この演目は、去年の7月のラジオフランスのフェスティバルで初演されており、そのリバイバルとして今回4日間の公演があります。

フランス語読みするとキング・アルチュールですが、英語読みではアーサー。円卓の騎士や聖杯伝説で有名なイギリス建国のヒーロー・アーサー王の物語です。
ヘンリー・パーセル(1659-1695) というと、この間オペラjrが行った「ディドンとエネ」の作曲者です。オペラというジャンルは16世紀の終わりにその形式が整いだしたといいますが、パーセルが生きた時代のイギリスでは、劇のための音楽がさかんに作曲されていました。幕が上がる前の序曲など器楽曲だけでなく、劇のあちこちに歌が挿入されていたのです。歌と言えば独唱から重唱、そして合唱までいろいろありますが、それぞれの曲は短く、役者による台詞のやりとり、つまり純粋に劇の部分が大半をしめ、この時代の音楽のほとんどは劇音楽でしかなかったのです。そこから徐々にオペラ誕生への道が分かれ始め、初期のオペラの形式をセミオペラ、あるいはドラマティック・オペラなどとよびます。どこまでが劇音楽でどこからがセミオペラかという分類は明確ではないけれど、「音楽を盛りだくさん含んだ劇」といった感じですね。(あいまいだけど。)逆に何がオペラとは違うかというと、やはり音楽が途切れ、セリフやテキストだけの純粋な劇の部分が残されているということでしょうか。それから、一人の歌手が一つの役を担うオペラとは違って、劇中に出てくるたくさんの登場人物がそれぞれ歌を歌うので、それぞれの歌手が何役もこなすことになります。
こんなはしょった説明ではわかりにくいかと思いますが、どんなことでも過渡期の状態は定義づけしにくいものです。。。
さて、パーセルの「アーサー王」は、当時の大作家ジョン・ドリデン(John Dryden) の台本によりますが、劇として大変長いものだったようで、パーセルによる音楽の部分だけでだいたい一時間半、そしてテキストの部分で3時間半くらい、つまり合計で5時間は楽々かかってしまいそうな大長編大舞台。「そんな出しものはとてもできない。」ということで、今回の公演はパーセルによる音楽の部分だけを取り上げ、まとめられたものとなりました。
誰がそのまとめの作業をしたかというと、指揮者のアルヴェ・ニケ氏(Hervé Niquet)ご本人。彼はバロック音楽の世界では世界的に認められた人で、かなり頻繁に日本に行って指揮をふってるので、日本でもかなり名の知られた方だと思います。またいつか彼のこともじっくり紹介してみたいなと思っていますが、彼はモンペリエの常任指揮者というわけではないけれど、オペラ座やオーケストラのコンサートにかなり定期的に出演しています。私もオペラjrのつながりで、すでに何度かちょっぴりだけお仕事を一緒にさせてもらったこともあり、かなり身近な指揮者さんでもあります。
今回、パーセルの「King Arthur」をセミオペラとして公演しようということ自体が、このニケ氏による発案だったようで、このマエストロは自分から演出家を探しにいきました。そこで大抜擢されたのが、フランス人なら誰もが知っているShirley et Dinoのキャラで有名な、夫婦漫才ならぬコメディアンのカップルCorrine とGilles Benizio なのです。
こちらが彼らのサイト。
http://www.achilletonic.com/
いちばん有名な彼らの姿が見れるのはこちらで。
http://www.aufeminin.com/video/see_28909/shirley-et-dino-biche-oh-ma-biche.html
彼らのお笑いは、古き良き時代のキャバレーやミュージック・ホールの流れをくんだスタイルをもとにしていて、そのことがニケ氏のねらいだったようです。ニケ氏は 彼らのショーを見に行き、終演後の楽屋におしかけ突然直接くどいたそうです。「オペラの演出をしてくれませんか?」と。これが去年の春の出来事だそうで、ニケ氏の予定では2009年の4月、つまり今ごろ初演を迎える段取りでした。
あまり深く考えずにOKを出したジルに、奥さんのコリンヌは「オペラなんて全く知らない世界なのに!」と驚いたそうですが、結局、ニケ氏と彼らは意気投合。ニケ氏は直々にこのオペラ公演の計画をモンペリエの音楽界の王様クーリング氏にもちかけ、王様も彼らの参加に大喜びで、すぐさまラジオフランスのフェスティバルのプログラムに組み込んだとか。つまり共演が決まってからたったの2,3か月後に舞台を行うというわけです。
超大物・超売れっ子のCorinne と Gillesのことだから、さぞ忙しいスケジュールの中だったでしょうが、ニケ氏との打ち合わせを重ね、無事、去年の7月の初演を行いました。
そもそも5時間はかかる舞台からテキストの部分をカットして、はしょってするわけですが、全五幕としてまとめられた音楽には流れがあるわけですから、単に音楽を切とって並べるというだけえは舞台として成り立ちません。舞台転換や幕の合間のつなぎをいれないといけないわけです。で、それを誰がしたかというと、ジルとニケ氏本人たちだったのです。ジルは大道具のスタッフになりすまして登場。さすがは笑いのプロ。そうじきまで舞台上に出てきたりして、彼の計算通りにお客さんたちははめられ大ウケ。そして圧巻は指揮者のニケ氏。彼は指揮をふりつつも、曲の合間にはステージにあがり、しゃべりはもちろん、歌うは踊るは、さらにコスプレまでしてくれる大サービス。

二人のかけあい、つっこみはとてもテンポがよくて、観客は大爆笑で大喜び。途中、一度だけコリンヌも舞台上に登場して、お決まりの変な笑い声でサービス。
歌手陣はどうだったかというと、ソプラノ二人とテノール、バリトン、バスの計5人が出演。歌手として文句なしの超一流なうえに、これがまたすごい演技者ぞろいで、すごいコミカルタッチな演出にぴったりはまりまくり。彼らの演技だけでも十分に笑いをとっていました。
そんなこんなで、一時間40分くらいの舞台。
まさにバロック音楽とミュージック・ホールが融合された舞台となりました。
それにしても今回私はニケ氏の新しい顔に衝撃をうけました。
もともとかなりインパクトのある容姿の人で、さらに特徴的なしゃべり方をし、クセのある指揮者として人に見られている彼が、率先してお笑いに走ったのです。しかも半端ではなく、とことん。指揮者がここまではめをはずすことってあるんでしょうか???
私は仕事中に、CorinneとGillesのマネージャーを務めるCorinneのお姉さんや、フランスのその業界では超超大物の舞台照明デザイナーのJ氏とおしゃべりする機会を得ましたが、二人ともニケ氏には感心してましたね。
この公演の計画が立ちあがって、最初のプレス向け発表では保守的なクラシック関係者からは、懐疑的どころかかなり冷たい反応をされたそうです。でも結果は客席は満席。そしてお客さんは笑いっぱなしで、音楽と歌にも大満足なわけだから、これ以上は望めないでしょう。
こんな計画を思いつき、実現させるニケ氏やクーリング氏って、とても柔軟で開かれた思考をもってる面があるってことですよね。今回はかなりショッキングな「目からウロコ」体験でした。
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