日曜日のコンサートで魔法にかかってしまいました。
コンサートでは一言も発することなく、ピアノの音だけで語ってくれたおじいちゃんですが、そこからは彼の人間性があふれていました。
それでも実際におじいちゃんはどんなことを言ってくれるのか、実際に語るおじいちゃんを確かめてみたくて、今週4日間にわたって行われた彼のマスタークラスに連日仕事の合間の時間の限り通いました。
http://www.festivalradiofrancemontpellier.com/2009/master/PLAQUETTE_masterclass09_web.pdf
アルド・チッコリーニのマスタークラス。これもラジオフランスのフェスティバルの一環で、2006年から行われているんです。4日間で8人の受講者がそれぞれ二回のレッスンを受けます。聴講するのは無料。なんという恵まれた話でしょう。巨匠の教えをこんな風にして聴けるなんて。
私は2006年当初から気にしていきたいいきたいと思いつつも、朝起きれなかったり猛暑で昼間外に出るのをしぶったりしてで行かなかったんです。なんと情けない話。。。
対象となるのは若手コンサーティストとしてデビューしようとしているハイレベルの学生か、すでにデビューしてキャリアを積んで行こうとしている若手ピアニスト。世界中の若者が対象となっています。受講者は350ユーロを参加費用として払いますが、2回の公開個人レッスンを受けることができ、4日間の練習室はフェスティバルから与えられ、さらに期間中のフェスティバルのコンサートの招待券をプレゼントしてもらえます。応募者の中から書類と録音審査があって選ばれているようです。
ユーロと円を今のレートで換算すると5万円くらいだと思いますが、現実的にこちらの物価で考えたら4万円弱くらいです。はっきりいって日本の相場よりずっとか安い。破格ですよね。
この受講料で巨匠のアドバイスをもらえる。そして聴講するのは無料というのもすごい話です。
会場はモンペリエの市立図書館 Médiathèque centrale Emile Zola にあるオディトリウム。よく作家などを招いての講演会とかに使われている場所です。私がここにいくのは初めて。
入るとすぐに、かわいらしい携帯を切りましょうのマナー呼びかけがライトで床に照らし出されているのが目に入ります。
そしてホールに入ってびっくり。予想もしていなかったきれいな立派なホールだったからです。壇上になった客席と大きなスクリーンと2台のスタインウェイのピアノ。
CORUM以外にもこんな施設があっただなんて。モンペリエの公共施設の充実ぶりにはもう脱帽です。
さて、おじいちゃんの登場で暖かい拍手がわきおこりました。
コンサートが終わってから1日の休養を終えて、マスタークラス初日の火曜日。朝10時開始です。
黄色いポロシャツで現れたおじいちゃん。
彼にとったら孫の年齢の受講者たちを私たちに紹介してくれます。
レッスンの様子をビデオで撮影していて、それをスクリーンに映し出してくれるので、鍵盤の上の様子も拡大されてよく見えるんです。
受講者8人はみんな若い。もう私と同じ世代の人たちではありません。。。
チッコリーニがイタリア生まれの巨匠ということで、イタリア人受講者が二人、5人はパリで学ぶ若者たち。フランス人、アルバニア人、中国人、そして韓国人の女の子。そしてあともう一人が地元モンペリエの現役高校生。
おじいちゃんはじっくりと若者を見ながら演奏を聴きます。そして何かコメントしたいときは優しい表情と優しい口調で若者に語りかけます。
「Tu sais ?」 知ってるかい?と切り出して、テンポの指示の解釈や作曲者の意図についてなんかを説明してくれます。
若くてやる気満々のヴィルトゥオーゾたちはなにかにつけて早く弾く傾向がありますが、そんなときはおじいちゃんは
「何やってるんだいおまえ?」とでもいいそうな怒った顔をして若者の顔を覗き込みます。
これがほんとにおどけてて、でも愛情たっぷりで聴衆の笑いを誘っていました。
ときには受講者に説明したあと、さらに噛み砕いて聴衆のために説明しなおしてくれました。
さて、受講者の中で人気を集めていた子の一人は地元モンペリエのダヴィッドくん。モンペリエのコンセルヴァトワールで学んできた現役高校生。今回の参加者で最年少者です。おじいちゃんにとったらひ孫と言ってもいいくらいの年齢です。彼は9月にパリの国立コンセルヴァトワール入学が決まっていて、私も彼のことは前々から「すごく良く弾けるヴェトナム系の男の子」として評判を聞いていました。たしか5年くらいまえに実際に彼をコンセルヴァトワールで見かけたことも。
彼がおじいちゃんおマスタークラスを受けるのはこれで3回目だとか。
おじいちゃんもこのまだ若い男の子に「とってもいいものをたくさんもってるよ。」と言っていました。
このマスタークラスで聴講者が感激しきりなのは、おじいちゃんのアドバイスがきけるだけなく、おじいちゃんが時々弾いてくれるところ。
歩いているとき、しゃべっているときは年齢とおりのおじいちゃんぶりですが、いったんピアノを弾き出すと「どこからこのエネルギーと若さがくるんだろう?」と思うほどの軽やかぶり。
そして粒ぞろいのハイレベルな生徒たちにもかかわらず、やっぱりおじいちゃんが弾くと音色が違うところがすごい。受講生の中には本当にハイレベルで今すぐ国際舞台で活躍できる子が(実際にすでにしてる場合もありますが)数人いましたが、その彼とですらやっぱり音色の違いが明らかでした。
まろやかな音。おじいちゃんの人柄と私の好みの音ともうそのまんまぴったりくる。
8人の受講者の中で観客の熱狂をまきおこしたのは中国人のDuanduan Hao。とっても大きな19歳。彼はもうすでにジュネーブ国際コンクールで優勝しているんですが、こうやって巨匠の教えをこいにきている姿勢が高感度大。
ぶっとい腕で圧倒的なテクニックを見せてくれました。どんな難曲もものともしない完璧さで聴衆のボルテージも急上昇。
私個人的にはフォルテのときでももうちょっとまろやかな音がいいな~なんて、厳しい注文をつけてしまいましたが、聴衆は、そしておじいちゃんも最大級の賛辞を贈りました。
一日目に彼はヒナステラのソナタ一番を弾きましたが、弾き終わった彼におじいちゃんは
「Bravo ! c'est tres bien.」とほほ笑みました。
教えをこおうと思ってたドゥアンドゥアン君は
「何か足りないところなど、、、?」と聞くと、おじいちゃんは
「Absolument pas! 」 全くないよ。と答えて優しく微笑みました。
その後、ドゥアンドゥアン君はショパンを一曲弾きましたが、おじいちゃんはその演奏後にちょっとアドバイスを与えたあと、素晴らしい賛辞を彼におくったのです。
おじいちゃんが言ったのは、
「君はまるで本物のポーランド人のようにショパンを弾いてる。」ということ。
この言葉には中国人の彼もぐっと胸にきたでしょうね。
マスタ―クラス三日目、私は仕事のために残念ながら行けなかったのですが、会場で一緒におしゃべりしたマダムが教えてくれたことには、おじいちゃんはさらなる賛辞をドゥアンドゥアン君に送ったというのです。
というのも、チャイコフスキーのピアノコンチェルトをおじいちゃんの伴奏で、二人で全楽章弾いてくれて、観客のボルテージは最高潮に高まったといいます。
そうでしょうね...なんというものを逃してしまったんでしょう、この私。
そしてこの日、おじいちゃんは観客に向かって、
「この中国の若者は私が聴きたいと思っている通りの音楽を弾いてくれる。こんなアーティストは100年に一人しかいませんよ。」と言ったんだそうです。
巨匠にこの言葉をもらって、ドゥアンドゥアン君も感激ひとしおだったでしょうね。
しかもおじいちゃんは
「今のコンチェルトで、たったの一音だって彼ははずしませんでしたよ。」とも付け加えたそうです。
83歳と19歳の共演。あ~、その場にいたかった!
おじいちゃんがどんなふうに教えるか、どんなことを言うかを確かめてみたくて足を運んだ私ですが、私の予想通り、期待通り、期待以上のあたたかいおじいちゃんでした。
どんな感じかというと、まるで「宮崎アニメにでてくるやさしくてあったかいおばあちゃんキャラのほほ笑む顔」がそのまま現実になって目の前にいるって感じです。伝わりますか?
もう長年ピアノソロの曲を勉強していない私ですが、おじいちゃんのこのマスタ―クラス、私も受けてみたいなと思ってしまいました。
そんなことを思う私の前で、大胆にも直談判で教えをこう人物が登場。しかもおじいちゃんがそれに応じた!
そんな私のジェラシーを引き起こさせた人物というのは、なんと7歳の男の子。
マスタ―クラス終了後の人影が減ったところで、おじいちゃんの前で曲を弾き始めました。
はっきりいって、日本や中国には彼よりもっともっと上手に弾ける7歳がたくさんいると思いますが、「あ、音をちゃんと聞いて感じて弾いてるな。」と思えるところがいくつもありました。おじいちゃんはやさしく律儀に全曲聴いてあげて、男の子のママを呼んで「とてもいい感受性をもっていますよ。」と言っていました。
83歳の巨匠と7歳の男の子。
この微笑ましいシーンにプロのカメラマンもシャッターチャンスだといわんばかりにシャッターをきっていました。
こんなマスタークラスが無料で聴講できるなんて信じられないと思いませんか?
ああ、おじいちゃん。どうか身体に気をつけて来年もモンペリエに来てくださいね。
0 件のコメント:
コメントを投稿