2008年12月30日火曜日

去年の大騒動

去年の12月28日、私はドイツ東部のドレスデンに住む友人Aちゃんを訪ねるための旅に出ました。

いつものごとく、ぎりぎりまで旅行の計画を立てずに日が過ぎた結果、モンペリエからパリ経由のドレスデン行きを電車ですることにきめ、モンペリエ―パリ間をフランスの鉄道SNCFで、パリ―ドレスデン間をドイツの鉄道DBで、それぞれチケットをインターネットで買いました。インターネット上で支払い、チケットも郵送で自宅に届くというシステム。日が迫っていたのでちゃんと届くかという不安はあったけれど、サイト上でなぜか他の受け取り方が選択できなかったので、自宅に郵送してもらうことにしました。ドイツはお隣の国だし、と思いながら。。。

しかしそれが甘かった。

ノエルの祝日などをはさんでの日程では、一週間あってもチケットが私の出発日までに届かず、これがもとで大騒ぎをすることになってしまったのです。

出発の前日にチケットが届かなかったことを受けて、私は一応DBに問い合わせのメールをしました。フランス人と違ってドイツ人だからすぐに返事をくれるかな?なんて期待しながら。。。
この日、不便なことに私の家のインターネット環境が悪く、わざわざ街のインターネットカフェに出向いてメールをしたのです。そして一応夜まで返事がくるのを待ちました。
でも、残念ながら返信メールは来なかった。。。

頭の中では、チケットを購入したときの証明書や番号などを持参すれば、とりあえず電車には乗れるだろう、、、と思いながらも、やっぱり確証が欲しかったんです。それならばその時に、DBのサービスセンターに下手な英語でもなんでもいいから電話をすればよかった。それなのに私はAちゃんには電話をしたけど、「たぶん番号とか証明書があれば大丈夫だよ」という意見に同意して、サービスセンターには電話をしないまま、結局モンペリエを出ることにしたのです。

不安には思いながらも、楽しい旅行に出発。
パリに向かうTGVは、モンペリエ7時20分発。まだまだ真っ暗な中の出発です。



こうして地元の駅の写真を撮ってるあたりが、のん気さをあらわしていますよね。。。

モンペリからのTGVはパリのリヨン駅に着きます。




ドイツ国境に向かうTGVは東駅から出ます。普通ならメトロで乗り換えるところを、メトロの悪臭がきらいだし散歩好きな私は、スーツケースを転がしながら徒歩で移動することにしました。何キロあるでしょうか。バスティーユ広場、レピュブリック広場をてくてくと歩いてパリ北側に移動。時間もあったので、すぐ横のサンマルタン運河を見ながらてくてく。




この運河も映画「アメリ」のおかげで人気スポットになりましたね。

てくてく、てくてくと続けて、パリ東駅に到着です。



リヨン駅到着と東駅からの出発の間にだいたい1時間半あったのですが、こうして散歩しながらベストな時間に着きました。が、ここから私の旅行が豹変!

東駅の構内に入って、まずホームにいた駅員さんにチケットが届かなかった話をしました。すると窓口に行って問い合わせるように言われたので、仕方なく列にならびました。
そこで言い渡されたのが驚愕の真実!
インターネットで購入した証明書とか番号はなんの役にもたたないから、今ここでチケットを買うしかないとのこと。しかもしかも、「2等席は満席だから、1等席になります。パリードレスデンの往復で463ユーロです。」

「ええ=??!!463ユーロ??」

私の月々の家賃よりも高いこの金額。ちょっと待って、ちょっと待って、「はいそうですか。」とは簡単に払えませんよ。

ここから一気にパニックになった私でした。まずは友人Aちゃんに電話。そしてフランクフルトのDBサービスセンターに電話。このときやっかいだったのが、私の携帯電話は国際電話がかけれなかったこと。久々のテレホンカードを購入して、公衆電話から電話。でも国際電話のために度数が減っていく減っていく。。。そしてDBのサービスセンターにはフランス語が話せる人がいなかった。。。。「お隣の国だろ~!ちょっとは言葉をしゃべろうよ!」なんて思っても仕方がない。ここ数年使っていなかった英語で必死に状況を説明しました。すると「メールで簡単にチケットが送れる」だの、「FAXで受け取ることはできないか?」だの言われて、今度は駅構内で必死にインターネットできるところを探しました。駅員さんや窓口でも頼んでみたけどだめだった。最後は「駅の向かいの郵便局にいったらできるよ」と言われて走って行ったけど、すごい行列。もうだめだ。。。

仕方なく、最初にいった窓口へもう一度並ぶ。

マダムは「後で払い戻ししてもらえばいいから大丈夫なはず。」というけれど、その「はず」が問題だったんです。「必ず払い戻してもらえます。」と誰かが言ってくれれば仕方なく払うものの、保障がなくては簡単に払えない金額でした。だって、もうすでにインターネット上でモンペリエードレスデンの往復分のために266ユーロを払っていたんだもん。それなのにさらにパリードレスデンのために倍近い465ユーロだなんて。。。
電車の出発時間が迫るなか、このときの私は本当に頭真っ白になりながら究極の選択をせまられてました。この465ユーロのために旅行を断念するのか、もしも払い戻しされなくてもというのを覚悟で旅行を続けるのか。
ドレスデンにいるAちゃんを訪ねるチャンスはこれが最後だったので、旅行をキャンセルするには残念すぎます。そこで「払い戻ししてよ!!!」と祈りながらチケットを新たに購入したのでした。

日がたった今にして思えば、「たったの465ユーロにそんなに騒いで、、、」と思う人がいても驚きません。でも納得がいかなかったんですよね。だって、私がインターネット上で予約した席は、確かに確保されてるんですから。それなのに、1等席のチケットを買って旅を続けないといけないなんて。

仕方なく電車に乗り、リッチマンでもなんでもないのに1等席に座った私。おもしろいことに、DBの1等席では飛行機のようにサービスがあって、軽食やら、新聞やら、ワインなどを持ってきてくれました。



かろうじて写真はとったけど、このときの私は頭真っ白、お腹は痛いわで、とても食べてくつろいでる場合じゃありませんでした。

パリ東駅からドイツ国境を越えて、フランクフルトまで3時間半。この車内にはフランス語をしゃべる車掌さんが一人いたので、彼を捕まえて状況説明をしました。すると彼は「チケットの払い戻しがきちんと行われるように」と言って、私が購入した1等席のチケットの裏側にサインをしてくれました。まだパニックは収まらなかったけど、とりあえず親切な行為でなぐさめられました。

続いてフランクフルトでの乗換え。
DBの窓口なら何かしてくれるかも、と思って列にならび、必死の英語で状況を説明したけど、「インターネットで購入したチケットに関しては何もできません。」の一点張りでした。
で、ここからがまた判断を迫られました。というのも、私がインターネットで購入したチケットの電車は17時20分発で、ドレスデンには22時過ぎにつけるものだったのに対し、パリで購入させられたチケットは18時20分発でドレスデン到着が0時ごろになってしまう。これでは迎えにきてくれるAちゃんにも悪いし、私が予約した席はあるのに、その電車を見送って無意味に一人1時間待つのはもういやだ!と思ったんです。公衆電話からAちゃんに電話する時間もなく、決心した私はインターネット上で予約しただけで、実際に持ってるチケットとは違う電車に向かいました。

今度は女性の車掌さん。乗り込む前に説明したら「わかったわ。」という感じの反応だったので、乗り込んじゃいました。で、乗り込んだはいいけど、Aちゃんに知らせてない。。。パニックのせいで気が大きくなっていた私は(?)、近くの男性に「ドイツ国内に住む友人の携帯電話に20秒だけかけさせてもらえませんか?」とお願いしたんです。そしたら親切にOKしてくれたうえに、感激してお礼を言う私に恐縮するほどの親切さ。この人のおかげでAちゃんに22時過ぎにはドレスデンに着くことが伝えられました。

続いてさっきの女性車掌さん。私の英語はめちゃくちゃなのはさておき、彼女も英語をしゃべらない様子。一応私の言いたいことはわかってくれたみたいだけど、親切にもフランス語をしゃべる乗客をわざわざ連れて来てくれたのです。そこで2人を前に私は自分の心配を説明しました。するとこの車掌さんもチケットの裏にサインをしてくれて、さらには「この乗客は2等の席で旅をしました。」と一言書いてくれたんです。2等のチケットをインターネットで買ったのだから、パリで買わされた分のチケットがスムーズに払い戻されるようにと言って。

ありがたくないパニックでしたが、こうした人との触れ合いは旅のだいご味。
駅の窓口での決まり切った対応は別として、車掌さん、電話をかしてくれたドイツ人、通訳をしてくれたフランス人女性、みんな親切でした。ありがと~。

フランクフルトからドレスデンまでは5時間弱。
お腹が痛かったのも徐々におさまっていき、私は無事にAちゃんと再会することができたのでした。

フランスのSNCFも、ドイツのDBも、インターネットでのチケット購入がすすんでいて、値段も駅の窓口で買うよりもお得だったりするものだから、利用者が年々増えています。ただ、めんどうな落とし穴が一つあるわけです。SNCFなり、DBなり、同じ一つの鉄道会社でありながら、駅の窓口とインターネットでは全くシステムが別だということ。それぞれ相手の管轄には手を出せないというのです。ほんとかな~?なんて怪しんでしまうこの説明。少なくとも日本だったらもっと積極的に客のケアをするとは思うのですが、ここはフランス、ドイツ。日本と同じようなサービスを望んでも仕方がないか。そもそも、一週間あってもドイツからの手紙がモンペリエに届かないなんてね。

でもまあいいです。これからはもっと用心深く、確認を前もってとるべきだということを学ばせてもらいました。と言えるのも、時間はかかったものの、2月末に465ユーロが全額無事に払い戻されたからです。よかったよかった。お騒がせしました。

ちなみに教訓2 : やっぱり英語は大事。しっかり勉強しなおそう。

2008年12月28日日曜日

地球のこっちとあっちはつながってる

インターネットってやっぱりすごい。

私の出身中学の3年生のクラスがこの年末に同窓会をするという知らせを受けました。うちの両親は移動族のため、私が中学時代を暮らした土地をすでに離れていて、住所録にのっているところにはもう誰もいないなか、郵便局の転送サービスのおかげでかろうじて同窓会の通知ハガキが親のところに届いたのです。

幹事さんの住所、携帯番号、携帯アドレスが書かれていたので、せっかくだしメールで挨拶だけでもしようと思っていたのですが、日がたつのは早くもう年末。同窓会の開催もあさってに迫り、これは早くメールしなくちゃと思ったのが今日。

幹事さんのメルアドは携帯のものだったから、時差も気にして今日ならかろうじて日本の夕方には届けられるぞとはりきって文を打ち込み、いざ送信。

そしたら残念なことにメールが戻ってきちゃった。

何かミスがあるのかと思って、思い当たるだけの訂正をして、ハイフンやピリオドとかいろいろためしたけど、5通送っても全部戻ってきちゃう。

私が今でもコンタクトをとってる中学校時代の友人はたったの一人だけ。その彼女とは三年のとき同じクラスじゃなったし、他には誰の連絡先も知らない。。。

せめてこの機会に幹事さんには連絡がとれたらと思って文を打ったから、それが戻ってきてしまうとはちょっぴり落ち込み。。。

でもそこであきらめてしまうまえに思いつきました。それはM〇xi。

日本では誰もが知っているであろうこのネットワークも、実は私はつい数か月前まで存在すら知らなかったのです。今フランスではメッセン○ーのチャットはもちろんだけど、Facebo〇○がかなりの流行で、若い子たちはみんなこのネットワークでメッセージやら写真やらを交換してます。日本ではこのM〇xiがここ5年くらいすごい流行っていたとか聞きました。
私の年代の人がM〇xiを熱心に今日もしてるのかはどうかはわからなかったけど、だめもとで出身中学の名前で検索してみました。

そしたらありましたありました。

そして年代別にいくつかのトビがたってました。
その中に運良く私の同窓の人のメッセージを発見。人数は少ないけど、ちょっぴりコメントが交換されていて、一気に中学時代が懐かしくなりました。

そこへさらに今回の同窓会に関するメッセージを発見。書き込んだ本人もだめもとと思って、連絡がとれてない人のために、幹事さんに伝えるから連絡くださいと言ってくれてる。この方のページを開いてみると本名でプロフィールを書いてくれてあった。小学校5,6年でも同じクラスだった男の子。

こうなったらコメント書くしかないでしょう。

15年以上連絡を取ってない人にコメントを送るのはちょっとドキドキ。

M〇xiとかでの個人情報の扱いとかよくわからないので、本名をのせて書いたらみんなにみられるのかとかわからないまま、メッセージを書きました。

そしたら数十分後には返事がきました!
これはすごい。「もちろん覚えてるよ~」って。
それこそ彼も「だめもとと思ったけど書き込んでよかった!」と喜んでました。
いやー、インターネットに感謝です。

同窓会の知らせがきたのは今回が初めてだったけど、きっと地元に残ってる子の間では何かと連絡とったり、誰かとの再会をきっかけに一緒に飲みに行ったりしてるんでしょうね。M〇xiのページにはいくつかの写真があって、そこには懐かしい顔が!しかも誰か全然わかんない顔も並んでて、15年たつとやっぱり変わるもんだなーと思いました。

普段小さいときのことや小中学校のことなんて全然思い出しもしてなかったけど、あっというまにタイムスリップ。みんな元気かな?

2008年12月27日土曜日

Retrouvaille 再会

26日の夜、モンペリエ郊外のとあるお城のパーティーにお呼ばれして行ってきました。



「お城の様子をブログにのせるぞ~」なんてはりきって行った私でしたが、お城に到着するやいなや、思ってもいなかったことに遭遇。



車をとめるために駐車場をゆっくりまわっていると、なにやら見覚えのある車があるではないですか。その車はシトローエンのグザンチアの深緑色。ここまでなら何もおどろくことはなく、普段からしょっちゅう街で見かける車です。しかし、その車の左サイドミラーは透明のゴムテープでぐるぐる巻きにして固定されています。「あれ?」と思ってナンバープレートを見ると、どうも知ってるような番号並び。「。。。」と思って近寄って見ると、なんか見たことあるような場所に傷がついてる。



ここまでくると、私の知ってるグザンチアとしか思えない。


そう、私を悩ませたあのグザンチア。私のフランス一台目のお車。



ナンバープレートの番号を覚えてたら確実だったんだけど、はっきりとは暗記していなかったので、「それっぽい。。」としか言えません。でもとにかくフランスでは所有者が変わっても、所在地の県が変わらない限り、車両登録された番号はそのまま車とともに残るんです。

確信はもてなかったけど、私の車が新旧そろったところは写真にとってなかったと思って一応記念撮影(笑)



お呼ばれしたパーティーには知ってる人がいるとも思えなくて、「どんな感じかな~?」と思っておそるおそる+好奇心で会場にきた私でしたが、この車をみてからは「もしかしてあのカップルがいるの?!」とちょっぴり興奮気味に会場内にはいりました。


そしたらいた!!

私の車を買ってくれたカップルがいました!


ちょっと遠目に時間をおいてから、目があった瞬間にしゃべってみました。

そしたらおもしろいことに、彼女の方は私の顔をみて「オペラ座で知ってる顔だ」とは思ったそうですが、私から車を買ったということをもうすっかり忘れてたみたいで、「仕事場で知ってる顔」として挨拶してくれました。
で、「あれ?」と思って、彼女が席を外したときに、今度は彼の方に「私のこと覚えてますか~?」と聞いてみると、こちらも顔ではすぐにぴんとこないみたいで、「ほら、車かってくれたじゃないですか!」というと「あ~!!うん、うん、もちろん~!」なんて言って、私の顔と車は全くつながらなかったみたい。
そこへ彼女の方が戻ってきたから、「っていうか、私の車買ってくれたじゃない!」っていうと、「あ~!!そうじゃん!!何やってんの私、知ってる顔だとは思ったけど!!」という驚きよう。

そこで恐る恐る「車はどう?」と聞くと、一言目に「例の修理工のところにまた行ったよ」っていうから、「あ、もしかしてすぐ壊れたとか?」と心配すると、なんのことはない。二人とも笑顔で「イタリアにも行ったよ!」、「しかも二往復」とか言うではないですか。

前回会った時にはリヨンに二往復したと言っていたから、それだけでも私は満足したけど、今度はイタリアまで二往復とは!

二人そろって「いいよあの車。スペースがゆったりしてて、うちらは子供に加えて犬もいるけど、みんな乗り込めるもん。」って笑顔。

それを聞いて私は安堵、満足。よかったよかった。
私のあの車に愛犬をのせることはなかったけど、彼らが犬と旅をしてるんだね。

それにしてもお互い「なんでここにいるの?」と思ったので話をしてみると、画家である彼の絵が、このお城の一室に飾られて、その縁で招待を受けたそうです。
私も彼らもこのお城に来るのは初めてだし、他に知ってる人はいないし、という状況の中、グザンチアが結んでくれた不思議なご縁の再会でした。

2008年12月25日木曜日

ノエル

クリスマスはフランス語ではノエル。


日本では子供たちにとってのサンタクロースを除くと、イルミネーションやらでロマンチックなムードを高めて恋人たちのための日のようですが、フランスでは12月25日は祝日で、家族、親戚が集まってわいわいと楽しく祝う100パーセント家族の日。伝統的なノエル料理を味わい、みんながプレゼント交換をします。30人を超すような大家族が一同そろって食べるところなんか、日本の伝統的なお正月のようですね。



ここ数週間クリスマス商戦で盛り上がりを見せていたモンペリエの街ですが、24日の午後15時ごろを過ぎると突然に人影が減り始めました。というのも、たいていの人が家族のもとへ帰宅、帰郷してしまうからです。イブの夜に友人と集まって祝うというのもありですが、とにかくメインはノエルの日のお昼。どんなに故郷が遠かろうと、ノエルには必ずといっていいほどみんなが帰郷します。モンペリエに住みながらもノルマンディー出身の人、ブルターニュ出身の人たちは遠路はるばる帰ってしまうのです。


私はイブの夜に招かれて、とてもおいしい手料理フルコースディナーをごちそうになってきましたが、町中人の気配がなくなり、普段は路駐駐車の車であふりかえる道という道もがら~んとしてとても印象的でした。


今回クリスマスを迎えて、我ながら一番驚いたことは、私にとってこれが早くも7回目のノエルだということ!流れた時間を思うとなんだか感慨深くなってしまいます。
そこで、初めてのノエルはどんななんだったかな~?と思いだしたのでした。

あれは2002年のこと。私はモンペリエ郊外に住む一家に招いてもらって、フランス流ノエルの過ごし方を体験させてもらったのでした。 

あの日、会場となるおうちに一番乗りで到着したのが私でした。リビングには「今年はちょっと変えてみようと思って、、、」と言って飾らていたのが真っ白なクリスマスツリー。



そしてノエル大昼食会のために、もうテーブルなどがセッティング済みでした。驚いたのが、村役場からテーブルやいすを借りてきたと言っていたこと。村の一、二を争う大家族だからこその話だとは思いますが。



写真の奥の方にもちいちゃなテーブルセットが並んでるのが見えますか?ここは子供たちのコーナーだったんです。いとこ、はとこたちが集まって大人たちとは別のコーナーで食べるため。

ぞくぞくとメンバーが集まり、さあて、すぐにテーブルに着くのかな?と思っていたら、食事の開始はプールサイドのテラスでした。
1メートル50センチ四方の大きな大きなたらいに、ぎっしりどっさりと山積みにされていたのが「カキ」。そうなんです、海の幸の「カキ」です。日本では鍋料理やフライ料理として人気ですが、ここフランスではノエル料理として「カキ」を生で、レモン汁をかけるだけで食べるんです。最初は「生のままなんて、お腹にだいじょうぶかな???」と気にしてた私ですが、食べるとおいしいし、別にお腹に悪いなんてことはありませんでした。



みんながバクバクとひたすら「カキ」を食べたこの日。
ちなみに昨日もおしいい「カキ」をいただきました。

2002年のこの日は、「生カキ」が前菜の前菜でした。
そのあと、みんなで席に着いてわいわいとおしゃべりしながらのお食事。前菜から始まって、一品一品順番にでてきます。おしゃべりがはずむから、必然的にお食事はなが~くなが~く時間をかけていただくのです。12時半ぐらいに集まっても、食事が終わるのが16時半とかいうのがあたりまえ。デザートなんかいただくころにはもう夕方になっちゃってるのです。


実はこの大家族、スペイン出身のおじいさんとモンペリエ出身のおばあさんの子供たちの大家族。おじいさんはもう亡くなってしまっていましたが、男4人、女3人の7人兄弟。そのそれぞれがパートナー、子供たち、そしてそのまたパートナーや子供たちを連れて集まるものだから、それはそれは賑やか。

私はこの家族に本当に親切にしてもらって、モンペリエ生活スタート時代の大切なサポーターでした。このノエル以外にも、おばあさんの誕生日パーティーや、母の日などにも呼んでもらって、100パーセント外国人の私がすっぽりと家族の輪の中に入れてもらって、本当にいい思い出です。

あれからもう6年か~。

私はそんなに筆不精ではないけれど、実は大の電話無精者。
電話をかけるということがあまり好きではないのです。そこに、夜や週末をメインにした人とズレた生活リズムのせいもあって、なかなか友人に「元気~?」という電話をかけられません。
そんなこんなでこの大家族ともここ1年、2年と連絡をとっていないことに気が付きました。そんなことじゃだめですね。是非とも近いうちに顔を見せに行きたいと思います。

2008年12月21日日曜日

期間限定

ただいま私は、オペラjrが2月末に公演するパーセル作曲のオペラ「ディドンとエネ」の集中練習の間最中です。2週間前の土曜日の夜にペルピニャンの教会でコンサートをして以来、メンバーの多くが風邪をひいてしまい、高熱、あるいはインフルエンザだとかいいながら練習にくるので、ありがたくない菌がまわりに漂う中での仕事。
この練習の様子をお伝えしようと思ったのですが、その前に、先週の火曜日に、France3の番組「C'est mieux le matin 」でオペラjrがゲストに迎えられて紹介されたときのことをお伝えします。

普段から新聞記事、テレビのニュースの中でなど、メディアにもよく顔がとおったオペラjrですが、今回の番組では15分くらいをあてて紹介されていました。番組はトゥールーズのスタジオで収録、生放送だったのですが、創設者でありディレクターのウラジミールとともに、16歳の二人の女の子が出演しました。

スタジオでの生演奏とインタビューに加え、これまでのコンサートのときの取材風景などがまとめられ、ちょっとした特集ルポルタージュのようになっています。
数日間だけ、インターネット上で録画が見られるようになっているので、どうぞ早い目に覗いてみてください。

「C'est mieux le matin(朝がいいね!)」 という番組のMardi 16 décembre(12月16日火曜日)
の放送です。 ビデオ画面右横の日付リストからmardi 16 décembreを選んでクリックしてください。

http://jt.france3.fr/regions/popup.php?id=m31a_cestmieuxlematin&video_number=2

番組が始まってから12分あたりからの15分間と、番組最後に一曲演奏があります。

もちろんフランス語ばっかりですが、音と映像で雰囲気は伝わると思います。

オペラjrは、ウラジミールがモンペリエに来て活動をはじめてからまもなく18年。最初はオーディションなどもなく、「やりたい人はみんな参加!」のような状態から始まり、年々発展、成長を続けて活動の幅を広げてきました。
ここに出演した二人の女の子は、8歳、9歳ごろからオペラjrに参加して、現在16歳になったばかり。これまでにいくつものコンサート、オペラ、舞台を経験して、オペラjrとともに成長した100パーセント生粋のオペラjrっ子です。この先それぞれどんな道に進んでいくのかはわからないにしろ、カメラを意識しすぎたりおじけづくことなく、のびのびと歌っている姿にオペラjrの成果が表れています。ウラジミールが誇りと自信をもって紹介するのもうなずけます。
2月の「ディドンとエネ」では、この二人が主役のディドンと準主役のべリンダを歌います。大物演出家とともに作り上げるこの舞台は、みどころいっぱいになること間違いなし。また追って報告しますね。

2008年12月17日水曜日

クリスマスシーズン 夜バージョン

身の回りが穏やかでないこの頃。。。

自分の今後もどうなるのか、どうするのか、わからない状態でのクリスマスシーズン突入の予感です。この週末もかなりハードな仕事がまっているので、その前にちょっと気分転換と思って、めずらしく仕事後に街をふらっと周ってきました。お約束の夜のクリスマス風景のお届けです。

毎年イルミネーションは違いますが、今年はこの木の飾りがきれいと評判。




写真では伝えきれないのが、この動く光の感じ。
動画だと品質がまたガタ落ちですが、しっとりと降る雪をイメージした感じがわかりますか?                

                



マルシェ・ドゥ・ノエルのエスプラナード側の入り口に陣取っているのが、例のどでかいサンタのアイスクリーム屋さん。ちょっと不気味な顔になってますね。

ここからエスプラナードにそってコメディ広場にむかうとこんな感じです。

                 

水曜日の夜19時の風景です。水曜日は学校がない影響か、家族連れもちらほら。

コメディ広場のマルシェの入り口には、こんなアーチが一応あります。

クリスマスから年末年始のお祭り騒ぎの時期をFêtes (お祭り、パーティーの意味のフェットの複数形)と呼び、日本で言う「良い年末を!」が「Bonnes Fêtes (ボンヌ・フェット!)」なわけです。

サンタ帽子屋さんは夜でも人気でした。店のスタンドがそりの形をしてたとは、前回は気が付きませんでした。




なんちゃって日本人ツーリストをしてる私だけではなく、記念写真をとる人はたくさんいました。





コメディ広場上にところせましとならんでる小屋はこんな感じです。



                  

ホットワインと並んで人気があるのが、焼き栗!
これを始めてみたときはなんだか日本みたいで東洋的で、フランスで焼き栗というのがピンとこなかったんですが、今では納得。フランス人も栗が好きなんです。栗はなにもアジアのものってわけじゃないですもんね。

さて、コメディ広場の中央、オペラ座の前には毎年大きなツリーが飾られるんですが、今年は本物の木ではなくなり、大きな光の木となりました。モンペリエのイルミネーションの基調が青となっているので、巨大な青い光のツリーです。


                  

なんだか仕事でどたばたとしているので、もう年末という実感がまったくありませんが、確実に2008年の終わりが近づいてますね。

2008年12月16日火曜日

日本語でピアノのレッスン

知り合いの人のつながりを経て、ある依頼を受けました。

日本語でピアノのレッスンをして欲しいとのこと。

モンペリエの郊外で、3人の子供の子育てに大忙しの日本人ママFさんからのお電話でした。私のスケジュールと子供たちのスケジュールが合うのは難しいと思われましたが、幸い、子供たちがお昼休みに家に帰って食べるということで、そのタイミングをねらってお約束をしました。

そして11月末から週一回、彼らのおうちでレッスンをすることになったんです。

彼らのおうちについて話したいことがたくさんあるのですが、それはまたいつかの機会にとっておくとして、、、、。

ピアノを習いたい!と子供たちから言い出したということで、5歳半のAと4歳になりたてのKとのレッスンです。小学校入学前のちびっこちゃんとのレッスンは私にとってもまだ数すくないので、はりきって準備しなきゃ!とは思いましたが、1回目のレッスンでの落とし穴はなんだったかというと、それは日本語。。。
こちらの家庭では日本人のママとフランス人のパパが夫婦間では英語で会話をして、3人の子供はママとは日本語、パパとはフランス語でしゃべるそうです。3ヶ国語がとびかう家庭!もちろん子どもたちは学校や普段のくらしではフランス語を使ってるわけですから、ママの願いとして、ママ以外の人とも日本語を話す機会をもって言葉をマスターしてほしいというのがあったわけです。いいアイディアだし、大事なことですよね。
国際カップルの家庭ではそれぞれ使う言語、使い方などいろいろですけど、やっぱり双方の言語、文化は吸収してほしいものだと私も思います。
そこで、大事なお役目をいただいたのがピアノ教師としての私。でも私にとっては、日本語でのピアノのレッスンというのが7年ぶりのことで、調子が狂っちゃったんです。普段、ピアノの生徒相手にでも誰相手にでも私流のなんちゃってフランス語でレッスン、会話をしてるわけですが、突然日本語でレッスンとなると、「あれ?なんていったらいいんだっけ?」とか、「あれ?この表現おかしいじゃないの?」とか自分でつっこみを入れてしまうことの連発。
いくつもの時制が入り混じったような文や、想定、架空などのややこしい文をフランス語で言うのはいまだに好きじゃないけれど、逆に便利な一言表現はもう定着しちゃってて、それを日本語におきかえるというのが至難の業だと気がついたんです。

たとえば。

「そうそう!」とか「ほ~ら!」、「そのとおり!」みたいな場面で使う「Voila !」(ヴォワラ!)。日本語説明で「・・・みたいな」と書いたとおり、大体はそういう意味なんですけど、一言日本語で選ぶとなると迷ってしまいました。

「はい、始めよう!」とか、「じゃあ、いい?」とか「いくよ?」とかの場面でいつも使う「On y va ?」(オニヴァ?)。これまたやっかい。生徒と一緒に弾こうと思って、最初の掛け声なわけですが、なんというのだったっけ?もしかして「せ~の?」とか??

言い出したらキリがないくらいで、意外とフランス語の方が楽な場合もたくさんあるのだと再認識。言語って本当にそれぞれ特徴があって、あいまいな部分やすごく精密な部分とか、やっぱり便利な点、不便な点があるな~と痛感している真っ最中の私です。

2008年12月15日月曜日

クリスマスシーズン 昼バージョン

フランスでは毎年12月に入ると、一気にクリスマスモードが広がります。
サンタクロースから子供たちへのプレゼントはもちろんですが、お中元、お歳暮などといった習慣のないフランスでは、唯一クリスマスこそが、家族、友人、お世話になってる人へ贈り物をする季節であると言え、クリスマス商戦が激しく繰り広げられ、それもここ数年でヒートアップがめだっています。

まあそんなコマーシャル化されるクリスマスを嫌うフランス人は多いですが、プレゼントを贈る相手の好みなどを考えて品選びをするフランス人を見る限り、まだまだ日本のお中元、お歳暮のような紋切り型の風習とは違うと思います。「何か贈らなければ」という考えよりは、やっぱり「何か贈りたいな」という自然な動機のように思います。まあ、もちろん人それぞれではありますが。。。

ヨーロッパの各地、各都市ではクリスマス市が開催されますが、モンペリエも例にはもれず、数年前からコメディ広場でMarché de Noelが開かれます。今年は去年の3倍以上の面積に拡大されて、しかも「HIVERNALES」という名前をかかげ、盛り上がっています。フランス語で冬のことをHiver(イヴェール)といいますが、フェスティバルとかけた言葉遊びでしょう。

私は一週間前の日曜日にこのマルシェを横切りました。天気もよく、普段の日曜日とは全く違って人出が多く、クリスマスムードに包まれた街の様子を紹介します。




コメディ広場では小さな小屋がところせましと並び、それぞれクリスマスグッズ、季節の食品、アクセサリー、デコレーション、などなどいろいろ売っています。ラングドッグルシオン地方の名産品とか、この地方のアート職人の店などもみられます。

でもやっぱりサンタグッズはかかせませんね。




去年までは、コメディ広場だけが会場になってたのですが、今年は広場横に続くエスプラナードにまで拡大されて、なんだか日本の縁日のような店並びですごい人出。


日曜日の昼間にこんなに人が街に出てるのは本当にめずらしいこと。

遠くに大きなサンタさんが見えていて、「あれは何?」と思って近づくと、、、、



ドド~ンとそれはアイスクリーム屋さんでした。
このように、マルシェ・ドゥ・ノエルではその場で食べ飲みできる店もたくさんあります。食べ物の方ではクレープとかチュロスとかがメインで、飲み物の方はやっぱり冬ならホットショコラなんかが人気ですね。でも、フランスの冬の飲み物と言えば、、、


「Vin chaud」というのはホットワインのこと。そういえば私はまだ一度も試したことがないような、、、。近々味わってみないとだめですね。
今年のマルシェ・ドゥ・ノエルの新しいところといえば、エスプラナードにスケートリンクが開設されていたことです。噂に聞いた時は「え?本当?」と思ったけど、実際に見てみたら意外と風景にすんなりとおさまっていて、いい感じ。みんな楽しそうに滑ってるしね。

「お、私もやってみよう。」と思ってみたいところなんですが、実は私は「滑るもの」が苦手らしい。らしいというのも変な話ですが、やってみたいと思っても、スキー、スケートろいった類で本当に楽しめたことがなかったんです。こけたらこけっぱなしというか。ま、人間、苦手なこともありますよね。

こんな感じで12月のある日曜日の風景でした。あとはクリスマスと言えばやっぱりイルミネーション。次は夜の風景をお届けしないとだめですね。

2008年12月7日日曜日

Japan Matsuri

この週末、モンペリエでは初めてとなるJapan Festivalが行われました。ベトナム人コミュニティーや中国人コミュニティーでは、毎年新年を祝うお祭りを盛大にしていますが、モンペリエではまだ日本人社会とまでいえるような日本人の数じゃないしまとまりもなかったので、「日本」をテーマにして何かが開催されるのはこれが初めてのこと。


私がこのお祭りの存在を知ったのは4日前。日本伝統文化や日本の娯楽を紹介する目的とされていてますが、ホームページをのぞいてみると、マンガ、アニメ、ゲームのことがたくさん書かれていて、さらにはカラオケ、コスプレのコンテストがあるという。


ちょっと私の望む感じと違うけど、、、とちょっと躊躇しつつ、せっかくだから様子を見に行こうと思ったんです。






ポスターはこんな立派なもの。

主催者は、以前日本で4年ほど生活をしたことがあるというモロッコ系フランス人だとか。その人のアソシエーションを中心に、モンペリエに存在するいくつかの日仏文化グループ、アソシエーションが参加して、さらにはマンガ専門店とか、ゲーム専門店とかが加わっているようです。

友人の日仏カップルはこのアニメ色にひいてしまって行かないと言ってましたが、私はそれはそれでこの目で見て確かめたいと思って行ったんです。
モンペリエ市役所の多目的ホールが会場でした。

が、入場料5ユーロを払って入ったとたん、「。。。。。。」

半端じゃなくてアニメマニア色が爆発してたんです。

フランス人の若者の間で日本の漫画が大流行なのはわかっていましたが、アニメコスプレの人たちを見て圧倒されてしまいました。何より空気が「マニアの空気」だったんです。日本と同じ空気なのにおどろきました。

メイン会場の特設ステージではアニメソングを日本語で歌ってカラオケ大会。






会場の隅では控え目ながらも「日本伝統文化」を紹介してるスタンドもあったのですが、会場全体がカラオケとコスプレの歓声でおおわれていました。

日本のゲームセンターにあるようなゲームも何台か設置されてました。



生け花の免状をもってるフランス人や、剣道、合気道、空手などの日本武道のグループ、折り紙を教えてるスタンドなどあったんですけどね、その存在は全体の5パーセントにも満たない感じで残念でした。



アニメも日本のものだし、カラオケも漫画も確かに「日本」を代表するものだろうけど、もうちょっとバランスよく紹介されていたらよかったのに。だってこれじゃあアニメフェスティバルって感じだもの。

せっかく5ユーロ払って入場したし、、、と思ってうろうろしつつ、知り合いのMさんのおりがみスタンドで休憩させてもらいました。



おりがみに夢中になってる男の子をみながら、部外者なのにぼけーっとカウンターに並んで座っていたら、知り合いの日本人何人かが通りかかり声をかけてくれました。そして同じく知り合いのTくんも私に気が付いてくれました。話を聞くと、彼はおにぎりやおみそしるを売ってるスタンドの助っ人に駆り出されたらしい。そこで彼について裏現場にお邪魔しに行きました。するとそこでは数人の日本人が忙しそうに料理をしていました。

小さな簡易ガスコンロ二つで味噌汁、カレー、お好み焼きを作り、おにぎりやサンドイッチとともに売ってました。



お昼時には大混雑ですごかったそうです。語学留学の学生さんや知り合いの研究者Hさんやフランス人と結婚している人たちが仲良く働いているなか、私は手伝うそぶりもなく、あげくのはてにできたてのシャケおにぎりをいただいて失礼してきました。サケおにぎりなんて何年ぶり。おいしかった~。

というわけで、友人カップルの予想通り、内容にかたよりのある日本祭りでした。が、私の性格上、見て納得しないといけないタチなので、5ユーロかかりました(笑)。

会場を後にすると、普段は人通りのすくない日曜日の街ですが、クリスマスシーズンで店もオープンにしているところが多く、コメディ広場ではクリスマス・マーケット(フランス語ではマルシェ・ドゥ・ノエル)が開かれていて、めずらしいくらいの大混雑でした。
また近いうちに町の様子をお伝えします。

2008年12月4日木曜日

Musique au féminin

12月2日火曜日と3日水曜日、オペラjrの若者グループ(16歳~25歳)が9月から準備してきたコンサートが行われました。

今回のコンサートのテーマは「Musique au feminin」。

文法の女性形のことをau femininといいますから、言葉遊びの入ったタイトルで、女性作曲家に焦点をあてたわけです。
場所はオペラ座の小ホールsalle Molièreで、火曜日が午後2時半で学校向け。水曜日は19時一般客で満員御礼。

去年、アメリカ演奏旅行をしたメンバーからかなりの入れ替えがあっての新メンバー。中にはアメリカ人、ニュージーランド人も交えて、インターナショナルになってきました(笑)。グループの年齢制限上16歳から25歳ですが、現メンバーはほとんどが16歳から21歳、まだまだ若い。グループとしてまだまとまりもなく、安定してない状態でのコンサートだったので、どうなることやらと思いましたが、まあやるしかなかったし、本番はライブの本領発揮で、若者のエネルギーが噴き出た感じでした。ちょっとアクシデントもありましたが、これも「生」ならではのもの。

今日は本番の録音の抜粋も加えて、プログラムを紹介したいと思います。といってもこの録音、きちんとしたマイクで正式に録音したものではなく、私がピアノの片隅でこっそり(?)とったものなので、ピアノがキンキン聞こえるわ、質はよくないのであしからず、、、。

1.「L'eau vive」 Claude ARRIEU (1903-1990)

まずは混声4部合唱のアカペラ曲で始まりました。きらきらとした水がテーマで、とっても爽やかな曲です。






2.「Madorigal」 Mel BONIS (1858-1937)

続いてソロパートと女声2部のコーラス。








3. 「L'oiseau bleu」

同じ作曲家による女声デュオ。「青い鳥」です。


4. Trois Rondeaux de Clément Marot

プログラム1曲目のL'eau viveと同じ作曲家による、女声3部のアカペラ3曲からなる小組曲です。ちゃめっけのある作品で、私はとても気に入りました。早口言葉のような歌詞とテンポに加え、ハーモニーも半端じゃありません。

- 「aux damoyselles paresseuses d'ecrire à leur amys」友達にこまめに手紙を書かない筆不精なお嬢さん。






-de trois couleurs, gris, tanné et noir



-Rondeau du guay







このあとウラジミールによる女性詩人の紹介、言葉遊びの説明などをはさんでから現代作曲家へと移行しました。

5.「La société」 Isabelle ABOULKER (1938- )

もともとはソロ用の曲ですが、男の子全員で歌いました。歌詞は、「社会は二つにグループでできている。一つは食欲よりもディナーの方がたくさんある者たち。そして一方は、ディナーよりも食欲の方がある者たち。」シンプルでかつシビアな内容ですね。拍子のない楽譜なので、最初は苦労した彼らだけど、覚えてしまえば楽でしたね。






6.「la plus perdue de toutes les journées」

同じ作曲家による曲です。

ちなみにですが、いつもオペラjrではプログラムは全曲暗譜で歌うことにしています。





7.「Misogynie」

「女嫌い」さらには「女性蔑視」を意味する「misogynie」。もちろんおふざけを意図して作られた曲ですが、歌詞もかなりきわどく、本当にこれをコンサートで歌うか?とちょっと迷ったけれど、歌詞も女性である作曲家が書いたものだしOKでしょう、ということでエントリー。やっぱり歌詞が観客に受けて、もりあがりました。







興味をもった方のために、ちょっぴり歌詞を、、、。

Les castelognes, les houppes, les plumes et les étoupes, les oreillers de velours, les heures et les mitaines, les peaux de voutours, les laines sont bien plus fermes que vous !

Une chienne, une tigresse, une chatte, une singesse, la femelle entre les loups, un maquereau passé maître, les novices hors du cloître, sont bien plus chastes que vous !

etc.

あえて日本語訳は省略。。。


8.「Horloge, tais-toi !」 Kaija Saariaho(1952- )

続いては、本格的現代作品。フィンランド人で、早くからパリで活躍をするカイジャ・サアリアホの「Horloge, tais-toi !」(時計、だまれ!)という曲です。カラン、コロン、のように聞こえる音は、楽譜に書かれた指示で、舌をつかって「A」と「O」の母音をならしているんです。








9.「Hymme au soleil」 Lili Boulanger (1893-1918)

24歳で亡くなってしまったリリー・ブーランジェの作品。女声ソロつきの混成四部合唱です。太陽への讃歌なので、迫力あるエネルギッシュな曲。抜粋は曲の中間部分です。







10.「Reflets」

こちらもリリー・ブーランジェの作品。歌っているのは15歳の女の子です。彼女は2月公演予定のパーセル「ディドとエネ」で主役をします。15歳でこの声は驚きでしょう?




11. 「Tota pulchra es」 Maurice DURUFLÉ (1902-1986)

ここで唯一の例外として、男性作曲家の作品を入れました。聖母マリアの美しさを歌う曲なので、女性の美しさを讃えるということで、、、?

12.「sonohitoga utautoki」 つまり、「そのひとがうたうとき」です。

木下牧子さん作曲。今回のプログラムでは唯一の外国語曲となりました。それが日本語だとは、彼らにとってはつらいですよね。私がアルファベット表記をして、なんとか発音にはこぎつけれますが、西洋人にとってちんぷんかんぷんの言語で歌うというのはあまりないこと。よくこれを暗譜したもんだと思います。ちょっと音楽的にもボーカル的にも完成度がいまいちだし、多少発音が変でも、ちょっとうれしくないですか?フランス人が私たちの言葉で歌っているのを聞くと。







以上が今回のコンサート「Musique au feminin」のプログラムでした。

さて、音の画面に映っているのは今回のコンサートのポスターなんです。この女性の目、メイク、そして扇のような楽譜。完全にアジアティック(東洋的)ですよね。なんで今回このデザインなのかは知りませんが、インパクトのあるポスターでした。



世間で知られていない作曲家や作品を紹介するのは、したくてもなかなか実行するのは難しいもの。そのためプログラム選びはとても大事。今回のプログラムでは、フランス語の歌にかたよってしまったことだけが私的には残念だけど、とても有意義な内容だったのではないかと思います。