純に収入額と、仕事の行き来の使う車の費用だけを申告してきただけでした。ところが年を重ねるごとに、ミュージシャンとしての職業がら、経費として申告できるものがたくさんあることを耳にし始め、「それならば私だってきちんと権利を把握しておかないと」と思って、今回初めて本格的に問い合わせをしたのです。インターネットでかなりの情報は集まりましたが、あとでめんどうなことが起きないようにするには、やっぱり自分のケースをしっかりと確認しておいた方がいいと思って、税務署に行って質問をすることにしました。しかも締切日の今日になってやっとです。(笑)


この用紙が申告用紙なのですが、実はこの紙で提出する場合は今日が締め切りで、インターネットで申告する場合はまだ2週間の猶予があるんです。フランスは意外なところが進んでたりする国で、この確定申告をインターネットでするというのも、きっと日本ではまだなんじゃないでしょうか。各自がインターネットで申告すれば、コンピュータ―で直接処理が進みますから、時間が大幅に削減できますよね。フランス政府は熱心にこのインターネット化を進めていて、始めてインターネットを使ったときに20ユーロのプレゼントまでついてくるので、私も去年からインターネットでするようになりました。だから友人には「税務署に質問しに行くのはいいことだけど、今日締切じゃん。」と突っ込まれましたが、厳密には私はまだ二週間の猶予があるんです。

ぎりぎりにならないと動かない人は私だけではなくて、税務署に行ってみると老若男女問わず、けっこう仲間がいました。(笑)番号札をもらって待合室で自分の番を待ったわけですが、みんな知らない者同士だけど、さすがはお気楽南仏人。彼らが交わす言葉もおもしろく、社会的映画のひとコマになりそうなムードでした。中には自分の大事な書類を隣のお姉さんに見せて何やら話してるおばあさんがいて、「あらら、自分の経済状況をあんなに簡単に見せちゃって。。。」と他人の私が気にしてしまいました。
私の番になってアドバイザーの部屋にいくと、私の予想と違ってなにやら若いお兄さんとお姉さんが二人出迎えてくれました。「う~ん。。。何やら様子が違うぞ?」と思った通り、このお姉さんは新米の研修中。しかもその指導するお兄さんもまだまだ新人の感じ。私がしたかった質問はかなり特殊なケースで、しかもはっきりとした返事がほしかったから、「この二人でいいのだろうか。。。」という不安も的中。ミュージシャンとしての経費について、私がインターネットで見つけた資料を見せながら、私が逆に説明するはめになってしまいました。そして「これでいいんですよね?」と確認だけする感じ。(笑)一応お兄さんも自分の知識にも自信がないから、他の先輩に私を送ろうとしたけど、お姉さんが質問しに行って、返事とともに帰ってきておしまい。結果、私が事前にインターネットで集めた情報が正しいようで、かなりの額を経費として記入していいということになりました。
家に帰って新たに計算してみると、この経費を入れたのと入れないのでは税金の額が全然違うじゃないですか!ああー、去年なんか払わなくてもいいものを無駄に払った感じ。今年はきちんと情報を集めて正解だった。こうして少しずつ経験して学んでいく。私のフランス生活、まさに一歩一歩の前進という感じですね。

2008年5月24日土曜日

漁師が怒った!ストだ!ガソリンがない?!

フランス人がやたらとストライキをすることは日本でも知られていると思います。しかもその数、その内容は半端じゃありません。5月は春のストシーズン、11月は秋のストシーズンという感じで、先週、今週と、公務員、学校の先生、バスや電車の乗り物関係、もうありとあらゆる団体、職種の人たちがそれぞれ不満を表明して、ストをしています。これはパレードかと思うような大々的なデモ行進はともかく、学校が閉鎖だの、交通手段が一切ない日だとか、みんなに迷惑がかかるストの手段はやめてほしいと思うのは、日本人である私や数少ないフランス人だけなのです。
さてそんな中で、今一番の話題のストの一つに漁師さんたちのストがあげられます。漁師さんたちは自分たちの普段の仕事をストでストップさせただけでなく、港を閉鎖し、タンカーなどで運ばれてくる荷物が港に届かないようにブロックさせてしまったのです。ここまでするからには、彼らの不満、彼らの怒りは半端ではないことはわかりますね。ではなぜそんなにまで怒りが高まったのか?そもそもの話の発端は、実はディーゼル車の原料である軽油の値段の高騰にあるのです。最近日本でもガソリン代がうなぎのぼりで大変なことになってきたことは、私も話に聞いていますが、それはフランスでも同じこと。しかもフランスではガソリンなど燃料にかかる消費税が20パーセントかかってるので、普段からガソリン代は1.4ユーロとかで日本よりも高いんです。それが今回、5月の頭に、特に軽油の値上がりが発表されました。昨年まで一リットル0.4ユーロくらいだったものが、0.7まで上がってしまったのです。まさに倍近い跳ね上がり。漁師さんたちが使う漁船は、この軽油が燃料なんですね。そして、もともと魚の値段がこのところ下がってきていたこととぶつかったために、漁師さんたちは「こんなんじゃやっていけない!」と声をあげ、政府になんとか対策をうつように要求したわけです。
この一連の動きを、私も一応はニュースなどで耳にはしてたんですが、漁船がつらなって港に入ろうとする船をブロックしている様子などをテレビでみても、話題としてフランス北部の港を取り上げていたので、あまりピンときてなかったんです。ところが今週になって、モンペリエでもガソリンスタンドで大変なことになっているという話を聞いて、徐々に心配になってきたんです。軽油がなくなるとか、もうないだとか。でも私の車はガソリン車なので、「leonardoはとりあえず心配しないでいいよ。」と言われたんですが、昨日、ガソリンスタンドの前を通り過ぎてみてびっくり!なんとすごい行列ができてるんです。しかも警察も交通整理にあたってる。。。見慣れないこの光景に驚いて、なんだか石油ショックのときはこんなんだったのか?とか思ってしまいました。聞いてみると、モンペリエ地方で燃料を扱ってる港はフロンティニャンというところなんですが、そこも完全に閉鎖されてしまって、ガソリンが届かない状態だそうです。あらら。そしてタイミング悪く、私の車もガソリンの補給を今日か明日かにしないといけない状態。帰り道で必ず入れて帰らないと、、、と思って立ち寄ったガソリンスタンドが、行列がなくなってるかわりに、「軽油、ガソリンありません。」という張り紙に変わってるではないですか。が~~~ん。遅かったか。。。

仕事に行くのにガソリンがないからといってバスを使うのは大変だなー、と気になってたんですが、幸い、今朝、政府が漁師に対して一時的ではあるけれど補助金を出すと発表したことによって、ストの動きが少し沈静化したとのことで、私も今日の仕事帰りに無事にガソリンを補給することができました。
燃料の値段が高騰したことは、政府のミスというわけではないけれど、こうしていざという時に国を、国民を助けるお金をもってないと、状況はもっと大変なことになるわけで、今回のフランス政府の判断にはとりあえずほっとしました。

2008年5月20日火曜日

My 洗濯機

先日の思いがけぬアクシデントから早一週間。昨日無事に洗濯機が届きました。今度こそは約束通りに私が指定した月曜日の午前中に来たのですが、しかし、やっぱりそうすんなりとはいかなかったのでその報告を。

まず、私の家の洗濯機置き場のスペースが微妙なサイズだったために、洗濯機選びの時点で横幅に注意をしていたことは、この前お話したとおりです。その置場というのは、台所の流しとコンロのすぐ横で、床近くの壁には暖房の配管があるために、多く見積もって59.5cmがぎりぎりの幅でした。最初に私が選んだ洗濯機は59センチだったから多分大丈夫だったと思うけど、最終的に私が買ったのは59.3cm。ほんとに微妙で心配はあったわけですが、洗濯機のためのスペースなはずだし、59.5cmがスタンダードサイズだというから、決心して買いました。それが結局心配の通りだめだったんです。。。

配達は体格のいい二人組でしたが、まず場所を見せてくれといって家に入ってきて、リーダー格のお兄さんは一言。「これ、はいるかどうか保障はできませんよ。まあやってみればわかりますけど。」と言い放つ。そして二人は洗濯機と一緒に再び現れた。「床、ぬらしていいですか?すべるようにするとやりやすいんで。」と言うと同時に、私の食器洗いのスポンジを勝手に取り、豪快に床に水をまくようにふく。私は内心、「それ食器用なのに、床ふかれたらもう使えないじゃんか。。。」日本だったら普通、断ってから手に取るだろうに。。。そして二人は気合をいれて再び洗濯機を持ち、スペースに入れようとした。が、入らない!兄さんは簡単に「あー、だめですね。入りませんね。」と言う。
よく見てみると、結局、配管がある下の方は通ってたんです。でも逆に、無理して押して通してるから、洗濯機が微妙に傾いてて、戸棚のように板をかけてる上部がひっかかって入らないんだとわかりました。壁とキッチンを橋渡しのようにして白い板が設置されてるんです。それが壁ずたいに支えとして別の板と組まれてる感じ。私が測った時は下の方が出てたのに!それとも思いこんでたのか私?

そこでこれまた困った!大ピンチです。配達をしてもらってスペースに収まらないからってどうしたらいいの?!まずつかさず、「この板、とれないでしょうかね、、、?」と、私は「お兄さん助けておくれよ」と思って尋ねるが、このリーダー格のお兄さんはまるで相手にしない。「あなたはできるだろうけど、俺らはしない。」みたいな言い方。つまり、あなたが自分でなんとかすれば外れるだろうけど、とりあえず俺らは関わりません。」ということ。「わ~!どうしよどうしよ!」とピンチになってきた私はとりあえず、洗濯機をこのまま持って帰ってもらうことはできるのか確認。それはOKだという。この冷たい兄さんは、さらに面白いことに、自分の任務だと言って、場所に収まらなかった洗濯機の配線をつなぎ、排水管を通し、スイッチを入れ、洗濯機が動くのを私に見せる。「自分のすべきことはここまでなんで。じゃあ、どうします?」と相変わらず他人行儀。しかも持って帰るならつながんでもいいだろうに。まあ、これもまたフランスよね、、、と思い、「ああ、誰か一言を!」と思って、「ちょっと1分ください!」と頼んで、とりあえず友人に電話したけど留守電。その間、リーダー格じゃない方のもう一人が「でも女一人じゃ、動かすのも無理だろうけど、、」と私を心配してくれてるのが聞こえた。「ああ、早く判断しないと」、とあせりつつ、とりあえずまた聞いてみた。「こういうことって結構ありますか?配達したけど、スペースに収まらないって。」と私。そしたら意外と結構あるみたい、こういう話って。「え、じゃあその人たち、どうしてます?」と聞くと、冷たい兄ちゃんは「自分でなんとかしてる。」と。ここまでくると笑えてきた。「ああ、この人ほんと他人事だわ。でもそうだよな、、。」とか考えながら、もう一度、この棚が取り付けられてる板がとれそうなものか調べてみた。そしたら横からおとなしい方のお兄ちゃんが、「大丈夫ですよ。それは後からとりつけられたものだから、どうにかして取れるはず。」と言ってくれる。このスペースが洗濯機用であることは間違いないのだから、なんとかなるはず。「よし、こうなったら大家さんに相談するしかない!」と腹を決めて、洗濯機を置いて行ってもらうことにした。

さっそくすぐに大家さんにお電話。普段いろいろと問題があっても、いちいち連絡とるのが面倒で、電話しないですごしてるくせに今日の私は早かった。私の大家さんはうちのすぐ近くの高校の先生。まだ昼前だったし授業中かと思ったけど電話に出てくれた。事情を説明すると今から15分後には来てくれるという。
きっかりその通りに現れた大家さん。現場を見て、この白い棚板をはずしてもいいと言ってくれた。で、私はねじとかで固定されてると思ってけど、実はこれ、壁に強力のりでのりづけされてただけなんですね。大家さんが力でべりべりっと板を全部はがしてくれた。一緒に壁紙もはがれちゃったけど、この際そんなに気にならない。そして大家さんが洗濯機を押してスペースにはめてくれた。よかった!見事入った!


ぎちぎちですね~。。。
大家さんには、私が立ち退くときにまたもとに戻すから、それまでこの板を預かってくれるか?と聞かれ、もちろんですとも、と答える私。
こうして予定外に来てもらった大家さん。せっかくだから、二、三あった洗面所周りの問題点を見せたら、それもすぐに取りかかってくれた。うん、やっぱりいい人だ。

大家さんが「あなた、人生をここでやってくことにしたの?だって洗濯機を買うってことは、長くいるってことでしょう?」と言う。やっぱりそうだよね。洗濯機ってそんな印象を与えるよね。私は「ええ、とりあえず今は仕事もあるし。滞在許可を更新しつづけないといけないのに変わりはないから、結局先のことはわからないけど、自分から急いで日本に帰ることはないかな、と思って。」と返事した。

というわけで、My洗濯機 in フランス。水の温度が0度から90度まであるから、いろいろダイヤルやボタンがあるけど、私はデリケートあらいか水洗いでいいや。(笑)
しかも90度の洗濯は2時間もかかるんですよ!そんなん使ったって衣服が傷むだけでしょうに。


ちなみに床近くの配管があまりにもぎちぎちで押しつぶされないかちょっぴり心配。近々誰かに見せよう。

2008年5月16日金曜日

うわっ。やっちゃった???

最近の私はちょっと疲れています。もっと正確には、脳が、というか頭が疲れています。フランスという国はバカンス大国であるがために、数多くあるバカンス中は徹底的にバカンスで、多くの物事が機能しません。なんにもないんです。でも、フランスという国は先進国でもあり、普通に機能すべきこともたくさんあるわけです。そういったことはすべて、バカンスでないときにとり行われなければいけません。そのために、フランスのリズムというのは、「なんにもないのんびりバカンス」か、「あらゆることを同時にこなさなくてはいけない過密スケジュール」のどちらかの極端なリズムであると言えます。
正直言って、私は5年半たった今でも、このリズムに慣れきっていません。幸い、周囲のフランス人もこのリズムは好きではないようです。でもバカンスが存在するためにはこうでなくてはいけない。。。
フランスは年度始めが9月であるために、7月と8月の夏の大バカンス前は年度末として、大事な時期です。とくに学校や子供と関わる仕事をしている場合、学年度末は何かと行事もたくさんある。それがまさに今なんです。オペラjrでも、音楽学校でも、5月末から6月末にかけては盛りだくさん過ぎて、私はもうアップアップなんです。
というわけで私は疲れています。さらに最近考え事があって、四六時中ぼ~っと思いにふけてるようなところがあります。そんな状態の時に人は何をしでかすか?そうです事故とか起こしやすい状態ですよね。実は私、先ほど初体験となる追突をしてしまいました~~。。。。幸い、人の身どころか、車にもなんの傷もつかないような「こつん。」という感じで、前の車にあたってしまったんですが、それでも私にとっては初めてのこと。しかも私、自分はそういう注意ミスの事故とか起こさないと思っていたから、ちょっぴりショックです。私の前にいた人は超超初心者だったようで、フランスではおなじみのロータリーで、なかなか入れずにしてたんですね。でもさすがに次の車がこなかったときに、私は前の車が出て行ったのをしっかりみることなく、ちょっぴり自分を前に進め始めたら、実はまだその人は動かず、入れないままだった、というわけです。だからそこで「こつん!」。まあ「ごつん!」だったかな。
後ろから見てても、前の車がへこんだとかはなさそうだったけど、やっぱり言葉もかけずにこのまま走り続けるのも嫌だし、「どうするどうする?」と思ってたところで、前の人がちょっと進んだところで路肩に寄ったので、私も車を止めて車から降りました。「すみません、大丈夫でしたか?」と声をかけたら、若い女の人だった。彼女は一応、ちらっと自分の車の後部を確認したけど、無傷だし、私の車も無傷だし、「なんにもなってないから大丈夫!」と言って笑顔で去っていきました。
ほんとに何もなかったからよかったけど、日本だったらやっぱりこんなに簡単にはいきませんよね。やぱり接触した後、もっともっと緊張感の高まる面持ちになって、ごくごくわずかな傷がついたかつかなかったか、じっくりと見るはず。フランスでは無傷の車なんてめずらしいもので、ぼこっと凹んでいてもそのままの車の多いこと多いこと。ぎつぎつでもぶつけながら路駐するというのはもう有名な話だと思いますが、そもそもバンパーというのはぶつけるためにあるもの、という認識なんでしょうね(笑)。市街地でスペースが十分にないのに路駐してる最中の人を見てると笑えちゃいますよ。だって「お、いくぞいくぞ、ごつん」と思いながら見てると、そのとおりにまずは後方を「ごつん」。そしてハンドルを切って、今度は前方を「ごつん」。そして最後にハンドルをちょっと切って向きを整えてはいできあがりですからね。
まあこうしてアバウトなところがいいとするか悪いとするか、よく賛否わかれるところですが、今の私に言えるのことは、「結局すべては時と場合によりますね~。」ですね。まあドライバーとしての私は、今日のことを教訓に、ぼ~っとしない、考え事しない、前をしっかり見るを再実践します。反省。

2008年5月15日木曜日

Groupe Vocal アメリカ演奏旅行 5

今日はアメリカ旅行の報告の続きを。

2月19日火曜日。この日はラファイエット滞在最終日ということもあって盛りだくさんでした。
まずは朝からちっびっこのためのコンサート。8時半には集合ということで、普段8時半までに起きたら早起きだという私にはやっぱりきつい起床時間。ホストファミリーの子供たちも学校に行く時間だから、一緒に朝ごはんを食べるけれど、彼らは毎日それぞれの宝物を私たちに見せるから、学校に送り出すミュリエルにとったらさらに大変。絵にかいたような青い目のかわいい二人。


彼らは日本でもおなじみのモンテッソーリ学園に通っていて、フランス語教育も受けているそうです。午前のコンサートには彼らの学校のクラスも来ていて、引率の先生とお母さんたちがGroupe Vocalの歌を大変気に入り、「ぜひとも幼児科の子供たちのために歌いに来てくれないか」と要請してきたのです。もともと午後のコンサートまで自由時間がたっぷり予定されていたから、それならみんなで行こうか、ということで、風邪を悪化させてダウン気味のウラジミールを残し、ちっびこの待つ幼稚園にみんなで向かいました。
この移動がおもしろかった。というのも私たちは23人で、4人のお母さんが大きな車で私たちを運んでくれたんです。当初は数回往復すれば、、、と言っていたけど、実際には?


まあ大きな声では言えませんがぎゅうぎゅう乗りも楽しかった。

幼稚園に着き案内されるままにお庭のようなところに入っていくと、そこには小さな野外舞台のように、半円形のエリアがありました。私たちの到着で、ちびっこたちもみんなでやってきます。




「なんだろ、なんだろ」って興味津々の子供たち。もちろんピアノがあるわけはないので、私はちびっこの中に紛れ込んでスタンバイ。



Groupe Vocal の一同、一列に並んで自己紹介をしました。


幸い、コンサートのプログラムの中には複数のアカペラ曲があったので、彼らはそれを歌うことに。そして最後にはちっびこたちと一緒に「フレール・ジャック」を歌いました。日本ではなんというタイトルで知られていたっけ?「ファソラファ、ファソラファ、ラシド、ラシド・・・・」どなたか教えてくださいな。



このひとときは本当に和やかでうちとけた、いい交流の瞬間だったと思います。とてもいい天気で、みんなうれしそうな顔。私たちの突然の訪問と歌に感激してくれた先生たちは「お礼にお昼を御馳走しますから」との申し出!
予定では午前のコンサートと午後の練習まで自由行動と決まっていて、「別にこれといったものもないこの街でどうするの~?」と誰もが時間の持て余しを気にしていたところへ思いもせぬ提案。
またぎゅうぎゅ詰めの車で、ちびっこのママたちが連れて行ってくれたのが、いかにもアメリカンなカフェレストラン。


グループの若者も一斉に「わ~、アメリカだー!映画の中みたいー!」とおおはしゃぎ。


このときはウラジミールがいなかったこともあって、みんなリラックス。ちびっことの交流で気分もよく、おふざけもエスカレートしてきました。
もともと英語が堪能なジュリアンは、アメリカに来たことがよっぽどうれしいようで、なにかあるにつけて周囲のアメリカ人に話しかける超人懐っこい面を発揮。このカフェレストランでは彼の隣りに座ったけれど、席につくやいなや、なにやら始めました。


「食べ物の無駄遣いはいかん!」と口うるさく言う私でしたが、まあこれは写真にとっておかないとね。
一方、男の子最年長のギエームは人のズボンでなにやら始めた。。。
あんたいったい何者?っていうか何人なの?


この怪しさは本物の俳優でもなかなか出せないでしょうに、、、。

ハンバーガーセットとかいかにもアメリカらしい食事を済ませ、そこから練習開始時間まで自由行動ということになりました。グループの女の子たちはショッピングにこだわります。ラファイエットがショッピングをするための街じゃないことなんて一目瞭然だろうに、ショッピングがしたいショッピングがしたいの一点張り。挙句の果てにはちびっこのママに「お店はどこにあるの?」だの「連れて行ってくれませんか?」まで言いだす始末。しかもママたちも、これから子供を迎えにいかねばならぬ時間帯。彼女たちが「どこへお連れしましょうか?」とか提案してくれたならまだしも、、、。
これには正直私はあきれました。ずうずうしいというか、遠慮とか配慮が全くない姿。これがフランス人というか。日本人は時に遠慮のしすぎとか、相手が配慮して誘ってくれるのを待つとか、果ては相手の配慮を誘い出すだの、まあ逆の意味で行き過ぎな面もありますが、このフランセーズ(フランス人女性のこと)の自分の欲求の直接的すぎる表示の仕方にはどうかと思いました。って、もともとフランス人女性がこういうものとはもうわかっているけれど、改めて驚いたというか。。。
一方、男の子達はもっと控えめでかわいいもの。もともとショッピングに興味がないというのもあるけれど、ぼけーっとして私みたい。というわけで、私はフランソワ・グザビエと歩いて大学に戻ることにきめました。
大体の方角は聞いたものの、まったく知らない土地でお散歩ということになりました。「大丈夫、私は頭に自動インターナショナル・ナビが備わってるんだから」と得意げに歩き出す私。
途中とってもかわいいスクールバスを何台も見ました。これもいかにもアメリカなものの一つですね。

大学の周辺は広大な公園で、ちょうどミュリエル達のおうちのある裏手を歩いて大学を目指しました。ジョギングをする学生とかもよく見かけ、なんだか健康的な学生ライフの香りがただよっていました。やっぱり大都会の学生生活とか、日本のように娯楽施設に事欠かない学生生活とかとは全然違う雰囲気ですね。学生の服装も、GパンにTシャツというった典型的な服装。その垢ぬけてなさがとてもよかったです。
さて、それぞれがそれぞれの道順、手段で大学に戻りました。それでもまだ時間があります。グループの若者は芝生で輪になって和やかに時間を過ごしていました。

集団行動が苦手な私は(?)一人輪から離れてお散歩。
こちらが私たちがコンサートをするアンジェル・ホール。


音楽学部の棟も再び探検。個人レッスン中の教室とかあったり、自分の番を廊下で待ってる学生とかみると思いだしますね。某KG大時代!
プリントアウトしただけの簡単なものだけど、また私たちのコンサートのチラシを発見。



練習再開の時間になり、みんなホールに集まったけれど、ウラジミールは本格的に風邪を悪化させて、しんどそう、、。コンサート本番前の練習をささっとすませて、みんな着替え準備に入りました。
こちらはマリオン。グループ内でもその愛嬌はダントツ一番の愛され者です。しかもまたそのやわらかい声がすごいのなんの。


アメリカ遠征初のコンサートはどうだったかと言うと、とてもよかったです。というのもホームステイをしたおかげで、ホストファミリー達、温かい聴衆を得れたのがよかったです。彼らが家族や友人を誘って多数きてくれて、とてもいい反応でスタンディング・オベーションでコンサートは終わりました。ミュリエル達も、コリンの友人で作曲家のDIRK POWELLさんと来てくれてました。この方と直接お話はできなかったのだけど、聞いてみたらびっくり。本物中本物のミュージシャンで、あの有名なグラミー賞をすでに3度も授賞していて、クリント・イーストウッドの映画の音楽を担当したこともあるという。私の研究テーマが映画音楽だったこともあって、ぜひ会ってお話してみたかったなー。ミュリエルが言うには、彼も私たちのコンサートをすごく気に入ってたって。
イザベルのマスタークラスを受講した学生や声楽の教授も来てくれてました。教授は「あなたのエレジー、すごく素敵だったわ。まるでチェロのようだった。」って言ってくれて、「実はあの曲、チェロのために書かれてるんですよー。歌とピアノとチェロ。私は今日チェロのパートも一緒に弾いてたんです。」と説明。チェロを思って弾いたら、そうとは知らずにチェロみたいだったと言ってもらえてうれしいなー。

コンサート終了はもう22時近かったけれど、今夜がラファイエット最後の夜。ミュリエルが私とカンタンをメキシコ系レストランに連れて行ってくれました。そしたら偶然にもホストファミリー3家族が同じレストランを選んではち合わせ。みんなでテーブルをくっつけて、楽しい夕食でした。
こちらはバーバラ、カミーユ、ノエ。彼らはまだ高校生だから、まだあどけなさがありますね。

カンタンはなにやら肉のかたまりにかぶりついています。


ようやく撮れたミュリエルとのツーショット写真。彼女はアメリカで暮らすフランス人。私はフランスで暮らす日本人。彼女はフランス語を教えるという目的で国を出た人。まずイタリアのシエナで数年暮らした後、アメリカに来て、コリンと出会って結婚。海外に出てみたいという考えを実行した点で、私たち共通点がありますね。こんな出会いも御縁。


2008年5月13日火曜日

C'est pas vrai ~ ! うそでしょう~!

先週、私はずっと迷って決めかねていたものを買いました。それは洗濯機!フランスに来て5年半、自宅に洗濯機をもったことがまだなかったんです。手洗いをしていた時期も、隣人の洗濯機を借りてた時期も、コインランドリーを利用していた時期も、今思い返すと私の洗濯環境だけでもちょっとした歴史だわ。
ずっと前から買うべきか買わないべきかで迷ってきたんです。自分の洗濯機が欲しかった理由としては、やっぱりコインランドリーとかの清潔感が怪しいということ。だって浮浪者とかもよく使っているし、何を洗ってるのかわからない人だっている。バスケットシューズを洗う人だっている。それからフランスではかなりの高温で洗濯をする。もちろん多少の選択肢はあるのだけど、清潔感を怪しんでるからなおさら、高温の殺菌作用に期待せざるをえないところもあって、よく悩んだものです。でも実際にフランスの洗濯機では服が傷む傷む。お気に入りの服なんてそうそう簡単には洗濯機にほりこめません。もちろんコインランドリーでは、多様なプログラム機能を使えるわけもなく、デリケート洗濯には選択の幅がありませんでした。
では欲しかったのになぜここまで時間がかかったかというと、まずフランスの洗濯機は妙に値段が高いからです。一流メーカーなんかになるとめちゃくちゃ高い。だからといって二流、三流メーカーにしてすぐ故障では困ります。そして二番目の理由として、あの重たい洗濯機を買うと、この後の引っ越しのときとかめんどうくさいのではないか、、、という心配。ちなみに今の家は、フランスによくある家具つきアパートではなくて、自分で全部そろえなくてはいけなかったんですが、幸い冷蔵庫はキッチン一式としてもともとあったので、買わなくて済んだんです。この点、周囲の人はみんな私の心配を笑います。「だってleonardoは ピアノをもってるじゃん。次引っ越すとき、どのみちピアノは運送屋に頼むんだから、洗濯機もいっしょのことじゃん。」て。そのとおりです。でも、、、。
ま、こうして長い間迷ってたわけですが、だんだんと洗濯するのにふさわしい時間帯にコインランドリーに向かうのも簡単じゃなくなってきて、「身分変更もできたことだし、古い車も売れたことだし、ここらで買うか」、と思って購入を決意しました。

予算的に一流メーカーにたやすく手がでるわけもなく、値段比べもかなり真剣にして、二流メーカーの中で慎重に吟味した末、友人のアドバイスによりスペインのFAGORにすることにきめました。ここまでようやく決まったと思ったら、選んだタイプは実は在庫がもうないとか言われて勢い失ったり、実は我が家の洗濯機用スペースが微妙に小さくて、サイズが心配とのことになり、「あーこれじゃあもう決められないよ~」という状態になったところで、もう細かいことはいいやと、配達と二年の保証が無料サービスで、サイズがゆとりをもてる59センチのFAGORの洗濯機を選び大型スーパー・オーシャンで買いました。
買ったのは先週の火曜日。その時に言われたのは、今週の水曜以前に配達することはできないとのこと。私の都合もあって木曜日に配達を頼みました。そしたら先週の土曜日の午前、私の仕事中に配達屋さんから電話がくるではないですか。「今おたくの家のまえにつきましたけど」って。「えっ!来週の木曜日の約束だったんですけど。。。」と私。「しかも次の水曜までは無理だって言われたから木曜を選んだだけで、もしできるんだったら火曜日にまた来てください!」って頼みました。そしたら「自分は日取り決めはできないから、店と連絡とって下さい。無駄に木曜をまつ必要はないから、大丈夫なはずです。」とおっしゃいました。というわけで、火曜日にランデブーをとりなおし、それが今日なので、いつも朝が苦手な私もちゃんと8時からいつ来てもいいようにスタンバイしていたわけです。

そしたらそしたら予想もできないことが。10時半ごろに携帯電話がなったので、「お、これは洗濯機だ」と思って出たら、それは運送屋ではなくてオーシャンからの電話。「もしもし、あなたがお買い上げになった洗濯機のことでお電話します。FAGORのですよね?実はですね、あのー、あなたの洗濯機は壊れました。」と言う。「・・・・・!!!え?」絶句の私。「あのー、実はですね、倉庫から積み荷作業をしているときに、運送屋がひっぱったらしく、上部が全部とれてしまったんです。。。というわけでこのままではあなたにお届けするわけもいかず、、、。」「は~。。。」もう信じられません。あなたの洗濯機は壊れましたって!ショックと同時にそこまであほみたいなことが起きるんですか?と思って笑えてしまいました。電話の主はそれなりに恐縮していて(フランス人にしては)、「またすぐに注文するにしても時間がかかりますから、あなたも急いでいることでしょうし、店にまた来てもらって、同じレベルの製品だったら多少値段が上でも、同じ値段で買ってもらいますから、一緒に見ましょう。私に言えるのはこれが精一杯です。お待ちしています。」というのです。は~。。。。と思いながら、電話でこれ以上話してもしょうがないと思い、すぐにオーシャンに向かいました。

電化製品売り場の店員さんは一応この事件を聞いていてからすぐに私の対応にあたりましたが、結局、同じレベルの洗濯機ってあまり種類がない。。。しかもあれだけ吟味を重ねて選んだんのだから、他のを選ばなかった理由もあるわけで、「これとこれ」って二つだけ提案されてもすぐに選べません。私が何やら考え込んでしまったから、その様子をみてこの店員さんがいなくなったため、横にいた別の店員さんに質問しようとすると、「彼が戻ってきますから、彼に聞いてください。」と相手にしない。「あんた何もしてないじゃん!」ともちろん思いましたが、これはフランスではよくあること。気をとりなおし、最初の人が戻ってきたから質問したら、今度は「あなたのもともとの担当者はあそこにいますから、彼に聞いてください」と言って、先週私の相手をした店員にまわして逃げて行った。。。結局この店員さんに、「二つ提案されましたが、一つはサイズ的にアウトなんです。」と説明。結局私に選択の余地がないということで、ますます困った。洗濯機とはけっこう大きな買い物。「これがだめならはいこれ」なんて簡単に決断しきれない。思いがけずに困った立場に追わされ、店員の態度にもあきれ、次第に日本人としてのサービスの追及根性がでてきてしまいました。つまり、日本でこんなことがあったら、客といしてはもっと優遇措置を与えてもらえるはずだという考え。それがここフランスでは、「これはあなたが買ったのより30ユーロ高いけれど、差額をサービスしますからこれを買ってください」って感じで、他の提案をしてくれない。そもそも電話では「100ユーロの差額くらいまでなら大丈夫です」と言ってたのに、結局30の差額だけの話。私としては「それがたとえ30ユーロ高くたって、私が欲しかったのはそれじゃない。」なんて考えも根強く、しかもフランスではとにかく思ったことを言わなくてはいけないし、だまっててはだめだし、とにかく言うことによって事態は変わるもの。だからがんばって、例えば保障一年無料追加とか、同じFAGORのが入荷するまで待つから値引きしてとか、とりあえず頼んでみました。でも結果はあっけなく「それはできません。」で終わり。じゃあ結局私には選ぶ余地ないんですね。まあ言うだけ言ってだめなのなら、もう壊れたものは壊れたもので仕方ないですから、「じゃあ、わかりました、、、」としぶしぶ了承。しかもこの洗濯機、配達は来週の月曜になってしまうという。あーあ、わざわざこうして店まででむいて、しかもまた一週間お預け。店員さんは「あなたが土曜日に受け取らなかったから、その洗濯機は次のお客さんのところに行って、次に入荷したのが壊れたわけで、もともとあなたのところに行く予定ではなかったんですよ。」なんて運命論ぶって微笑んでくるけど、口がうまいんだか適当なこと言ってるんだかしらないけど、今日の私の心にはヒットしませんよ、何言っても。。。

ふくれっつらで友人に愚痴をこぼすと、「かわいそうにleonarudo。アンラッキーだったね。でも店員は日本人じゃないからこんなもんだよ。」となだめる。まあ仕方ないよね。日本では「お客は神様」が地でいくような、世界一の客へのサービスレベル。今ここフランスにいる私には得られないものの一つだね。

2008年5月12日月曜日

Groupe Vocal アメリカ演奏旅行 4

2月18日月曜日。時差ボケのせいで、朝が苦手な私もすっきりと起床。私の部屋は二階でベランダもあり、朝の空気が気持ちいい。



この日のスケジュールはというと、まず大学のコンサートホールで練習。


さすがはアメリカ。国旗がいたるところにあって、グループの若者もさっそくおふざけタイム。



ジュリアンなんてどこで拾ってきたんんだか、このビン底メガネ。。。でもみんな心底楽しそうで微笑ましいです。



午前の練習を終えてから、アリアンス・フランセーズも関わっているフランス協会でお昼御飯をごちそうになるということで、みんなで歩いてキャンパスを通りぬけました。広大なキャンパス内にはバイユーまであって、とてもワイルドな感じも。



さらに注意書きが。ワニ生息地につき注意!



ルイジアナといえばバイユー。バイユーと言えばワニですね。

みんな列を作って散策をつづけます。



付近にはいかにもアメリカらしいスタイルの建物が並んでいました。



お昼御飯のあと、しばらく自由行動をとったあと、再び大学のコンサートホールに戻って、オペラjrの歌の先生であるイザベルによる「フランス歌曲のマスタークラス」が行われました。



ルイジアナ大学音楽学部の声楽科の学生たちがレッスンを受けます。私が学生の時もそうですが、やっぱり外国語で歌うのだから、言葉の発音のチェックが入ってしまいますよね。上の写真でピアノを弾いているのは歌科の教授。彼女の教え子二人と、私が伴奏をした別の教授の教え子二人、合わせて四人の学生がレッスンをうけました。
Groupe Vocal の子たち、アメリカの若者の歌うフランス歌曲はそれなりに興味深かったんじゃないかな。



マスタークラス終了後に受講者と写真をとりました。中でも左から二人目の男の子は、学生バイトとして、このホールの管理をしていたから、おしゃべりする機会もあったのだけど、彼は見た目もしゃべり方も、しゃべる時の声も、とってもフェミニンでかわいらしかったのに、ラヴェル作曲「ドン・キショットの唄」を歌い出したらもうびっくり。とても素敵なバリトンの声だったんです。彼は今年でここの大学を卒業予定で、その後はできたらニューヨークなどに行って勉強を続けたいと言っていました。やわらかいいい声だったから将来活躍できるといいね。


夕方まで私たちも練習を続けた後、それぞれホームステイのもとに帰って行きました。
が、今夜はホストファミリーたちの提案で、ルイジアナ名物のカジャン料理とカジャン音楽が楽しめるレストランに食べに行くことになったのです。家が遠くてこれなかったファミリーも2、3、ありましたが、ミュエルとコリンも私たちを連れて行ってくれて、結局Groupe vocal ほぼ全員集合。Rondol's というお店です。
この店の入り口にワニの彫刻があるように、ワニはこの地の郷土料理でもあります。ワニを食べるなんて予定にしていなかったけど、せっかくだからトライしてみると、これがおいしい。しかもなんかこの味しってるような、、、、。
よく考えてみると、大きなホタテの貝柱の味とそっくり。

ザリガニ料理も名物で、このギエームがとったお皿は一面がザリガニ。
店の奥にはカジャン音楽のミュージシャンたちが生演奏していて、その前には踊るためのエリアが。もちろんグループの若者は踊る踊る。


カジャン音楽はギターやバイオリンで演奏されて、よく言うカントリー音楽の一種ですね。この日はみんなしっかり食べて、しっかり踊り、ぐっすり眠りました。

2008年5月11日日曜日

Groupe Vocal アメリカ演奏旅行 3

アメリカ現地時間で2月17日日曜日はニューオリンズからラファイエットへの移動の日。旅の疲れもそのままなため、ホテルのロビーで集合してもみんなどっかり座り込んで、無料セルフサービスのコーヒーを飲み続け、動く気配がありません。こちらは我らがテノール3人衆で、左からヴァンサン、ジュリアン、ギエーム。彼らは24才、25才でグループの年長組でもあります。



ニューオリンズからラファイエットは200キロくらいと説明をうけて出発。昼食はラファイエットに着いてからだと言われていたのに、途中トイレ休憩にたちよったマクドナルドで、みんな一斉にハンバーガーを買いだし、フランスとアメリカの食べ比べだって。


ニューオリンズはアメリカ南部のルイジアナ州で一番大きな都市。周囲にはBayou (バイユー)といって、川なのか湖なのかよくわからない、浅い湿地帯のようなエリアが広がっています。移動中のバスの窓からも水が見えなくなることは一度もなかったくらい。そしてこの浅瀬の水面にはこのような枯れこけたような木々が生えてます。いかにもこの土地特有の景色です。


さあ、ラファイエットの市街地が近づいてきました。信号機もやっぱり日本式でもフランス式でもなく、アメリカンスタイルです。


この土地ではおいしいと評判の海の幸のレストランでお昼ごはん。ここはセルフサービス式で種類も豊富。私はまあ普通に満足していたら、フランス人たちはサービスがよいと感動して称賛しはじめた。ウェイター達の態度がとてもいいからって。たとえば注文をとるタイミングとか、食事が出てくるタイミングとか、お皿を下げるタイミングとか、次の飲み物頼むタイミングとかが、フランスとは違うとのこと。そりゃそうだ。フランスでは誰が客かわからないほど、店員の教育はあまりなっていないもんな。一方、日本ではただの学生アルバイトだって店員の態度の教育からまずはじまるようなもの。アメリカも地方の田舎とはいったってそういうところは日本と同じ。今回の旅行では、こういう小さなことから日米の違いではなく、日仏の文化の違いをあらためて認識することが連続することとなりました。



食事が終ってみんな仲良く日向ぼっこ。すでに彼らの中でとてもいい雰囲気が出来始めてるのを感じました。
ここからの目的地はルイジアナ大学。ここで私たちはコンサートやマスタークラスをするのです。バスで移動すること10数分。広々としたアメリカらしいキャンパスが見えてきました。


ルイジアナ大学の音楽学部の教室でアメリカに来て第一回目の練習開始。周囲には個人練習する学生の楽器の音とかが響いていていかにもキャンパスらしい。私にとったら日本での大学時代を思い出させる懐かしい雰囲気です。練習内容はいつもと同じだけど、グループの若者はなんだかわくわくしてるのか落ち着かない様子。


ちょっと練習を抜け出して大学の様子を探ろうと廊下を歩いていると、私たちのコンサートのチラシを発見。オペラjrがいつも使っているトレードマークの女の子のイラストですが、もちろん英語での案内内容にちょっぴりうれしくなる。

この日は滞在初日で移動もあったことだし、練習は2時間ほどで終了。
さてこの後17時には、ラファイエット滞在中にお世話になるホストファーミリ―との出会いが待っていました。私は前々から、外国人学生を受け入れることになれいてる家庭にそれぞれ分散して泊まりにいくだけの、あまり愛想のないビジネス的な交流を想像していたんですが、大学まで出迎えに来てくれたホストファミリー達を見て、「あれ?なんだかいい感じ?」とうれしい予想外を感じました。彼らはアリアンス・フランセーズの会員や教師たちのグループ。せっかくフランス系家庭が多いことだし、しっかりとフランス語文化を広める活動をしなくては!といってほんの2年前にできたアソシエーションで、ホームステイ受け入れなんてしたことない人たちばかりだったんです。慣れていないことが好と出て、手探りながらも温かい受け入れしてくれることとなったんですね。このホストファミリー達との交流はまた後日報告するとして、とりあえずこの日の寝床は?というと、私はカンタンという高校生の男の子と同じ家庭にお世話になることとなりました。しかも、今回の交流の責任者でアリアンス・フランセーズでフランス語を教えている、フランス人のミュリエルのおうち。アメリカ人の旦那さん、コリンと結婚して子供二人の家庭にお邪魔することになりました。ミュリエルによると、コリンはピアノ大好きで、受け入れるならピアニストがいいという彼の希望から、私がこの家にお世話になることになったのだそうです。
大学から数分の住宅地にある彼らの家に着くと、さっそくジャズ・ピアノの音が聞こえてきました。こうして早速コリンと出会ったのですが、ちょっと怪しい気配・・・・・。だって彼は明らかに酔っぱらってるんだもん。。。ミュリエルはすぐに子供を迎えに外にでてしまったから、「大丈夫か~?」と心配するところだったけど、幸い簡単が一緒でよかった。
で、お互い「何か弾いてよ」って感じで一緒にピアノで遊び始めました。彼は奥さんがフランス人だから、簡単なフランス語は話してくれるけど、やっぱり英語の方がいいでしょう。ピアノを習ったことはないといいながらも、かなり本格的なジャズピアノを見せてくれて、私もうれしくなっちゃいました。彼が言うには「自分には早いパッセージとか弾けないのが残念だ」だそうだけど、でもアタックとかジャズっぽい。しかもちゃんと自分でハーモニーを探してつけてました。私は私で手の問題からも、和音満載でアタックのけっこうきついジャズは弾けませんが、スロージャズなら大好きです。お互いに「あ、その和音なに?」って感じで、音楽を共有できました。こういうとき、本当に感じるのは、音楽は世界共通語。音楽に国境はないってことです。酔っぱらってるから「この人大丈夫か?ていうか、この家庭大丈夫か?」って心配は離れませんでしたが、楽しいジャズセッションができてよかった。
この日の夕食はみんなそれぞれホストファミリーと食べ、私たちもコリンのお手製、この土地のカジャン料理をいただきました。日本ではケイジャン料理といっているのかな?お米も使っていておいしかったです。
さて、私もカンタンもそれぞれ寝室に案内されたのだけど、見てみてびっくり。彼らは当初、女の子二人を受け入れる予定にしていたから、私には客室で、もう一人には彼らの娘の部屋を使ってもらう段取りにしてたそうで、急遽女の子じゃなくてカンタンが来たから、彼らも「この部屋でいいかしら、、、?」ってちょっと心配そうでしたね。だって絵にかいたような徹底的な女の子部屋!
ピンク一色だし飾りからインテリアからかわいいのなんのって。しかもまだ7歳なのに自分の部屋に自分専用のお風呂とトイレがついている!!さすがアメリカ、家はフランスよりもさらにビックだった。これに比べると日本人の住宅環境って厳しいですね、、、。
私は私でお風呂もトイレも付いている、もともと夫婦の寝室で今は客室に使っているという部屋を与えてもらいました。またも余裕のキングサイズベット。これですやすやとしっかり眠らせてもらいました。

2008年5月10日土曜日

恐るべし L'arc-en-ciel

今日は土曜日。さきほどテレビの20時のニュースの最後に出てきた話題に、懐かしいやら驚くやら、不思議な感覚を覚えました。というのも、テレビから「日本のロックグループが、彼らにとって初めてとなるヨーロッパ公演をパリで行いました。」と聞こえてきたから、「あ、なんだろなんだろ」と思ってテレビ画面に目をむけると、そこに写っていたのはご存知「ラルク」。そして続いて熱狂している日本人女性の山だかり。。。。この光景を見るのがほんとに久しぶりだったからおかしな感じがしたけれど、テレビの解説も、「熱狂的ファンである日本人女性たちは、彼らのコンサートをひとつたりとも逃してはならぬと、地球の裏側まで簡単にやってきました」(笑)と説明。コンサート会場は、人気歌手などの大規模コンサートをするためのZENITH PARIS。でも私が驚いたのは、お客さんが何も地球の裏からやってきた日本人だけじゃなかったことです。フランス人はもちろん、イギリス人などなどヨーロッパの人たちが集まってきていたのです。しかもみなさん、ファッション的にもかなり入れ込んでる。

「ラルク」といえば、私が日本にいたときにはデビューからも数年たって、当時すでにCDをだせばヒット間違いないという安定した地位を築いていました。しかしその後どうなったのか知らないまま今日に至り、突然パリでコンサートなんていうから、あまり状況がわからなかったんですが、今インターネットで調べてよくわかりました。
彼らの曲がアニメの主題歌に使われていたことによって、日本国外でのファンを獲得していったそうですね。マンガ、アニメと言えば、いまやどこの国でも若者に大人気ですから、彼らはインターネットを使ってお気に入りのアニメに関する情報とかもいとも簡単に入手しています。私のピアノの生徒にも、「アニメの曲なんだけどこれが弾いてみたい、、、」と言って、ダウンロードした楽譜をもってきた子がいました。その時も驚いたんです。だって「Kiroro」の曲だったから。しかもタイトルとか日本語で書いてあるまま。この生徒も自分なりにインターネットで歌詞とか歌詞の意味とか少し調べていて、私が日本人だったからちょっぴりプラスアルファのこととか教えてあげるとうれしそうだったなー。きっと学校で友達に自慢できるんでしょう。日本文化の普及はすごいですね。
というわけで、アニメと聞いてわかりました。どおりでヨーロッパの「ラルク」ファンのファッションがアニメファンの格好をしていたんだ。うん、納得。ニュースの中では、ヨーロッパのファンがあまり歌詞の意味はわかっていないままながらも、上手に日本語で歌ってる姿が映し出され、それをおもしろがってカメラに収める日本人ファンたちも映っていました。「ラルク」のメンバーもコンサートの舞台上でちょっぴり変ながらも、フランス語であいさつしたり、フランスのテレビのために一言、二言フランス語でサービスしていました。ああ、このニュースの様子をとっさに自分のカメラに撮れば良かった!私が「ラルク」を聞いていたのは23歳のころ!すっかり懐かしくなったので、自分の持ってる古いMDとかの中に彼らの曲が入ってなかったか見てみようっと。

2008年5月9日金曜日

Groupe Vocal アメリカ演奏旅行 2

現地時間、2月16日土曜日の夜22時も過ぎて、私達は目的地のニューオリンズに到着しました。今回の旅行をバックアップしてくれる、ニューオリンズのフランス総領事の文化部担当のデビーという女性が迎えにきてくれていました。空港の外にでると、大きなリムジンバスが私たちのために待っていて、なんだか「招かれた」て感じがしてきて、みんなちょっぴりうれしくなっちゃいました。



このバスに荷物を積み始めたら、3台、4台と超キングサイズのリムジンが私達の前を通って行くではないですか。これをみてみんな大興奮。「わぉ~、これぞアメリカン!」中には私も映画の中でしか存在しないかと思っていたような、ドアが6、7つも並んでる白いながーいリムジンとかもいました。映画スターか超リッチマンが私たちと同じ飛行機で到着したのかな?



長旅を無事に終えて、目指すはホテル。疲れも時差ボケもなんのその。みんなでパチリ。

ニューオリンズの市街地を通り、St. Charles Avenue にあるMaison St. Charles が私たちのホテル。このMaison とかの名前とか聞くと、わざわざフランススタイルのホテルでも選んだの?と思いかけましたが、いやいやそうではありません。ニューオリンズをはじめ、ルイジアナ州はもともとフランス人たちが住み着いた土地なので、フランス文化、フランス語の影響が強い土地なんですね。ルイジアナというのもLouisianaと書いてわかるように、フランスの国王の名前ルイ Louis から来てるんです。ニューオリンズだって、フランスにある地名Orleans オルレアンの名をそのままつけて新しいオルレオンという意味のNouvelle Orleans ヌーヴェル・オルレオン の英語読みに過ぎません。フランス系家庭の数もかなりの数になります。

ホテルに着いたら、誰もが想像していたホテルよりもずっとよい感じのホテルなので「え~、うちらここに泊まるの?すごいじゃん!」って大喜び。ロビーにはちゃんとインターネットができるようにパソコンもありました。

私が出発前に不満があった契約内容の一つが、アメリカ滞在中、ホテルで一人部屋を与えてもらえないことでした。仕事で泊まりに出て一人部屋が当たり前なのか、同部屋が当たり前なのか、私は相場は知らないのでわかりませんが、私の不満の根拠は、ウラジミールとイザベルは一人部屋を与えられるのに、私とサビンヌは同室という扱いの差が不満だったんです。それから私は日本人。フランス人の集団とアメリカ旅行というのは、それなりに疲れるということはわかっていました。だって慣れたとはいってもやっぱり一日中フランス語で過ごすというのは、今でも外国語で一日中過ごすことに変わりはなく、頭はそれなりに疲れるんです。しかも私は団体行動が苦手な日本人。気心の知れた友達との旅行とは違って、スケジュールは決められていて、10日間ほぼ四六時中ずっとみんなと一緒に行動。せめて眠るときくらい自分のペースで寝かせてよー!というのが私の望みでした。でもオペラjrも財政難ということで、契約はほぼそのままでしぶしぶサインし、アメリカに来たわけです。
ところがこのホテルに着いてうれしい知らせが!なんとデビーのはからいで私もサビンヌも一人部屋を与えてもらったのです。うれしくて「じゃあね、おやすみみんな!」と、私はさっさと自分の部屋にむかいました。
敷地も広くて、いくつもの建物が分散しているホテル。朝食を食べる場所や、プールの場所の説明を聞きながら、自分の部屋を発見。鍵を開けて中に入って一人言だけど「うわ~ぁ!」とつい口から出てしまいました。

だって、ごらんのように、超キングサイズのベッドだったから。
一人部屋というだけで十分だったのに、このベッドのひろさ!さすがアメリカです。はっきり言って、この部屋の広さはパリで泊まったエコノミーホテルのツインルームより10倍ほど広い。

大型テレビはもちろん、家具もしっかりそろっていてしっかりくつろげる空間でした。

ここでしっかり旅の疲れをとれたなら、、、よかったんですが、実はニューオリンズにはこの夜一泊して、次の日にはさっそく次の街へ移動予定だったんです。ニューオリンズにはこの後、また3日後に戻ってきてから滞在するというスケジュールだったんです。
まあこうしてフランスからニューオリンズまでの移動が無事に終わりました。翌日からいよいよ「Groupe Vocal コンサートツアー」計画が本格的に始動します。