2008年8月8日金曜日

Décontracté

こちらモンペリエでは、昨日、今日と気温が下がり、ほっと一息ついているところです。だって、ここ一週間本当に暑かったんだもん。もちろん日本よりも暑いとは言いませんが、こちらの生活は基本的に冷房なし。私の家には扇風機すらありません。それで34度だの36度だのと連日気温が高かったので、さすがにギブアップで、何もできずにいました。

南フランスでは太陽の日差しが日本よりも直接的で強いと思うのですが、やっぱり湿度がない分、からっとしているので、日陰に入りさえすればひんやり涼しいというのが、夏の気候でした。でも、その湿度がこのところ徐々に上がってきているという話です。そうなると過ごしにくい夏になってしまう。。。やっぱり異常気象が進んで行ってしまうのでしょうか。日本の異常な暑さも、冷房をはじめとして大量に使う電気のために、気温がどんどん上がる悪循環になってるのは明白な気がするんですけどね。なにかをきっかけに歯止めをかけないと、悪循環はどんどん進んでしまいます。。。

さて、暑くて何もできないでいた私は、このところ友人が貸してくれるDVDで映画三昧と、めずらしく普段は生活リズムのせいであまりみれないテレビを楽しんでいました。フランスの夜のテレビの時間帯というのは、20時がニュースで、20時50分からがゴールデンタイムと言えます。シネマ大国なだけに、ゴールデンタイムはどの局も映画なんて日もめずらしくありませんが、最近、私好みの番組がFrance 2で始まりました。「Secrets de l'Histoire」 という番組で、訳せば「歴史の秘密」。歴史教養案内番組ですね。一回目はカトリーヌ・ド・メディチス、二回目はマリー・アントワネットがとりあげられて、彼女たちの人生をたどって紹介していました。もちろん王道の王道といったこの二人がテーマでは、ちょっとやそっとでは視聴者もみんな知ってるわけだから、それだけではおもしろくありません。彼女たちのお城の一部の世界初公開だとか、最新の研究結果などを盛り込んで、2時間近い番組が見ごたえたっぷりに仕上がっていました。もう一つの番組は、Un jour / un destin。「ある日、ある運命」とでも訳せましょうか、こちらもある人物の人生、ドラマを追う番組です。一回目はジョルジュ・クルーニー、二回目はモナコの亡きグレース王妃の3人の子供、三回目はジャクリーン・ケネディが取り上げられました。こちらもFrance 2で、22時半からの番組。ちょっと遅めだけど、フランスで言う第二ゴールデンタイムといったところかな。

フランスには地上波が5局、そして去年から普及している衛星デジタルでは、18局くらいが無料で見れます。普段の私は夕方から夜にかけてが働きどきなので、テレビをゆっくりみるなんて、本当に久しぶりのことです。私はテレビ番組情報雑誌など買っていないので、テレビの時間がわからないんですが、今バカンス中は、せめて20時のニュースは見るようにしようと心がけていて、その前後にテレビで流れる番組の宣伝などを頼りに番組を選んでいます。

ふと気がつけば、私はFrance 2がお気に入りの局の様子。ニュースだってなぜかしら、France 2で見ています。

さて、今日のタイトル「Décontracté」というのは、くつろいだ、リラックスしたと言う意味のフランス語です。もともと筋肉などの状態を表す言葉で「contracté」 というのがありますが、これがひきつった、緊張した、の意味です。この反対にあたるのが、「décontracté」です。
私がバカンスでリラックスしている、と言うためにこの言葉を引っ張り出してきたのではなく、最近あるニュースキャスターを見ていて、心底décontractée だな~と思ったからなのでした。

その人はこちら、Françoise LABORDEさん。




France 2 のベテランさんです。彼女は普段の20時のニュースのメインキャスターがバカンスの間、月曜から木曜の4晩担当しています。

この人を見ていて思った言葉を並べてみますと、、、

①Décontractée、彼女がベテランだということももちろんですが、力んだところが全くありません。同じような意味をあらわすのに、②détendue くつろいだ、③relaxe リラックスした、なども当てはまりますね。この彼女は伝えるニュースの内容によって、表情がかわり、目も変わります。事件などの深刻なニュース、おもしろいニュース、バカンスの一息つくためのようなニュース。それぞれのルポルタージュの映像を視聴者と同じように楽しんでいます。まあ、それなら日本人だってと思うかもしれません。確かにニュースの最後でかわいい動物の赤ちゃんとかの映像を流すと日本の女性キャスターも笑顔を見せたりしますもんね。でも、やっぱり何かが違うんです。

このLABORDEさん、根本的に気負ったところが全くなく、④naturelleなんです。そうナチュレル、自然体。先日、あるニュースの最後で、彼女は原稿を目で追いながら伝えていました。が、その原稿、続くと思ったら、そこまでで終わってたんですね。そんなとき、彼女はそのまんま。「・・・・・で、・・・・・が、。。。。! でした。」という感じ。そしてそこでカメラに向かって茶目っ気たっぷりにちょっぴり肩をすくめてエヘッと言わんばかりの笑顔。他にもちょっぴりミスの例があります。あるニュースの特派員の名前をあげるとき、「○○と、△△と、・・・・!△△でした!」といった感じ。そして「私やっちゃったわ!」と言わんばかりに、またちゃめっけたっぷりに笑います。

こんな表情を見ていて思ったのが、⑤sans pression だということ。変なプレッシャーがないということです。彼女がベテランであること、彼女の性格から、リラックスしてニュースを伝えられているのは間違いないでしょう。でも、やっぱり一人の人の状態というよりも、社会の雰囲気、空気が違うな~と思うんです。日本のキャスターでこの種のミスをしていたら、まず本人も丁重に謝るだろうし、やっぱりこうはなりません。空気が違います。

日本では何かをするにあたって、「きちんとしないといけない、うまくしないといけない」というのが大前提だと思います。もちろん「最善を尽くす」という言葉はありますが、最善=ミスがない=完璧のような暗黙の了解があって、最善=最善ではないような気がします。完璧主義者のことをperfectionnisteと言いますが、フランス人からみたら、日本人は全員perfectionnisteです。このことは音楽の世界でも明らか。とくにピアノやヴァイオリンなどの音楽教育で、「間違いなく弾く、ミスタッチがない」が、まずめざすべき大前提。そうやって育てられているから、海外に音楽で留学する日本人留学生は、どこへいってもよく弾けるんです。達者に弾くんです。でも欠けているのは何?という問題にぶち当たるわけです。私だって日本人です。日本の社会で育ち、日本の教育を受けてきたので、私だってやっぱりフランス人と比べたらperfectionniste なんです。それでもこちらにきて6年の間に、いろいろ目からウロコ体験をさえてもらって、少しずつ変化している最中です。たとえば、私がコンサートで弾く時、今の私はまさにdécontractéeしてます。舞台の上でも、「上手に弾く、うまくやる、」はもう私の目的ではなくって、「楽しむ」ためにそこにいて、実際楽しんでる気がします。ミスタッチをしたって、それ=失敗という構図はもうありません。もちろんミスタッチはミスタッチですから、その部分は失敗したわけですが、それ=演奏すべてが失敗、コンサートすべてが失敗という構図ではありません。これは小さな例ですが、私が変化してることは事実です。そんな中、自分が教える立場となると、これまたやっかいなんです(泣)日本人としての私、自分が受けた教育を基にした考え、つまり私なりのものさしがあるわけです。 生徒さんだって、趣味で楽しむための目的であったって、進歩するために習っているのだから、私にはそれなりの要求があります。しかしピアノの先生としての私は exigeante だとよく言われます。つまり「要求が多い、気難しい」先生だというのです。(笑)もちろんフランス人の中にもそれを好む性格の人はいて、生徒、親ともにexigeante な先生を評価してくれる人もいます。でも難しいですね。変なperfectionnisteにはならずに、楽しんでもらいつつ、でもしっかり上達するようにサポートできる先生になるのは。。。

話がそれましたが、言いたかったのは、とかく日本人は自分で自分にプレッシャーを与えすぎる傾向にあるということ。しかもそれが社会がそうせざるを得ない流れを作っているからやっかいです。日本ではよく責任追及で人を問い詰めます。今思うとおかしいのは、おかしのパッケージなどにある注意書き。やけどをしないようにとか、のどを詰めないようにするための説明が書いてありますよね。もちろん事件があったとかいう背景は私もわかっていますが、あれはやりすぎでしょう。あとで責任追及を受けないように、前もって説明して責任を果たしているわけでしょうが、結局のところ自己責任に任せたらいいのにと思います。フランスの観覧車を見たことがありますか?私は初めて見たとき、おかしくって笑っちゃいました。日本のような密閉のゴンドラではなく、たんなるお椀型のゴンドラ。つまり簡単に人が落ちてしまえるんです。でもあれこそ、自己責任だなと思いました。普通に座って、しっかりバーにつかまっていたら、普通は落ちないですむわけですから。

フランスに来て6年。私はけしてフランスびいきでもフランスかぶれでもなく、我ながら冷静に日仏のいいところ悪いところを見ていると思います。フランス人に言わせるとleonardo は大の日本びいきだそうです。そりゃそうですね。だって私「日本車が世界一!電化製品は日本製が世界一!」とかばっかり言ってますからね。でもそんな私も今でも目からウロコになるのは、フランス人がいつでもどこでも自然体なのを見るときです。このLABORDEさんも自然体なわけだけど、彼らはハッキリ言って家の中と外で態度が変わらないんです。うちの顔、外の顔という違いがないんです。そんなところを見ていると、日本人同士とフランス人同士とでは根本的に人間関係の築き方が違うなーと思います。だって、日本人は有名な「本音とたてまえ」社会に暮らす。「本音とたてまえ」というとまた話がそれてしまうけれど、うちの姿と外の姿は誰でももっていて、仲がよくて気心が知れる=うちの姿を見せられる。なんでも話せる、自分のままでいられるとかで、絆がどんどん深まっていく気がします。でもフランス人は最初っからみんな自然体で区別がないんですから。気心が知れる、気が合う、絆が深まるの過程が違うなーと最近思ったわけでした。

LABORDEさんは、最近あった11歳の男の子の殺人事件のニュースのルポルタージュの後、目に涙が光っていました。公共電波でニュースを伝える人も、喜怒哀楽を自然に現しています。今日こうしてLABORDEさんを取り上げたけれど、何も彼女だけが特別にこうなのではなくて、フランス人をうまく代表してる人だなと思ったからでした。日本にだって涙もろい男性キャスターがいましたよね。でも彼は「涙もろいキャスター」として知られている。

なんだかおもしろいです。日本とフランス。日本で評価される人の資質というのはフランスでも同じで、責任感がある人、感情の起伏の落ち着いた人、穏やかな人などはフランスでも好まれます。それなのにこうも違う国民性、社会の空気。そのカギは自然体でいることのバランスだと思います。

日本ではどんな場面でも冷静であることが大人として評価される、というか、それが当り前の社会。家を一歩でて公共の場ではきちっとするのが普通だり、礼儀であって常識。それから笑顔は世界共通で、どの国でだって笑顔は心地よいものです。でもそれが自然でないと「作り笑顔」なわけで、それがマニュアル化されて過度になるとロボットのようになります。日本には残念ながらロボット化した人が多いですね。ロボット化した笑顔、ロボット化した声。一方、フランスにはロボット化した人が少ないので、たまにロボットに会うとギョッとしてしまう私でした。その笑顔がウソ過ぎて、私はアレルギー反応をおこしてしまうのです(笑)そして同時に、ああ、日本にはこんな顔がいっぱいだったなと思いだしたりして。

慣れってすごいもんですね。フランス人が嫌う人間のタイプの筆頭にhypocriteがあげられます。偽善者としてよく訳されますが、要は本心を偽る人のことです。フランス人がどういう人のことをhypocrite と言うか観察していると、いつも必要以上にニコニコしていて、そして自分にとっての損得をわきまえ、自分の狙うべきものは淡々と狙っている人、と言えると思います。この必要以上にニコニコが、じつはほとんどの日本人がしていること。だからよく見ているとバランスって難しいなと思います。いつもさわやか笑顔でニコニコは、フランス人だってフレンドリーで好ましいと思っているけれど、フランス人はよく見ています。自分の考えを言ってなんぼの国フランスでは、いつもニコニコだけで何も意見が言えなかったりしたら、=自分の考えももたないバカ。顔はニコニコしているけれど目から心が感じられなかったら、=偽善の笑顔。などなど。

それでもフランス人にだっていろんな人がいて、もちろんなんだって人によります。好みだって人によってそれぞれ。だらだらと長くなりましたが、LABORDEさんを見ていて、naturelle 自然体、そして自然な喜怒哀楽の感情表現が⑥humaine とても人間らしいなと思ったのでした。

普段、「フランス人は謝らない!」「フランス人はストのしすぎ!」「フランス人は適当すぎる!」などなど文句を言う私ですが、いつでもどこでも自然体な彼らの姿は大好きです。たまにはフランス人にも座布団2枚!

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