2010年10月17日日曜日

n'importe quoi...

フランス語での便利な表現に「n'importe quoi」というのがあります。

発音は「ナンポフトクワ」。n'importe というのが、「重要である、大切である」という意味の動詞importerの否定形からきていて、疑問詞とセットになることで不定代名詞を作って「どんな何々でも」といった言葉になります。

例えば、「誰か」という疑問詞「qui」と一緒になると「n'importe qui」で「誰でも」という意味に、「どれか」という「lequel」と一緒になると「n'importe lequel」で「どれでも」という意味に、そして「何」という意味の「quoi」と一緒になると「n'importe quoi」で「何でも」という意味になります。

ここから発展して「n'imoorte quoi !」と単独で言うと、なんでもかんでもありでめちゃくちゃな状態をうけてあきれる様子を表すことになります。

日々の生活の中で、フランス文化の中で理解できないこと、フランス人のメンタリティーで理解できないことなんかは多々あるわけですが、ここ最近で「n'importe quoi !」とついついさけんでしまった、ほとほとあきれるお話が今日のネタです。

それは今フランス全土で熱心に繰り広げられている年金システムの改正に対する反対運動の中でおこったできごと。

年金というシステムを存続するためには他に方法がない、必要必至の改正だと主張する政府に対して、労働期間の延長を強いられたり、おさめる積立金の増額を強いられる一般労働者が真っ向から反対しているわけです。

そこへ、ここ数年で悪化が続いている失業率、とくに若者の職なし状態が加わるものですから、「高齢まで働くこと=高齢者が仕事をキープすること=若い世代のためにポストが空かない」という図式が成立するために、あらゆる世代の人が反対しています。

そんな中、ストに参加する人々の若年化が注目されているわけですが、なんといっても高校生が年金システム改正に反対を表明してデモ行進に参加する姿がニュースでも連日取り上げられています。
だって、その数は半端ではなくって、全国各地で大多数の高校生が参加しているのです。

フランスでは数年前にも大学のシステムの改正議論や、短期雇用のシステムの強化の際に、多くの若者が立ち上がりました。

ストの国フランスでは大学生がストを起こすことはまったくめずらしいことではありません。彼らは大学を閉鎖、占拠してしまうので、その間、授業が行われないという事態に陥り、授業を普段通り受けたい学生と、ストに参加する学生の間の衝突も毎回見られます。

さて、高校生がストに参加するというのがどういうことなのか。

まず、彼らは授業に行く代わりに街で行われるデモ行進に参加します。

つまり、授業はボイコット。

それだけならまだしも、問題は高校生が自分たちの高校を閉鎖、占拠してしまうというところ。




この占拠のことを「ブロキュス」(blocus)なんて言ったりします。

大多数の生徒が授業に来ないという状態をみると、教員たちは学校から出ます。だって、閉鎖されてしまうということは、中から外にも出れなくなるからです。

さて、フランスにも私立の学校は存在します。
日本に比べると比率はだいぶ少なくなりますが、モンペリエにも私立の小学校から高校まであります。

なぜ私立学校に行くかと言うと、フランスでは政教分離が徹底されていて、とくに教育現場での宗教からの独立がベースにあるので、親が子供にキリスト教教育を受けさせたい場合、公立学校ではなく、教会と一帯となった私立のキリスト系学校にいかせることになります。何も親が敬虔なカトリック信者というケースだけでなく、単にキリスト教文化の伝統と規律の中で教育を受けさせたいと思う親がたくさんいます。

一方で、特にキリスト教教育に興味はないけれど、公立学校ではあまりに教員のストが多いために、共働き夫婦は学校が閉鎖になる度に子供をどこに預けたらいいかで一苦労するわけです。それにうんざりした夫婦が、ストが極めて少ない私立学校に子供を入れたがるというケースがかなりあります。

小学校、中学校まではかなりある私立学校も、高校になると結構数が減ります。
モンペリエに限って言えば、普通規模の普通科私立高校というと2つだけです。

私立高校では教員のストが少ないだけでなく、生徒がストに参加して学校を閉鎖、占拠というのはめったと起こりません。

今回の年金システム改正反対運動でも、私立高校の生徒の大半は、普段通り授業を受けるつもりで学校に行きました。

しかし!

何が起きたかと言うと、自分たちの学校を閉鎖して占拠した公立高校の学生たちが、私立高校にまでやってきて、閉鎖、占拠したというのです。

挙句の果てには、学校の門の前にあるごみ箱などに火をつけたりまでして、、、。

そのせいで、この学校の生徒も教員たちも学校外に出て帰宅を余儀なくされたわけです。

私はピアノの生徒からこんな話を聞いて、ついあきれて物もいえなくなっちゃった私が発した言葉が「ナンポフトクワ」なわけです。

人権の国フランスでは自分のもつ権利を誰もが主張するわけですが、私に言わせれば、それが行きすぎて他人の権利に関してはお構いなしなところがあって、権利の主張はするけど、人の権利の侵害はする人たち、、、と時おり思わずにはいられません。

今回のケースはまさにそのいい例。

しかもうっぷんのたまった若者の悪ノリも半分以上あるのが現実でしょうから、授業を普段通り受ける権利を妨害された生徒たちはただの被害者ですよね。

いかなる理由であろうとも、客や生徒に迷惑が及ぶスト行為にはそもそも反対の私はやっぱり日本人。
「最近の若者は、、、」とあきれる私はただ年がいってきたということなのか?

でも実は私、ここでは外国人でありながらも日本の年金システムには貢献せず、今のところフランスの年金システムに参加しています。ですからこの年金問題、私にも大いに関係する大事な問題。

でもねえ、、、。

どうも理解に苦しむお話でした。

ちなみに、今回の年金システム改正反対運動はまだまだ続行中です。
この一週間で何日もデモ行進が実行されましたが、明後日の火曜日もまた大規模なデモ行進が予定されています。というのも水曜日に国会で採決がとられるから。
最後の最後まで反対を訴えて、新しい法律の成立を妨害しようというのが狙いです。

交通網の乱れはもちろん、ガソリン不足騒ぎも問題になっています。

どんな結末になるんでしょうね。

2010年10月10日日曜日

The Golden Vanity

先週の木曜日と金曜日に行われたコンサートで、この一年をかけて取り組んできた冒険が一つ終わりました。

それはオペラjrのLe Choeur d'enfants による「The Golden Vanity」のスペクタクル。


ベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten 1913-1976)の「The Golden Vanity」とアンリ・デュティユ(Henri Dutilleux 1916- )の「Chansons de bord」で構成された舞台。歌うだけのコンサート形式ではなく、オペラjrが独自に制作した演出、照明、衣装つきのれっきとしたスペクタクルです。
昨年の過密スケジュールの中、秋から徐々に練習を始めて、5月末にはモンペリエの北側にあるモンフェリエー(montferrier sur Lez)という町で発表、続いて6月にはモンペリエ市内の舞台で発表。
バカンスをまたいでから、今回また別の劇場での新バージョンの発表に向けて練習を再開し、無事に最終公演までなしとげたのです。

「The Golden Vanity」は厳密に言ってオペラではないのですが、作曲者ベンジャミン・ブリテンが演出付きで演奏されることも想定して書いた1966年の作品です。少年合唱のために多くの作品を書いたブリテンですが、この「The Golden Vanity」も例にもれず、ピアノ伴奏とともに少年合唱によって歌われるために作曲されました。

ストーリーは16世紀のイギリスの抒情詩がもとになっており、運航中にトルコ海賊船と遭遇したイギリス船に乗っていた見習い水夫の少年が主人公。敵からの攻撃を受ける中、自ら「海底にもぐって敵の船をやっつけてみせます!」と名乗り出た彼。ただ「成功したら褒美をください。」という彼に、イギリス船のキャプテンは金銀財宝をやると提案しますが、少年はそんなのはいらないと言います。しかしキャプテンが陸地で帰りを待つ娘をやると言って写真を見せると、少年も合意。まだ見ぬ少女を夢見て、勇敢に海に飛び込んで行きました。少年は見事敵の船の船底に致命的な打撃を与えて、トルコの海賊船は沈没。波にのまれそうになりながら、早く船に引き揚げてくれと必死で叫ぶ少年に、イギリス船のキャプテンと水夫長は「約束なんかは存在しない。」と言って放ちます。この態度には衝撃を受けた船員たち。そのまま少年を海に残して見殺しにしようとするキャプテンの意に背いて、船員たちはぐったりとした少年を船のデッキに引き上げました。しかし時はすでに遅し。少年は息を引き取ってしまうのです。
この事件があった海峡を船で通る度に、人は「波にのまれてしまう!」と助けを求める少年の声を聞く、、、というお話。

。。。と思いませんか?

これが子供のために書かれた作品なんでしょうか?
要するに、純粋で勇敢な少年が、信頼した大人の裏切りにあい、死に至るというストーリーです。
世の中の現実の教訓というにも、ダークで強烈な話ですよね。
このダークさがブリテンらしいというか、、、。

で、音楽はどうかというと、まさにそのまんま。
強烈です。
不協和音と激しい連打音。そしてリズムもそれぞれのパートが違う拍子とテンポで歌ったりします。
言うなれば難易度特上といったところでしょうか。
でもやっぱりブリテンカラー満載です。単純なようでコンプレックス。でも難解ではなくって、シンプル。

今思い出せば、初めて楽譜を見たとき、「はたして子供たちはこれをマスターできるんだろうか?」と一抹の不安を感じたものです。そして自分自身、「え、この激しいピアノパートを私が弾くの?大丈夫?」と思ったものです。
だって私が好きなタイプの曲ではまるでないですから。私が得意なタイプな曲ではまるでないですから。

でも一年かけて取り組むと、すんなりと身体に入って行ったというか、愛着まで湧いたといえるでしょう。
もう終わったというのが不思議な感じです。

激しく内容の密度が濃い作品なのですが、演奏時間は20分ほど。

そこで海、船乗りをテーマにしたつながりで選ばれたのが、デュティユの「chansons de bord」です。こちらは子供のために書かれた4曲からなる3声のアカペラ合唱曲。

海をテーマにとはいいつつも、実際、なんの関連性もないこの二つの作品で、一つの舞台を作り上げる、その演出の仕事を任されたのがこのブログでも何度か名前が出ているキャトリンヌ。本人、舞台で活躍する俳優さんですが、子供や若者への演劇の教育活動も熱心に行っています。
全身全霊のエネルギーをかけて仕事に取り組むパワフルな人なんですが、私はもう彼女の想像力の大ファン。文字通りゼロから彼女のアイディアだけをもとに作り上げられた今回の「The Golden Vanity」の舞台も、私の記憶にずっととどまることになるでしょう。

彼女の仕事ぶり、彼女の才能についてだけを、また別の記事で改めて書かないとだめですね。
今回のプロジェクトではオペラjr初の試みがありました。
それはニームにある高校とタイアップして、衣裳をファッション・モード学科の生徒が担当するというもの。キャトリンヌの舞台構成には、衣装の使い方のアイディア自体がカギとなっているので、彼女と日ごろからよく一緒に仕事をしているジスランが、高校とオペラjrの間のパイプ役となって活躍してくれました。
                                                          
さて、皆さんに舞台の様子を伝えるのに好都合なのが、地元ローカルテレビによる取材のビデオ。でもそのまえに、先週の舞台はニューバージョンだったといいましたが、何が進化したのか順を追うために、まずは6月にモンペリエ市内の小さなスタジオで行われた舞台の写真をご覧ください。
名前がLa Chapelle(シャペル)というだけあって、もともとチャペルだった建物をスタジオ化したところ。
その前に公演を行ったモンフェリエーの舞台とも幅、奥行はもちろん、照明装置や収容キャパシティーなど全部違う中で、キャトリンヌはうまいこと対応して演出内容を適応させていました。
こちらはトルコ海賊船のクルーとキャプテン。



こちらはイギリス船のクルーと見習い水夫の少年。




イギリス船のキャプテンと水夫長。




最後、船のデッキに引き上げたところで少年は息をひきとる、、、。




チャペルのステンドグラスをバックに、ラストシーンはこんな光景でした。




天井が高く、ステンドグラスを通して、外の日に光が入ってくるという難点も、こうしてみると美しさを増していていいですね。


ここまでの公演は合唱指揮がヴァレリー、ピアノが私、演出がキャトリンヌ、衣装がジスラン、そして照明がベルトランというチームで行いました。


さて、一方で先週公演を行ったのは、モンペリエ市が所有する劇場の中でも重要なところの一つ、Théâtre Jean Vilar ジャン・ヴィラー劇場です。





一番線のトラムの終点エリア、移民街で俗にシテとよばれる地区にあります。
毎年さまざまな演劇の充実したプログラムを発表している劇場で、今シーズンの幕開けに選ばれたのが、私たちの「The Golden Vanity」でした。

サイトはこちら。
http://theatrejeanvilar.montpellier.fr/pages/index.php

こじんまりとしていながらも、演劇の上演のためのプロの施設といえるでしょう。


実は、ここでの公演に際して、キャトリンヌにはさらに新しい作業が加わりました。それは舞台に関わるテクニシャンを養成する学校とのタイアップにより、学生たちを最後の研修として舞台に参加させるというもの。つまり、音声さん、照明さん、舞台美術さんなどのスタッフが学生と指導担当者ともに加わるというわけです。
照明担当者が変わったので照明の作業はゼロからやりなおし。
でもマイナス要素ばかりかと言えば逆で、ここでは舞台の設備がこれまでとは違って充実しているので、音響効果を入れたり、舞台正面のスクリーンを利用したりできるのです。
そこでキャトリンヌは港の音や船のきしむ音などの音響効果を入れました。そしてもちろんスクリーンを利用して照明を充実させ、ビデオで波の映像を入れ、さらには字幕を加えました。

そうなんです。
「The Golden Vanity」は原語の英語で歌うので、6月にはせっかく見に来てくれた子供たちが「ストーリーがよくわからなかった、、、。」と言ってたんです。
これも字幕のおかげで解消!

イギリス船と海賊船も、舞台美術・小道具担当の学生さんが立派にバージョンアップしてくれました。

というわけで、この10月の公演が最終バージョン。
晴れて!と行きたかったところなんですが、実はいろいろなゴタゴタつづきの末、合唱指導・指揮のヴァレリーが休みをとってしまていないのです。彼女のプロジェクトだったのに、彼女なしで最終を迎えるというのはなんとも残念なこと。急きょこの新年度開始から代理を務めてくれたのがヴァンソン。
こんな難曲をピンチヒッターでやるなんて、不安はもちろんありましたが、彼と私、コミュニケーションを十分に取って、なんとか無事に仕上げることができました。

さて、ではようやくここで、木曜日に取材に来たローカルテレビ局のニュース内容をリンクします。
短いですが、雰囲気は見てもらえると思います。

http://www.dailymotion.com/video/xf4h7o_l-opera-junior-au-theatre-jean-vill_creation

インタビューの様子を見ると毎回思わされるのが、フランス人はインタビュー上手ということ。
だって自然体で上手にしゃべるんだもん。
日本人だったら変に作っちゃったりして準備したりするでしょうに。

それにしても、こうして客観的に見ると、みんな歌はもちろんのこと、生き生きとのびのびと、そして真剣に演技してていいですね。
歌って演技して。
やっぱりこんなことができる団体はそうあちこちにはありません。
オペラjr、この先も長く存続していけるといいけどな。

最終公演後はみんな気持ちが高ぶって笑顔と涙の打ち上げとなりました。
バカンスをまたいで、昨シーズンからのもちこしで行った今回の舞台。だから10月という時期ながらも、この日でオペラjrを去る子、Le Choeur d'enfants を卒業してLe Groupe Vocal に移る子などがいたのです。
でもやっぱりみんなが慕うヴァレリーがいなかったことでなおさら。みんな感情が爆発したのでしょう。

いろいろ変化を迎えながら、こうしてまた一つの冒険が終わったのでした。

2010年10月4日月曜日

日曜日だけ大繁盛

きっと皆さんも、フランスでは日曜日となると店がほとんど閉まってしまうというのはご存じでしょう。
日ごろからなんでも屋のようなことをしているアラブ系店主のお店は、平日も夜遅くまで開いていて、日曜にも開いているところがちらほらあるだけ。
レストランだって、よっぽどの観光地でない限り、日曜オープンのところを探すのに苦労をします。

平日にしても、お昼休憩で店を一旦閉めるところが多く、スーパーのチェーン店などが昼休憩なしでオープンしている場合には「お昼休憩なしのノンストップ!!」みたいなことを得意げに宣伝文句としていますが、日本人に言わせれば「そんなの当たり前でしょ、、、。」って感じ。

夕方、夜の閉店時間も早いし、とにかく年中無休、24時間オープンに慣れてしまっている日本人には不便で仕方がない。

その点、この8年間で徐々にではありますが、開店時間が拡大される傾向が進んできました。町の中心地にあるスーパーも、以前は20時閉店だったけど、今は21時半くらいまで開いてたりします。

それでも!やっぱり24時間オープンの便利さにはまるでかないませんよね。。。

フランスのカップルは共働きが基本なので、みんな食料買い出しができる日が限られてて大変そうです。こんなこともあって、フランスのスーパーのレジで大量買いをしている人たちがたくさんいるわけです。
平日5日間勤務の人は日曜以外で休みの日に買い物をせざるをえません。たいていの人が土曜日ということになりますね。でもせっかくの週末を買い物で過ごしたくないという人たちは、金曜日の夜に21時まで空いている郊外の大型スーパーまで行って買い出しをします。
街中に住んでいる人は、街中で21時ごろまでオープンしているところへ足蹴に通って、必要なものを必要なつど買うというペースをもっています。

さて、私のように昼から夜遅くまで働く人、しかも土曜日も働く人というのはどうしたらいいのか。

チェーン店のスーパーなんかは朝8時半くらいからオープンするんですけど、いくらなんでも夜遅くまで働きながら、朝は一番にスーパーへ買い出しなんてことはしたくありません、というかしてられません。
私は平日で昼間に時間のある日にスーパーでまとめ買いをしていました。

フランスと言えばマルシェと言われる市場が有名ですが、残念ながらこの私は在住8年間で、ほとんど皆無といっていいほど、マルシェに行っていません。
なぜか。
マルシェはたいてい平日の朝か週末にあるんですけど、平日の朝に早起きしてマルシェにいく元気はないのと、週末はたいてい仕事でいけない。しかも大きなマルシェの近くに住んだことがないんです。
そんなこんなでマルシェでの買い物をほとんどしたことがない私。

街中にある八百屋さん系も行ったことがほとんどありません。
なぜか。
フランスにきた当初はこういうところは割高だと思っていたというのもあるし、今となってはお昼から夕方まで休みをとるというお店の開店時間が私の生活リズムに合わないから。

そんなこんなで、私の買い物は野菜や果物、魚、肉といった生鮮食材から日用消耗品の類までのすべてのものを、町から近くて車で行けるスーパーで行ってきました。

ここ数年、ずっと通っていたのが最大手Cの小型スーパー版。
うちから車で3分だし、とりあえずなんでもそろうし。買い物してたまるポイントとかもしっかり集めて、数ある常連さんの仲間入りをしていたのですが、この店の問題点は生鮮食材。誰がどうみても品がよくない。。。魚なんて絶対に買うまい、、というレベル。
他の店にあまりいかないので、値段が高いのか安いのかとかは実感がないんですけど、大型チェーン店だから安いだろう、と勝手に期待していただけで、友人によるとどうもここは意外と値段も高めらしい。

その友人が前から生鮮食材が新鮮だよ、と勧めていてくれたのが別の大手U系の小型スーパー。
当初はちょっと遠いなんて思ってたけど、実際は車で5分とかからない。
で、一度行ってみたのだけど、私は違和感を覚えてしまいました。
だって、すごい閑散としてるんだもん。
どっかの田舎の商店街を思い起こさせる、ぱっとしない専門店がいくつか。
スーパー自体もなんだかがらんとした陳列方法で閑散としたレジ。
もしかしてもうすぐつぶれるの???なんて思ってしまった私は、どうも足蹴に通う気がしませんでした。

しかしこの8月、このスーパーは日曜日の午前中オープンしていることを知りました。
そして8月末にどうしても日曜日に食料の買い出しが必要になって、アラブ人の店に行くか迷った末、ここのスーパーに初めて日曜日行ってみたのです。

そしたら。

びっくり。だって駐車場が満車になる勢いのおお賑わい。
店の中に入ってこれまたびっくり。
すごい人で活気があるではないですか。
そして野菜なんかは最大手Cの店とは大違いで、色がいい。
いろんな品の値段も、もしかして少し安め?
ポイントもたまりやすいシステム。

そんなこんなで、私は8年目にしてお気に入りのスーパー変更。

しかもここにはガソリンスタンドもあるし、便利です。

日曜日に大繁盛のスーパーを見て、「やっぱりフランス人にも必要だったんじゃん!」と思いましたよ。
キリスト教文化の伝統とはいっても、夫婦共働きの家庭が多い社会で、日曜日に買い物ができないなんてすごい制限ですからね。
実はここ2、3年で日曜日の労働、日曜日オープンの店についての議論が盛んに行われてきました。日曜日に買い物ができたら便利だ、という声もあるいっぽうで、日曜日は休日という伝統を守った方がいいとかいう保守派の声もある。現実的な面をみても、日曜出勤の手当てがすごく割高なことや、市場の足並みをそろえるためのいろいろな決まりもあって、なかなか簡単には変わって行きませんでした。

で、今日、ふと通りがけだったので以前通っていたスーパー最大手のCに行ったところ、ここでも日曜日の午前中はオープンにするという決定を行ったようで、あちこちにその告知がはってありました。

ということは、やっぱり社会の流れがこうなんでしょうね。
フランス人は日曜に働くなら給料二倍とか要求してますけど、そんな問題はともかく、私は日曜オープンの店は大歓迎大賛成です。

それにしても、平日は閑散としているあのスーパー。
一応つぶれずに存在しているということは、この日曜日のオープンでまとめ稼ぎをしていたということですね。
でも、他の大手も日曜にオープンし始めたらライバルができちゃうってこと。
大丈夫か??

勝手ながら、このスーパーの行く末を案じてしまう私でした。