2010年5月29日土曜日

メフィストフェレ

今年の4月の私は恐ろしく忙しくしていたのですが、いろいろ重なっていた仕事の中には、オペラjrの子供たちが参加したオペラ「メフィストフェレ」がありました。

モンペリエ・オペラ座とモンペリエ・オーケストラの今シーズン終盤を迎えた4月29日、5月2日、4日の3公演がCORUMの大ホールで行われました。

http://www.opera-montpellier.com/francais/rep_MEFISTOFELE.html

この「メフィストフェレ」(Mefistofele)はプッチーニのオペラ台本作家として知られているアッリゴ・ボイト(Arrigo BOITO)が1868年に作曲した全4幕からなるオペラです。初演はミラノのスカラ座でした。

メフィストフェレスというのがドイツに伝わる悪魔の名前ですが、ゲーテが書いた戯曲「ファウスト」でも有名ですね。年老いたファウスト博士が悪魔メフィストと契約をかわして若さを手に入れてうんぬん、、、というストーリー。そもそも、この「ファウスト」という作品をもとにしたオペラがいくつか存在します。一番有名なのはグノー作曲のもの。一方、ボイト作曲の「メフィストフェレ」は、同じストーリーですが悪魔メフィストを主役において構成されたものです。ゲーテの「ファウスト」の中でも、グノーはオペラに使っていないギリシャ神話の部分もボイトは採用して第4幕にもってきています。

私はゲーテの「ファウスト」についての知識は全然なくって、ギリシャ神話もからんでいたというんは今回初めて知ったくらいの程度なので、このストーリーについてははしょらせてもらいます、、、。

さて、ボイトの「メフィストフェレ」が有名なオペラ作品かというと、いいえ、有名なオペラレパートリーとは言えないどちらかというとマイナーな作品です。かの名指揮者トスカニーニはこのオペラがお気に入りで、熱心に演奏していたそうですが、近年、このオペラを見たいと思っても、そう簡単にお目にかかれるわけではありません。

そんな作品と出会え、公演に関わることができるところが、私のモンペリエ生活のおいしいところ。この公演後にインターネットを調べていたら、熱心なオペラファンの方が日本からもわざわざモンペリエまで見に来ていた様子も発見。ね、それくらい、足を運んで一見の価値ある作品なのです。

ボイト作曲の「メフィストフェレ」の特徴は、男性の最低音歌手であるバス歌手が主役を務めるというところ。普通、ほとんどのオペラ作品ではソプラノ歌手かテノール歌手が主役を務めます。男性の低音歌手であるバリトンやバスは、よくお父さん役や王様の役なんかを受け持ち、登場シーンが少なければ歌うパートも少なめです。

そこが、この「メフィストフェレ」ではバスが主役で最初っから最後まで出っぱなしなのですからすごい。このオペラの公演の良し悪しはバス歌手の腕前にかかっているといってもいいでしょう。

さて今回、モンペリエ・オペラ座が公演したのは、オリジナルの制作ではなくって、数年前にベルギーのリエージュにあるワロニー王立歌劇場が制作した公演のリバイバルプロダクションです。指揮はベルギー人のダヴァン氏(PATRICK DAVIN)、演出は現在モナコ公国のモンテカルロ歌劇場のディレクターであるグリンダ氏(JEAN-LOUIS GRINDA)。

リエージュで初演したあと、イスラエルのテルアビブでも公演をしたそうですから、彼らにとっては今回のモンペリが3度目の公演先。以前の公演での歌手のキャストがどうだったのか知りませんが、モンペリエでメフィストフェレを務めたのはロシア出身のバス歌手コンスタンチン・ゴルニー氏(KONSTANTIN GORNY)。このオペラ内ではめずらしくセカンド役となっているファウストに、アルゼンチン出身のテノール歌手グスタヴォ・ポルタ氏(GUSTAVO PORTA)。

CORUMの大ホールは2000人収容で、客席も7階まである大きなホールです。ここでマイクも使わずに歌うオペラ歌手を聞くたびにすごいな~と感心するわけですが、やっぱりプロのオペラ歌手とはいっても、誰もがこういうサイズのホールで十分に響き渡らせれる声量をもっているわけではありません。その点、この二人のバス・テノールのコンビは十分なボリュームをもっていました。

合唱はモンペリエオペラ座合唱団とリエージュのワロニー王立歌劇場の合唱団による合同大合唱。なんといっても、このオペラでは大迫力の合唱パートがとても大事な役を担っています。

そして天使役として登場したのがオペラjrの児童合唱Choeur d'enfants。子供たちは今年度の過密スケジュールの中、アカペラの難しいパートを立派に歌って、指揮者、演出家を始め、関係者から称賛の言葉をいただきました。

迫力があったといえば、オーケストラピットにおさまったモンペリエ・オーケストラもそう。ほぼフルオーケストラの規模のミュージシャンがそろってましたからね。オーケストラピットっとあんなに大きくもできたのか、と初めて見ました。さらに舞台袖で演奏するグループもいて、的確な音響効果をねらっていておもしろかったです。

そんな感じで大迫力、大動員の舞台だったわけですが、やっぱり主役は圧巻メフィストフェレ役のゴルニー氏。

彼は歌唱力はもちろん、演技力もさえ、さらに素敵なのがその気取らずシンプルな人となり。オペラ界の裏事情をばらしてしまえば、こんな3拍子そろった歌手ってめったといないんです。(笑)当然、このゴルニー氏は舞台裏で働くスタッフからも一目を置かれ、慕われました。

あえて注文をつけるならば、このCORUMのホールでこの役を歌うには、あともうちょっと声量とパワーがあったら申し分なかったかな?でもそんなのないものねだりの一言にすぎません。

普段からのオペラファンのお客さんに加え、純粋に作品を見るために遠くから足を運んだ人、口コミでうわさをきいて足を運んだ人がたくさんいたのでしょう、平日2夜と日曜日の3公演ともほぼ満席。2000人収容のホールが3回ともほぼ満席というのはすごいこと。とくに「魔笛」とか超有名演目ではない「メフィストフェレ」がそれだけ集客したというのはすごいことです。

ゴルニー氏、最後の通しリハーサルであるジェネラルの様子をご自分のホームページに早速のせ、ユーチューブで視聴できるようになっていました。

私がとった写真もまぜながら、今日は舞台の様子をざっとお伝えしますね。

グリンダ氏の演出は、現代的な素材をシンプルに使った感じのスタイルでした。
メフィストフェレスが赤色の現代の普通のスーツスタイルだったり、黒の皮ジャケットを着てたりして、そんなところもモダンなスタイルを強調してました。
演出をシンプルにしても、音楽自体がド迫力ですからね。ちょうどいいのです。


オペラの序曲が流れる間、舞台にはスクリーンが下りていてそこに青空と流れる雲が写っています。




間もなくして合唱パートが始まるのですが、雲の向こうから次第に天使たちが姿を現わします。



そして主役、メフィストフェレの登場。

この演出でのメフィストのテーマカラーは赤。




続いてちびっこ天使たちが登場。



こうしてエピローグが終了して、舞台はカーニバルへ。




写真でわかるかと思いますが、さっきまで天使の恰好をしていた合唱団が、ここでははなやかなお祭りの衣裳に変わっています。

そうなんです、この公演の目玉は総勢250人のスタッフが参加したということからわかるように、大がかりなスペクタクルな舞台。合唱団だけでも120人いるのですが、その人たちが休憩をはさまずにわずかな場面転換の合間に衣裳を変えるのです。そのためにたくさんの臨時スタッフをかかえて衣裳スタッフ、メークさんたちがフル回転。大道具さんも10人、小道具さんも3人いましたから、普段のモンペリエ・オペラ座の公演よりも大がかりです。
そんな裏事情はまた改めてお伝えしたいと思っています。



カーニバルの後に、ファウストが登場。



ステージ上には白塗りの板で三方に壁がおりてきて、ファウストの書斎となります。そこへ、不気味な笑い声とともにメフィストフェレが現れます。




この辺りのシーンがビデオで見れますからどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=eA4AMVgEVKs&feature=related


互いに契約を交わして絶大なパワーを手に入れた二人が、高笑いをしながら天にのぼっていきます。大迫力の音楽とぴったりマッチした舞台仕掛けが印象的なシーンでした。




この後、庭のシーンに入り、ファウストとマルゲリータ、メフィストフェレとマルタの二カップルがやりとりをしますが、はっきり言ってこのシーンの演出はいまいちでした。(笑)そのために写真もなし。。。こういうシーンにしては、このホールの舞台は大きすぎるんでしょうね。

続いて二人はメフィストが支配する地底の国にやってきます。




ここでは舞台上で実際に火を使っての火の玉が飛び交い、お客さんの目をひいていました。



もちろんスタッフが手作業でやってる技ですから、成功したりはずれがあったり。

このシーンもビデオにあります。

http://www.youtube.com/watch?v=cXH7fKzDOno&feature=related



続いて迫力ある合唱パートのシーンです。





メフィストフェレが世界を支配下に!といって饗宴。



このオペラの合唱パートは、迫力あるしアカペラあるし、超早口言葉もあるしで盛りだくさんです。合唱団のメンバーもいつもより楽しそうでした。

http://www.youtube.com/watch?v=crYaKve_GLg&feature=related


これで2幕が終了。
休憩です。

第3幕は、実の母親と子を殺した罪でとらえられたマルゲリータの嘆きのシーン。
鉄格子の無機質な舞台セットでした。

マルゲリータ役のソプラノ歌手はまだ若いアフリカ系アメリカ人のタケーシャ・メシェ・キザール(Takesha Meshe Kizart)。低音から高音まで、すごい幅の音域をもっているのが彼女の武器のようです。一口にソプラノ歌手といっても、この役を歌える人はそうそういないと思います。

続いて舞台はいきなりギリシャ神話へ早変わり。
トロイの木馬で有名なヘレナ(エレナ)がでてきます。
さっきまでのマルゲリータ役のソプラノ歌手が、ここではエレナ役を務めます。

舞台一面の煙や、実際に火を使って炎上する神殿が見えたり、さらにはワイヤーを使っての空中プレイもありで、演出的にもりだくさんだったんですが、個人的に私にはぴんときませんでしたね、このシーン。
私はもともとゲーテの戯曲をよく知らないからなおさらだったんですが、話の展開がどうも「?」な感じでした。長い長いゲーテの戯曲から部分部分を取り出してくっつけてはつないで、という作業の難しさを感じさせられますね。グノーのように、ギリシャ神話部分は取り除いたほうがシンプルですんなり話がまとまるというのは事実かも。。。



写真は衣裳なしの舞台稽古の様子です。
ちなみにワイヤーで釣らされている黒天使はオペラjrの男の子です。

オペラではこの後、再びファウストの書斎に戻ります。
そこで最後に悪魔の誘いを断ち切るファウストですが、ここの演出は照明と一帯となって好きでした。

ファウストの書斎の壁を作っている板が一枚取り除かれて、バックから強烈な白い光が入りこむのです。すでに合唱団も最初の天使姿に戻ってスタンバイ。
まさに天からさす光が作り出されていました。






合唱の登場とともに壁が取り除かれて天使が姿をあらわします。そしてちびっこ天使たちに追われながら悪魔メフィストフェレが葬り去られてストーリーはThe END。

この最後の大迫力のオーケストラと大合唱の部分で、お客さんは感情をゆさぶられて、さらにホール内の天井からお客さんの頭上にむけ紙吹雪が舞いおり、この一大スペクタクルは幕を閉じたのです。

2000人のお客さんの熱狂はすごく、毎公演5分以上に渡る拍手が出演者に送られました。

はっきり言って大成功の公演でしたね。私は今回のことがなければボイトの「メフィストフェレ」なんて知らないままいたことでしょう。トスカニーニが愛したオペラ。ふんふん、なるほど、彼はこのド迫力が好きだったんですね。

私ときたら、ざっとお伝えしますとか言っておきながら、やっぱりいつものように長くなっちゃいました。

ここで紹介したビデオはすべてもともとゴルニー氏のホームページにあるものです。
彼は今のりにのってるバス歌手の一人で、毎月一本のようなペースですごくエネルギーのいる大作に立て続けに出演されているようです。

えらそうなところが全くなく、とてもフレンドリーで素敵な人だったので、ちょっぴりファンになろうかな。

興味のある方はのぞいてみてください。

http://www.konstantingorny.com/

それでは、この「メフィストフェレス」の舞台の裏をまた追ってお伝えしたいと思います。

2010年5月13日木曜日

Concert des grands élèves

一か月ほど前になりますが、4月10日のコンサートの様子をお伝えします。

このコンサートは、私が働く音楽学校でそれぞれの楽器の上級レベルの生徒だけを集めてコンサートをしようという企画から始まったものでした。名付けて「Concert des grands élèves」。言いだしっぺはヴァイオリンの先生であるマチアスだったんですが、私の生徒に上級者が多いことから必然的に私は企画・運営のリードを取り出し、いつのまにやら私がまとめ役となっていました。

コンセルヴァトワールでもない私たちのような音楽学校で、上級者といっても、もちろん一般全体を対象としたレベル分けによる上級ではありません。あくまで私たちの学校内での上級者。つまり、モチベーションがあって練習もきちんとし、それなりに楽しめる曲を弾きこなせるようになってきた人たちが対象です。学校には大人の生徒さんもいるのですが、今回のコンサートでは始めからあえて大人は入れずに、中高生の思春期の子たちを対象として、先生側から見てこのコンサートで弾くのを提案してみようと自然に思える生徒、そしてその中で喜んで弾きたがるような子たちが選ばれました。

残念だったのが私たちが選んだ日があまり理想的な時期ではなかったということ。
もともと言いだしっぺのマチアスが4月を想定していたのが大きな原因ですが、まとめ役となった私の都合により選ばれたのが4月10日土曜日の夕方。実はこの日からパック(イースター/感謝祭)のバカンスに突入したのです。そのために前から旅行を予定していた家族は参加できなかったりしました。
それから私たちの学校ではいろんな合同行事が熱心に行われています。それぞれのクラスが発表会をすることはもちろん、年度末に学校全体の発表会があるうえに、地元の行事に参加したりもして、かなり過密スケジュールなのです。そのために準備する曲を数曲かかえて、本番の日もたくさんもってるギターのクラスの先生二人は参加するのを断念してしまいました。

この点は来年度以降、前もってふさわしい日を選んだりして改良を加えていくところですね。

そんなわけで、準備段階での問題もあったわけですが、なんといっても今回は音楽学校初めてのラヴェリュンヌのお城内部でのコンサートとなるうえに、音楽学校初めてのグランドピアノしようという、二大ポイントが売りです。

たくさんの人に聴きにきてもらいたいし、上級者だけを集めたということもあって、私は普段の発表会との違いをつけたかったから、忙しい合間をぬって、全員で通しリハーサルをしたり、現地リハーサルをしたりして準備をしました。
お客さんを集めるためにといって、私たち教師もピアノトリオとフルート・ピアノのドゥオで演奏することにしたわけです。まあ、だからといってお客さんが増えるかどうかは怪しかったんですが、やっぱり効果はあって、そのことを知って「聴きに行く!」と言ってくれた生徒、親御さんが結構いました。

さて、写真で当日の様子を追ってみましょう。

まずは学校の代表をつとめるFのあいさつで幕開け。



用意できた客席はだいたい110席くらい。 瞬く間に席はうまりました。演奏する生徒の家族、先生はもちろん、生徒が出ない先生や、子供が演奏しない親、さらにはラヴェリュンヌの住人も何人か来てくれたんです。

プログラムにはピアノソロはもちろん、ピアノ連弾やヴァイオリンやフルートとピアノのドゥオあり、



ヴァイオリン2本やフルート2本によるドゥオあり、



チェロもあり。




大半はクラシック音楽ですが、中にはジャズや映画音楽、そしてロックもありました。
前半の最後に弾いたのがロックギター少女。




彼女とは今回初めて接したのですが、典型的な思春期のロック少女と言う感じで、口数少ないんですが、周りに雰囲気があるんですね。
彼女はレッド・ツェッペリンの「Stairway to heaven」をエレキギターで弾きました。
実は私はリハーサルで彼女の演奏を聞いて、すっかりファンになってしまいました。
もちろんちゃんと弾きこなしていて暗譜で演奏してくれたのですが、ちょっとした間とかを上手にとるんです。いや~、こんな子が学校にいたと知って単純にうれしかったです。

前半終了して休憩。

音楽学校側から無料で飲み物の提供です。
大人も子供も、みんなワインやジュースを片手にお城の庭でおしゃべり。



生徒や親、みんな年齢も世代も関係なく自然とおしゃべりがひろがっていく様子を見るのはとても楽しいものです。

なかなか途切れないおしゃべりなので、「第二部開始しま~す!」と宣言して、みんなに中に戻ってもらいました。

今回、実はお城のホールでのコンサートということで、普段とは違う約束をしたことがあります。
それは演奏者の服装。

いつもの発表会では、もうみんな思いっきり普段着のままの子が多いんですが、今回は「それなりにかわいらしくきちんとした服装にしましょう。」とお願いしたんです。
日本でのピアノの発表会とかって言うと、ちびっこも学生もみんなはりきって新調の服装でやってきますが、ここはフランス・モンペリエ。
彼らは「それなりの恰好」という恰好をしたことはほとんどないうえに、そんな服はもってなかったりして当然なのです。だから一応私も「わざわざ買うようなことはしなくていからね、もちろん。」と付け加えて、「できることならジーパンにバスケットシューズとかは避けましょう、、、、。」と言っておきました。

すると、やっぱりかわいく決めてきた子もいましたいました。

普段ズボンしかはかないこも、こんなスカートで。


男の子コンビはシャツと黒めのジーンズと新しいスニーカーというスタイルで決めてきてくれました。



                                                            
最終的に一番張り切ったのは、18歳の男の子A。
私とピアノをして3年目の彼は、超マイペースでおおらかな子。
きちんとした練習は全然してくれないんですが、2年前に私があげたジャズの曲をたいそう気に入って、フィーリングたっぷりに弾いてくれたことから、すっかりジャズ路線に入ってしまいました。
テクニック的には上級者というには遠いのですが、のりのりで楽しんで弾いてくれる姿は、他の生徒に見せたかったから参加してもらったんです。

このA。普段からなにかと笑わせてくれるんですが、この日現れた彼の姿を見て私は「!!」
なんと、ビシッとスーツ姿で現れたではありませんか。ネクタイまでしめて、皮の磨き上げられた靴。
私が「すごいやん~~!!」というと、「実は買ったんだよ。」と言う。「え~~~!まじで~!」と思わず騒いでしまったけど、彼が「どのみちいずれ必要になるし、きっかけになっただけだよ。」という。
まあ、確かにそのうち就職活動とかでも必要になるかも知れませんしね。


                                                                       
今回のプログラムは全部で18曲となりました。

生徒たちが16曲です。中には正直言って「上級者」というにはちょっときついなあ~~という子もいましたが、大半の子たちはこちらの期待通り、曲の難易度からいっても、音楽的な面からいっても、素敵な演奏をしてくれました。
ピアノではシューマンの「トロイメライ」や映画音楽「ピアノレッスン」を表現豊かに弾いてくれて、ピアノ連弾ではドビュッシーの「小さな組曲」を頑張って弾いてくれて、ヴァイオリンの曲ではバルトークの「ダンス」やクライスラーの「プレリュードとアレグロ」とか、立派な曲を弾いてくれました。

これを聞けばだれもが「私たちの音楽学校もたいしたものだねえ!」と思ってくれたことでしょう。

生徒たちの演奏が終わって、最後におまけとして講師の演奏。

まずはフルートのリザと私でエネスコの「カンタービレとプレスト」。



私は2003年以来、人前で演奏することが全く苦にならなくなり、変な緊張をすることは皆無となって、まるで「ボンジュール!」というときのような笑顔とともに、お茶を飲む時のようなリラックスモードでピアノに向かうようになってるんです。

この日も、リザは緊張してましたが私はリラックスモード。
ただ、この楽譜をもらったのが2週間前で練習時間がほとんどないまま本番になったので、思いっきり楽譜を読みながらの演奏になってしまった点は反省。。。変なミスもしたし。。。。

でも、演奏後は割れんばかりの大拍手。
そういえば、私たちが生徒や親御さんの前でそれなりに真面目に本格的なクラシック曲を演奏したのはこれが初めて。
きっとみんなにとったら期待以上だったってことなのかな?

間を置くことなく、続いてショスタコヴィッチのピアノトリオ。

マチアスが曲について作曲家について一言説明して笑いをとったりします。


この曲はマチアスとチェロのマリーが「弾くっきゃない!」と思い立って一緒にすることに決めたのですが、なんといってもかなり規模の大きいガッツりした曲ですから、「適当に、、、」では済まされない取り組みを必要としました。忙しい合間をぬって、それなりに3人での練習を重ねたから、音楽的に不安はなかったのですが、このコンサートでは問題が発生!
実は、このグランドピアノ、古いものだとはわかってたんですが、最高音部分の鍵盤が少ないんです。つまり88鍵でないんです。
よりによってこのショスタコヴィッチのピアノパートは高音をかなり使う。。。
しかも音があがるところはたいてい音楽的に盛り上がるところ。。。
残念ながら私はオクターブ下げるか残念ながら音が弾けないかで、かなりのハンディキャップなってしまいました。しかも高音部分の音が響かないんですね。だから欲求不満も。

そんなこんなでメカニックなトラブルに出会ってしまいました。

でも!3人の息はあってたし、エネルギーの面ではガンガンにのめりこんでた私たち。

15分弱の演奏が終わるとすごい拍手と歓声とスタンディングオベーションをいただきました。



ショスタコヴィッチの曲は、よく知られた曲やロマン派の曲とは違ってクセがあるし、とっつきにくいところもある曲です。クラシック音楽のファンにしたって、入り込みやすい曲ではありません。
もしかして「難解な曲」と思われるかな、、、という不安もあったのですが、演奏終了後の盛り上がりを見て、やっぱり音楽は伝わるものなんだと思いました。(一部の意味不明な現代音楽を除いて、ね。笑)

何分もの間、拍手とブラボーが続いて、リザも含めて演奏した4人そろって並んだところで、会長のFからお礼の言葉をいただきました。
が、そのとき、彼女の顔と声でびっくり。なんと彼女は泣いてるではないですか。

感動して涙が出たというのです。

この日、会場にいた人たちはみんな音楽ファンだけど、クラシック音楽のプロのコンサートとかにはめったに行くことがない人がほとんど。そんな人たちに私たちのショスタコはインパクトが強かったのかな?
私たちも完璧な演奏とはとても言えない、あちらこちらでちょっとしたへまとかもあった演奏だけど、でも息はぴったりで、集中力もばつぐんで、そして何より楽しめました。
そのお返しに感動して涙が出たと言ってもらったのは、素敵なサプライズでした。

終了後、みんな笑顔で、このコンサートを企画したこと、生徒に指導したこと、準備に時間とエネルギーを費やしたこと、そして演奏に対してたくさんのありがとうをもらいました。
何より参加した生徒たちがみんなほんとにうれしそうに帰って行ったことがうれしかったです。



企画して正解。
実行して正解。

これは今後、毎年恒例の行事となりそうな予感です。

この後、マチアスとマリーとは打ち上げとして食事に行って、「毎年ピアノトリオを一曲!」という目標を掲げました。
フォーレ、ショーソン、ラクマニノフ、etc.etc. 楽しみです!

2010年5月10日月曜日

突然のオファー

突然の仕事の話には事欠かない私のモンペリエ生活。

今日の話題は4月12日のこと。
例のショスタコヴィッチのピアノトリオのコンサートから間もない月曜日。音楽学校でレッスンをしている最中に電話がなりました。
生徒かと思って電話に出ると、常勤スタッフではないけれどオペラjrの宣伝広報を担当しているEでした。

「leonardo ボンジュール! 元気かしら?」と話しだされて、こっちは生徒もいるのであんまりゆっくりしゃべれないな、と思っているところ、彼女はいきなり大きな話をしてきました。

「モリエールって賞を知ってる?毎年、舞台演劇の優秀な作品や俳優たちを選んで表彰するんだけど、いわば演劇のためのオスカー賞とかヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジークみたいなものなのよ。」

「ああ、それなら知ってるよ。毎年テレビでセレモニーしてるやつだよね?」と返すと、「そうそう、それよ。」とEは続ける。

「実はね、表彰されるカテゴリーの中に、Jeune Public というのがあるのだけど、今年からその表彰式だけをフランスの地方ですることになって、私が働いているヴィルヌーヴ・レ・マグロンヌの劇場が選ばれたのよ。で、ディレクターと話していて、私たちのホールにはグランドピアノがあることだし、お客さんが席につく間とかにピアノ演奏があったらいいわねえ、ということになって、leonardoがいいんじゃないかと思ったのよ!モンペリエ周辺の重要人物とかたくさんくるし、格調のあるセレモニーにしたいのよ。もちろん出席者はみんな正装だしね。」とおっしゃる。

私はどういう状況のことを言ってるのかいまいちわからなかったけれど、一応、「ふんふん、、、」と聞いていました。

ヴィルヌーヴ・レ・マグロンヌというのはモンペリエの隣町で海沿いにあるVilleneuve les Maguelonne のこと。中世の古いカテドラルが有名です。
このEがそこにある劇場で働いているということは知っていました。でもなんせ小さな町のこと。劇場と言われても、一体どんな劇場があるのか想像もついていませんでした。そこへその劇場がモリエールの賞の表彰式の会場に選ばれたとかいうから、まるでちんぷんかんぷんだった私。

でもさらに驚くことにEは「でね、このセレモニーは来週の月曜日のことなんだけど、どうかしらleonardo?」というではないですか。

「ええ!?来週の月曜日のことを言ってるの?」と私。

モリエールの表彰式は毎年テレビで生中継されて、フランスの演劇界で歴史あるとても大切な賞だということは十分に認識していました。映画でいうカンヌ映画祭やセザール賞みたいなもんです。

でもそのjeune public だけ地方でうんぬんというのがどうもよくわかりませんでした。普通jeune publicというと、小中学生を始めとする子供たちが学校のクラスと見学に来たりするときのことや、教育目的の作品のときのことをいいます。

私が「??」と思っている間にも、むこうは話を続けます。

「ところでleonardo 、演奏のギャラはいくらとるのかしら?」と。

これまた唐突ですね。こうなってくると、私は目の前に生徒がいるし、時間も押してるし、「ごめんなさいE、30分後位に電話かけなおさせてもらっていい?私、実は今ちょっと手がふさがってて、、、、。」と言って一旦は会話を終了させてもらいました。

実は、このEという女性と私は親しいわけでもなく、あんまりいい印象ももってなかったし、あまりに突然の話だし、月曜日の夜は音楽学校でレッスンをしているうえに、今年のスケジュールは無茶苦茶に乱れてしまって、月曜日の生徒さんにきちんと決められた数のレッスンを年度内にできるのかどうかで四苦八苦しているところ。そこへさらにレッスンなしで補講とかってことになったらさらに大変なことになる。
どうもいい予感がしない。。。

そこで、先ほどの電話で私はとっさの反応として、「でも、19日は私仕事でふさがってるわ、、、。」と言ったのです。

でも電話を切ってからレッスンをしつつ、頭の中でちょっと考えた私。

なんだかよくわからない仕事の話だけど、私が一人でお客さんが席に着く間に演奏するってことは、日本で私がよくしていたレストランとか結婚式場でのムード音楽の演奏ってことでいいのかな?モンペリエでは伴奏ピアニストとしての仕事ばかりしてるわけだし、たまにこういう話がきたときに乗っておいたほうがいいのかな?とかグルグルと。

で、約束の時間に電話をこっちからさせてもらいました。

「あのね、もう一度詳しい話を聞かせてくれる?ムード音楽を演奏するってことでいいの?」

そこでEは19日のセレモニーではJeune public にノミネートされている作品を紹介して受賞者を発表するだけの短いものだと。でもモンペリエの政治家やモリエールの主催者のえらいさんとかがいてスピーチをするから全部で30分くらいかしら、とか説明してくれました。さらになんとかという俳優さんが特別ゲストでくるし、、、とか。そしてその日の模様はテレビ用に撮影されて、一週間後のモリエールの受賞セレモニーがテレビで生中継されるときに5分間録画放送されるんだとか。

「わかった。じゃあ、落ち着いた感じのクラシック音楽とジャズと映画音楽とか、私が自分で選んだ曲でいいのね?もし何か特別な指定とかあるのなら、また話は別だし、、、、。」と言いながら、19日の仕事を移動させれるか見てみる。と返事をしました。Eの方も私が申し出たギャラで劇場のディレクターがOKか翌日に電話で伝えると言われて電話を切りました。

それにしても相変わらず驚かされるわけなんですけど、なんでそんな大事なセレモニーの運営、進行について今頃話あってるんだ?だいぶ間からセレモニー会場に選ばれたことくらいわかってたんでしょ?と思ってしまう。

やっぱり恐るべしフランス人。

さて、翌日の火曜日。約束通りにEから電話がきました。
ギャラの面では問題ないとのこと。私のほうもなんとか都合はつけると返事しました。
ただ、あいかわらずはっきりとしないのが演奏内容と演奏時間。

まずは「で、ピアノはどこにあるの?ステージの下とか?」と私が尋ねると、「いいえ、ステージの上よ。」うちはちいさな劇場で、オーケストラピットみたいなものはないんだし。」と言うではないですか。「え?ステージの上で私弾くの?それだとムード音楽を弾く、っていうのとなんか状況が違うんだけど、、、。せめてステージの隅っことかよねえ?」と私が聞く。Eは「ステージの真ん中かすみか、わからないわ。まだ何も決まってないもの。」と言う。え?まだ何も決まってない?

さらに私が改めて、「私が勝手に好きなように弾いていいのね?」と念を押すと、「それについては今週末にしか返事できないわ。」と言ってきました。

え?!今週末って、セレモニーは6日後にせまってるのに、セレモニーの3日前にしかわからないってどういうこと?3日前になってあの曲を弾けだの、言われたって困ります。
私がしつこく「3日前に突然言われても準備の状況とか全然違うわけだし、、、、」と言うもんだから、Eも「でも何か特別なものを指定するなんてことはないと思うわよ。」というだけ。

なんだかよくわからないけど、「はあ、、、、、」とあっけにとられて、一応私がそのセレモニーで何かを弾くらしい、、、、というあいまいなことだけが決定されたのでした。

さて、続いてその週末、金曜日の夕方のこと。
仕事も終わって友達とカフェにいた私に電話がかかってきました。Eです。

「あのね、leonardoにしてほしいことを言うわよ。ピアノはステージの上にあるの。でもお客さんたちがホール内に入る間、幕が下りてるからお客さんからleonardoの姿は見えないの。その間、だいたい15分から20分くらい、バックミュージックを弾いてほしいのね。それから重要人物がスピーチをするのだけど、客席から壇上に上がる間の時間を何か音楽でつないで欲しいのよね。」という。

ここで彼女が言った言葉は厳密に言うと、「いくつか音を鳴らして欲しい。」というものでした。

スピーチする人が壇上にあがる間の音楽と言えば、アカデミー賞とかいろんなセレモニーで見られるようにオーケストラがちょっとしたパッセージを奏でるのをよく聞きますよね。どういう音楽を求められているのかは私だってすぐにわかります。でもそれを「いくつか音を」とか言われて、なんかすごく適当にしかも簡単そうに言ってくるなあ、とちょっとムカっとしました。なんせもともとあまりいい印象をもってない人なもんですから、、、、。

彼女が言うには4人スピーチが予定されいるので、それぞれが壇上に上がる間と客席に戻る間に音楽が必要なんだそうです。

それから彼女は続けます。「スピーチが終わってから幕があがって子供たちがステージ上にあるブランコに向かうのだけど、そのときに何か一曲弾いてほしいの。leonardoが弾いているときに幕があがって、leonardoの姿が現れるってわけ。」と。

「はあ、、、、」と聞く私。

「それからはまあ普通の受賞セレモニーなのよ。leonardoには多分一旦ステージから去ってもらうことになると思うんだけど、受賞が発表されて全部終わってから、もう一度最後に一曲弾いてほしいの。leonardoの演奏で式を終えるというわけ。」という。

ていうか、それだと私は完全にセレモニーの進行の一部になってるじゃないですか。
大事な存在じゃないですか。
それでは「軽くバックでムード音楽を演奏する」と思ってお願いしたギャラともなんかずれてくるような、、、、。

あっけにとられて「ていうか、だいぶ話が違うんだけど、、、」という私にEは、「そうなのよ、変わったのよ。」とあっさり言う。

私が「2曲を弾けと言われても、、、、」と言うと、Eは「leonardoが知ってる曲でいいのよ。もちろん。ほらフォーレとか。」と、オペラjrで昨年のコンサートがフォーレだったことや、私がフォーレを好きなの知っていて言ってくる。さらには「なんならゴールデンヴァニティーでもいいのよ。」とか言ってきました。
え?Golden Vanity って子供が死ぬストーリの曲なんですけど。。。。
冗談にしても悪い冗談だし、適当に言ってるのなら適当にもほどがあると思って、私もブチッ。。。

しかも「明日、ブランコに乗る子供たちと練習が予定されてるんだけど、leonardoも来てくれないかしら?」と言われました。

このところぶっ通しで仕事をして、日曜日なんて5週間に一回とかしかないペースで、その貴重な日曜の休日が18日だったので、「。。。。。」と止まってしまった私。

セレモニーで大事な役目を担ううえに前日にも来いと、、、。

そこでむこうからすんなりと「ギャラはそれなりまた変化させるから。」とか言ってくれてたらいいのに、なんにも言ってくれなかったんです。
もちろんこっちもお金お金という意識はないけれど、ちょっとしたことですっきりと居心地よくなったり悪くなったりするというもの。なんせ、いい印象をもっていなかった彼女ですからね。(ってしつこいですが。)
「はあ、、、、、」ととにかくあっけにとられたまま、セレモニーで私が何かを弾くということは決めてしまってあったのだし、事前にどんなホールでどんな場所で弾くのかぐらいは知っておいたほうが私自身のためだと思って、結局は日曜日に出向くことをOKしました。
というか、金曜日の夜も、一日中仕事をしたあとの土曜日の夜にあわてて曲選びをしてピアノを弾いて準備したのはいうまでもありません。

そうして4月18日の日曜日。

気持ちよく晴れた日曜日。せっかくの貴重な休日だったわけですが、午前中の約束をいいわたされたのでマグロンヌに向かう私。

しかし!!こういう時に限って車がおかしい!!

前の古い車の時代には毎日のように車の故障にはらはらさせられていた私ですが、車を変えてからは日本にいたときのようにすっかり安心しきっていました。
車は動くものと信じ切っていた私は車のトラブルにめっきり弱い。
さいわい駐車場に洗車をしているムッシューがいたので、助けをもとめに行ってなんとか車も動くことができました。

マグロンヌはカテドラルと刑務所がある街という認識しかしてなかった私。
街の中に入ってみれば、モンペリエ周辺のそのほかの村、街と同じで、住宅地という感じでした。

その劇場というのはいってみれば公民館のような建物の中にあるホールのことでした。200席の小さなホール。とは言っても、ちゃんとした作りで、客席は立派なシートでひな壇式になってるし舞台には照明とかひと通りそろってるしちゃんと音声や照明のミキサー室もありました。

ああ、こんなところにこんなホールがあるのか、と驚いた私。

Eに出迎えられてホール内に入ると、4、5人の子供たちが一人の女性とリハーサルみたいなことをしていました。
そう、その女性がこの劇場のディレクターでした。

「日曜日にわざわざきてもらってありがとうございます!」とかなり熱烈に迎えていただきました。

子供たちにも紹介されて、「わ~、この人がピアニストなのね~!」と言わんばかりのキラキラした目で迎えられてちょっと照れちゃったりして。

まずは、とコーヒーを頂いたのですが、そこでディレクターさんが「実はさっきこの子がショパンのなんとかをポロポロと弾いてたんだけど、私、それが気にって!どうかしら明日に?」とか言ってきた。

「え?」。。。。。

セレモニーの前日に結局は曲を指定してくるんですか?とあっけにとられる私。

一応気をとりなおして、とりあえずはぶっつけでリハーサルということになりました。
つまり、カーテンが閉じられて、「はい!客の入場!」とか叫ばれて私は弾き始めるわけです。私は勝手にリストアップしてきた曲を弾きました。

するとまた驚くことに、「それ!気に入ったわ!なんという曲?」とか「はい!次の曲に行って!」とか言われる始末。え?あなた今選んでるんですか?という感じ。あいかわらずわけがわからない私はとりあえず考えてきた曲を弾き続ける。

私は30曲くらいをムード音楽として選んできたわけです。とくに授賞式なわけだから暗い曲や悲しい曲、重い曲は避けて、明るく穏やかな曲をメインに選んできました。

私が弾き始めて4曲めくらいで、「それ!それよ!」とディレクターさんは叫び、「子供たちがブランコに行く時はそれにしましょう!」と早々と一曲が買い取られました。

先ほど言われたショパンのなんとかは結局ワルツだったんですが、短調のワルツで、私は適当にならすぐに弾けるけど、人前で、しかもステージの上で翌日に弾くというのはどうもしっくりこなかったので、「これはちょっと暗くないですか?」と難癖をつけて却下させてしまったりしました。(笑)

私もたくさん曲を用意してきていたわけですが、結局ディレクターさんは、子供たちがブランコに行く時の曲とセレモニーの終わりの曲を選び、お客さんが客席につく間は「あなたの好きなようにしてくれていいわ。」と言いました。

「それにしても、あなたにはまたぜひ来てもらわないと!素晴らしいわ!ゆっくり聴きたいという思わされるもの!」と言ってもらい、よくわからないままここにいるけど、気にってもらえたのならよかった、と一安心。

それからスピーチのときの練習はというと、カーテンの向こうでディレクターさんが「どこどこのディレクターの○○氏!」と叫び、私が自作のちょこっと音楽を弾く。「はい!スピーチ終了!」と叫ばれて、今度は壇上から降りる間のためにちょこっと音楽を、、、。

もうなんだか笑えてくる状況でした。

そんな大事なセレモニーを翌日に控えて、よくもまあこんな土壇場で、、、、。

そんなこんなでなんかわけわわからないままに、リハーサルも終了。

「それじゃあ明日!よろしくね!」と言われて去る私。

マグロンヌのとなりはパラバスのビーチです。

天気もいいことだし、海岸沿いに車を走らせて、ちょっと海を眺めてぼ~っとしてみました。
相変わらずの地中海です。


青い空と青い海。波の音とヨット。

なんだかこのシーズン、すごい仕事をしてきたけれど、こんな近くにこんなきれいな海があるんだな~、って改めて気付かされました。

この日は人影も少なく、ピクニックしてるカップル、そして一人で服脱いで日光浴している青年、、、。

平和な風景ですね。

私はこの後、家に帰ってから最終的に選ばれた曲とお客さんが会場に入る間の音楽としてメドレーの順番を考えたりしてピアノに向かいました。

当日の様子はまた今度お伝えします。

2010年5月6日木曜日

日仏比較 2 : 言うべきことと言わずにいるべきこと

フランス人は自他共に認める議論好き。
いつでもどこでも誰とでも議論が絶えない人達です。

「議論」というのを「おしゃべり」と同じものに扱ってしまうと話がずれてしまいますが、「議論」=「自分の考え、意見を主張しあう。」としたら、日本人との違いがよくわかってくると思います。

この議論の文化に目をやると、日本社会とフランス社会に根差したメンタリティーの違いがはっきりと見えてきます。それは、人は皆、対等であるという精神。

日本人だってもちろん「人は皆、平等」とはわかってますが、日本社会には先輩と後輩、目上の人と下の人、といったことからも明らかなように年功序列システム、年齢を基盤とした階級システムが絶対的前提として存在しています。
さらに「妻は三歩下がって、、、」じゃないけど、女性は女性らしく、男性は男性らしく云々で、男女それぞれの「こうあるべき姿」というのがこりかたまってますよね。こんなことは日本人には当然のことなんですけど、イスラム文化の一部分を女性蔑視だといって激しく批判するフランス人たちに言わせれば、日本も立派な女性蔑視の国なわけです。

そんなこんなで、年齢の違い、男女の違いにとらわれないフランス人たちに囲まれて仕事をしている中で、「これは絶対日本ではありえないでしょう!」という光景に出会うのは日常茶飯事。

例えば、大の大人が声を荒げて自分の考えを主張し合ってるのを見ると、私たち日本人は「ケンカしあってる、、、」と思ってしまいます。私個人が日本での生活で見たことのあるケンカと言えば、夫婦喧嘩、親子喧嘩、兄弟げんか、そしてごくまれに同級生の男の子同士のけんか。これ以外となると、はて、どんな言い争いを見たことがあったっけ、、、ってな感じになります。
しかし、フランスでは40代の女性同士が言い争ってるところ、30代の男性が50代の男性にどなるところ、さらには30代の女性が70歳の男性にまくしたてて怒っているところまで見てきました。この「ケンカ」という表現ですが、日本人である私から見たら激しい言い争いはケンカのうちです。でもフランス人にとったらそれぞれが自分の主張をぶつけあっているというだけのことなんでしょう。

一方、日本では定番の「上司に怒鳴られる部下」という図。この「一方的にどちらかが相手に怒鳴る」という図式はフランス社会ではめったと見られません。
私は学生時代にアメリカ系の企業でバイトをしていたのですが、そこで、組織のトップである30代前半の女性上司が5歳以上年上の男性部下に怒鳴って説教をしていたのを目撃しました。こんなシーンは、組織がアメリカナイズされていたことと、この女性がアメリカ生活経験者で英語も堪能な人だったからこその特殊例でしょう。
一般的に言って、日本では女性が男性に怒鳴ること、年下が年上に怒鳴ることはあまりみられることではないと思います。
また、上司に怒鳴られてしかられてる部下が、上司に何か意見を言うことって、日本ではどれくらいあるんでしょうか。日本の会社勤めというのをしたことがないので私は現場を知らないんですが、マンガとかドラマで見る限り、下の者が上の者に何か言うというのは、口ごたえだとかはむかうだとか、とにかく非常識で無礼なことだと見られているのではないでしょうか。

こちらフランスでは、一人前の大人になったら人間同士の間に上も下もなく、みな対等なのです。
例えば年齢が上で経験も豊富な人物が年下でまだ新米の人物に乱暴な言葉をはくとします。するとどうなるか。必ず誰かがこの人物の言動をたしなめるのです。それは周囲にいる人で、この人物よりも年下の人物であることはもちろん、暴言を吐かれた新米本人が、「そんな口調で話すのはやめてください。」とぴしゃりと言ってしまえるのです。
そしてそういう年下や経験の浅い人たちにむかって横柄な態度や乱暴な態度をとる人物は、皆から非難され、よくない人物だとみなされます。日本だって本人のいないところで周りがフォローしたり気を配ったりすることはあると思いますが、年上の人、経験の豊富な人が上に立つのは当然だと社会が受け入れているから、ちょっと行き過ぎてる人に周りの人が意見することなんてあまりないのではないでしょうか。
乱暴な言動じゃないにしても、年下の人にむかって、まるで子供扱いしてるかのような口調をしてもNGです。そういう場合、年下の者は「私は5歳の子供じゃない!」と反論するのです。

ま、いろんなエピソードは置いておくとして、私が説明したかったのは、フランス社会では「皆が対等に発言して、それぞれの考えを主張することから意見の交換ができて議論が過熱する。」という図式がベースにあるということです。

もちろんフランスにだって「年上を敬う」という精神がないわけではありませんが、日本社会と比べたらはっきり言って皆無に等しいです。
年齢は関係なく、単純に、みんなそれぞれの個人の能力、個人の人格を評価して、その人物を敬うようになるんです。
そして話し合う場においてはみんなが完全に対等。それぞれがそれぞれの立場で自分の考えを主張するのです。

そんなわけで、フランス人に囲まれて仕事をする中で、私だって私の考えを述べて議論に参加しなくてはいけないと感じ始めるのに時間はかかりませんでした。

もちろん、始めのうちは私も「言葉のハンディ」と「文化の違い」を理由に、議論が沸き起こる度に聞き役に徹していました。
でもそんなことを続けていると、単なる「控えめな人」ではなくって、「自分の考えを述べない人」=「自分の意志のない人」=「何も考えてないバカ」=「どうでもいいと思ってる人」=「人に話を合わせるだけの日和見主義」ということになってしまうのです。
私の性格からいって、「どうでもいいと思ってる人」や「人に話を合わせるだけの日和見主義」と思われてしまうのは我慢できません。
そのため、たとえ言葉のハンディがあっても、すごい勢いでしゃべるフランス人の半分も発言できないとしても、タイミングをとらえてなんらかの形で自分の考えを表明しないといけなくなったのでした。

これって本当に難しいです。でも一言でもいいから、「私はこう思う。」という意見をのべるようにしてきて、少しずつ少しずつではありますが、私なりに一個人のleonardoという人間の在り方をフランス人たちにもわかってもらえるようになってきたと思っています。

しかし、そこからがまだまだ難しいことだらけ!

日本ではいつも親に「口ごたえばかり」、「口が悪い」、「生意気=謙虚さがたりない」と小言を言われていた私なのでが、やっぱり20歳も年上の人とか経験豊富な人たちと話しているときに、わざわざ反対意見を表明するタイミング、そしてその勢いがなかなかつかめませんでした。たとえ意見が同じではないとしても、「うんうん、そうですよね。」的なあいづちでその場を流してしまうほうがよっぽど楽です。
なんせ、その場にいるフランス人はみんなすごい勢いで意見をいいますからね。その間にわってはいったり、誰かをさえぎって、「でも私は!」みたいに切りだすのはエネルギーがいります。(笑)うまいこと自分の考えを話し出したところで、今度は周りにフランス人によってたかって言葉をさえぎられてしまうのと戦わないといけないのですから。

外国語であるフランス語を使って、一人の大人としての品格を失わず、自分と考えの違う相手、しかも自分よりもだいぶ年上の人、人生経験のある人、仕事の経験のある人にむかって、どうしたら自分の考えをうまく主張することができるのか。。。。。

これって本当に難しいです!

先ほど、フランス人はみな対等とは言いましたが、もちろんフランス人の間にだって権力のある人に嫌われないようにふるまう人はたくさんいるし、自分が上の立場にあるときに煙たい存在を排除しようとする人だってたくさんいます。
それは人間の性。
でも基本的には発言する人々です。意見を主張する人々。何も言わない人なんてめったといません。
そしてそんな中にももちろん角がたつ言い方、ものごとをまるくおさめる言い方とかいろいろあります。
さらにはいくらフランス人の間だって、言ってはいけなこと、言わないでおくべきこととかあります。

フランス人の中には上手にものを言う人、上手に意見を言う人がいるわけで、私はそんな人たちが使う表現、ボキャブラリーなんかを聞いて勉強させてもらっています。
どういう態度で、どういうタイミングで、穏やかに、でも言うべきことを言うか。

実際の現場でこちら側の態度、姿勢がどう取られるかというのは、相手の性格、人格に大きくよるというのも事実。 だから相手を見て、こちらの言い方、こちらの出かたを多少考えるべきだというのも本当。

そもそも、最終的にはお互いが反対意見を出し合ったうえで折りあいをみつけてまとめなくてはいけません。現実的にいって可能なことなのか不可能なことなのかとかって要素もありますし。
相手の意見を聞きつつ、自分の考えを表明し、時には全面的に譲ったり、あるいは中間点を見つける努力をしたりするわけです。

こういうことって、人間にとって大事な能力だと思います。それはどこの国にいたって同じだと思います。
ただ日本はいろいろな社会的前提を優先する社会だから、納得がいかないことなんかがあっても、消化不良をおこしながらも呑み込んでしまったりして本音とたてまえの間にずれが生じてくるし、上司の意見に反するような考えをあえて表明する人もあまりいないだろうし、そもそも意見が対立する場を好まなかったり良しとしない文化だから、反対意見となるのを承知で議論に参加する人もあまりいないんでしょう。

実は私はこれまでにすでにフランス人社会の中にいて、とてもデリケートで難しい状況の中に身をおいたことがあります。そして実は今もまた、とってもデリケートな立場におかれてしまいました。
いつのときも一番若いのは私。
日本社会だったら、何も言わずにいる立ち場なのでしょう。
でもここはフランス。自分の考えを言うべきです。

相手の立場、それぞれの人の立場を考慮しながら、言葉に角がたたないように気をつけながら言わないといけません。
違う文化を背景にもった私が、外国語であるフランス語で話すにしては重たいことです。
語学力にハンディがあるから、どうしても端的な表現、直接的な表現になってしまいがちなのも事実です。
でも日和見主義者にはなりたくないから、私のもつすべてのフランス語能力を使って、がんばって意見を述べます。

こういうことって生きた学習ですね。生きた経験。生きた勉強。

フランス人とは違うメンタリティーをもってる私なりに、少しずつ、少しずつ。。。

2010年5月5日水曜日

冬から夏へ、夏から冬へ

毎年のことながら、春らしい春を感じることがあまりないまま夏になってしまったな~と思ったのが先週のこと。

先週の火曜日、水曜日は気温もぐんぐん上がり25度を超え、街では半袖姿、ノースリーブ姿に素足にサンダルというファッションがあふれました。

私も久しぶりにゆっくりできる夜を確保できたので、友達とおしゃべりしながらベランダで夕食を楽しんだのです。22時半まで上着を羽織ることもなく、日が長くなったのを楽しみながら外にいました。
「空を見ながらベランダで食事なんてなかなかリッチなことだよね~。」とか、「巣に帰る鳥たちの鳴き声を聞きながら食事なんて贅沢だよね~。」とかいいながら、久しぶりにふうっと一息つける時間を味わったのです。

が、空模様は木曜日から変わりだし、週末には雨も降るわですっかり肌寒い気温になってしまっていました。
あらあら、夏はまたお預けか、と思っているのもつかの間、なんと夏がお預けどころか冬に逆戻りしてしまったのです。

気温は下がり、雨も降り、さらには強風がふいてきて迎えた今週の火曜日。

モンペリエ空港では、強風暴風のためにキャンセルになった便がいくつか。
ニースでは間もなく開幕を迎えるカンヌ映画祭のために急ピッチですすめられていた準備が風と雨のせいで台無し。
さらにきわめつけはカルカッソンヌの地方での雪。しかもしっかり積雪となったのです!

5月4日に雪ですよ。南フランスですよ。
どうかしてます。

モンペリエでも今日の気温は日中で10度でした。
またセーターをひっぱりだすべきか、冬のコートを出すべきか。。。
会う人会う人、みんなが「寒いよ~。」だの「また冬だけど元気か?」とか言ってました。
日本に比べるとこちらは気候の変化が激しいわけですが、それにしてもおかしいです。
この変化にはとてもついていけません。適応しきれません。
本当に異常気象ですよね。

このところずっと仕事がたてこんでいるうえに周りが穏やかでなく、ブログがなかなか更新できずにいますが、異常気象の南フランスからのちょっとしたつぶやきでした。