2009年6月28日日曜日

緊急の仕事

Fête de la Musique とともにオペラjrの活動はひとたび落ち着き、次は7月のラジオフランスのフェスティバルに向けての準備まで、少し休養できる予定となっていました。そのため私には音楽学校が残るだけ。その音楽学校も残るレッスンは1回か2回だけ。バカンス前の最後のレッスンと思って、ゆっくりじっくりと取り組もうと思っていました。

同時に24日の水曜日にフランス全土で夏のバーゲンセールがスタート。フランスで「Solde ソルド」と言いますが、法律で時期が決められていて、あらゆる店舗が同時に行います。
私もこの6月は本当によく働いたし、6月末はソルドに出かけようと思っていたんです。

しかし、22日の月曜日に予定は急変。

私にとっては久しぶりの休日をのんびりと過ごしていて、午後はオペラ座の事務所に立ち寄り、のんきにおしゃべりをしていました。

すると事務所の電話がなり、7月頭に野外でオペレッタをするプロダクションの練習の真っ最中だけれど、彼らのピアニストがケガをしたために、急きょ代わりを探しているという内容でした。そこで電話を受けた人は「leonardo に頼みなよ!今ここにいるよ!」と言うのです。
状況もわからずに「え?」と止まっている私。でも、「さっきleonardo にも電話したって言ってるよ」と言われ、携帯電話を見てみたら、あらまあ、確かに留守録が入っていました。

で、話を聞いてみると、オッフェンバックの「La Grande-Duchesse de Gérolstein ジェロルスタイン大公夫人」というオペラ。モンペリエのオペラ座とは別の組織で、Folie d'Oという名で、年に一度、7月上旬に一種のフェスティバルのような形でモンペリエのChâteau d'Oの野外ステージで公演をしているのでした。6月ごろから道路わきにある巨大広告に、このオペラの公演の宣伝があちらこちらで大々的にはられていたので、私も今年の演目がこのオペラだということは知っていました。
彼らにとっても本当に急な問題で、大至急、今すぐにピアニストが必要だとのこと。本番は2週間後に控え、今は演出の練習の真っ最中。毎日、日曜日をのぞいて11時から13時と14時から19時まで取り組んでいるといいます。私はこのオペラを全く知らなくて、お恥ずかしながらタイトルすら今年の公演の広告を見るまで聞いたこともなかったんです。でも彼らも大ピンチの状態。私の都合がつき次第、すぐにでも初見でやってほしいというのです。チャレンジしてみたい気持ちと、そんな大きなプロジェクトに突然、初見で参加して役目が務まるのかという疑問と、音楽学校は今、今年最後だからはずせない、、ということで迷いましたが、彼らの困った状態もよくわかったので、「全部の日にちはできないけれど、、、」ということでOKしました。とくにこの月曜日が私には休日でなにも予定がなかったものですから、「今から顔を出しに行くことはできるけど。。。?」と提案してみると、むこうは大喜びで「じゃあ、待ってます!」との反応。

さて、こんなわけで私の予定はスピーディーに急展開。

すぐさま家に帰って車にのり、彼らの練習場所に向かいました。

モンペリエの郊外にある、見本市などに使われるエクスポジション施設。その中の一角で、彼らは舞台セットなどとともに練習していました。指揮者、演出家、ソリストたち、ダンサーたち、そして合唱としてモンペリエのオペラ座の合唱団がいました。

私がよく知っている人は舞台マネージャーをつとめるMだけ。

本来なら私も緊張していてもよいような状況だけど、あまりに急な話だったから緊張もなにもする時間もなくて、かけつけたわけです。電話で話をしてから1時間以内に現れた私に、指揮者をはじめ、彼らは皆、感謝感激という感じで暖かく迎えてくれました。

で、彼らのスケジュールと私の空いてる時間を見比べて、私ができない日は他のピアニストにも頼むということで話はまとまりました。

「じゃあ、楽譜を渡すから明日の朝から、、、」と言われたので、「あれ、今日は必要ないんですか?」と聞く私。「あ、今から残ってくれるの?」と大喜びされて、すぐさまピアノに向かいました。

正真正銘の初見のスタートです。

歌手たちはみな音楽の練習はもう終えていて、今、演技に取り組んでいる段階で、中にはこれまでに何度もこのオペラを歌ったことがある人もいます。指揮者もオペレッタを得意とする人。みんなはもう知りつくしているところへ、私一人まるで何も知らないで参加。

でもどうやらこの初見参加はうまくいったようで、みんな大喜びしてくれて、この日の19時までの練習が終わった後、たくさんの人に 「Merci !!」と言ってもらい、私も「役に立てたかな。」と満足して家に帰りました。

でもよかったのはこの日だけ。。。?

結局、このあと私が参加したのは、火曜日の朝、木曜日の朝、そして金曜日一日中。彼らは毎日練習をするわけで、火曜日の午後は私もよく知っているコレペティ大ベテランで70歳をもう超えているG、水曜日の一日中と木曜日の午後は、これまた私も知っている、オペラ座の合唱団のピアニストのVが役目を務めました。

で、問題は、私はこのオペラを全く知らなくて、月曜日の午後に楽譜を初めて見たわ、オペラ全幕の楽譜というのは400ページ以上あるわで、初見が効くとはいっても、ハイテンポでノリのいいオペラの全体像が把握できません。私の空いてる時間をすべてOKしたので、残りの時間は音楽学校で仕事をし、家でこのオペラの準備をする時間がありませんでした。

かたや、大ベテランのGはあらゆるオペラのレパートリーを知り尽くしている人。合唱団とともに準備をしたVは、このオペラの大部分を知っています。
さらに、指揮者であるJは、この組織のディレクターでもあるので、あらゆる雑事にも追われ、ほとんど指揮台に落ち着いてくれません。今やっている練習というのは演出の練習ということもあって、本来なら、指揮者がいなくてもコレペティがすべてを把握して、なんとか場をしなげるべきものです。

でも私は曲は知らないわテンポも知らないわで、すべきことができないから困ってしまいました。

みんな私は初見をしているというのはわかっているはずだけど、本番も間近な練習の終盤ということで、私のせいでリズムが崩れてしまってはだめです。

他の二人のピアニストたちの仕事ぶりなんて見なくても、私との差が大きいな~というのを感じ、木曜日と金曜日はなんだか居心地が悪くなってしまいました。


でも家で練習する時間もないし、せめてもと思って、指揮者がパソコンにオペラ全幕の音と映像をもっていたのでコピーをしてもらいました。まあ、こんなこと頼むコレペティもいないでしょうね。。。情けないけど、でも時間がないから仕方がない。

オーケストラが来るまで、あと2日の練習があります。

う~ん。。。正直、楽しめていませんね、この仕事。

彼らが困っていたから、お役に立てるならと思って、できる時間だけならと思ってOKしたけど、家で準備する時間のこともちゃんと考えて返事した方がよかったかなあと今頃思う。
でも、いずれにしても彼らにとっては一分一秒を争う問題だったから、こっちもすぐに返事しないとだめだったからね。

さて、今回のことが今後の私の活動にプラスとでるのか、マイナスと出るのか?

何気ないことでも、人生というのはとっさの判断によって方向が変わるなあ~とつくづく思う私です。

6月のコンサートピークから引き続きこの状況。
めちゃくちゃ疲れています。。。。。

2009年6月27日土曜日

Fête de la Musique

夏至の日である6月21日は、毎年恒例の音楽の祭典「Fête de la Musique」でした。


フランス中の街で、それぞれの街のあちこちで、ホールでも広場でも道端でも、たくさんのコンサートが行われます。
ロック、ポップス、ラップ、ジャズ、民族音楽、そしてクラシックなど、どんなジャンルかは問題ではなくて、「音楽」に捧げられたお祭りの日なのです。

夕方ごろからあちらこちらで音楽が流れはじめ、21時、22時あたりが一番の盛り上がり時。夜中になっても1時、2時頃にプログラムされたコンサートでまだまだ盛り上がるこの日。この様子をお伝えしたかったけれど、私も17時にコンサートに参加し、そのあとは結局疲れて帰宅してしまったので、来年に持ち越し。。。



さて、私が参加したオペラ座のサル・モリエールで17時からのコンサートというのは、この間のちびっこたちのスペクタクルの再演。先日大成功して、新聞などでもかなりの大好評を得たし、Fête de la Musique では入場無料なので、たくさんの人が詰めかけ17時前にはすごいごった返しとなりました。

私は例の演出のためにお客さんの入場前からポジションについてかくれてスタンバイしなくてはいけないわけで、この間の二日で参ってしまったので今回は「(私の待ち時間は)最大15分にしてね!!」と懇願したにもかかわらず、お客さんのごった返しで結局またかなり待たされてしまいました。。。

6月末は子供たちにとって行事のピークの時期。学校のお祭りや習い事先でもいろいろと発表会やお祭りが続きます。そのためこの前日に練習した時、子供たちの疲れようは相当なもので、集中力もあまりなくてどうなることかと思いましたが、本番では見事に力を出し切ってくれて大したものでした。

残念だったのは、入場無料のお祭りの日のコンサートということで、赤ちゃんを連れたお客さんが何人かいて、しかも赤ちゃんが泣きだしてもきちんと対処してくれなくて、かなりの時間、赤ちゃんの泣き声でスペクタクルの空間が崩されてしまいました。こんなに暑い日に、なにも1歳未満の赤ちゃんを連れてこなくても。。。しかも泣きだしたらすぐにホールから出ようよ、、と誰もが苛立ってしまったものです。

ま、でもしょうがない。

スペクタクルにはお客さんも大喜びで大成功でした。

この前お話したように、私はピアノとともに舞台の奥にいるために、子供たちの歌う姿、演じる姿を正面から見ることができなかったんです。でもちょっとでも様子をお伝えしたいと思って、私がピアノの位置から練習風景を撮ったのが次の写真。



パジャマやネグリジェ姿で、帽子やお面や髪飾りなどをつけているのが見えますか?



舞台装置、舞台セットとして使ったのはこの5つの衣装ケースだけ。曲の合間やストーリーの転換場面で子どもたち自身が移動させて、舞台配置の変化をつけました。写真の中央に映っているのが演出をしたカトリンヌですが、ファンタジックな面やポエティックな面とともに現実的な面もうまいこと融合させて、ほんと彼女のアイディアにはブラボーです。

このスペクタクル後、うれしいサプライズが待っていました。

子供たちが親とともに私にもお花とプレゼントを用意してくれていたのです。年度末に学校の先生や習い事の先生にささやかな贈り物をする習慣はありますが、指導してきたヴァレリーはまだしも、一年間一緒に取り組んだわけではなく、スペクタクルにだけ参加した私にも贈ってくれるとは思ってもいなかったので、ほんとにサプライズでした。花束だけでなく、プレゼントまであったものですからほんとに驚いてしまい「クリスマス~?」と騒いでしまいました。カードにちびっこみんなからの寄せ書きもあって、ほんとに気持ちのよい思い出となりました。

2009年6月19日金曜日

Les Choristes en herbe

以前にお話したオペラjrのちびっこグループLa Petite Chorale(6歳~9歳)が、6月10日と11日にスペクタクルの本番を迎えました。

La Petite Chorale は数年前から存在し、活動していましたが、こうして本当の舞台にたつプロジェクトを得たのは今年度が初めてのこと。ヴァレリーの指揮・指導、そして演出にカトリンヌを迎え、イザベル・アブルケール Isabelle ABOULKER の「5 contes musicaux pour les petits」(ちびっこのための五つの音楽物語)を発表しました。



La Petite Chorale のメンバーが公けに舞台に出るということで、名づけられたのがLes Choristes en Herbe という別名。「芝生の上の合唱団員たち」といった感じ。

イザベル・アブルケールという人は子供のために合唱曲やオペラをたくさん書いている人で、モンペリエの私たちがこの作品で舞台を行うということをとても喜んで興味をもってくれていました。「見に来たい」とご本人も言っていたけれど、残念ながら来られなくなったということで、素敵な出来栄えを披露できなかったのが残念。

この五つの音楽物語から、以下のお話を選んで歌いました。
 -Le petit train amoureux de la mer (海に恋する小さな汽車)
 -L'histoire d'Antoinette (アントワネットのお話)
 -La poule savante (賢いめんどり)
 -Simon, le garçon qui aimait les mots (シモン、言葉が好きな男の子)

それぞれのお話に数曲の歌が入っています。歌は作曲者による歌詞のうえ、曲と曲の間には作曲者によるテキストがあります。もともとは子供たちが歌い、大人の役者さんがテキスト部分を担当するという想定で書かれたそうですが、カトリンヌはテキストも子供たちに託すことにしました。

さらにはこの4曲の音楽物語を単に歌うだけではなく、カトリンヌのオリジナルの演出によって、夜ベットから抜け出した子供たちが屋根裏部屋で、たくさんの帽子が入った衣装箱をみつけ、さらには古いオルゴールをみつける.... という状況設定がされ、スペクタクルは照明が落とされ、真っ暗になった舞台にパジャマ姿の子供たちが懐中電灯を片手に現れるというシーンから始まりました。
コンサートを行ったのはいつものようにオペラ座内の小ホール Salle Molière サル・モリエールですが、そこにある大きな鏡とかも上手に舞台設定に使い、「真っ暗でよく見えないよ!誰か電気をつけに行ってみて!」というところから、舞台に照明があてられて、観客は初めてパジャマ姿のかわいいちびっこたちを見るのです。電気がついて「あ~。」という子供たちの自然な声がかわいくてかわいくて。

そして箱から衣裳をだしてそれぞれが身につけると同時に、「これなんだ?」といって子供たちが見つけるのが、レースがかかったグランドピアノ。そこで子供たちがレースを取り除くと現れるのが古いオルゴール人形。子供たちが彼女の手を鍵盤の上にのせると、ポロンポロンとピアノを奏でます。
で、実はこの古いオルゴール人形というのが実はこの私。観客の入場前からレースの下で待機していた私が現れるわけです。そしてそこからイザベル・アブルケールが書いたテクストとともに音楽劇が始まります。

舞台という観点で語る時、この音楽劇をするのにグランドピアノというのは視覚的に邪魔な存在で、最初からカトリンヌを悩ませました。ピアノを舞台下に置くという案もあったけれど、立派な舞台装置のないこのホールで、コンサートサイズのグランドピアノを上げたり下げたりするのは大問題。その費用もないわけだし、初めて歌うちびっこたちにとってピアノの音がよく聞こえることは不可欠。ピアノが舞台下にあっては、舞台上のちびっこたちにはよく聞こえません。そんなこんなで、カトリンヌが考え出したのが私にオルゴールの役をあたえ、私とピアノを舞台演出の中に入れ込むことでした。そのため私はコスチュームつき。18世紀の羊飼いの娘だかなんだかというイメージで、衣裳を担当したジスランがオペラ座の衣装ストックから見つけてきたのがこのドレス。



かわいらしいドレスで大好評でしたが、実は落とし穴が。。。このネタはまた次回お伝えしますね。

まあこうしてピアノを舞台奥に置くということに決めましたが、でも私からは指揮をするヴァレリーが見えない、彼女も私が見えないということで、結局私がすべての曲の始めを指揮なしで始め、ヴァレリーが私に合わせて子供たちを指揮するということにしました。

それにしても毎度のことながら、オペラや音楽劇の演出という仕事は、アイディア力、発想力、そして現実とのおりあいをつける解決力が不可欠なすごい仕事だと思わされます。
今回の舞台に関しても、予算が限られ、使える舞台装置も何もなく、特別な舞台照明もないなかで、カトリンヌは5つの衣装箱だけを使って、うまいこと場面転換を行いました。歌の方はみんなで歌ったり、ソロで歌ったり、3人とかの小グループで歌ったりして変化をつけ、作曲者によるセリフとカトリンヌによるセリフとを混ぜながら、素敵な音楽劇の舞台ができたのです。

楽譜はもちろん読めない、音楽の基礎知識も何もなく、初めて歌うことを習ったメンバーがすべての曲を暗譜で歌ったのはもちろんのこと、一人で歌うことだって見事にやってのけるちびっこには感心したし、中にはびっくりさせられるくらいに劇的表現たっぷりにセリフを言ってのける子たちもいます。とてもシンプルな歌、シンプルなセリフですが、子供たちが等身大のままでいつつも、舞台の上に立つということで私たちが期待していた以上の可能性を見せてくれて、本当にいいスペクタクルとなりました。

最後の曲が終わったところで、舞台裏から「電気をつけっぱなしにしたのは誰なの!?」と叫ぶ声が入り、子供たちの真夜中のやんちゃ騒ぎが見つかっちゃった!というカトリンヌによる設定で照明が消え、舞台終了です。

お客さんは大喜び。もちろんお客さんの大部分はメンバーの家族だったり友達だったりしますが、音楽関係者、児童教育関係者とかもいるわけで、とにかくみんなの期待を大きく上回るもので、大成功でした。
日本では幼児の英才教育とかが盛んですが、そういうことがないフランスでは、6歳から9歳というと、まだまだおちびの年頃で、学校でお遊戯会みたいな発表会を年度末にする程度で、セリフを言えればいい、歌はとりあえず歌ってればいい、というレベルが実態ではあります。そこへオペラjrは、英才教育なんて特別なものではなく、ごくごく普通の子供たちを相手に舞台の上にたたせるというスローガンを抱えた団体。たとえちびっこでも3回練習に欠席したら理由はどうであれ脱会という厳しいルールとスケージュールのもと、要求度の高いヴァレリーとカトリンヌが真剣に取り組んだ結果、「単なるおこちゃまの発表会」とは全く違うレベルの舞台が発表できるということを見せることができたので、私たちもみんな満足。満足というよりも、期待以上のものだったので、心地よい驚きといった方がいいかもしれません。

ああ、みんなにこの舞台を見せたかった!

パジャマ姿にいろんな帽子やガウンなんかを羽織ったちびっこたちはほんとにかわいくて、写真にとりたかったのだけど、私は舞台の奥中央で弾くので、子供たちは私よりも前にいて、写真どころか彼らのやってることを正面から見ることが一度もできませんでした。残念。

子どもたちをそのままに、シンプルでありながらファンタジーに富んだカトリンヌの演出、真剣に取り組んだちびっこたちにブラボー!です。

2009年6月17日水曜日

Concerts pédagogiques

6月12日金曜日と15日月曜日の二日間、Montpellier Agglomération (アグロメラシオン : モンペリエ周辺の地域共同体)の主催で、オペラjrによる教育的コンサートが行われました。

このコンサートは今や6月の恒例行事。
二日ともそれぞれ朝の10時と午後の15時と二回コンサートをして、計4回のコンサート。モンペリエ市内、またはモンペリエ周辺の村の小学生校の高学年がクラスそろって大勢聞きにきました。


コンサートを行ったのは総合ホール施設のCORUMの中にある、中型ホールSalle Pasteur。



クラスのみんなと慣れないコンサートホールに来たものだから、会場の雰囲気はいつも熱気にあふれて興奮気味。

出演側のオペラjrはというと、みんな学校を休んでの参加。ただいま本番真っ最中のPetite Choraleをのぞいたグループが参加しました。Choeur d'enfants は5月のコンサートでモンペリエのオーケストラと歌った曲からの抜粋。ディドンとエネのグループもいくつかのソロパートと合唱を抜粋で発表。さらに3組のドゥエットを加え、1時間のプログラムができました。



Choeur d'enfants の子供たちが着ているのは、おそろいの色違いTシャツ。いつも上下黒のフォーマルファッションか、このTシャツにジーンズという元気ファッションかのどちらかで統一しています。

お客さんが小学生ということで、お客さんにとったら自分たちと同じ年の子たちが歌うのを聞くのはいい刺激になるし、歌う側にとっても、自分たちの取り組みを同じ年の子たちに聞いてもらうのはいい刺激です。

4回同じコンサートをやって面白いのが、聞きにきたクラスの態度、反応の違い。コンサートの最中、多少のざわつきはあっても、きちんと聞き、拍手喝采をしてくれた他の3回とは別に、最終回の月曜の午後にきた子たちは異様なほどの興奮状態。
オペラjrが舞台に登場したときから、まるでどこかのロックスターの公演かのような歓声があがり、鎮まるのにだいぶ時間がかかりました。プログラムの途中、指揮とともに司会を務めるヴァレリーも何度か「ちょっと落ち着いて静かに聞いてね。」と声をかけたけれど、オペラjrのメンバーは客席内に降りて行って歌ったりすると、手をのばして触ったり手を握ったりしてもみくちゃ状態。
プログラムの最後に「Techno scat 」というMarybel Dessagnes (マリベル・ドゥサーニュ)作曲の曲を歌いましたが、この曲は歌というよりも、音程の指定がなく、低音域、中音域、高音域と音域だけが指定されていて、歌い手が自由に音の高さを操ってしゃべる感じの曲で、その風変りな音楽を聞いたとたんに会場の興奮は最高潮。ピアノ伴奏も歌とともにノリのいいリズムで、歌い手は手と足をつかってリズムを刻んだりもするので、最初はびっくりして笑い声も出ましたが、最初にソロの女の子が一人で歌った後にホール内全体に広がったオペラjrメンバー全員で繰り返すと、お客さん全員がそのパワーに飲み込まれた感じで、彼らもいい感じで食いついてくれました。この曲とともにコンサート終了。聞きにきてくれた小学生たちもうれしくってしょうがないといった感じで、われんばかりの拍手と歓声をあげてくれてました。確かにこの最終回は落ち着きのないクラスがそろってしまっていた感じですが、悪ノリするといった様子ではなくて、エネルギーがありあまってるという感じで、彼らのパワーを見せつけてくれました。

きっとこの小学生の中には、クラシック音楽なんて耳にする機会がない子がたくさんいると思いますが、「クラシック」とひとくくりにしても、中にはいろんな音楽があることを感じてくれたことでしょう。毎年、このコンサートを聞いて、「オペラjrに入りたい!」と思って応募してくる子が数人います。今回のコンサートで目覚めた子もいたはずです。

私にとってはというと、毎年このコンサートをすると、後になって「leonardo ピアノ弾いてるの見たよ!」とうれしそうに言ってくれる子供や大人がいるのです。私のピアノの生徒、音楽学校の生徒の親なんかも引率の親代表とかで聞きに来ていたりするわけです。今年も金曜日の後、日曜日に音楽学校のFête があったものだから、そこでたくさんの子供や親に声をかけてもらい、みんなが楽しんでくれたのがよくわかってうれしいものでした。

2009年6月15日月曜日

Fête de l'école de musique

14日の日曜日、私が働く音楽学校の年度末の大行事、Fête de l'école de musique が行われました。

Fête (フェット)というのは「お祭り」や「パーティー」のことですが、Fête de l'école とかは、日本で言う学校での文化祭みたいな感じで、音楽学校の場合は大発表会や合同コンサートといった感じです。

各クラスが発表会をしたり、アンサンブルコンサートがあったように、各村の行事にも参加したりして、活動のさかんな音楽学校なのですが、このFête de l'écoleは、本当に学校全体としてつくりあげるコンサート。
生徒数が300人を楽に越える大所帯なので、組織運営はほんとに大変なんです。。。

フェットを行ったのはLavérune ラヴェリュンヌ にあるお城の中庭。

ここには各種行事用に、普段から特設ステージが簡単に準備できる設備が整っているのです。階段状の観客席もあり、野外でのコンサートなわけです。




この日の朝は曇り空で、昼前にはちょっと雨もぱらついてハラハラさせられたけど、いざコンサート開始の17時が近づいてくると、空は真青、太陽カンカン照りの超真夏日となりました。私は参加する生徒と15時から現地での練習をしましたが、1時間ちょいでみごとに日焼けをしてしまいました。17時開始に向けて集まってきた生徒、家族もみんな炎天下を見上げて困った顔。

幸い17時半を過ぎたあたりから、徐々に日影が広がっていきました。この写真をみたら、日影に隠れてる人と、炎天下の人の違いがよくわかるでしょう?



ステージ上に太陽があったので写真の質がよくないですが、コンサートの様子を少し。

この音楽学校で教えられているのは、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット、トランペット、サックス、ドラム。そしてソルフェージュの他、アンサンブルのクラスなどがいくつかあります。とてもみんながみんな参加することはできませんが、それぞれのクラスが生徒の代表とともに発表しました。

フルートのクラス。



クラリネットのクラス。



ギターのクラス。




チェロのクラス。


サックスのクラス



私のクラスからは女の子二人を連弾で送りだしました。




ドラムのクラス




いつも思うのですが、チェロとかサックスとかいった楽器を弾くちびっこは日本ではあまり見ないですよね。日本はやっぱりなんといってもピアノとヴァイオリンがすごく普及していて、その幼児教育がとてもさかん。そのほかの楽器は学校のクラブ活動などで出会うから、開始年齢がけっこう遅い。それに比べてフランスでは、ピアノとヴァイオリンのおけいこ事情がかなりのんびりですが、同時に他の楽器も同じようにちびっこでも習い始めるので、本当にその楽器を好きになって練習をしっかりすれば、14歳くらいでかなりのレベルに達することもできます。

さて、17時に始まったコンサートも、休憩をはさんでからの二部の頃には、客席のほとんど上の方まで日陰に入りました。生徒の家族や友達、おじいちゃんおばあちゃんも大勢きてくれてにぎやかなものです。



リトミックやソルフェージュをしているちびっこたちは、みんなお揃いのスカーフをつけて、歌を二曲歌いました。




そしてコンサートの目玉は、5月にしたアンサンブルのコンサートのときのもお話した大アンサンブル、ロドリーゴの「ギターのためのファンタジー」。 ヴァイオリン、チェロ、ギター、ピアノ、フルート、トランペットのクラスから大勢が参加しました。




モチベーションをあげて取り組んだ甲斐あって、ブラボーと大拍手を受けていました。

こんな感じで、Fête de l'école de musique は盛大に、楽しく、無事に終了。

それにしても年度末のこのシーズンは、行事がたてつづけにあるので、子供たちにとって大忙しなのはもちろんだけど、親にとったらもうやりくりが大変。本番前の練習中には、会場に仕事を持参して、膝の上でパソコン作業をしている親を何人か見かけました。

私にとってもここ一ヶ月はコンサートや行事のオンパレードで疲労困ぱいですが、このFête de l'école de musique を迎えると、「ああ、もう本当に年度末なんだな。」と感じます。

いよいよ夏のバカンス間近です!

2009年6月9日火曜日

パリ散策 ~アラブ世界研究所 ~

Lとのパリ散策の続き。

モスクでのお茶を終えて、セーヌ河岸まで出ていきました。

そこにあるのが、現代建築の作品として有名なアラブ世界研究所 Institut du Monde Arabe。ガイドブックにも必ずのっているし、私も前を通ったことはあったものの、近寄るのは今回が初めて。




フランスとアラブ諸国の理解を深めるための研究所。有名な建築家ジャン・ヌヴェル氏の作品です。

でもこの建物、近寄ってみて初めてわかりました。

この幾何学の模様、私はガラスの壁面に彫られた模様だと思い込んでいたけど、これ、ガラス窓の内部にある金属パネルでできた模様だったんですね。。。





しかも、良く見ると、パネルの開き具合がそれぞれ違う。

で、Lがこれは太陽の光によって開閉するシステムだったのだと説明してくれました。



でも、大笑いしてしまったのが、「mais ça n'a jamais fonctionné, je crois... 」というセリフ。

「でもね、確か一度も機能しなかったのよ。」というのです。

太陽光線の加減で開閉するシステムのはずだったけど、結局ちゃんと機能しなかったらしいのです。Lに言わせると「一度も機能しなかった」というから私は大笑い。この建物の話の真相は別として、いかに予定通り機能しないことが多いフランスかということで、Lと二人で「例えばこんなことも、、、」と「フランスありえないぞ」エピソードを紹介しあいました。
Lは日本で生活したフランス人の友人がいたので、日本にはすでに2度旅行に行っているし、日本社会とフランス社会がいかに違うかはだいたいわかっている人。フランス社会の適当いいかげんさは情けないと思っている人の一人だから、私が「ありえないし!」と怒る気持ちをよくわかってくれる。

そんなおしゃべりをしつつ、建物の内部に入りました。中には研究所のほか、アラブ諸国に関する書物をあつめた本屋さん、ちょっとした雑貨をおいてるブティックがあります。そして何よりもいいのが、建物の屋上に登れるところ。セーヌ川岸のすてきな展望台です。展望レストランもありますが、ここに上がるのにお金をとらないところがいいなと思いました。今ならどこでもお金とりますからね。

で、ここで楽しめた風景がこちらです。


目の前にサン・ルイ島、そして左手にはシテ島のノートルダムの後ろ姿が見えます。

この風景を見ながらLが言ったセリフが「C'est beau ! Paris 」

「パリはなんて美しいの!」ということですが、うれしくなるのは生粋のパリジェンヌの口から自然にこのセリフがこぼれるところ。自分の街のことをこうして心底思っているということがよくわかるから、こっちもうれしくなっちゃう。

パリはやっぱり世界中の人があこがれる街というのにも納得ですね。

2009年6月8日月曜日

パリ散策 ~ モスケ ~

Cité de la Musique でのコンサートから一夜明けた金曜日、オペラjrのメンバーは朝8時のTGVでモンペリエに帰っていきました。高校生や大学生がほとんどなので、みんな年度末の大事な授業やテストがあることを配慮したからです。


私はというと、せっかく久しぶりにパリに来て、コンサートだけしてトンボ帰りだなんてもったいないと思い、ちょっとゆっくりさせてもらうことにしました。週末は土曜も日曜も朝から大事な練習があるから、残念ながらゆっくり週末をパリで過ごすということはかなわなかったけど、金曜日の夜19時のTGVまでしっかりパリを満喫することに。

前日のコンサートに来てくれたLが、前もってこの日は私にあてると空けていてくれたので、彼女の家に向かいました。

パリのメトロが嫌いな私は、多少渋滞があってもバスに乗って街並みを見るのが好き。泊まったホテルはパリ北東の境界線にあるパンタン門にあったのですが、そこからバス停を探し、パリの中心地にむかう路線を探し、75番線に乗り込みました。

そしたらこれが大正解。ラ・ヴィレットの地区からベルヴィル地区横を抜けてレピュブリック広場を通ってポンピドューセンター横を通ってシャトレ劇場、そして最後はポン・ヌフで折り返すという路線。素敵なパリの街並みが楽しめましたが、中でも印象に残ったのがビュット・ショーモン公園とその周辺。思いがけずに傾斜の多い土地で、ある意味パリっぽくない公園でした。次回必ず散歩に行くぞと決定。


バスにのったために、ちょっと時間がかかったけれど、お昼前には彼女のおうちに到着。彼女の家はモンペリエに向かうTGVが出るリヨン駅から便利なところにあるので、荷物をここに置かせてもらうことにしたのです。つもりつもったおしゃべりしながら彼女の手料理を頂き、いざお散歩に出発。


Lとは知り合ってもう7年近く。彼女は音楽学者。私がもともと音楽学の研究のためにフランスに来たということを知っている人はあまりいないか、もうみんな忘れてるかもしれないけど、研究をしていた時の私にとってはよいアドバイザーだったし、かなり波乱万丈な人生を歩んできたLは、前も今も人生のアドバイザーでもあります。

その彼女はなんといっても生粋のパリっ子。シテ島とカルチエラタン周辺で育ったのだから、パリもパリのド真ん中。いつもパリジェンヌ自身のお気に入りの場所を案内してくれます。私ももうパリは何度も来てるし、ひととおりのエリア、名所、地理感覚はみについてるので、パリジェンヌの目線でのパリを楽しむことができて贅沢。


今回は、今までに私がゆっくりと味わったことがなかったオーステルリッツ駅周辺のエリアに出かけることにしました。


駅の向かいから広がるのが植物園。この日は青い空に恵まれてとても快適でした。







ここには小さな動物園や大きくて立派に改装された国立自然博物館があります。モンペリエの友人にはぜひ覗いておいでと言われていたけど、この日はあまり時間もないことだし、パス。
植物園を通りぬけたところにあるモスクに行きました。イスラム教徒の寺院であるモスク、フランス語ではMosquée モスケといいます。寺院の横手にはアラブ料理のレストランやミントティーで有名なティールーム、そしてトルコ式浴場であるハンマームまであり、イスラム教徒でない人が、ちょっと異国情緒を楽しめる空間となっています。
私は寺院の前をとったことはあったけど、中に入るのはこれが初めて。観光名所でもあるけど、パリジェンヌであるL曰く、「パリで一番素敵なティールーム」、そしてこれまでに何人ものパリっ子に「モスクでミントティー」を勧められてきたから、パリっ子自慢の場所でもあるようです。





白い壁とモザイク柄のタイルが素敵。

建物の中に入ると異国情緒たっぷりのレストランがあります。


でも、有名なミントティーは建物に入らずに、小さな庭で楽しめます。
一杯2ユーロ。甘くておいしかった!

そしてミントティーはもちろんだけど、青空に恵まれたから、白い壁とタイルと木がとても気持ちよくて、私はこの空間のとりこに。




一番印象に残ったのは、この狭い空間にお客さんがたくさんいるにもかかわらず、すぐそばまで降りてくるたくさんの鳥。そして真ん中にある木からは鳥のさえずりの大合唱。


日本だったら、スピーカーから流される人工的な鳥の声かと思うほど。でもうるさいなんてことはなくて、白い壁に守られたパリのオアシスのようでした。

2009年6月7日日曜日

町内は大盛り上がり

この土曜日、私が住む地区Beaux Artsで毎年おなじみのFestival des fanfares が行われました。

去年もお伝えしたように、ブラスバンドのフェスティバル。これといってステージが設置されるわけではなく、それぞれのバンドが道のかたすみに陣取って演奏するのです。

同じ日にのみの市も開催されて、私がお昼過ぎに通りかかったときは、まだ午前中のマルシェも出たまま、普通に通行する車、のみの市を楽しむ人、そしてブラスバンドと、しっちゃかめっちゃかしていて、この乱雑ぶりがモンペリエらしいな~と思いました。





モンペリエ周辺のグループ、フランス各地から来た人たち、スペインからのグループもいました。
それぞれ仮装大会さながらのコスチュームを着ていたり、踊りつきだったり、振り付けつき、歌つきのバンドなど、ほんとにみんなそれぞれ。




モンペリエでも人気のあるお祭りのひとつです。毎年楽しみにしている人は多く、たとえばモンペリエを離れた人も、このフェスティバルに合わせて帰郷してきてお祭りに繰り出すくらい。

ミュージシャンもお酒が入ったりしているからテンションもただものではなくて、飛ばす飛ばす。
管楽器を吹くのって、普通に吹くのでもかなりのエネルギーがいるのに、テンションの高い曲ばかりを立ちっぱなし踊りっぱなしで吹いてる姿はかなりおもしろいものです。

Beaux-Arts 地区には小さな広場がいくつかあるだけでこじんまりとしたエリア。そこにところせましとブラスバンドがあちこちにいるのですから、愉快な雰囲気です。





カフェのテラスに座って音楽を楽しむ人。ぶらり歩きをしながら音楽を楽しむ人。
楽しみ方もいろいろです。




上手い下手の話ではなくて、身をもって音楽を楽しむというのを見せてくれるフェスティバルです。

2009年6月6日土曜日

Le Groupe Vocal in パリ

6月4日の木曜日、オペラjrのGroupe Vocal (若者グループ16歳~25歳) と一緒に朝7時のTGVに乗りこみ、パリに行ってきました。

パリの音楽総合施設であるシテ・ドゥ・ラ・ミュジーク Cité de la Musique でコンサートを行うためです。




ここで二年に一度行われているBiennale d'Art Vocal という合唱フェスティバルのようなものに招待されたのです。招待されたとは言っても、毎晩行われるプロの合唱グループのコンサートの前座のような枠で、毎晩、児童合唱団や若者の合唱グループが入場無料のコンサートを行い、そんななかで、Groupe Vocal が木曜日の夜のコンサートを行ったのでした。


いろいろと内部でゴタゴタがあったために、急きょプログラムの変更により私たちが行ったのは、12月にモンペリエで行った「Musique au Féminin」のプログラム。女性作曲家ばかりを集めたプログラムです。


Cité de la Musique というのは1994年にミッテラン大統領の最後のプロジェクトの一つとして実現した施設で、音楽を普及させるための活動を行っています。内部にはいくつかのコンサートホールのほか、めずらしい楽器などで有名な音楽博物館、音楽図書館などがあります。

サイトの英語版はこちら。
http://www.cite-musique.fr/anglais/Default.aspx


この日、朝早いTGVだったので、10時半にはもうパリに到着。リヨン駅のホームに降り立った瞬間、やっぱりモンペリエは南国だということを実感。だってパリは寒いんだもん!この日はパリとモンペリエの気温の差は10度!Groupe Vocal のメンバーのほとんどは真夏の格好。男の子の中には、ハーフパンツにビーチサンダルというめちゃくちゃラフな格好の子まで。すでに日焼けした顔や真夏の服装が、南からやってきたことを証明していて、パリのメトロで移動するときには「私たち、集団おのぼりさんしてる?」と思わずにはいられませんでした。

Cité de la Musique はla Villette ラ・ヴィレットとよばれる科学産業都市にあります。パリの北西エリア。このヴィレット地区のホテルに一旦立ち寄ってから、お昼をみんなで一緒に食べて、コンサート会場に向かいました。

私たちが着くと、通行証となるバッチをくばってくれたのですが、それをみてみんな大喜び。味気ないバッチではなくて、Groupe Vocalの名前とともに、メンバーそれぞれの名前が刻まれていたのです。これだけで素敵な思い出の品が一つ。


15時からリハーサルを開始。響き具合のチェックや、舞台上のポジションなどを確認して、17時にはもう練習終了。みんな朝からの移動ですでにバテ気味。本番までの1時間半の自由行動ということになりました。
実は私はこのヴィレット地区に来るのは今回が初めて。迷わずにお散歩にでかけました。


まず、Cité de la Musique の向かいにあるのは、「のだめ」で有名になったであろう、パリ国立高等音楽院です。



フランスの音楽教育のトップをいく学校。「のだめ」にあるように世界各国からの学生が来ています。言うまでもなく日本人留学生も多く、今では日本人の教員もけっこういるようです。

このヴィレット地区は、19世紀末には食肉市場として賑わった場所だったとか。当時の市場を改装した建物が、現在は見本市など展示会場などとして利用される La Grande Hall 。





Cité de la Musiqu とはまた別に、Zenithゼニットと呼ばれるポップスやロックのコンサートでにぎわう施設もこのエリア内にあります。

広々とした空間にこうした施設がちらばってあり、散歩道や芝生などがあってとても快適。




この日はとても天気がよく、平日の夕方だけれどたくさんの人がくつろいでいました。
そんななかに、日光浴を楽しむGroupe Vocalのメンバーを発見。





本番前というのに、彼らも私もお互いのんきなものです。

お散歩を続けると、ヴィレット地区の真ん中を通っているのがウルク運河に出ます。




このウルク運河の向こう側にあるのが科学・産業都市館。子供から大人までが楽しめる科学発見館のようなものです。その建物前にあるのがこのヴィレット地区のシンボルであるジェオード。



このキラキラ光る球体の内部は、特殊な装置の映画館なのだそうです。いつかまたゆっくりと中も見学したいなと思いました。

こんな感じでざっと一時間のお散歩を終了。このエリアは初めてでしたが、また違った顔のパリが楽しめた感じです。ウルク運河だって映画「アメリ」で有名になったサンマルタン運河とはまた違う風景でした。





リラックスモードのまま、19時にはコンサート本番。私たちのコンサートはホールではなくて、大きな吹き抜けのような空間でのコンサート。合唱フェスティバルの一環ということで、合唱関係者、音楽関係者らしい人も聞きに来てくれていましたが、入場無料ということ、しかも吹き抜けロビーでのコンサートということで、歌を耳にした通りがかりの人たちが寄ってきてくれて、コンサート開始から終わりの間にお客さんは3倍くらいに増えました。

お客さんの中にはオペラjrのOBで現在はパリ在住の子や、「ディドンとエネ」に出演した俳優くんの顔もあり、久しぶりの再会。さらに私にとってうれしかったことに、パリの友人Lが友達のGを連れて聞きに来てくれたこと。Lとは1年4か月振り、そしてGとは2年ぶりの再会。今までオペラjrの話はさんざんしていたけど、実際にパリとモンペリエでは聞いてもらえる機会はそうないし、私のピアノを聞いてもらう機会もないわけだから、今回来てくれてほんとよかった。

みんな気持ちよく歌えたようで、笑顔笑顔。
みんなそろって夕食を食べたあと、お年頃の彼らはパリの夜を楽しむために出かけていきました。