2010年2月28日日曜日

Audition 生徒の発表会 ―大それた挑戦―

さる2月6日の土曜日、音楽学校で私のクラスとヴァイオリンのMathias(マチアス) のクラスの発表会を行いました。
場所は毎度のようにSt.Georges d'Orques の小学校の多目的室。



マチアスも私のクラスもお互いこの音楽学校でも1、2を争う大所帯なので、参加者とその家族、友人で部屋はすぐにあふれかえってしまいます。立ったまま鑑賞の方も多く。。。

私とマチアス、ほぼ毎年のように一緒に合同発表会をしています。なぜならヴァイオリンの生徒の伴奏を私の生徒にさせてるからです。もちろんそれなりのレベルに達した生徒しかピアノ伴奏というものはできませんが、ちょっぴり無理を承知で挑戦させているのです。厳密に言うと、この「挑戦」という言葉ですが、理性的に度を越した挑戦だったりもするんです。

というのも、音楽をやってる方ならわかってくれるでしょうが、楽器を習い始めてまだ数年という子には、楽譜通りに曲を最初から最後まで弾きとおすということはまだまだ難しかったりします。つまり、「間違える」という行為が「ちょっとミスタッチをした」という行為とは根本的に違うからです。
例えば、よくある例が「間違えちゃった=止まっちゃった=弾きなおす」です。初心者がソロで弾く場合、いたってあたりまえのこの行為ですが、ドゥオなんかで誰かと一緒に弾いている場合、相手のことなんて完全無視的な行為となります。
また、初心者によくある問題がリズム感、拍感のなさ。4拍子の曲なのに、突然二分音符を四分音符にしたりして3拍子混入の変拍子を平気な顔でしてしまう。あるいは休符を完全無視とか。。。

もちろんこういう問題はレッスンと練習を通して直す努力はしてるのですが、根本的に拍感が身についてないレベルでは、いつ何どき勃発するかわからないよくあるトラブルです。

だからこそ、こういうレベルの生徒の伴奏はプロがするのが常識です。日本でだってヴァイオリンやフルートの生徒の発表会なんかには、ヴァイオリンの先生が簡単な伴奏を弾いてあげるとか、ピアノが上手なお姉さんが妹の伴奏をしてあげるとかっていう例以外はプロの伴奏ピアニストが準備されていると思います。
フランスでだってそれは同じこと。まず、コンセルヴァトワールにはプロの伴奏ピアニストたちが教授陣たちとともにそろっていますから、基本的に発表会も試験も、このプロたちによって伴奏が保障されています。また「ピアノ伴奏科」が設置されているコンセルヴァトワールではこの伴奏科の生徒による伴奏もよく行われますが、彼らはピアノのレベルが最上級学年のレベル以上であることが必須ですし、まあセミプロとよべるでしょう。
また「室内楽」という科もありますが、こちらも器楽の生徒が誰でも初心者から受けれる科ではありません。それぞれ上級の学年になってから生徒の空きがある場合にオーディションでとってもらって初めて受けることができる授業であることがほとんどです。そのため生徒たちの楽器の腕前はまあそこそこ。そのうで、ここで初めて他の楽器と一緒に演奏することを知る子たちがほとんどなのです。

私が教える音楽学校でも、私が働き始めたころは私がピアノ伴奏をしてあげていました。でも私が合わせの練習をしてあげる時間、そして本番で弾いてあげる時間はボランティア行為であるという現実面の問題に加え、私には初見で問題なく弾ける楽譜で、楽器の子がどうにかこうにか譜面どおり弾けるかどうかというレベルにつきあってのドゥオは正直言ってちょっと退屈なものでした。
そこで、私が「レベルの進んでる私の生徒にやらせてみるのはどう?」と提案したのが始まりでした。

最初は本当にピアノの生徒で一番上手な子、一人、二人に与えて挑戦するという段階でした。

それならまだしも!

私たちの挑戦は毎年オーバーヒートしてきて、なんと今年のヴァイオリンの発表会には8組ものドゥオ、フルートでは3組のドゥオ、トランペットにも3人のピアニストを送るということになったのです。しかもヴァイオリンの生徒が弾く曲は年々ハイレベルになってきています。まずいろんなヴァイオリンコンチェルトがあるのは当然ですが、これらの伴奏パートはもともとオーケストラの楽譜をピアノにアレンジされています。そのため、ピアニスティックな楽譜ではないのでピアノの生徒には難しかったりします。彼らは和音が苦手ですからね。もともとヴァイオリンとピアノのために書かれたソナタなんかも最近増えてきています。そうなってくるとピアノパートははっきりいってハイレベル。今年なんてバルトークの「ダンス」もありました。

私が理性的で安全を好む先生なら「これは難しすぎる。」と却下して終わりなのに、「やってみよう!」と言ってしまう性格の私。はたしてこれがいかに狂気に近い挑戦かわかってもらえるでしょうか、、、。

この音楽学校では毎週一回30分の個人レッスンが年間32回あるだけ。
その中で、まあそこそこ練習し、頭の回転も速く、リズム感にもめぐまれて、「音楽が好き!」と感じてくれてそこそこのレベルに達すことができるのは誰にでもあてはまることではありません。

幸い、この上記の条件がすべてそろって、とてもたのもしい生徒になってくれたのが今年高校一年生のCharlotte。この音楽学校でゼロから初めて今年ピアノ9年目の彼女は、私にも「あっぱれ!」と言わせる初見能力までみにつけてくれました。さらに相手のミスやアクシデントなんかにも対応できて合わせることができて、素晴らしい伴奏ピアニストの卵です。
こんな生徒の場合、私はなんの心配もなく伴奏の楽譜を与えることができるのですが、これは幸運な特別例。

今年私が伴奏14曲のために人選に頭を悩ましたのはもちろん、誰にどの曲を与えるかにも悩みました。それぞれの生徒の性格も考慮しますからね。「あの子はハードルに立ち向かえる子、あの子は譜読みさえできたらあとはなんとかなる子、あの子はハッパをかけたら応えられる子、」などなど。
結果、私が選んだピアニストはピアノ歴10年の子、9年の子からピアノ歴まだ5年だけど音感リズム感が強い子まで。中ではピアノ歴8年だけど基礎力が弱い子なんてのが一番心配だったりします。

そんな子のためにもとにかく早く楽譜を頂戴!と頼んであったので、ほとんどの子が11月後半には楽譜に取り組み始めました。初見が得意なシャルロットのような子を除き、この譜読みの段階は私に我慢を強いる時期です。どの子も片手ずつ、ゆっくりさらわせないといけないから。
しかも普段、ピアノで2ページ以上長い曲なんて弾いたことないのに、突然5ページあるヴァイオリンの伴奏譜を見て「え~、こんなに長いの~!?」と反応されるのもごもっとも。
まあ、私としてはクリスマスまでにはなんとか譜読みを終えて、、、、と考えていました。

さらにマチアスとともに、「ハッパをかける意味で、合同練習を早めに始めよう。」と決めていたので、クリスマスバカンス明けから一週おいて、ヴァイオリニスト達に私のレッスンに来てもらいました。

そこでまずは厳しい大問題発生。
ほとんどの子がクリスマスバカンス中、練習をおざなりにしてたんですね。
。。。。。
バカンス天国のフランスでバカンス中に普段以上の練習を期待する私がバカなのはよくわかっていますが。
バカンスはピアノにもヴァイオリンにもバカンスなわけです。
バカンス前にせっかく譜読みをちゃんとした私の生徒も、そこから進歩してるどころか退化した、、、?なんてことありです。(笑)

そんなわけで、「これで大丈夫なんやろか。。。。」という大疑問を頭にかかえての練習スタート。

また毎年私をちょっとイラっとさせるのがテンポの問題。

例えばヴァイオリン歴6年の子が弾く曲でテンポの速い曲があるとします。たいていこのピアノ伴奏譜は早く弾くにはとっても難しい。だからピアノ歴6年の子には弾けません。私がピアノ歴7年の子に与えたとして、テンポを上げていくのは過大な要求です。でもマチアスにしてみれば「これくらいのテンポで。」と軽く要求できてしまうこと。そこで毎回「テンポはおおめにみてあげてね。」とマチアスに頼むのですが、音楽的にも当然テンポを上げるべきなのは私もわかってる。こうしてテンポのおりあいをつけるのが私にはフラストレーションのたまることだったりします。
ま、そもそも無理な挑戦、無理な要求を私の生徒に課してるだけだったりもするんですけど、、、。

私のレッスンにヴァイオリニストが来たり、私の生徒がマチアスのレッスンにいったりして練習を積むんですけど、1月末の時点ではマチアスもかなり不安だったみたい。
「やっぱり大それたことしすぎかな、、、。」とメールを送ってきました。
それは明らか!
でもマチアスは自分の生徒にそれなりに適したレベルの曲を与えているわけです。そのピアノ伴奏譜を明らかにレベルの達していない生徒に与えている私に問題があるんですね。

もちろん私も毎回「これは無理ってことわろうかな、、、」と迷います。
でもこちらで生活してて年々明らかになっていく私の思考回路の問題に「最初からあきらめるのはもったいない。やってみたらできるかもしれない。」と思ってしまうってのがあります。自分の仕事上のことでも、プライベートのことでも、何か頼まれたりしたときに「leonardo はなんでも引き受けすぎ。」「leonardo は断りベタ」といつも指摘されています。これが自分のことならまだしも、自分の生徒に「がんばったらできるよ!!」と押し付けるのはやりすぎなのかも。

でも、なんで私が「最初からあきらめたらもったいない。」と思ってしまうかと言うと、個人的に他の楽器とのアンサンブルや共演が好きな私としては、自分の生徒にもそれを体験、経験してほしいと思ってるからです。しかも、毎回、機会を与えた生徒たちは「アンサンブルって楽しい!」と発見してくれるのです。さらにちょっと難しい曲に挑戦して「できた!」という自信と喜びも生まれて。それを傍で見守る父兄のみなさんもすごく評価してくれるし。

そんなこんなでやめられないんですね。この大それた挑戦。

結局この2月の発表会でも、私たちのドゥオ奏者たちは、それぞれ最後の追い込みをしてくれて、満足のいく演奏をしてくれました。中にはレッスンをしていて私自身に「室内楽のレッスンするのって楽しい!」と思わせてくれるドゥオもいたし。

それにしても私にとっての最後の問題はこのフランス流「最後の追い込み。」

これってすごいんすよ。わかる方にはわかってもらえると思うけど、プロ、アマチュア、仕事、趣味関係なく、フランス人はものごとを計画的にすすめるというのが苦手というか、そういう概念が頭にないようなんです。(笑)
そのため、最後の土壇場ですごい能力をはっきしてくれるんですけど、私としたら、もうちょっと計画的に進めて私を安心させてくれよ、、、、。てつぶやいてしまうのでした。

2010年2月25日木曜日

只今工事中

1月後半から続いていた27日間仕事ノンストップの耐久マラソンを無事に乗り越えることができました。

バカンス天国、週35時間労働、サービス残業なんてありえないがモットーの国でこんな話を周囲の人にすると、「ウソ!ホント?」と驚かれたり、「よくやるな~。」と驚嘆されたり、しまいには「leronardo それって違法よ、、、、」と真顔で突っ込まれたり(笑)
まあ、違法というのは労働者を守る意味での法律から雇い主がそのようなスケジュールで働かせてはいけない、ってことですが、私の場合、あっちこっちでの仕事を自分でスケジュール管理してるからまあ自発的に過労しているというのも否定できない。

振り返ってみると、一番きつかったのはオペラjrのコンサートとVictoires de la musiqueの準備とオペラ「オテロ」が重なったうえに、生徒の発表会もあったためにピアノのレッスンに走り回った週。時間を気にして車で移動してばかりというのは、せかせかして精神的によくありません。この点、次回から改善すべきです。
でもなんやかんや言っても一応全部の仕事をこなして持ちこたえれたので、私の身体のトラブルのことを考えると、6年前に調子を大幅に悪くしてしまった時期に比べたら、問題と付き合うのが自分なりにかなりうまくなったと言えると思います。それがうれしい!

さて、世間は先週から二週間の冬休みバカンスに入ってるのですが、私は今週数日だけちょっぴりバカンス。ゆっくり寝るぞ~、ダラダラするぞ~と思いたいところなのですが、なんと私の住むアパートは外壁修復塗り替えの工事真っ最中。

6棟全部で200軒を超える所帯数をかかえるこのアパート。1月からいくつかの部分に分けての工事計画が貼りだされていました。私の住む棟は2番目で、工事予定は2月9日からとなっていたんですが、このところの悪天候続きのせいに工事は大幅に遅れ、(悪天候だけが原因ではないと私は思うけどね)今週22日からやっと私の住む棟にとりかかりました。

予定どおり進んで先週だったら私も一週間まるまる一日中仕事で留守してたからよかったのに、今週からだなんてついてない。私のせっかくのお休みの日も容赦なく、朝8時からすさまじい音で工事が始まります。まるで歯医者さんで歯を削られる音か、もしくはアスファルトの道路をドリルで掘り起こすような音が、自分の部屋の壁にむかって外から襲ってくるんです。ガガガガ=ダダダ=ゴーって。
それでも意地で寝続けてやろうとしている自分も笑えてくるんですけどね。

しかも今はベランダや窓の目の前に作業用の足場が組まれてしまって、作業の人たちがウロウロして落ち着かないだけでなく、窓ガラスが傷むのを防ぐために雨戸は閉めっぱなしにされ、さらにビニールシートとテープでしっかり覆われてしまい、悲しい戸閉め生活をよぎなくされています。幸い洗面所には雨戸のない窓があるので、そこのすりガラスからかろうじて外の光がちょっととれる程度。でも天気が悪いと雨が降ってるのか曇ってるだけなのか区別がつきません。
この冬のモンペリエは天候に恵まれず、青い空で有名なモンペリエらしからぬ空模様ばかりでした。それでも今週に入って「いよいよ春が近づいてくるかな?」と思わせる感じになってきたのに、そこで戸閉め生活ではついていません。。。
でもこの工事の計画でいくと、最後の割り当ての棟は6月ですって。それこそモンペリエ最高の初夏の季節に戸閉めを余儀なくされる人達ったら、考えただけでも気の毒です。それに比べたらまだいいかと思うしかありませんね。
さて、このアパートはもともとボケたピンク色と肌色のような色をしていました。
                                                                         
私はこの外観を最初からわりと気に入ってたんですが、自治会でいろいろ議論でもめた結果、今回の塗装工事となったようです。自治会というのは、私のような賃貸住居者は部屋の持主である大家さんが参加することも多く、私にはあまり情報が入ってこないんですね。でも全体的には賃貸住居者よりも購入して住んでいる人のほうが多いみたいだし、自治会の活動はかなり活発なアパートであります。騒音の苦情とかにかなり積極的に取り組んでいるのが私のお隣の例のムッシューでもあるんですけど、彼が時々自治会情報を私に知らせてくれます。今回の塗装でどんな色にするかというのも昨年のうちに話合われて、それぞれの投票で決まったとのこと。
私が日本からの里帰りから戻った時、塗装のパターン候補が掲示されていました。
                                                                                                  
 
                                                                            
もともとの色を残す案やベージュ基調で無難な色など。でも、結局決まったのはこちらの赤色をつかった配色。                                                             

このアパートの名前にはrouge 赤という言葉が入っているのが決め手となったそうです。
この写真は塗り替えが終わったお隣の棟の様子ですが、こうなるとやっぱりガラッと雰囲気が変わりますね。私的には前のほうが愛着があったんですけど。。。                                                         
ま、私もここの住人になって早3年半。
いつしかこの新しい景色にも慣れていくんでしょうね。

2010年2月20日土曜日

音楽の宴  Les Victoires de la musique classique 2010

ちょっとご無沙汰していました。

もう二週間前のことになりますが、2月8日のLes Victoires de la musique classique 2010 は無事に、そして盛大に終わりました。



テレビを見た人、会場にいた人、誰に聞いても「よかった!」との声でした。招待券をあげた友人は「まるで音楽のおもちゃ箱をひっくり返したみたいな夢のような時間だった。」ととってもポエチックな感想をくれました。
もちろん、音楽と言ってもクラシック音楽に限られていたわけですが、クラシック音楽のもつすべてのレパートリー、ジャンルが集結していたわけですから、彼女の表現にも納得。

そもそも「クラシック音楽」というもの、もともと好きな人でも熱狂的マニアくらいのレベルにならないと、普段なかなかたくさんの曲を聴いたりすることはできません。そして知ってる曲も限られたものになっていて、それぞれの好みも手伝って、ピアノ曲とかオーケストラ曲とかオペラとか、ある特定のジャンルの音楽にだけ興味があったり、バロック音楽やロマン派の音楽といったある特定の時代の音楽だけを聴く人がほとんどだと思います。
そんな人たちにとったら、このセレモニーは知らなかったジャンルやスタイルの音楽を発見するチャンスとなるわけで、とっても意義のあるいい機会だと思います。しかも集まったのは超一流の演奏家たちばかり。誰もが圧倒されるのも当然です。

後日になって184000万人の視聴者が番組を見たと発表されました。主催者側もいろいろと趣向をこらしたかいあって、ここ数年減っていたテレビ視聴者の数が抜群に跳ね上がったそうです。よかったよかった。

さて、この日CORUMに到着した私は関係者バッジをもらい、

ちょっといつもとは違う雰囲気を写真に撮ったりしていました。

するとそんな変なアジア人ツーリスト化している私の横をすっと通っていった人がいて、その人はエレベーターに乗り込みました。で、私も写真はもうとったから同じエレベーターに乗り込みました。で、その女性は同じくその場にいて自分の髪型を気にしているオペラjrの7歳のちびっこに「その髪型とってもすてきよ。」と声をかけました。そこでその人の顔をみると、なんとなんととっても有名人ではないですか。世界中で活躍するエレーヌ・グリモーさんです。私の目の前20センチのところにその人がいて、どうやら私以外の人は彼女の正体がわかってないみたい。私も「うわ~!エレーヌ・グリモーさんですか?!」とか大騒ぎするのもどうもいけてないと思い、一瞬「なんと言おうか??」と迷いました。で、彼女はすぐに1階でエレベーターを降りていき、「Bonne soirée !」(素敵な夜を)と私たちに言ってくれたので、「素敵なコンサートをしてください!」と声をかけました。これなら彼女も私が彼女が誰かわかってるとわかってくれたことでしょう。

さて、このエレーヌ・グリモーHélène Grimaud。美人で有名なんですが、実物もきれいな顔にさらにチャーミングさが加わって素敵なうえに、肩の力の抜けたシンプルな雰囲気がとても素敵でした。で、目の前で見たので断言できますが、この人、めちゃくちゃ若く見えます。もともと私も30代、まあ35歳くらいかなあと勝手に思ってたんですが、なんと今年もう40歳なんですって!信じられません。

で、失礼な話、私は彼女のことを「美人なピアニスト」だから売れているビジュアル系ピアニストの一種かと思ってるところがありました。さらに彼女が野生のオオカミ保護活動をしていることも有名な話で、彼女の自叙伝はベストセラーにもなったし、話題が豊富なピアニストととらえていました。
でもこの夜、得意なラヴェルのピアノコンチェルトを弾いた彼女の姿を見てると、なんだか「のだめ」的な感覚的天才型のピアニストだという強い印象を受けました。音楽と一心同体になっているというか、楽しんでいるというか、自分のものにしつくしているというか、とにかく生き生きとしているんです。この日、彼女の演奏を生で聴いた人、テレビで見た人、みんなして彼女の世界に圧倒されていました。

彼女は15歳でCDデビューした早熟な天才児ピアニストだったわけですが、人間の精神面を追求する人でもあり、オオカミとの出会いからは大学で専門的な勉強をしたうえに資金集めの面でも全力をそそぎ、ついにNY郊外にオオカミセンターを設立、オープンさせた人。天に二物も三物も与えられたうえにエネルギーと情熱にあふれるユニークな人ですね。コンサートのキャンセルとかよくするのも有名で、気難しい人として知られていますが、実際に見た印象では、気取らないシンプルな人でした。

この日をきっかけに彼女に興味をもった私は、知り合いがもってた彼女の自叙伝を借りてさっそく読んでみることにしました。

この本は2冊目ですが、一冊目 Variations sauvages (日本タイトル「野生のしらべ」) とともにもちろん日本でも出版されています。

彼女のオフィシャルサイトはこちら

http://www.helenegrimaud.com/





さて、この日の舞台裏はというとけっこうごっちゃごちゃ。というのも、通しリハーサルというのがなかったうえに情報不足のために、それぞれの出演者が自分が登場する時間をはっきりと知らされていなかったのです。オペラjrもその例にもれず、当初はセレモニー開始から30分後くらいからスタンバイという話だったのに、実際に舞台裏に行ってみると、「あなたたちはまだまだ後ですよ!早すぎます!」と言われて控室にもどる始末。こんなことをしてるのは私たちだけじゃなくて、エルヴェ・ニケ氏のグループ Le concert spirituel のメンバーも舞台裏で時間を気にしてうろうろしていました。

さて、舞台袖にいくと、司会者であるマリーさんやロデオン氏のプレゼンテーションの様子が聞こえてきて、そこでようやくテレビの生放送なんだという実感がしてきました。私たちの前はヴァイオリニストのヴァディム・レーピン氏 Vadim Repin。ヴァイオリン界のスーパースターである彼は今年名誉賞に選ばれたんです。

彼とのちょっとしたインタビューが終わるといよいよオペラjrの番。さて、ここからは数日前にユーチューブに投稿された録画をご覧ください!モンペリエ・オーケストラのアシスタント指揮者に就任したばかりのロベルトさんの指揮で、フォーレ作曲の「パヴァーヌ」です。

http://www.youtube.com/watch?v=wMmb9tcrQis

どうでしたか?


私は舞台袖の生放送のモニターを見ていましたが、彼らの真剣な表情が心に来ました。ついさっきまでは楽屋でバカなことしてた若者たちですが、本番、やるときはびしっとやるんですね。感心です。そして直前には「怖いよ~!」と震えていたおちびたち。7歳~9歳の子たちですが、しっかりと舞台の世界に入りきっていてこれまた感心。親ばかみたいですけど、彼らのまっすぐな表情をモニターで見ていて、「ils sont magnifiques 」 と思ってしまいました。私がこんな表現を使うのはめったとないこと。

彼らの登場時間は4分半。合唱指揮のヴァレリーと今回振付を担当したジスレンヌがあいさつに舞台にでて終了。かなり熱狂的な「ブラボー!!」が飛び交っていましたが、これで本当に終了。本当にあっというまのできごとでした。

終了後、若者も子供たちも本番があまりにあっというまだったためか、興奮が後から来た感じで大騒ぎ。みんなで写真をとったりして成功を祝いました。

彼らにとったら一生ものの経験であり、一生ものの思い出となったことでしょう。

今回このプロジェクトに参加したのはLe Groupe Vocal はほとんど全員ですが、Le choeur d'enfantsと La petite choraleからはほんのごく一部の6人ずつ。大部分のメンバーは参加できなかったわけで、 うらやましく思っていたことでしょう。

気がつけばもう22時に近く。せっかくだからやっぱりホール内で残りのセレモニーを生で聞くことにしました。

するとちょうどニケ氏のオーケストラが演奏中でした。



そのあとピアニストや歌手の演奏もあり、続いて再びニケ氏。今度はモンペリエ・オーケストラを指揮するのですが、何やら最初からギャグの演出。そしてScieley et Dino で有名なコリンヌとジルが出てきてどたばた喜劇に。お笑いのプロですからやっぱりおもしろいし、ニケ氏はプロ顔負けの徹底ぶり。

会場もにぎやかになったところへ、変なピエロが登場。実はこれが前回の記事でも書きましたが、モンペリエ・オーケストラのヴァイオリン奏者であり、私の恩師の息子であるニコ氏です。



「忘れられた楽器の嘆き、、、」と言って始まる彼のシーンもユーチューブに投稿されたので、ビデオをご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=30y17PVjpHM&feature=related




この不思議な楽器、フランスではscie musicale シー・ミュジカルと呼ばれますが、シ―とはのこぎりのことです。
このトリオ、実はハープ奏者もアルプス・ホルンを吹くのもオーケストラのミュージシャンでした。
ニコ氏は実に多才な人で、タンゴの演奏なんかもすごくうまいし、傍らではピエロとしても活動しているとか、、、。



この夜は本当にいろんなジャンル、いろんな編成での音楽が聞けるコンサートでした。私が実際にきけたのは後半さいごのほうだけですが、その中で純粋に「演奏」にはっとさせられたのはピアニスト Alexandre Tharaud タロー氏の演奏。彼はショパンのノクターンの遺作を弾きましたが、その時にピアノの音色に心打たんです。こんな大きなホールの最上階でピアノのソロの演奏を聴くのは初めてですが、ピアノの音色だけが会場に響き渡って、誰もが息をのむようななんだかクリスタルな時間でした。この日、何人かのピアニストの演奏を聴きましたが、同じピアノを使って演奏しているので、それぞれのピアニストの持つ音色の違いがはっきりとわかったのです。うん、すごかった。



さて、このコンサート&セレモニーはちょっと遅れが出て放送延長をしながらの幕閉めとなったようです。会場内に並んだ大型テレビでは生放送の番組の映像が映し出されていたので、スタッフの名前や番組終了のテロップが流れているのを確認しながら、舞台上で続く演奏を聴いたりして、なかなかおもしろい経験でした。


私はヴァレリーとジスレンヌとともに最上階の席で聞いていたのですが、セレモニーが終わってから関係者の皆さん方にあいさつしに降りて行きました。

そこで、この日の私のおめあてであるマリーさんとしゃべれるかな~と期待したけど、彼女の周りにはあまりにたくさんの人がいて断念。でも目の前50センチで生マリーさんを見ました。テレビで見る通り、いやそれ以上にきれいな人。テレビで見る知的なイメージよりもチャーミングな雰囲気も加わって素敵な人。ですが彼女の華奢な身体には驚きました。まず、私よりも背が低かったのにも驚きましたが、スマートを通り越してちょっとやせすぎだったんです。仕事が忙しいのはわかりますが、ちょっと心配になる痩せ方でした。。。身体には気をつけてくださいね、マリーさん。


この後はCORUMの吹き抜けロビーに準備されていたワインを片手におしゃべり。

関係者や出演者の打ち上げパーティーみたいなものだったわけですが、そこではオペラjrに対して称賛の嵐。「こんなの見たことない!」という反応がほとんどでした。確かに、児童合唱とかどこにでもあるにしても、ただ並んで歌うだけではなく演技や動きを伴って歌うグループは めずらしいもの。そして彼らの「自然体」も高く評価されました。顔つきも若者や子供らしいそのままの自然な顔で、動きも変に作られていないところ、そして声ももちろんトレーニングをしているとはいえ、個彼らの年齢にそった自然な声。

児童合唱というのは、もともと西洋では教会の少年聖歌隊から由来しています。そのせいでフランスでもいまだ子供合唱の団体はメトリーズ(maîtrise 聖歌隊養成所の意味)と呼ばれるのがほとんどなのです。クラシック音楽作品のなかでも児童合唱の部分は天使だの聖歌隊だのに関係したものが多い。そんな教会からきてる影響で、西洋の少年合唱団、児童合唱というのは声の質にも一定の傾向があります。ちょっと閉まった感じというか、ひきつった感じというか、堅いというか、、、。あの有名なウィーン少年合唱団だって、やっぱりこの路線にたっています。
一方、日本は合唱が盛んな国で児童合唱というのも各地にあります。とてもよく練習されていてぴしっとまとめられていますが、何やら気にかかるのはどこのグループも同じようなあの笑顔。明るい調子の曲だといっそう際立つ、思いっきり作られてしまっているあの笑顔。。。アジアの某国のセレモニーに通じてしまいかねないあの笑顔を見ると、これはアジア人の性質からくる傾向なのかな~と考えたりもする。


ともかく、声も顔つきものびやかで自然体のオペラjrのカラーは、初めて見る人に強い印象を与えました。


指揮者やミュージシャン、関係者たちと言葉を交わしながら女3人でしゃべっていると、気がつけばもう周囲は閉店状態。いつのまにやらワインなどをサービスしていたカウンターもスタッフもいなくなり、会場に残ってるの最後の10人の中の一人になっていました。

外は雨。0時45分。

音楽の宴を終えた夜でした。

2010年2月8日月曜日

Les Victoires de la musique classique 2010 前日の巻

2月7日の日曜日、モンペリエの総合ホール施設CORUMからの全国中継生放送で行われるLes Victoires de la musique classique 2010がいよいよ翌日となって、会場ではリハーサルが行われました。

CORUMには金曜日の午後からテレビやラジオの関係者が現地入りしています。トラックもいっぱい。



2月8日の月曜日20時半からテレビFrance3 とラジオ France Inter で放送される3時間に及ぶ番組で、つまり3時間に及ぶコンサート&セレモニーなわけですが、リハーサルは今日と明日の日中のみ。分刻み、秒刻みで舞台進行をこなさないといけないわけですから、時間との戦いです。

この日、オペラjrは舞台上での練習時間50分を与えてもらいましたが、これがとっても大事。指揮者とは金曜日の夜に顔合わせをしてありますが、このリハーサルで初めて指揮者とオーケストラがそろっての演奏となり、初めて実際に会場、舞台を確認できて、音響はもちろん、舞台上のスペース、位置関係のチェックができました。しかもこれが最初で最後。

舞台裏は中継のために映像と音声のスタッフが、それぞれモニターとともに並んでて、ホールの客席側もテレビ番組なだけにいつもとはちょっと違う雰囲気。客席に向けてたくさんの大型テレビが並んでいました。



私たちのリハーサル前は、招待指揮者としてエルヴェ・ニケ氏がモンペリエのオーケストラを指揮して、去年モンペリエ・オペラ座で「アーサー王」で演出を行った人気お笑いカップル、「シャーリー&ディノ」で有名なCorinneとGillesの二人と共に「指揮者に挑戦!」的なお笑いの場面の打ち合わせをしていました。お笑いとバロック音楽、クラシック音楽ファンと興味がない人なんかをひきあわすことができて、ニケさんとジルとコリンヌという意外な組み合わせは今や成功例。彼らの「アーサー王」はDVD発売もされて好評だとか。今回のVictoires de la musique にとっても、この3人はモンペリエとテレビ業界をつなぐ、うまい接点となったわけです。

続いてモンペリエ・オーケストラのヴァイオリン奏者であり、私の恩師ニコ氏の息子であるルトヴィク氏が、なにやらオリジナルで原始的な楽器をもって登場。ハープと長いパイプホルンを伴奏にサン=サーンスの「白鳥」を演奏。どこから音が響いているのか不思議な楽器から出る不思議な音色に会場に居合わせた人は魅了されました。
このルトヴィク氏はクラシック音楽の演奏はもちろん、タンゴ音楽でも熱い演奏をしてくれるし、今回はこんな秘密特技まで披露してくれて、もしかしたら一躍時の人になってしまうかも!

さて、ニケ氏がからんだシーンの練習が終わり、舞台袖ですれちがって挨拶。
「元気?次は君が指揮する番かい?」なんて軽口を言われて、「違いますよ~。客席で見るだけですってば。」と返す。

こうしていよいよオペラjrの順番となりました。
会場内にはおえらいさん方がそろっています。

はっきりいって、テレビ局側、セレモニーのプロダクション側の人たちは、オペラjrというのがどんな団体なのかよくわかっていませんでした。単に「子供や若者が歌う」というのを予想していたようですが、オペラjrが舞台に登場して振付や動作とともにフォーレの「パヴァーヌ」歌いだすと、会場の注目が一気に集まりました。こういうとき、空気が変わるのがよくわかります。




インタビューをするためにニケ氏とジルとコリンヌを追ってホールの外に出ていたジャーナリストたちも戻ってくるとともに舞台に注目。
私は客席に座って遠くから見ていたのですが、「人の気を引く」というのがどういうことかというのがよくわかる情景でした。
オーケストラをバックに、彼らの声のよく響くこと。そしてやっぱり心地よいのは、自然な声だということ。オペラ歌手やロック歌手のあるいみ「作られた声」ではなくって、子供の自然でシンプルな声がす~っとホール内に響き渡るは、普段一緒に練習している私にとっても快感でした。

テレビ局のえらいさん、さらにはVictoires de la musiqueのえらいさん達がヴァレリーのもとに称賛の声をあげにきてくれました。「子供や若者がこんなに自然体で演技をしながら歌うのは初めて見た!」と。みんなの注目を集めた子供たちやヴァレリーは、リハーサル後に早速取材を受けていました。振付を担当したジスレンヌともども、私たちもとっても満足。

早速、この日の夜のFrance 3のニュース地方版では、このリハーサルの模様が伝えられ、やっぱりテレビなだけにジルとコリンヌさん、そしてオペラjrにも焦点があてられていました。

次のサイトのLanguedon-RoussillonのDimanche 07 février を選んでもらったらニュースが見れます。だいたい17分たったあたりからがVictoires de la musique の話題です。

http://jt.france3.fr/regions/popup.php?id=c34b_1920&video_number=0

オーケストラとともに30分練習して、そのあとは舞台のすみっこにあったピアノを使って私のピアノ伴奏で練習。これは予定してなかったので、おえらいさん方を前に突然弾くことになってちょっとびっくりしましたが、「このピアノ使ってもいいんでしょうか~?」なんてスタッフに尋ねながらフタが完全に閉じたままのグランドピアノに向かいました。最終チェックをして私たちの持ち時間は終了。後はもう、明日の本番で今日のように本領を発揮してくれることを願うのみです。

みんなから称賛の声をいただいたオペラjrでしたが、今日、唯一問題となったのはやっぱり衣装。(笑)

実はスポンサーに名乗り出た地元モンペリエの子供服メーカーがいて、新作コレクションの中からオペラjrのスタッフが選んだんです。でもそのメーカー名がどど~んと背中にのってるTシャツとかもあったりして。そもそも選びに行ったスタッフは私たちがどういう音楽でどういう振付で歌うのか、知らないでいってますから、私たち現場のスタッフから見たらみっともない、センスがよくない、、、というのがちょっと。。。でも最終的にはオペラjrのディレクターがそうすると決断したためにどうしようもないこと。

しかし、彼らの衣装を見たとたん、テレビ局関係者、番組関係者から「これはなんだ?」という声があがり、さらにはモンペリエの音楽界の王様クリング氏が「話にならん!」と一蹴り。

いくつか柄や色違いでそろえてあるのですが、その全体はまあそのままにするとしても、このメーカー名が大きくのってるTシャツは、明日の本番までの間になんとか代わりを見つけなくてはいけなくなりました。
私はこの衣装をまったく気に入ってなかったので、王様の一言であっさりと事が片付くところは見ててスカッとしました。(笑)なんといってもフォーレの音楽とは全くマッチしてないし、振付ともまるでかみあってない。。。このままテレビでの電波に乗ったとしても、「すばらしいけどあの衣装はなんだ?」という声が聞こえることになることはわかりきっていましたからね。


さて、この番組の司会を務めるのは、本人もミュージシャンでありクラシック音楽ラジオ番組のパーソナリティーを長年務めるフレデリック・ロデオン氏(Frédéric Lodéon)とテレビでおなじみの女性キャスターマリー・ドリュケールさん(Marie Drucker)です。

実はこのマリーさん、いつも私がきれいだなあと思って見てる女性の一人で、知的な女性として選ぶならとっても私好みなんですが、このネタだけでブログにかこうかと思っていたほど。その人を生で見れるとなると、きっと実物はさらにきれいなんだろうな~なんてミーハー気分丸出しで、今日会場で姿を見るのを期待してたんですが、今日はまだ会場入りしていないようで残念。

Les Victoires de la musique の公式サイトがあるので、どうぞご覧ください。登場するアーティストの写真が載っています。マリーさんの姿も見れますよ。

http://www.lesvictoires.com/classique/home.htm


今回のセレモニー&コンサートは一般にチケット発売はされずに招待客のみで行われます。CORUMの大ホールは2010席あるのですが、音楽業界のおえらいさん方、アーティスト関係者、そして出演者の関係者、さらにモンペリエの各界のおえらいさん方が中心となって埋まるということだろうと思います。幸い、オペラjrのメンバーの父兄もそれぞれ2席ずつもらっていました。もちろん私も「2枚は欲しい!」と希望を出していたのに、数日前にどうやら私の分はもらえないらしい、、、ということでがっかりしていました。が、今日、初めて関係者が現地にそろったということもあって、最終的には土壇場で私もちゃっかり3枚招待券をいただくことができました。

舞台正面のいい席に招待されている人たちには、立派な招待カードが送られ、そこにはしっかりと「正装で」と明記されています。フランス語ではtenue de soirée となりますが、そう言われるとハリウッドのアカデミー授賞式やカンヌ映画祭みたいなとまではいかなくてもドレスとタキシード着用なのか?という感じがしますよね。私が招待券をあげようと思っていた友人カップルも「tenue de soiréeなんてもってないよ~。」と言っていて、「普段よりちゃんとした格好だったらいいかな~?」と気にしていたのですが、雰囲気的には正真正銘の正装でないといけない感じでした。まあ幸い、私が今回ゲットできた席はサイドのバルコン席。普通に言ったらあまりいい席ではないわけですが、今回に限ってはそんな席のほうが正装うんぬんで厳しくみられることもなく、気楽に行けるだろうからよしとしましょう。

さて、本番はどうなるんでしょうか?!

また追ってお伝えします。 

2010年2月7日日曜日

Concert le Choeur d'enfants - les marins -

2月2日火曜日と3日水曜日に、オペラjrの子供グループLe choeur d'enfants によるコンサートが行われました。場所はいつものようにオペラ座の小ホールサル・モリエール。




今、この子供たちのスケジュールは超過密。というのも、私たちのコンサートと並行して、モンペリエオペラ座によるオペラ「オテロ」のコンサートバージョンに参加しているからです。「オテロ」の本番は31日日曜日、2日火曜日、そして9日の火曜日の3公演。もちろん先週は毎晩練習がありました。そしてこの「オテロ」に参加しない子たちは「Les Victoires de la musique」でのテレビ出演が控えていて、それに向けての練習が追加されています。子供たちはそれぞれ小学校、中学校に通いながらのことですから、みんながこの過密スケジュールをもちこたえられるのか心配してた私。ちなみに私自身のコンディションも最近ちょっと心配。

さて、今回のコンサートは、今年6月に演出つきでの公演が決まっているブリテン作曲「The Golden Vanity」を中心としたプログラムで行いました。

イギリスを代表する作曲家ブリテン(Benjamin Britten)は児童合唱のためにたくさんの曲を書いていて、その多くは子供らしい「純粋さ」とか「若さ」を表現してますが、16世紀の抒情詩をもとにして作曲された「The Golden Vanity」は、「裏切り」とか「厳しい現実社会」がテーマの悲劇なため、音楽も不協和音がふんだんに使われていて、「なにやら尖って鋭く激しいもの」っぽい音色で覆われています。

少年合唱とピアノのために作曲されたこの作品、1966年に有名なウィーン少年合唱団のために書かれて、ウィーン少年合唱団によって初演が行われています。演奏時間20分弱で、オペラというわけではないのですが、きちんとストーリーにそって音楽は展開し、配役もあります。作曲者による注意書きには、「衣装をつけて演じるのは可能だが、演出舞台はなしで。」とか、「ロープなどの最低限の小道具は使ってよい。」などの文が見られます。

オペラjrでは、それをカトリンヌの演出とジスランのオリジナル衣装とともに6月に一般公演をする計画を立てました。

The Golden Vanityというのは財宝を輸送中のイギリスの船で、トルコの海賊と遭遇したところからストーリーは始まります。激しく攻撃してくる海賊に苦戦しているイギリス船の中で、海賊船を沈没させるために海にもぐって策をしかけるという大役に名乗り出た船乗り見習いの少年が主人公です。勇敢な彼に、イギリス船の船長は、成功したあかつきには財宝と自分の娘をやろうと言います。少年は荒波の海に飛び込み、見事海賊船をパニックにおとしいれるのですが、任務を完了した少年に言い放たれる言葉は「この財宝を守るためには、いかなる約束も価値のない意味のないものだ。」というもの。大波にもまれながら少年は「ロープを投げてください!早く助けて!波にのまれる!」と必死で叫ぶけれども、船長は「助けてやらない。」と言い放ち見ているだけ。力尽きた少年がぐったりとしたころになって、ようやく船乗りたちは少年をひきあげます。でももちろんすでに時は遅し。少年はもう息をひき取っていました。その後、船乗りたちはこの海峡を通る度に、「波にのまれる!」と叫ぶ少年の声を聞くのでした。。。。

という何とも残酷な生々しいストーリーなんです。これが子供向けの音楽だなんて、はっきりいってショッキング。

6月の演出付き公演を前に、今回のコンサートではこの音楽からの抜粋にストーリーの展開を説明するナレーションをつけて発表しました。不規則なリズム、不協和音の連続で難しくデリケートな音楽です。そしてピアノパートは半音の衝突や不協和音のクラッシュがあちらこちらにちらばる激しい楽譜。

一時間のコンサートにまとめるために、20分弱のこの音楽をメインにして、船乗り、海賊、港にちなんだ音楽を集めてプログラムを組みました。les marins というのがフランス語で船乗りたちのこと。

1・まずは目下Le Choeur d'enfants がコンサートに参加中のヴェルディ(Giuseppe Verdi)のオペラ「オテロ Otello」から、子供たちが登場して歌うパッセージを。ちょうどいいことに、この場面は帰還した船を出迎えるために、民衆が港に集まっている場面なので、コンサートのテーマにもぴったりマッチ。

2・「The Golden Vanity」。お客さんたちも、予想だにしてなかった残酷な悲劇に驚いて、ナレーションに対して息をのんで「え~!」とか「まさか!」と声を出してリアクションを示してくれていました。難しい音楽ですが、子供たちもびしっと決めてくれて、うまくまとまったと思います。

3・ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud)が子供のために書いた歌曲から「船長の歌」(Chanson du capitaine)をソリストが独唱。

4・フランスで古くから伝わる船乗りたちにまつわる民謡を、フランス現代音楽の第一人者デュティユ(Henri Dutilleux)が多声のアカペラ曲に編曲した「Chansons de bord」。「航海の歌」といった意味ですが、デュティユは10曲を3つのグループに分けました。今回は4曲ある「Quatre chansons à virer」を選び、そのなかからまず「ロシェル(地名)の娘たち」 (la filles de la Rochelle)、「もうマリオンには会えない」(Je n'verrons plus Marion)、「 グラン・クルー(船の名前)」(Le grand coureur)の3曲を歌いました。

5・パーセル(Henry Purcell)のオペラ「ディドンとエネ」から「船乗りたちの歌」のソロパートと合唱パートをLe choeur d'enfants の中でも年長の女の子たちが歌いました。すると客席にいたオペラjrメンバーで昨年の「ディドンとエネ」公演に参加した子たちが飛び入りで歌に参加。(もちろんネタの下準備はしてありましたけどね。)舞台上と客席からの合唱で、会場は大いにわきました。

6・ピエルネ(Gabriel Pierné)の「仕事の歌」(Chansons de métier)から「綱作り職人」と「靴職人」。さすがに「靴職人」はテーマの船乗りと全く関係なかったりしますが。。。。(笑)

7・ミヨーが子供のために書いた歌曲集から「風のバラ」(la Rose des vents)。3つの歌からなる組曲で、「船乗りの歌」(Chanson du marin)を男の子たちが歌い、続いて「女中の歌」(Chanson de la servente)をLe choeur d'enfants の中でも年長の女の子が5人で歌い、最後には「歌」(Chanson)を、Le choeur d'enfants出身で今ではLe Groupe Vocal のメンバーで、16歳になった今は立派なバリトンの声がでてきたマキシミリアンがソロで歌いました。

8・マクダウウェル(Edward MacDowell)の「海」(The Sea) をソロで。

9・デュティユの「Quatre Chansons à virer」から残る一曲「マルゴ」(La Margo)を歌ってプログラム終了。

実は、このコンサートのプログラム、1週間前になってようやく決まったものだったんです。というのも、このシーズン、オペラjrとしてあまりにも行事やらプロジェクトが多くて、このコンサートのための準備期間が落ち着いてじっくりもててなかったんです。いつも1時間のコンサートとしてやってますから、それだけの音楽が必要なわけですが、楽譜が読めない子供たち相手の作業はなかなか予期しずらい面もあって、土壇場での決定もめずらしくありません。私個人としても、本番の1週間前に楽譜をもらうことなんてめずらしくありませんが、さらにはキー(音程)を上げたり下げたりの移調を知りもしない曲で命じられるとちょっと苦しかったりする。今回はミヨーの曲2曲で3度キーを上げる移調をしなくてはなりませんでした。近現代の曲での移調は簡単ではないですから。。。

そんなわけで、よく知らないままの曲を移調して弾き、最近の忙しさのためにちょっと「集中・没頭」に欠けてた感もところどころあるうえ、ここ近年悩まされている指先と爪のトラブルのために絆創膏を貼りまくって演奏したピアニストでした。やっぱりスケジュール調整とコンディション調整という問題は、きちんと対処しないといけない大きな課題ですね。

お客さんはいっぱいで席は完売だったのですが、いつもならジャーナリストや音楽関係者が聞きに来て、専門家からの反応も聞けるわけですが、今回のコンサートでは今のところそういった人たちが来ていたとの情報が入っていません。それだけがちょっと残念。

でもまあともあれ、無事に終わってよかったです。

2010年2月5日金曜日

27日間耐久レース?

なんやかんや言ってスケジュール調整が自分の思うようにできず、仕事に追われてしまっています。
早いもので2010年ももう2月。めちゃくちゃ早いですね!しかもなんかこのまま8月まであっという間に過ぎていきそうです。

この前私が一日完全オフの休日を過ごしたのは24日の日曜日。そして次に私が完全オフをもてるのは2月21日の日曜日。その間なんと27日間ノンストップ!!しかもその間にはコンサートや舞台に向けての集中練習や生徒の発表会やら、大事な仕事がいくつも入ってる。。。

大丈夫なんでしょうかね、これで?

「仕事を選ばないと身体を壊すよ。」とは周囲の人によく言われていますが、自分ではしっかり選んでるつもりです。友人には「希有な好運をもってる」と言ってもらいますが、今の私は自分がおもしろいと思える仕事、興味がもてる仕事しかしていません。ただ唯一の欠点は日程を自分で選べないことです。

しかもフランスのシーズン制にのっとったリズムの世界で仕事をしているので、一年間といってもその活動時期は9月から6月までの10カ月がメイン。単発の仕事をするたびに、音楽学校でのレッスンは振替レッスンとか結構頻繁させてもらってるのですが、6月末までにノルマ数をこなさないといけなくって、それが結構大変になってきました。「生徒さんから苦情がでないうちにちゃんと責任を果たさねば。」と思ってがんばってるつもりなんですけど、そこら辺を南フランスリズムでゆったり適当に~、ってすればいいんでしょうかね?こちらの社会で生活しているうちに、徐々に「適当さ」「いい加減さ」さらには「たまには無責任」ということを学んでいっているとは言っても、やっぱりまだ私は日本人。さじ加減を身につけなければ。。。