今年の4月の私は恐ろしく忙しくしていたのですが、いろいろ重なっていた仕事の中には、オペラjrの子供たちが参加したオペラ「メフィストフェレ」がありました。
モンペリエ・オペラ座とモンペリエ・オーケストラの今シーズン終盤を迎えた4月29日、5月2日、4日の3公演がCORUMの大ホールで行われました。
http://www.opera-montpellier.com/francais/rep_MEFISTOFELE.html
この「メフィストフェレ」(Mefistofele)はプッチーニのオペラ台本作家として知られているアッリゴ・ボイト(Arrigo BOITO)が1868年に作曲した全4幕からなるオペラです。初演はミラノのスカラ座でした。
メフィストフェレスというのがドイツに伝わる悪魔の名前ですが、ゲーテが書いた戯曲「ファウスト」でも有名ですね。年老いたファウスト博士が悪魔メフィストと契約をかわして若さを手に入れてうんぬん、、、というストーリー。そもそも、この「ファウスト」という作品をもとにしたオペラがいくつか存在します。一番有名なのはグノー作曲のもの。一方、ボイト作曲の「メフィストフェレ」は、同じストーリーですが悪魔メフィストを主役において構成されたものです。ゲーテの「ファウスト」の中でも、グノーはオペラに使っていないギリシャ神話の部分もボイトは採用して第4幕にもってきています。
私はゲーテの「ファウスト」についての知識は全然なくって、ギリシャ神話もからんでいたというんは今回初めて知ったくらいの程度なので、このストーリーについてははしょらせてもらいます、、、。
さて、ボイトの「メフィストフェレ」が有名なオペラ作品かというと、いいえ、有名なオペラレパートリーとは言えないどちらかというとマイナーな作品です。かの名指揮者トスカニーニはこのオペラがお気に入りで、熱心に演奏していたそうですが、近年、このオペラを見たいと思っても、そう簡単にお目にかかれるわけではありません。
そんな作品と出会え、公演に関わることができるところが、私のモンペリエ生活のおいしいところ。この公演後にインターネットを調べていたら、熱心なオペラファンの方が日本からもわざわざモンペリエまで見に来ていた様子も発見。ね、それくらい、足を運んで一見の価値ある作品なのです。
ボイト作曲の「メフィストフェレ」の特徴は、男性の最低音歌手であるバス歌手が主役を務めるというところ。普通、ほとんどのオペラ作品ではソプラノ歌手かテノール歌手が主役を務めます。男性の低音歌手であるバリトンやバスは、よくお父さん役や王様の役なんかを受け持ち、登場シーンが少なければ歌うパートも少なめです。
そこが、この「メフィストフェレ」ではバスが主役で最初っから最後まで出っぱなしなのですからすごい。このオペラの公演の良し悪しはバス歌手の腕前にかかっているといってもいいでしょう。
さて今回、モンペリエ・オペラ座が公演したのは、オリジナルの制作ではなくって、数年前にベルギーのリエージュにあるワロニー王立歌劇場が制作した公演のリバイバルプロダクションです。指揮はベルギー人のダヴァン氏(PATRICK DAVIN)、演出は現在モナコ公国のモンテカルロ歌劇場のディレクターであるグリンダ氏(JEAN-LOUIS GRINDA)。
リエージュで初演したあと、イスラエルのテルアビブでも公演をしたそうですから、彼らにとっては今回のモンペリが3度目の公演先。以前の公演での歌手のキャストがどうだったのか知りませんが、モンペリエでメフィストフェレを務めたのはロシア出身のバス歌手コンスタンチン・ゴルニー氏(KONSTANTIN GORNY)。このオペラ内ではめずらしくセカンド役となっているファウストに、アルゼンチン出身のテノール歌手グスタヴォ・ポルタ氏(GUSTAVO PORTA)。
CORUMの大ホールは2000人収容で、客席も7階まである大きなホールです。ここでマイクも使わずに歌うオペラ歌手を聞くたびにすごいな~と感心するわけですが、やっぱりプロのオペラ歌手とはいっても、誰もがこういうサイズのホールで十分に響き渡らせれる声量をもっているわけではありません。その点、この二人のバス・テノールのコンビは十分なボリュームをもっていました。
合唱はモンペリエオペラ座合唱団とリエージュのワロニー王立歌劇場の合唱団による合同大合唱。なんといっても、このオペラでは大迫力の合唱パートがとても大事な役を担っています。
そして天使役として登場したのがオペラjrの児童合唱Choeur d'enfants。子供たちは今年度の過密スケジュールの中、アカペラの難しいパートを立派に歌って、指揮者、演出家を始め、関係者から称賛の言葉をいただきました。
迫力があったといえば、オーケストラピットにおさまったモンペリエ・オーケストラもそう。ほぼフルオーケストラの規模のミュージシャンがそろってましたからね。オーケストラピットっとあんなに大きくもできたのか、と初めて見ました。さらに舞台袖で演奏するグループもいて、的確な音響効果をねらっていておもしろかったです。
そんな感じで大迫力、大動員の舞台だったわけですが、やっぱり主役は圧巻メフィストフェレ役のゴルニー氏。
彼は歌唱力はもちろん、演技力もさえ、さらに素敵なのがその気取らずシンプルな人となり。オペラ界の裏事情をばらしてしまえば、こんな3拍子そろった歌手ってめったといないんです。(笑)当然、このゴルニー氏は舞台裏で働くスタッフからも一目を置かれ、慕われました。
あえて注文をつけるならば、このCORUMのホールでこの役を歌うには、あともうちょっと声量とパワーがあったら申し分なかったかな?でもそんなのないものねだりの一言にすぎません。
普段からのオペラファンのお客さんに加え、純粋に作品を見るために遠くから足を運んだ人、口コミでうわさをきいて足を運んだ人がたくさんいたのでしょう、平日2夜と日曜日の3公演ともほぼ満席。2000人収容のホールが3回ともほぼ満席というのはすごいこと。とくに「魔笛」とか超有名演目ではない「メフィストフェレ」がそれだけ集客したというのはすごいことです。
ゴルニー氏、最後の通しリハーサルであるジェネラルの様子をご自分のホームページに早速のせ、ユーチューブで視聴できるようになっていました。
私がとった写真もまぜながら、今日は舞台の様子をざっとお伝えしますね。
グリンダ氏の演出は、現代的な素材をシンプルに使った感じのスタイルでした。
メフィストフェレスが赤色の現代の普通のスーツスタイルだったり、黒の皮ジャケットを着てたりして、そんなところもモダンなスタイルを強調してました。
演出をシンプルにしても、音楽自体がド迫力ですからね。ちょうどいいのです。
オペラの序曲が流れる間、舞台にはスクリーンが下りていてそこに青空と流れる雲が写っています。

間もなくして合唱パートが始まるのですが、雲の向こうから次第に天使たちが姿を現わします。

そして主役、メフィストフェレの登場。
この演出でのメフィストのテーマカラーは赤。

続いてちびっこ天使たちが登場。

こうしてエピローグが終了して、舞台はカーニバルへ。

写真でわかるかと思いますが、さっきまで天使の恰好をしていた合唱団が、ここでははなやかなお祭りの衣裳に変わっています。
そうなんです、この公演の目玉は総勢250人のスタッフが参加したということからわかるように、大がかりなスペクタクルな舞台。合唱団だけでも120人いるのですが、その人たちが休憩をはさまずにわずかな場面転換の合間に衣裳を変えるのです。そのためにたくさんの臨時スタッフをかかえて衣裳スタッフ、メークさんたちがフル回転。大道具さんも10人、小道具さんも3人いましたから、普段のモンペリエ・オペラ座の公演よりも大がかりです。
そんな裏事情はまた改めてお伝えしたいと思っています。

カーニバルの後に、ファウストが登場。

ステージ上には白塗りの板で三方に壁がおりてきて、ファウストの書斎となります。そこへ、不気味な笑い声とともにメフィストフェレが現れます。

この辺りのシーンがビデオで見れますからどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=eA4AMVgEVKs&feature=related互いに契約を交わして絶大なパワーを手に入れた二人が、高笑いをしながら天にのぼっていきます。大迫力の音楽とぴったりマッチした舞台仕掛けが印象的なシーンでした。

この後、庭のシーンに入り、ファウストとマルゲリータ、メフィストフェレとマルタの二カップルがやりとりをしますが、はっきり言ってこのシーンの演出はいまいちでした。(笑)そのために写真もなし。。。こういうシーンにしては、このホールの舞台は大きすぎるんでしょうね。
続いて二人はメフィストが支配する地底の国にやってきます。

ここでは舞台上で実際に火を使っての火の玉が飛び交い、お客さんの目をひいていました。

もちろんスタッフが手作業でやってる技ですから、成功したりはずれがあったり。
このシーンもビデオにあります。
http://www.youtube.com/watch?v=cXH7fKzDOno&feature=related続いて迫力ある合唱パートのシーンです。

メフィストフェレが世界を支配下に!といって饗宴。

このオペラの合唱パートは、迫力あるしアカペラあるし、超早口言葉もあるしで盛りだくさんです。合唱団のメンバーもいつもより楽しそうでした。
http://www.youtube.com/watch?v=crYaKve_GLg&feature=relatedこれで2幕が終了。
休憩です。
第3幕は、実の母親と子を殺した罪でとらえられたマルゲリータの嘆きのシーン。
鉄格子の無機質な舞台セットでした。
マルゲリータ役のソプラノ歌手はまだ若いアフリカ系アメリカ人のタケーシャ・メシェ・キザール(Takesha Meshe Kizart)。低音から高音まで、すごい幅の音域をもっているのが彼女の武器のようです。一口にソプラノ歌手といっても、この役を歌える人はそうそういないと思います。
続いて舞台はいきなりギリシャ神話へ早変わり。
トロイの木馬で有名なヘレナ(エレナ)がでてきます。
さっきまでのマルゲリータ役のソプラノ歌手が、ここではエレナ役を務めます。
舞台一面の煙や、実際に火を使って炎上する神殿が見えたり、さらにはワイヤーを使っての空中プレイもありで、演出的にもりだくさんだったんですが、個人的に私にはぴんときませんでしたね、このシーン。
私はもともとゲーテの戯曲をよく知らないからなおさらだったんですが、話の展開がどうも「?」な感じでした。長い長いゲーテの戯曲から部分部分を取り出してくっつけてはつないで、という作業の難しさを感じさせられますね。グノーのように、ギリシャ神話部分は取り除いたほうがシンプルですんなり話がまとまるというのは事実かも。。。

写真は衣裳なしの舞台稽古の様子です。
ちなみにワイヤーで釣らされている黒天使はオペラjrの男の子です。
オペラではこの後、再びファウストの書斎に戻ります。
そこで最後に悪魔の誘いを断ち切るファウストですが、ここの演出は照明と一帯となって好きでした。
ファウストの書斎の壁を作っている板が一枚取り除かれて、バックから強烈な白い光が入りこむのです。すでに合唱団も最初の天使姿に戻ってスタンバイ。
まさに天からさす光が作り出されていました。

合唱の登場とともに壁が取り除かれて天使が姿をあらわします。そしてちびっこ天使たちに追われながら悪魔メフィストフェレが葬り去られてストーリーはThe END。
この最後の大迫力のオーケストラと大合唱の部分で、お客さんは感情をゆさぶられて、さらにホール内の天井からお客さんの頭上にむけ紙吹雪が舞いおり、この一大スペクタクルは幕を閉じたのです。
2000人のお客さんの熱狂はすごく、毎公演5分以上に渡る拍手が出演者に送られました。
はっきり言って大成功の公演でしたね。私は今回のことがなければボイトの「メフィストフェレ」なんて知らないままいたことでしょう。トスカニーニが愛したオペラ。ふんふん、なるほど、彼はこのド迫力が好きだったんですね。
私ときたら、ざっとお伝えしますとか言っておきながら、やっぱりいつものように長くなっちゃいました。
ここで紹介したビデオはすべてもともとゴルニー氏のホームページにあるものです。
彼は今のりにのってるバス歌手の一人で、毎月一本のようなペースですごくエネルギーのいる大作に立て続けに出演されているようです。
えらそうなところが全くなく、とてもフレンドリーで素敵な人だったので、ちょっぴりファンになろうかな。
興味のある方はのぞいてみてください。
http://www.konstantingorny.com/
それでは、この「メフィストフェレス」の舞台の裏をまた追ってお伝えしたいと思います。