2009年4月30日木曜日

Opera junior concert

4月28日火曜日と29日水曜日に、オペラjrのLe Choeur d'enfants  と Le Groupe Vocal の合同コンサートを行いました。




当初、今回のコンサートはLe Groupe Vocalが、イタリア中世の音楽マドリガルを集めたプログラムで行うはずだったのですが、組織内でいろいろあった末、プログラムの変更を決定し、急きょ、子供たち(9歳-15歳)と若者グループ(16歳ー25歳)、そしてソリストたちとでプログラムを構成することになりました。

マドリガルのプログラムでは、私のピアノ伴奏ではなくて、古楽器の小さなアンサンブルによる伴奏が予定されていたので、私自身は6月まで本番はなしだとのんびり構えていたんです。そのためにオペラ座から「Sancta Susanna」と「 Le Château de Barbe-Bleue」の字幕操作を頼まれたときに心よくOKしたわけですが、プログラム変更の結果、音楽学校とオペラ本番とコンサート本番の間で走りっぱなしの数日間となってしまったのでした。

ピアノで個人的に練習する時間もまるでないまま、前日も一日中他の仕事、当日も本番ぎりぎりまで音楽学校でピアノのレッスンなんてしちゃって、これはさすがにやりすぎたと今になって反省。。。一応コンサート本番でピアノを弾くのですから、やっぱり身体的にも精神的にもじっくり準備して本番に挑むべきですね。しかも、今回のプログラムはピアノ的にはかなりハードだったのです。なにが、って肉体的にハードというか、私なんかでは筋肉が足りません。。。。というピアノパートでした。

さて、どんなプログラムだったかというと、子どもたちが ジャン・アブシル作曲(Jean ABSIL 1893-1974) の 「Chansons plaisantes pour voix d'enfants」を歌い、若者たちが ダリウス・ミヨー作曲(Darius MILHAUD 1892-1974)の 「Barba Garibo」を歌いました。そして間にソリストたちがペルゴレージ作曲(Giovanni PERGOLESI 1710-1736)のオペラ「奥さま女中」からのドゥオ「Lo conosco」、ドビュッシーの歌曲(Claude Debussy 1862-1918)「Il pleure dans mon coeur」、フォーレの歌曲(Gabriel FAURE 1845-1924)「Les rose d'Ispahan」、そしてドゥリブ作曲 (Léo DELIBES 1836-1891) のオペラ「ラクメ」からのドゥオを一曲歌いました。

実はアブシルの曲とミヨーの曲に関しては、5月末にモンペリエ・オーケストラとの共演が予定されていて、2日間の地方公演がおこなわれるため、かねてから準備はしていたのです。ただ、本番が一ケ月早まったというわけです。
マドリガルの準備にとりくみつつも、並行して「ディドンとエネ」はまだ地方公演が残っているし、5月のオーケストラとの曲も準備しないといけないわで、今年度のオペラjrはかなりのハードスケジュールでどたばたとしていました。それが、今回のプログラム変更でいっそうどたばたと慌てての準備となったわけです。
さらに内部のトラブルの結果、組織のトップであるディレクターが交代することが決まり、もうすでにそのことはマスコミ、メディアでも通知されていることもあって、今回のコンサートはある意味、オペラjrの生まれ変わりを告げる大事な転換期のコンサートとなったわけです。

そのために「うまくいくか?」とか「お客さんは来るか?」といった不安も多少あったのですが、結果的にはありがたい満員御礼。子供も若者もみんなエネルギーとフレッシュさにあふれる歌をうたい、お客さんは大喜びしてくれたようです。

今回ソリストたちが歌ったのは有名どころですが、アブシルにしろ、ミヨーにしろ、世間に知られていない曲をとりあげるのはいいことだと思います。
私たちは合唱をメインとして活動していますが、世界中にはたくさんの合唱曲があるわけです。レパートリーを広げようと無理に努力をしなくても、どんどんあるある、魅力的な合唱曲が。
フランス、イタリア、ドイツの曲はもちろん、イギリス、スペイン、ノルウェーの曲、そしてチェコ、ハンガリー、果てはメキシコにアルゼンチンに、さらには日本の曲。
私は音楽の要素の中で、ハーモニー(和音、和声)に興味があるというか敏感なのですが、合唱曲に取り組むということはハーモニーを追及する取り組みだといえるでしょう。そこで世界各国の合唱曲と接していると、言葉はもちろんですが、その土地の色がハーモニーにあらわれているからとても楽しいのです。もちろん作曲家の感性も聞く人の感性も人それぞれではありますが、私のハーモニーに対する感性はここ数年でさらに磨きをかけられている感じです。「ハーモニー」という言葉を「響き」という言葉に置き換えちゃってもいいと思うのですが、ある和音の流れの響きを聞くと、ノルウェーの澄んだ空気が肌で感じれそうなイメージがわいたり、ある響きをきいてスペインの夜の空気がふっとあらわれたり。そんなこんなで一人世界旅行をしてる気分にもなれちゃうってお得な話です。

ミヨーは「フランス6人組」のメンバーで、南アメリカやジャズなどの要素を取り入れて独自のスタイルを作り上げ、音楽史の中では知名度はしっかりある人ですが、今回歌った「バルバ・ガリボ」はほとんど無名で、CD録音なども残されていません。でも、遊び心満載の明るい曲は、エネルギーあふれるGroupe Vocalのメンバーにぴったりはまり、持ち味が自然とでた感じでした。ミヨーは南仏プロヴァンス地方出身なのですが、そのことがうかがえるような「おおらかさ」と「明るさ」があふれる作品をたくさん生んだ人です。彼の音楽を聴いていると、広々とした青い空がすぐに目に浮かんできて、明るい気分になってしまうから、音楽の力ってすごいな~と思います。

今回のコンサートは、私個人としては準備不足のうえに自分の身体能力に合わないピアノパートで、あちらこちらにボロやらキズがありましたが、「エネルギッシュに」という面では以前とは比べ物にならないくらいに進歩したなあと感じました。「躊躇しない」といか、「行くっきゃないでしょ」みたいな。
身体的には無理があったので、しばらくの間、手や腕のしびれや、握力減少は残ると思いますが、6月のコンサートピークまで、だら~っといさせてもらおうと思います。

2009年4月29日水曜日

20世紀のオペラ二本立て

モンペリエのオペラ座では、4月24日(金)、26日(日)、28日(火)の三日で、ヒンデミット作曲の「Sancta Susanna」 (日本語タイトル「聖スザンナ」)と、バルトーク作曲の「Le Château de Barbe-Bleue」 (日本語タイトル「青髭公の城」)が二本立てで公演されました。

「聖スザンナ」は30分弱、「青髭公の城」は1時間弱の長さなので、休憩をはさんで、二つのオペラを同時公演したのです。

場所はオペラ・コメディではなくて、ホールや会議場がいくつかある総合文化施設のCORUM。その中でも2010席ある一番大きなホール。モンペリエのオペラ座の公演では、現代オペラなどがよくこちらのホールで行われます。
私は字幕操作担当で参加したので、本番3回と練習2回、合わせて5回同じ舞台を見たわけですが、感想は一言。

「この舞台はすごかった!」です。

一瞬、「映画みたい!」なんて言いそうにもなりましたが、映画みたいどころか「映画以上」のものなわけです。やっぱり生のダイレクトのスペクタクルというのは、特別ですね。特に今回のこの音楽、この演出、そして歌手、と三拍子そろってインパクト大の舞台だったのです。最終日はぶるっとくるほど感動してしまいました。

演出を担当したのは、これまでにこのブログでも何度か名前が出ているジャン=ポール・スカルピタ氏。ついこの間、オペラjrの「ディドンとエネ」の演出をした人です。

私はこれまでに7本くらい彼による演出のオペラを見ていますが、この人はやっぱりすごいです。ミニマリストでシンプルな舞台をベースに、光と暗闇を巧みに使って本当に「美しい」舞台を作り上げてしまうんですね。

実は、「聖スザンナ」は2003年にモンペリエで初演を行っていて、今回はそのリバイバルだったのです。私にとったらモンペリエに来て初めて見たオペラであり、記念すべきオペラなのです。そして、私が初めて見た現代オペラであり、初めて見たスカルピタ氏の演出によるオペラとして、そのインパクトはいまでも 鮮明に残っています。

今回はスカルピタ氏によるコンセプトで、「聖スザンナ」のスザンナと「青髭公の城」ユディットとという二人の女性像にスポットをあてて二つのオペラに統一性をもたせての同時公演でした。


どちらのオペラも20世紀前半に作曲されていて、ぎりぎり調性音楽の枠の中には残りつつも、モーツァルト、ヴェルディ、プッチーニといった古典派、ロマン派の有名どころのオペラに慣れている人にとったら、衝撃的な現代オペラと言えるでしょう。まあ、そもそもいつものことで音楽史における作品の時代区分は、観点によって人それぞれの主張があるのではっきりはできませんが、この二本のオペラは間違いなく「20世紀の音楽」です。

今回の公演はこれまた歌手が世界一流で、観客は魅了、圧倒されてました。

このところめちゃくちゃ忙しくしていたのでブログでの報告が遅れてますが、まずはこのオペラに関して「すごかった!」と一言お伝えしたかったんです。

百聞は一見にしかずで、この公演はホールで生で聞かないと、良さは十分に伝えられないと思いますが、またゆっくり報告したいと思います。

2009年4月19日日曜日

La Petite Chorale

この3日間、6月に小さなスペクタクルを公演するオペラjrのちびっこグループ La Petite Chorale の舞台練習に参加しました。
私は彼らの毎週一度の練習には関わってはいないのですが、スペクタクル本番ではピアノで参加するうえ、演出上彼らと一体となるので、本番通りの会場での練習は大切だからです。

La Petite Chorale のメンバーは6歳から9歳。オペラjrの中でこのグループだけは、参加登録する時の選抜オーディションがないので、音楽経験全くなしの子だらけの35人。
年度初めの9月の時点では、楽譜なんて読めないのは当然で、音感がなければリズム感もなく、発声の仕方もしらなければ、集団活動にも慣れていないごく普通のわんぱく集団。
それが週一回の練習を重ねて7ヶ月たった今、難しい音程についても厳しく要求できるくらいに成長しているのだからたいしたもんです。

この「要求度」が日本とフランスでは違うんですよね。

今までにも何度か言いましたが、フランスでは幼児教育が発達していません。幼児教育というと固い印象を与えてしまうけれど、ちびっこ向けの習い事の中で、子供たちは楽しみながらもある程度の質の高さを追及できるようなものがないのです。

音楽に限って言えば、日本には世界的に定評のあるヴァイオリンのスズキメトードや、ヤマハ音楽教室など、3歳児くらいからを対象にして独自のメトードを打ちたてたものがいくつかあります。子供の成長段階や発達段階をよく理解したうえで、子供のもつ可能性をしっているからこそ「結果」を産むことができるのだと思いますが、フランスの人は(フランスだけでなくヨーロッパ全体といえるでしょうけど)あまりこの点に注目してこなかったようです。
そのために習い事を開始する年齢がかなり遅いうえに、「子供向け」ということだけが念頭にあって、いたってのんびりマイペース派が主流です。家庭環境などに恵まれた結果、10歳以前にすごい技術や知識を身につけて「神童」と呼ばれるような子が極々まれにいるだけ。しかもそういう子は10代前半にしてパリの国立高等音楽院などに入学しちゃって、国際的に活躍するアーティストとなるパターンが多いので、「神童」と言われるだけあって、特別な例のようです。

フランスでは、幼稚園や小学校で行われる音楽活動もとても乏しく、ただ「子供が元気に歌う」という段階どまりな感じです。日本では幼稚園や小学校で合唱をしたり合奏をしたり、音楽に触れる機会がたくさんあるし、保護者むけに発表会などをもうけてそれなりの取り組みをしているのと比べると、フランスでのレベルが低いと感じられるのは明らかです。もしももうちょっときちんとした音楽を習うには、コンセルヴァトワールと提携している小学校に入って、授業時間の一定数をコンセルヴァトワールでソルフェージュや楽器のレッスンにあてる特殊なシステムに入り込まないといけません。こうなると学校のカリキュラム内におさまるわけですから、一般的にいう習い事というのとはまた違います。

そもそも、フランスで音楽教育を担っているコンセルヴァトワールと呼ばれる教育機関の存在が、他の国の者から見れば特殊なものなので、またいつかこのことをお話したいと思います。

その点、オペラjrというのは文部省が管轄する教育機関ではなくて、あくまで非営利団体のアソシエーションと呼ばれる種類の組織なので、完全に学校外の習い事の活動です。

フランスの子供たちは、1年生から皆、下校時刻は17時なので平日に習いごとをする時間が限られています。その変わりに水曜日は学校がないわけですが、土日の週末については、伝統的文化的に言って働かないのが週末ですから、週末に活動をすることには好意的でない家庭がほとんどです。

そんなわけで、学校外で何かの活動に充てる時間が絶対的に少ないので、要求できるレベルが限られてしまうというのも無理ありません。

そんななかで、オペラjrの創設者はブルガリア出身でスラブ民族のエスプリをもった人だったことと、彼自身の経験から、子供がもつ可能性の幅の広さを確信している人だったので、活動の目標のレベルが高いところに設定されたし、その結果を生むために必要な取り組み姿勢への高い要求が、参加条件の大前提となったのでした。
結果、バカンスの最中に一週間ぶっとおしで午前も午後も練習とか、土日の練習とか、フランスでは普通見られないようなスケジュールが、子供たちにも課せられているのです。世間一般では受け入れがたいスケジュールだから、たいてい驚嘆の目で見られるか、批判の目で見られるかのどちらかですが、参加した子どもたち自身は、経験を通して「取組み内容」と「結果」を体感するので、みんな大満足で、それがまた次への成長の糧になるし、うまく機能していると思います。

ちびっこグループの話に戻りますが、まったくの未経験者たちであるけれど、難しい音程はもちろん、発声の仕方、声の質などにも取り組めるので、4月現在の段階で、めざましい成長をしています。さらにオペラjrの活動の重要なところが、「歌」だけ、「音楽」だけではなくて、「演劇」に関わることも学んで、さらには「舞台」の上にたつということを学ぶことなのですが、このちびっこたちも、しっかりとそのすべてを学んでいます。

6月のスペクタクルというのは、イザベル・アブルケール Isabelle ABOULKERの「ちびっこのための5つの音楽物語」をもとに、俳優さんであるCが演出を行って、セリフや動きはもちろん、衣裳もみにつけて、1時間弱の子供による子供のためのスペクタクルとなるのです。

普段から合唱指導をしているVもそうだけど、演技指導をするCも、未経験の子供相手に新しい世界にうまいこと誘導し、教えることはもちろん、かなり高度な要求をします。そして見事な結果を生むのですいつも圧倒されますが、そのカギは子供との接し方にあると思います。

私自身、日本人であることや、自分の経験をもとにすると、いつもいつも要求度が高すぎる傾向になります。そこへフランス人の子供相手にショックを与えずに、うまいこと進歩・成長する方向にむけるにはどうやったらいいか、というのが悩みの種になるけれど、難しいのは話し方、話す内容。フランス語であるというだけでなくて、文化的に背景が違うのですから。

そんな私にとって、Vの話し方、Cの話し方がとても勉強になるのです。もちろん、彼女たちと私とでは性格が全く違うので、同じ様にはできません。でもヒントになるようなことがあちこちにあって、すごく参考になるのです。

この3日間、Cの演出のアイディアはもちろん、子供たちの成長ぶり、CやVの子供との接し方など、たくさんの刺激をうけて、とても楽しい練習だったので、終わってから「je me suis régalée !」と言ってしまいました。この表現はもともと「御馳走を食べる」というところから来ていて、「お腹いっぱいで大満足」が基本の意味なのですが、同じように何かを体験したり鑑賞したりして「思いきり楽しんだ」、「思いきり堪能した」、「思いきり満足した」などのときに使う表現です。
だから仕事が終わってからこんなセリフが口から出るというのは、幸せなことだな~と思いました。

問題は、この三日間、Vも私も、午前中3時間、このPetite Choraleとの練習。午後の三時間、Choeur d'enfants との練習。そして夜も三時間Groupe Vocale との練習という、一日3つの練習をこなすという前代未聞の超ハードスケジュールだったということ。いろいろとトラブルがあったので、急きょスケジュール変更で、このようにする他なかったのでした。
でも、あまりのハードさに、Vも私も「一日3グループの練習は二度としない!」で一致しました。

このLa Petite Chorale のスペクタクルについては話したいことがいっぱい。
また追って報告します。

2009年4月15日水曜日

○○○○のフランス語の先生 解答編

一か月前くらいに紹介した○○○○のフランス語の先生。
私とは患者仲間である、とあるおばあちゃんのことです。覚えていますか?

今年91歳になった彼女は、昔からかかえる膝の故障の問題を抜きに話せば、本当にエネルギーに満ちた元気なおばあちゃん。今朝もまた、数週間ぶりに会っておしゃべりをしたので、そろそろ正体明かしをしなくてはと思ったわけです。

○○○○とは誰のことなのか?

その人が東京に住んでいるというのは言いましたが、詳しく言えば東京も東京、誰もが知っている皇居に住んでいる方なのです。
ということは?

おばあちゃんと呼ぶのもなんなので、Mさんとさせてもらいますが、彼女は1980年代半ばに3年間の日本滞在をしました。そして、なんとこの間、皇居に毎週一度通って、皇后陛下美智子様のフランス語の先生をしていたのです!

Mさんはイギリス文学を専門にしていらっしゃいますが、イギリス文学とフランス語の教師として、人生の大半を海外で過ごしてきました。これまでに滞在した国はたくさん。イギリス、イタリア、スイス、オーストリア、スペインからアメリカ、そして日本、韓国、タイなど。
日本滞在中は、東京のS大学で教鞭をとり、イギリス文学とフランス語を教えたそうです。そして宮内庁からフランス大使館に美智子様のフランス語の先生探しの依頼がいき、そして頼まれたのがMさんだったのでした。

今から20年以上前の3年間のことですが、何がすごいって、Mさんと美智子様はその後もずっと手紙のやりとりを通してコンタクトをとりつづけていて、今でも美智子様からMさんに手紙がくるし、もちろんMさんも美智子様に手紙を書いてらっしゃいます。
それを聞いた私は間抜けにも、

「え、それって、宛名の住所は-皇居-って書くんですか?」

と質問してしまいました。
フランス語で言えば、Palais (パレ)ですよ。しかもPalais Impérialなのです。
「うわ~。」ですよ。

日本人にとったら、「天皇」というのと「皇帝」や「帝王」というのでは、ちょっとイメージが違いますが、すべて「エンペラー」なわけで、フランス語ではempereur(アンプルーに近い発音)となります。そして女帝の場合、もしくは皇后は impératrice (アンペラトリス)と呼びます。
したがって美智子様は、Impératrice Michiko と呼ばれるのです。

今朝、久しぶりにMさんに会ったわけですが、彼女は元気な笑顔で「あなたに会えるのが本当にうれしいわ。だって、日本を思い出すから。。。」と言ってくれました。そしてもちろん彼女の思い出話を聞きたい私は、ついつい質問してしまいます。

この前に会った時は、外のベンチで二人仲良く並んでおしゃべりしたので、いろんな話を聞けました。

美智子様や天皇陛下のお人柄がよくうかがえるエピソードなどたくさん。どうやらお二人とも、私たちが持つイメージそのままのお人柄のようですよ。
また、皇居なだけに、皇室と宮内庁のいろいろなしきたりにまつわる話にも事欠かず、美智子様とは素敵な関係を築いたMさんですが、「protocole (プロトコル) しきたりだけはもう!」と茶目っけたっぷりに笑ってみせます。

サルコジ、シラクの前の社会党の大統領、ミッテランの時代に天皇陛下ご夫妻はパリを訪問されましたが、その時に、美智子様のたっての依頼で、フランス政府はMさんを探し、Mさんはパリで行われたフランス共和国主催の歓迎レセプションパーティーに、美智子様のご友人として招待されたのだそうです。そして二人が再会したときのエピソードをちょっと紹介しますが、美智子様をエスコートしてきたのがミッテラン大統領だったそうです。そしてとある部屋で待機していたMさんを見て、ミッテランはきょとんとした顔をしたそうです。だってMさんはちっちゃなちっちゃなおばあちゃんだから。そしてミッテランは「あなたが美智子様のフランス語の先生なんですか?」と驚いたように言ったとか。

91歳のおばあちゃんが楽しそうに思い出話をしてくれるのを聞いてると、こっちまで楽しくなっちゃいます。私もけっこう冒険生活をしていると思うけれど、Mさんも世界各国で冒険をしてきたんだな~と思って。
Mさんは日本でとてもいい思い出をたくさん作ったようで、大学での教え子ともとても素敵な時を過ごしたそうです。穏やかな日本人(「一般的にはね」とちゃんと一言付け加えていたけど)、そして日本の風景などが気に入ったそうですが、特に日本人の自然への接し方が印象深かったそうです。
世界中に自然を愛する人はたくさんいるけれど、神道の文化はやっぱり一味違うんでしょうね。自然と生活がしっかり結びついていた民族ということでしょうか。

Mさんは天皇陛下ご夫婦のご成婚50周年のこともしっかり把握していました。
もしももしも、いつか美智子様から日本へのご招待の連絡が来たら、私が通訳兼お供で一緒に行きますからね!と立候補しておきました。

91歳の今でも現役のフランス語の先生であるMさん。外国人留学生相手にフランス語のレッスンや、論文執筆のサポートをしているそうです。
元気に生き生きと生きるお手本のような人。エネルギーあふれる素敵なおあばちゃんです。


でも本当に思ってもいませんでしたよ。モンペリエのとある診療所で、美智子様と交流のあった人とおしゃべりすることになるなんて!

2009年4月13日月曜日

なんでかというと、、、

自分も予想・計画していたことではないけれど、着実にオペラの世界にすっぽりと身をおさめ始めた感じがする私のモンペリエ生活。

これまでにも、「私はオペラが好きではなかった」と正直に白状していますが、興味がなかったというか、フランス語で「Ce n'est pas mon truc」と言うように、私向けのものとは感じていませんでした。
高校のころから声楽専攻の友達の伴奏をするようになり、大学の時はかなりの数の伴奏をかかえていました。日本ではあまりドイツ歌曲やフランス歌曲を勉強する機会はなくて、声楽の子が勉強していたのはもっぱらオペラのアリアでした。アリアといえばオペラの中のメインとなる見せ場なわけで、名曲がずらりと並んでいて、有名な曲、素敵な曲はあるのですが、それでもあんまりピンと来ていませんでした。
さらに日本人による日本人のために日本語で上演されるオペラを見たりすると、まあ「普段見ないものをみておもしろい」っていうのはあったけれど、「ピンと来ない」というのはそのままでした。

なぜかというと違和感を感じていたからです。

アリアを勉強する人はもちろん原語で勉強しますが、その言語をしっかりマスターできていない以上、日本語の対訳を用いてだいたいの意味をつかみます。言葉を感じるのにワンクッション、一作業が存在するわけです。しかも、オペラの中の歌詞をみていると、何度も同じ歌詞をくりかえすことが多く、まずそれが不自然に感じていたんですね。例えば、「君を愛してる~!」を繰り返し、「愛してる~!」「愛してる~!」「君を~~!」みたいな。

それから登場人物の心情、感情にピンときてなかった。
「あれ、なんでそこでそうなるの?」みたいな。

さらには登場人物のしぐさ、ふるまいにピンときてなかった。たとえば、あるオペラの中で公爵夫人がお世話係の女の子の肩をだきよせてほっぺにキスをするとか。

挙げだしたらキリがないくらい、「そんなのありえないでしょう?」とか「それは不自然でしょう?」とか思ってしまって、私はオペラに対するアレルギーに近いものをもっていました。

それが、モンペリエでオペラの製作・準備、公演に接するうちにオペラアレルギーが薄れていき、「おもしろい!」と感じるようになっていったのです。
最近になってこの自分の変化に気が付き、「なんでだったのかな??」と思い返してみたのです。
で、私なりに出した答えというのが、「オペラはヨーロッパの文化」だということです。

まずは言語。今になってこそ、フランス語のオペラを聴くときには対訳というものが必要なくなって、オペラの原語でそのまま理解することによって、ストーリーそのものを直接吸収できるようになりました。これでまず大きな壁がなくなったと思います。フランス語のようにはいきませんが、イタリア語のオペラも、英語のオペラも、その言語がもつ感覚を感じ取れるようになってきました。今だにロシア語やチェコ語はちんぷんかんぷんなために、ロシアオペラやチェコオペラにはまだ壁がありますが。。。

あとは、やっぱり音楽にはそれぞれの土地柄、色が出ているもので、それぞれの民族の文化があらわれていると思います。イタリアオペラのもつ色、フランスオペラのもつ色、ドイツもの、ロシアもの、、、それぞれ特徴があります。で、やっぱりそれは全部ヨーロッパなものであって、日本のものではなければ、アジアのものでもないんですね。

そして決定的なのがそれぞれの登場人物にあらわれる文化。特に「愛情表現の文化」。
オペラのストーリの題材のほとんどが「愛」だといっていいと思いますが、それが「コメディタッチの恋愛話」か、最後は死にたどりつく「悲劇の恋愛話」かの二つに分けられると思います。でも、そのどちらにころんでもやっぱり日本の愛情表現とヨーロッパの愛情表現は違うものです。

日本人の生活も西欧化されたし国際化されたし、何を今さらという感じもするけれど、私がこのことを痛感させられる例を一つ。

これはさっき挙げた、公爵夫人とお世話係の女の子の場面によく見られるしぐさのことです。恋をしているのが公爵夫人だとしても、お世話係の女の子だとしてもどちらでもいいのですが、この二人の関係は歌詞にもしぐさにも映し出されます。とっても親密で、頭をなでたりだきしめたりほっぺにキスをしたりなわけですが、さすがにこれは日本では見られませんよね?女の子同士が仲がいいときに、体の接触で目にするのはせめて中学生か高校生が女の子同士で腕を組むとか程度ですよね。だから公爵夫人と女の子の関係は「オペラ独特の演出のせい」だとか思ってしまいがち。

ところがどっこい、やっぱりヨーロッパの愛情表現はやっぱりオペラの中の愛情表現と近かったんです。

私はフランス人の10歳から23歳くらいの女の子と接することが多いので本当のことなんですが、彼女たちは手をつなぐ、腕を組むどころではとまらず、やっぱり普通に抱きしめたり、体をさすったり、ほっぺにキスしたりおでこにキスしたりするんです。これはなにも同性愛の傾向がある子とかいうのではなくて、多かれ少なかれみんなそうなんです。
そして日本人だって知ってる「je t'aime ジュ・テーム」ですが、友達同士でもかなり頻繁に口にします。
英語で「ハニー」や「ダーリン」とかがあるように、フランス語では、愛情をこめて相手を呼ぶ言い方があるのですが、さすがはおフランス。何種類もあるのです。
「私の愛しい人」という意味で「ma chérie マ・シェリ」 や 「 mon chéri モン・シェリ」とか、「私の美しい人」という意味で「ma belle」。これなんかは「僕のべっぴんさん」みたいな感じでまだ対訳しやすいけど、「私の愛」という意味で「mon amour」。さらには「にわとり」の意味の「ma poulette」や「キャベツ」の意味の「mon chou」やら「うさぎ」の意味の「mon lapin」やら、「蚤」の意味の「puce」から、もう挙げだしたらキリがない。「僕のニワトリちゃん。」とか「私のかわいいウサギちゃん」とかってわけです。訳すと「ぷぷぷ」って感じでしょう。で、これを恋人同士はもちろんだけど、親が子へ、おじいちゃんから孫へ、またはピアノの先生が小さな生徒のことを、そして友達同士でもこんなんで呼び合ったりしていまうのです。

私にとったら、男女のカップル間のやりとりの違いなんかよりも、この女の子同士のやりとりをみていて文化の違いの大きさを感じさせられました。だって、カップル間のことはカップルによることが多いから。
そんなこんなで、私が日常的に見る光景として、ある女の子がその友達のそばにやってきて肩を抱き、さらには両手で相手の顔を包んでほっぺにちゅっとして、「je t'aime, ma poulette」というのがあるわけです。
絶対に日本ではみないでしょう?
で、こんな光景に見慣れてからオペラを見ると、以前感じていた違和感を感じなくなるのです。

そして私は納得する。「オペラはヨーロッパの文化」だと。

日本にいながら、どこかの国の文化にあこがれて、いろいろ集めてみたりマネしてみたりする人はたくさんいると思うし、どこかの国で生活しながらその土地の文化がすんなりと身に入る人もいる。きっとフランスには彼氏のことを「mon chéri」と呼んで暮らしていたり、恋人から「 mon amour」と呼ばれることがしっくり きている日本人もいるんでしょうね。

でも人はそれぞれ。
私には「ce n'est pas mon truc」です。
私は「オペラ歌手になりたい!」とは全く思えないし、どんなにかわいい生徒のことでも「ma puce」と呼んでおでこにキスはしません。親しい人のことはあくまで名前で呼びます。
体にしみ込んでいる文化というのはそんなものだと思います。

それでもオペラの世界に関わることを楽しいと感じている最近の私でした。

2009年4月12日日曜日

Pâques は雨

4月12日はPâquesパックの日。日本では英語のイースターという名で知られています。
この日はキリスト教徒の祭日で、イエス・キリストが受難を受けた日から3日後に復活したという伝えを祝う復活祭なわけで、彼らにとったらクリスマスと並んで最も重要な祭日の一つのようです。

でもこの祭日には一つややこしい問題があります。

それは日付の問題。

「春分の後の最初の満月の次の日曜日」だなんて複雑な決め方をしているのです。そのため、年によって日付が変わり、場合によっては早ければ3月22日、遅ければ4月25日という、とても幅の広い期間の中のいずれかの日曜日ということなのだそうです。
さらには、グレゴリオ暦を採用している土地とユリウス暦を採用している土地とでは日付が違ってくるのです。現在ヨーロッパの全教会ではグレゴリオ暦によって日付が統一されているようですが、東方教会はユリウス暦を使っているため、全世界で日付を統一しようという議論が延々と続けられていて、いまだ解決していないのだとか。

そもそもキリスト教文化の国々では、この復活祭の週と、その前の週は受難の週として、2週間にわたってとても大事な日が続くわけですが、今では日曜日とその翌日の月曜日を祝日として定めている国がほとんどです。フランスも例にもれず、復活祭の翌日はlundi de pâques (パックの月曜日)として祝日となっています。また、復活祭の前の金曜日は聖金曜日と呼ばれ、ドイツやイギリスなどプロテスタントが多かった国では祝日とされているそうです。フランスでは金曜日は祝日ではないですが、vendredi saint といって、ドイツ国境に近いアルザスやロレーヌ地方では祝日とされています。

「キリスト教徒の祭日」とはいっても、場所や宗派によって祝う日が違うというのは、ややこしいというかちょっと変?と思ってしまいますが、まあ部外者ですから黙っていましょう。


で、ただいまフランスでは土曜日からパックの月曜までが3連休なわけですが、祝日を別としても、この復活祭を前後して二週間のバカンスがあるのです。モンペリエが属するゾーンAでは、4月4日の土曜日からパックのバカンスに入っています。
改めてバカンスの多い国でしょう?

この連休とバカンスで、交通状況は混雑しているようですが、せっかくのこの週末にモンペリエでは雨。しかもここ1週間ずっと天気が悪く、昨日は雷までなる激しい雨でした。。。


さて、イースターというと、有名なのがイースター・エッグですね。この時期になると実際の卵よりも、卵の形をしたチョコレートが大はやりです。チョコレート業界では、クリスマスに次ぐ大事な稼ぎ時。名パティシエさんたちも、腕をふるってチョコレートの飾りに工夫をして、話題を提供しています。

クリスマスはすっかり商業化されて日本人にもおなじみですが、この復活祭の様子をみていると、私が育った文化とは違う文化の土地だな~と、感じさせられます。
フランス人だって、今現在敬虔なクリスチャンという人は多くないですけど、復活祭というのは文化の中にしみ込んでいるものだから、皆が集まって食事をし、伝統的なこの日の料理やお菓子を楽しむものです。
外国に住む多くの日本人の中には、現地の文化に馴染み受け入れ、キリスト教徒ではないけど現地の人と一緒になって復活祭を祝っている人もいるのでしょうけど、私はこの7年、まだ復活祭をお祝いするということはしたことがないし、きっとこの先もないでしょう。私は無宗教ですけど、やっぱりなんやかんやいって生活に根ざしている日本の神道・仏教文化を別にすれば、ある宗教の行事に参加するというのはどうもピンときません。

まあせめて祝日をありがたく活用させてもらいましょう。

2009年4月7日火曜日

ポニョがやってくる!

フランスにいながら日本を自慢したくなっちゃうことの一つに挙げられるのが宮崎駿のアニメ。


私たち日本人にとったら「ナウシカ」なんて傑作中の傑作だと思うのですが、こちらで宮崎駿のアニメが知られるようになったのは、「もののけ姫」からのこと。これは「プリンセスもののけ」として世界中で劇場公開が展開されたおかげでした。以後、彼のアニメは世界中でファンを獲得して、「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」などがフランスでも大成功を収めました。「ナウシカ」は2年前にやっとのことでフランスで劇場公開されました。「天空の城ラピュタ」や「魔女の宅急便」も大人気の作品です。というか、彼の作品はどれも人気。

マンガブームで知られるフランスの若者だけでなく、小さな子供も、その親たちもみんな宮崎アニメファン。


フランス人が彼の作品を褒めるときに、映像の美しさのことはもちろんですが、みんな口をそろえて「Richesse リシェス(豊かさ)」のことを指摘しています。普通にマンガやアニメというジャンルから受けている印象を完全にはねとばす広い世界にみんな魅了されているんでしょうね。


久石譲の音楽も大人気で、私もピアノの生徒に楽譜をあげたりするとみんな大喜びしています。


ただ、フランス人の中には「日本のアニメは暴力シーンばかりでよくない。」と主張する人たちがいて、その人たちは私がいかに宮崎駿の作品を説明しても受け入れようとしません。こんなとき「典型的な食わず嫌いっていうか、思い込みが視野をせばめる典型だな。。。」とちょっぴり残念に思います。確かに戦いの話が多くて暴力シーンの連続のマンガやアニメが存在するわけだけど、「こんなに素晴らしいアニメだよ!」と宣伝してもかたくなに拒否するばかり。おかげでその親子には久石音楽も紹介できずじまい。。。


でもそんな人たちはほんの一握り。今やフランス中、老いも若きも宮崎アニメを称賛しています。そんなみんなが今、公開を楽しみに待っている映画が「崖の上のポニョ」なんです。フランスでは明日の水曜日が公開日。みんなの期待は高まっていて、France 2 の昨夜のニュースでも話題にされ、宮崎駿のスタジオなどが紹介されていました。


私も去年インターネット上で「ポニョ」という文字をあちこちでみかけたけれど、作品を見ていなければ、どんなストーリーなのかも知らないまま。いつの日か見るのを楽しみにしています。



さて、映画のタイトルが国によって微妙に変わるのはお決まりのこと。今回のポニョは日本語タイトルの通りに「Ponyo sur la falaise」です。「千と千尋の神隠し」は神隠しという言葉がややこしかったようで、「Voyage de Chihiro千尋の冒険」とされました。

で、発音の問題もよくあって、フランスではHが発音されないので、「ハウルの城」のハウルは「アウル」、ちひろは「ちいろ」と言われてしまいます。



それにしても「ポニョ」というのはかわいいですね。擬態語、擬音語が広くつかわれている日本では耳慣れた音並びですが、擬態語というものが存在しないフランスでは「ポニョ」なんて音はあまり耳にしません。だからフランス人が「ポニョ」って口にするのを見るとなんだかとってもかわいいな~と思ってしまう私なのでした。

2009年4月6日月曜日

「おとん」て何だ?

アメリカのオバマ大統領がイギリスにやってきてから、ヨーロッパ各地でオバマフィーバーを巻き起こしました。彼の支持者、ファンのことを「オバマニア」なんて呼んでいます。

さて、これに関連して最近フランスで流れるニュースからよく聞こえてくる言葉が「おとん」。

まるで日本語でお父さんの意味の「おとん」と言ってるみたい。


どういうつづりかと思って見てみると、「OTAN」と書くらしい。「おたん」と読みたくなるところだけど、フランス語の発音では「おとん」の方が近いのです。まあ国際政治関連のニュースでよく出てきていたので、これはイニシャルをとっているだけで、なんとか国際会議とかの略かな~、と思っていました。だって「おとん」なんて名前は聞いたことがないもの。自分が知らない組織・機構の名前があるとは、まだまだ私も国際政治にはうといのか。。。と思っていました。


ところがどっこい、つい最近になって「おとん」の正体が判明。


なんと「NATO」のことだったんです。「NATO」だったら知ってるよー。昔、ちゃんと社会科でもならったもの。対ロシアの冷戦時代にできた「北大西洋条約機構」のことでしたね。

フランス語の文法上、イニシャルとは言っても言葉の順序が変わるのでイニシャルが変わってしまうんですね。日本人はなんだってアルファベット化して表記をそのまま受け入れているのに、フランス人はしっかりフランス語のまま使うもんだから調子が狂ってしまいます。

今年のNATOの会議は、創設されて60周年を祝う記念に加え、長年なにかと反対を唱えたり部分的脱退をしていたフランスが43年ぶりに完全に復帰するということでも大きなニュースとなりました。

しかも今回の会議はフランスとドイツの共催で行われ、場所も仏独国境。ライン川をはさんでフランス側のストラスブールとドイツ側のカールの二都市が会場となりました。集まった各国首脳も28人になり、会議やら記念行事などが盛大に行われていました。

もちろん一番の注目はオバマ氏。そして奥さんのミシェル。で、3番目に注目を浴びていたのは誰かというとフランス大統領夫人のカルラ・ブルーニ。まあもともと世界的に大活躍をしたトップモデルで、歌手としても成功して、なによりエレガントでシックできれいだとマスコミにもてはやされています。

この華やかな国際政治の舞台に対し、反資本主義や、先進国の数カ国が世界を動かしていると主張して反対する人たちが大集結をし、ストラスブールの街で大暴れ。単にデモ行進をするとかならまだしも、あちこちに火をつけたりして、まるで意味不明の暴動しているとしか私には見えないような状況に。それぞれの人が意見をもって主張するのはいいことだけど、単なる腹いせや悪乗りをして加わった人たちもたくさんいたのでしょう。映像をみていて嫌な気分にさせられる残念な出来事でした。


ところで、オバマ大統領の大人気ぶりはどこへ行ってもすごいようですが、ストラスブールではフランス人の若い女性が彼のほっぺにキスをすることに成功し、テレビで何度もその映像がながれていました。アメリカにいる彼の支持者やファンはそんなことをしたくても、今や警備がとても固くて無理でしょうね。このマドモワゼルは大金星をとったかのようにラッキーガール扱いされていました。

ヨーロッパ周遊を終えたオバマ氏は、昨日プラハからトルコに向けて出発しました。
来日する予定はもうたっているんでしょうか?