2009年1月31日土曜日

あれから一週間

先週の土曜日の大嵐から一週間がたちました。

フランス南部、西部の各地で、風速170km/時を超える強烈な暴風を記録した今回の嵐。木が根こそぎ倒されて、嵐が去ったあとの復旧作業にてこずっていましたが、それでももう一週間たったわけだから、そろそろ次の段階に作業も進むべきところ、信じられないことにいまだに14700世帯の家庭で電気が途絶えたままだといいます。

フランス人は自然災害には慣れていないとは言え、これでいいのか?!

さらに驚くことに、75パーセントのフランス人は公共サービスの災害後の対応はすばやく的確だったと判断しているのです。

確かに消防士をはじめ、電力会社EDF、ガス会社GDF、電話会社France telecom、道路管理団体、各市町村の団体、たくさんの人が復旧のために動いてはいるでしょう。テレビでも連日彼らの作業の様子が映し出されてました。そんな映像を見て、75パーセントの人は感心してるのかもしれない。

が、やっぱり私には復旧のためにできる限りのことをしているとは思えない。だって、一週間がたっても電気が復旧できないなんて首をかしげてしまう。

きっと現地では人手も足りないだろうし、周辺地域から応援とかかき集めたら、もっとスピードはアップできてたはず、と思ってしまう。

こんなことを思っていたら、やっぱり私の疑いはあたっていたようでした。。。

ある知り合いから聞いた話ですが、嵐の翌日、とても天気のよかった日曜日、電気会社EDFでは、モンペリエの地域から被害地に応援を送るという話がでていたにもかかわらず、結局費用がかさむということで、誰も応援にいかなかったのだとか。

こういったことはトップの人たちが判断してきめていることでしょうけれど、やっぱり何かのんきすぎるぞフランス人!と思ってしまいました。

その土地の気候は、その土地に暮らす人々のメンタリティーに多大な影響を与えるといつも思っていますが、自然災害の危機に面することがとても少ないフランス人相手に、「危機管理がなってない!」だの、「対応ができてない!」と批判するのはもとから無駄なことなんでしょうか。

今回の自然災害のために受けた経済的打撃損失のことが熱心に話されているけれど、「お金がないから動かない」という考え方はどうかと思う。
日本では台風にしろ地震にしろ、津波にしろ火山の噴火にしろ、自然災害のたびにみんながなんとかして動いてるのに、この差はなんだろう?それともお金のまわり方が違うんだろうか。。。

今回の嵐で一番被害が大きいのは、大西洋岸南のLandesという地方です。
週明けからみんながもっと必死に作業して、せめて電気だけでも早く復旧しますように。

2009年1月29日木曜日

Voyage en Europe

今週の火曜日と水曜日に、オペラjrの子供たちのグループ Choeur d'enfants がコンサートを行いました。

テーマは「Voyage en Europe」(ヨーロッパ旅行)。ヨーロッパ各国の作曲家をとりあげて紹介しようということです。が、コンサートの時間は1時間だし、曲数も限られていて紹介できる作曲家の数はわずか。結局、この旅行で訪れるのはドイツ、フランス、イタリア、ロシア、ハンガリーの5カ国となりました。



もともとオペラjrのChoeur d'enfants は9歳から16歳までということだったのですが、今年度は14歳から16歳の年長組がオペラ「ディドとエネ」に参加するために、Choeur d'enfants は二つに分かれた状態です。頼りになるベテラン勢がいない年少組というだけでも大変化なのに、40人中30人以上が歌未経験者の新人グループになってしまいました。9月から活動を開始して、歌は初めて、楽譜なんて読めるわけもない、そして規律ある団体行動なんてしたことない子が大半をしめるグループを相手に、指導者のヴァレリーも疲労困ぱい状態が続き、どうなることやらと思いましたが、全曲暗譜での1時間のコンサートになんとかこぎつけました。



発声方法もこれからトレーニングしていかないといけないし、音程、フレーズの仕方などなど学ぶことはこれから山のようにあるけれど、世代交代後の新しいグループの初めてのコンサートとしては良い出来だったと思います。

いつものようにピアノのすぐ横にこっそり置いたマイクで録音したもので、バランスも質もよくないけれど、オペラjrではめずらしい曲をよくとりあげるので、なかなか他に聞く機会もないでしょうから、曲紹介のつもりで、ここに載せさせてもらいます。

プログラムはまず、ロシア代表でストラヴィンスキーから始まりました。

Igor Stravinsky (1882-1971) : Trois Histoires pour les enfants

「子供のための3つの歌」ということですが、この3曲の内容に関連性はありません。

1. Tilim-bon  ヤギさんの家で火事が起こったという騒ぎの歌。チリンボンとは火消しの鐘の音をあらわしています。





2. Les canards, les cygnes, les Oies...  (カモ、白鳥、がちょう、、、)

星の奇麗な夜にみんなで仲良く寝ようとしてりときに、ノミが一人落っこちて「ボク死んじゃうよ~!」という奇妙な歌。。。




3. Chanson de l'Ours  (熊の歌)

全曲に引き続き、これが子供のための歌か?と首をかしげたくなる内容。

「あるところにおじいさんとおばあさんがいました・・・・。」というナレーターで始まります。昔話のようでいいのですが、実はおじいさんに腕を切られて、おばあさんにそれを料理されてしまったクマの復讐劇。最後は「熊はおじいさんとおばあさんを食べてしまいました」というナレーターで終わるもんだから、この場違いなサディスティックさに笑えてしまう。



続いてプログラムはドイツへと移りました。
ここでは合唱ではなくて、ソロの曲が2曲紹介されました。

Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) : Dans un bois solitaire

モーツァルトがまだ若いころに作曲した曲。フランス語の歌詞に曲がつけられています。歌ったのは特別ゲストとして参加した、ディドグループのF。年長者とは言っても、彼女もまだ16歳です。彼女はオペラjrに私と同じくらいの時期にやってきた子で、メンバーの中ではもうベテランさん。私は彼女の飾ったところのない透明感のある声が大好きです。




つづいて同じくモーツァルトの小さな歌曲「An die Freude」を、Choeur d'enfant のTが歌いました。 まだ14歳になったばかりの子です。

ドイツの次はハンガリーへご案内。

バルトークのように、ハンガリーの民謡からインスピレーションを得て作曲活動を行ったリゲティの作品。彼はつい最近2006年に亡くなったのですね。

Gyorgy Ligeti (1923-2006) : Matraszentimerel Dalok

4つのアカペラ曲からなる作品。今回はちびっこ新人グループだったので、念のためにピアノで一緒に弾きました。

1. Harom Hordo

お酒を飲んで楽しもう!といった内容です。





2. Igaz szerelem

訳せば「True Love」ですから愛の歌ですね。

3. Gomb, gomb

ポンポンのこと。ポンポンって日本語だとなんと言うのでしょうか?ほら、ふわふわの飾りのことです。そのポンポンをつけたかわいいあの子を思っての歌。




4. Erdobe, erdobe

森の中へ散歩にいくという歌。この曲は三部合唱です。



ハンガリーの後は、イタリアの紹介となりました。

ここでも合唱ではなくて、4人のソリストの歌です。イタリア歌曲というと、日本で音楽を学んだ人にとっては、意外と馴染みのある音楽です。作曲者名はあまり知られていないけれど、メロディーは聞いたことがあるという人も多いのでは?

まずはディドグループからのゲストとして、CがAndrea Falconieri (1585-1656)の「 Bella porta di Rubibi」を歌いました。彼女はまだ14歳。

続いてイタリア歌曲の定番中の定番、Francesco Gasparini (1668-1727)の「 Caro laccio, dolce nodo 」を、同じくディドグループのAが歌いました。彼女は16歳です。



次は名前も知られているFranscesco paolo Tosti ( 1846-1916) の「 Malia」をChoeur d'enfants のBが歌いました。彼女はコンサートで一人で歌うのが初めてなうえに、高熱を出してしまって不調でしたが、普段は透明感のある高い軽い声をもった14歳の子です。

イントロからして「イタリア」色の曲ですね。





そしてイタリアの最後として、先ほどモーツァルトを歌ったTが、Antonio Caldara (1670-1736) の「 Sebben, crudele」を歌いました。この曲も日本で副科声楽をした人には超有名な曲ですね。

さて、本来ならイギリスへも足を運ぶべき旅行でしたが、一時間のプログラムはここで終盤へと入ります。

Jean Absil (1893-1974) : Le cirque volant

フランス語圏ということでフランスとして紹介されましたが、厳密にはジャン・アブシルはベルギーの作曲家です。教育者としてもすぐれ、ブリュッセルの王立音楽院などで教鞭をとりました。Cirque volant は「空飛ぶサーカス」。子供のためのカンタータとして書かれました。

1. Entrée 歌なしでの序奏の後、サーカス開催を宣言するナレーターが入ります。





その後、各曲の合間にナレーターが入り、曲のつなぎをはたします。

2. Les pumas (ピューマ)




3. Le danseur de corde (綱渡りの踊り子)





4. L'amazone (アマゾン)



5. Les clowns (ピエロ)



6. Les chiens savants (学者犬)





7. Le fakir (術師)





8. Buffalo Bill バッファロ・ビル





以上で今回のプログラムが終了です。

実はこの「Cirque Volant 」、私が初めてオペラjrにきた2003年に、演出付きの舞台として公演されたんです。当時私はいろいろと問題をかかえていて、結局この公演には参加しなかったのですが、5年たって今度は自分が弾く立場となり、過ぎた時間が不思議な感じです。

この曲はこのあとも引き続き練習を続けて改良改善を加えてから、5月にモンペリエのオーケストラと一緒に地方遠征公演にでる予定です。

今回、この新メンバーを始めて公に紹介した形になりましたが、評判は上々。特に子供たちの親にしてみれば、楽譜も読めない子たちがよく難易度の高い曲を、しかも暗譜で発表できたということが驚きのようで、誇り高々になってた親が多くておもしろかったです。

スタッフの内輪では、とにかくかわいい子供たちのことが話題になりますが、今回のコンサートの一番ヒットは、最前列中央のちびっこおしゃまさん二人組。

彼女たちは歌に夢中になると同時に、ステージの上でライトを浴びていることに恍惚となったのか、お色気満々になって、一人は自分のスカートのすそを徐々にたくしあげ始め、もう一人は自分のお腹や胸のあたりをなでながら歌い始めたりして、客席から見ていたスタッフは大ウケ。まさに「ちびっこロリータ」です。指揮をしていたヴァレリーも「スカートから手を放しなさい!」って注意をしてみたけれど、まったく通じなかったみたい。

あとで、ちょっぴりからかい半分で本人たちに言うと、まったく自覚がなかったみたいで、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたのがさらにかわいかったです。

ちびっこ新人軍団。これからどんなふうに成長、上達していくのかとても楽しみになりました。

2009年1月25日日曜日

新年が明けてからハードスケジュールが続いています。
私のように、あちらこちらでかけもちで仕事をしているうえに、頼まれると何でも引き受けてしまう、なんてことをしていると結局休みがなくなってしまうパターンに。
この調子だと4月までノンストップで大変なことになりそうです。。。

さて、大寒波が去ったと思ったら今度はフランスではめずらしい嵐がやってきました。
フランス語で暴風雨の嵐はtempête(トンペット)。
南仏、特にプロヴァンス地方では、ミストラルと呼ばれる強い風が有名ですが、今回の風は大型台風を思わせる強風暴風でした。
この強風は、金曜の夜から土曜日一日中にかけてフランス南部ほぼ全体を襲いましたが、特にひどかったのは南西部であるボルドー周辺の地域。暴風で木が折れる倒れるなどして、死傷者が出てしまいました。100万世帯を超える家庭で昨日から電気がストップしたままだそうです。

私は昨日の夕方、暴風がピークに達してきた中、仕事のために車で移動しないといけなかったのですが、信号待ちをしてる間にすごい風で車ごと飛ばされるかと思ってかなりひやひやさせられました。モンペリエでも木の枝が折れてたり、交通標識が折れてたり、いろんなものが道路を舞っていて、危険度が高かったです。

こんな暴風は私にとってもモンペリエに来て初めてだし、周囲のみんなも「こんな風は初めて!」と言ってました。フランス全体で言ってもこのレベルの暴風は10年ぶりだとか。
やっぱり自然災害には慣れていないフランス。台風を知っている私ですら、モンペリエの穏やかな気候にすっかり慣れてしまって、久しぶりにひやひやどきどきのトンペットでした。

2009年1月11日日曜日

アフリカで結婚!

どど~んと出たタイトル。でも私の結婚報告ではありません。。。


これは新年早々耳にしたニュース。とってもとってもかわいいニュース。日本でも話題になったのかは知りませんが、可愛過ぎるのでお伝えします。

事件は2009年の元旦に発生しました。場所はドイツ北部のハノーヴァー近郊。
大晦日の夜、7歳の男の子が、彼のパパの新しいパートナーの連れ子である二人の女の子とおしゃべりをしてました。女の子は6歳と5歳。実はこの男の子と6歳の女の子はラブラブ。強い意志を固めた二人は結婚することを決めました。しかも寒い冬のドイツでではなくて、太陽サンサンと輝くアフリカの地で結婚式をあげると決めたのです。

決心したらあとの行動は早かった!

元旦の未明に二人は荷物をまとめ、アフリカに向けて出発することにしたのです。サングラスと水着も忘れずにバックに入れた二人。そして結婚式の立会人として、女の子の5歳になる妹をアフリカまでつれていくことにしたのです。
二人は真剣そのもの。
寝ている両親を家に残し、3人のちびっこはアフリカを目指して家を後にしました。

てくてくと1キロほど歩いてトラムの駅に向かい、そこからはハーノーヴァーの中央駅を目指して3キロほどトラムで移動。無事に駅に着いたのです。3人はそこからアフリカに向けて旅を続けるはずでした。

が、元旦の未明に駅のホームでうろちょろしている3人のちびっこに駅員さんが気が付きました。なんたって5歳と6歳と7歳の3人組。目を引かないわけがありません。すぐさま警察に連絡がいきました。

そこでかけつけた警察官は2人の結婚計画を知ったのでした。
警察官はラブラブな二人を前に、「お金もなく飛行機のチケットもなかったらアフリカにはたどり着けないよ。。。」と説明し、子どもたちも理解したそうです。
すぐに両親のもとに知らせがいき、迎えに来るのを待つ間、警察官たちはアフリカにいけないちびっこ3人に警察署の見学をさせたといいます。

ことの次第を伝える警察の報道担当の人も、話の最後には「彼らはもうちょっと後で計画を実行できるでしょう」と、茶目っ気ある一言を添えています。

こころ温まるかわいいお話でした。

2009年1月8日木曜日

フランス人は知らない

フランスに来てから私が主張することの一つに、「日本の食文化はとっても豊か。日本人はとってもグルメで、食通で、しかも舌がこえている上に料理が上手。」というのがあります。

外食産業がとても発達していて、世界各国の料理がお手頃な値段で食べられるし、家庭の食卓でも和食に限らず、中華、イタリアンなどごくごく普通に日常的に食べているから、世界の味に慣れていると思います。日本にいるときはこれが普通だったけれど、フランス人の様子を見ていると、外国の料理に対する親しみ度のレベルが全然違うことに気が付きました。フランス人は私に「うちらだって外国料理知ってるよ!」と反論してきますが、「次元が違う!」と豪語する私。

日本人にとったらフランスという国は「おしゃれな国」というイメージと、「美食の国」というイメージがいまでも強いですが、食に関して言えば全然そんなことはないんです。我らが日本の方が断然「美食の国」です。
一流シェフは別として、普通のフランス人の料理腕前度についてはまた話すことがいっぱいなので、またの機会にとっておきますが、今日のテーマはあるお菓子についてです。

「流行」という現象が大好きな日本では、毎年のようにどこかの国のお菓子が大ヒットとなりますよね。イタリアのティラミスだの、フランスのマカロンだの、日本人にとったら知らない外国のお菓子なんて存在しないどころか、珍しいことはない普通のお菓子の一つとなってしまいます。
そんなお菓子の例として、バームクーヘンがあります。

日本ではもうわざわざ騒ぐ対象ではなくなってしまっていて、すっかり地味な感もあるくらい、定着したお菓子であるバームクーヘン。私はかなりのバームクーヘン好きで、時々無性に食べたくなるんですが、去年ドイツ東部を旅行したときに、現地に住む友人のAちゃんの勧めで、有名な老舗の店のバームクーヘンをお土産用に買いました。

で、モンペリエに戻ってから、フランス人の友達と食べたんですが、そこで私はびっくり。

フランス人はバームクーヘンなんて食べたことがなければ、見たことも聞いたこともないというのです。

それには私の方がびっくり。「え~!お隣の国のおいしいお菓子を知らないの~!?」と騒ぐわたし。

それに対して、「ていうか、なんで日本人は知ってるんだ?」と驚くフランス人。

こんなことがある度に、私は日本人の「美食ぶり」を説明し始めるわけです。
「えっへん!」と得意げな私の演説。

で、このバームクーヘンは現地の老舗というだけあって、とってもとってもおいしかった!
フランス人も「これはおいしい!」と大喜び。

そんなこんなで小さなことでの日仏のギャップは、数え切れないほどありまする。。。

2009年1月7日水曜日

寒波・カンパ・大寒波!

この冬、モンペリエでは例年よりも気温が下がって、私も去年は使う必要がなかった厚手のコートが毎日かかせません。そんな中、今週に入ってからはフランス全土、そしてヨーロッパ中が記録的な大寒波に見舞われています。


今日の午後、仕事から帰ってくるときには、この冬二度目の雪が舞っていました。それもそのはず、外気温度がたったの1℃。まだ雪も細かくて積もっていく気配はなかったけれど、今日マルセイユでは大雪のために街中が大混乱でマヒしてしまいました。


マルセイユ周辺の地方では10センチから40センチにも及ぶ積雪が観測されて、フランス南部のこの地方でここまでの大雪は実に22年ぶりだとか。高速道路は渋滞のトラックが停車したまま閉鎖、電車もストップ、飛行機もストップ。あげくに明日は学校、幼稚園は休校になるとのこと。

大雪に慣れている地方の人にしたら、「積雪40センチで街が機能しなくなるなんて!」というところですが、南フランスの人には対処・対応ができなかった。

テレビのニュースも今日はもっぱら雪情報でしたが、マルセイユの街でインタビューを受けてる人ったら、「俺たちは慣れてないもん!どうしたらいいのかわかんないよ!わっはっは!(笑)」と笑う始末。そうなったらこっちも「それはそれは大変ですね!わっはっは!(笑)」と返すしかないでしょう。


比較的寒さには慣れているはずのフランス北部でも、今日の寒さは記録的。気温の面でいえば、こうした寒波は10年ごとにおとずれてはいるらしいけれど、今日はパリで日中でもマイナス温度。工事現場やごみ収集、市場など外で働く人たちは、仕事の時間を減らすなどして対応しながらもがんばっていました。北部の町では昨夜マイナス20℃を記録したといいますから、半端じゃないですね。毎年冬になるとホームレスの人の凍死が報告されて、社会問題となっていますが、この気温では亡くなる人がまた増えてしまいそう。



どうやらこの寒波は来週の頭まで居座る気配。モンペリエの地方でも明日、明後日と雪の予報がでています。私だって雪になれてないし、車のためにタイヤチェーンとかもってないし、大雪になったらどうしよう?「どうしたらいいのかわかんないよ~。ははは!(笑)」と言って仕事を休むか?


ちょっとハメハメハ大王の家族になってきた感のある私です。

2009年1月5日月曜日

日本からの年賀状

今日郵便ポストを覗くと、日本からの年賀状が二通届いていました。

姉からといとこから。二人ともありがと~。

で今日の話題はこのいとこからの年賀状。

日本人にはおなじみの普通の年賀ハガキでした。お正月に年賀状、年賀状に年賀ハガキ。とここまではいたって普通。
でも数秒後に何かおかしいことに気が付きました。
みなさん、これを見て何かに気が付きますか?





実は、宛名がパソコンのソフトできれいに印刷されてたんですけど、よくみると、私の名前は漢字でそのまま!(笑)住所も、幸い全部カタカナではなくてローマ字だったんですが、数字が漢字!(笑) 私は大きなアパート(日本にもあるような4階建てマンション)に住んでいますが、そのB棟42号というところが、B四二となってました。そしてフランスの住所で一番肝心な通りの番号も 2 rue ~ (~通り二番地)というところが、二 rue となってました!(笑)

気がついてから何度もプププと笑ってしまう私。

いとこのHちゃんは昔からプププと笑ってしまうようなことをしてくれる人。もしかして今回もワザとか?と思ったりもする。

差出人の明記はオール漢字でも不都合はないけれど、日本から来たというJapanなり Japonが書かれていなかったので、このハガキを見れば、中国か日本か、どこかわからないけどアジアから来たハガキって感じです。

それにしても宛名が漢字だけでよくぞ届いた!と思ったけれど、大きなアパートなので、通りの名前とアパートの名前がきちんとローマ字で書かれてたことと、同時に届いた姉からの年賀状には日本から来たということで「Japon」と大きく書かれていたことで 私もここに住んでまもなく3年、郵便配達人もここに一人日本人がいるということに気がついていたのかもしれませんね。

普段はその仕事ぶりに呆れさせられてばかりのフランス郵便局ですが、今回は意外にもいい仕事をしてくれました。(失礼だけど、日本の郵便局のサービスの質と比べたらこう言ってしまうのがほんとなんだもん)

正月早々、プププネタが続いています。

今年もたくさん笑いましょう!

2009年1月2日金曜日

マリオがモンペリエで、、、、

新年早々笑えるものを発見しました。

一つ目は私に関する噂。Fa〇ebook上で何やら私が〇○ではないかという噂がでまわっているらしいことに気が付きました。いったいどこからでてきたのやら。まあぷぷっと笑わされたので許しておきますが、、、。

二つ目がインターネット上のギャグフィルム。
日本産であるスーパーマ○オをネタにして、カーレースをしているのですが、よくみるとモンペリエの街で撮影してあるんです。
ちょっぴりモンペリエ観光と思ってのぞいてみてはいかがですか?

http://jp.youtube.com/watch?v=MytfhzcSF-Y

ちなみにこの人は、モンペリエ在住の芸人さんのようです。どっきり突撃的な撮影をしてるようで、インターネットでは彼の映像がたくさん見れますが、見たことあるモンペリエ周辺の景色があちこちで見られます。おバカ過ぎてぷぷっときちゃう。座布団何枚あげますか?

2009年1月1日木曜日

Bonne Année 2009 !

あけましておめでとうございます。

新年ですね。みなさんそれぞれ新しい計画、目標があることだと思います。

今年の私の計画をあえてここで発表するとするなら、「英語力アップ!」ですね。その前にもちろん「フランス語力アップ!」は常にあるわけですが、去年一年を通して、仕事の場やひょんな出会いでとっさに英語が必要な時があったために、やっぱりコミュニケーション言語としての英語は大事だなーと痛感したわけです。
幸い、友人のLはフランス人のパパとアメリカ人のママとのハーフで、彼女のママとなにかの交換レッスンができたらな~と思ってます。

こうしてブログ上で発表しておけば、実行する励みになりますからね。

さて、元旦の今日、私はパラバスのビーチに散歩に行ってきました。クリスマス前から気温が下がり、寒いし天気もよくないしという日が続いたモンペリエでしたが、今日はお昼前からちょっと青空も出て、とてもよいお散歩日和でした。


パラバスは地中海と入り江に挟まれた幅がせまく細長い土地で、数キロにわたる白い砂浜が続きます。お隣のカルノンビーチのあたりに車を止めて、てくてくと砂浜散歩をしました。

砂浜沿いには、地中海を目の前にした一軒家が並んでいて、パラバスの街の中心のあたりにくると、ビーチにそってリゾートマンションが並んでいます。日本の荒波を前にするのとは全く違って、のんびりおだやかな贅沢ですね。

穏やかな元旦の午後、徐々に人出が増えてきました。


やっぱりみんな久しぶりの太陽を見て考えることは同じってことですね。


家族づれ、友人連れ、恋人づれはもちろん、私にはかかせないのが犬連れです。



心地よい波の音と、犬がじゃれて遊ぶ姿を見て、心すっきりリフレッシュ&リラックス。

新年の第一日目。気持のよいスタートが切れたような気がします。

2009年、皆さんにたくさんのいいことが訪れますように。。。