2016年7月3日日曜日

数か国語操れなくては、、、と誓う夜

早くももう7月。

モンペリエオペラ座の今シーズンのプログラムも、6月の「Royal Palace (ロワイヤル・パレス)」と「Il Tabarro (イル・タバーロ)」の二本立て公演をもって、終了しました。




Kurt Weill (クルト・ヴァイル)の「ロワイヤル・パレス」がドイツ語、そしてGiacomo Puccini(ジャコモ・プッチーニ)の「イル・タバーロ」がイタリア語のこのプロダクションは、オペラ作品自体がほぼ近現代の難しい楽譜であるだけでなく、演出を務めたのが新進気鋭の若手女性演出家。


私も何度か一緒に仕事がある人なのですが、映画畑出身であり、すごい働き者の彼女が構成する舞台は、細部まで緻密に練られ、計算されています。

いわゆる群像劇を好む彼女は、主役、準主役はもちろん、その他の人にもいろいろな役割を与え、一つのステージ上、あちらこちらでアクションがあります。

歌手にとったら「ただ歌う」だけの舞台ではなくて、演技はもちろん、大道具や小道具を動かしたり扱ったりすることも求められて、常に演技や動作のタイミングを考えなくてはいけません。

そんな負担が大きい内容を求められた歌手たちは、世界各国から集まったすでにキャリアを着実に積み重ねている若手アーティストたち。

音楽的に話すだけでも、難しい二作品です。プッチーニは有名とはいえ、「イル・タバーロ」は話の内容から言ってもあまり一般受けしない作品。決して公演される回数が多い作品ではありません。「ロワイヤル・パレス」に至っては、公演されるのがめずらしい稀な作品。その証拠に今回の公演がフランスでのオペラ公演初ということでした。。

オペラ座の経済難から大物ビッグスターは呼べないという事情もありますが、難しい作品だと、なんでもやる気とエネルギーにあふれる若手の方が適しているとも言えるでしょう。

私はこのプロダクションには舞台裏として関わっただけですが、この舞台の顔ぶれはまさにインターナショナルでした。
フランス第八の都市とは言いながらも、小さい小さいと日ごろ思っているこのモンペリエ。私自身、ここ二、三年は数々の難題、トラブルに追われて、周りを遠く見渡す余裕などなかったのですが、ここへ来て、ほんの身近な、しかも自分の職場で「世界」を感じさせてくれるこのプロダクションがあり、とてもよい刺激となりました。

何よりも、やっぱり数か国語操れないとだめだ!と痛感させられました。

なぜかといえば、単純に、世界各国から集まったメンバーだったので、フランス語だけではコミュニケートがとれない現場だったのです。
例えば、若手有能指揮者のRani Calderon はイスラエル出身。主役のソプラノ歌手は南アフリカの出身。もう一人のソプラノ歌手はロシア人。主役のバリトン歌手はベラルーシの人。準主役のテノール歌手は前に話題にした韓国人のRudy Park。メゾソプラノはブルガリア人。バスの歌手はグルジア出身。テノールにはオーストリア人の若手とフランス人の若手。
衣装デザイナーはドイツ人。
さらにオーケストラを覗いてみれば、ロシア人は複数いて、フィンランド人、スペイン人などがいます。
続いて合唱団を見てみれば、アメリカ人、中国人がみつかります。
さらに舞台裏で私を加えてしまえば、こうして日本人もいるわけです。

今ここに挙げた人だけでも、ざっと15か国から来た人々が集まって、一緒に仕事をし、一つの舞台をつくりあげているのです。
しかもモンペリエという小さな街で。

もちろん、みんな多少なりとも数か国語を操りますが、圧巻は指揮者。彼は7か国語を堪能に話すとのことで、ヘブライ語、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、そしてスペイン語を自在に操られるそうです。目下、ギリシャ語も勉強中だとか。
彼が話すフランス語を聞けば、「堪能に話す」というのが何を意味するかよくわかり、脱帽。発音はもちろん、とてもきれいなフランス語でお話になります。
韓国人のRudy Parkはイタリア在住が長いので、彼にとったらイタリア語が居心地がよさそうです。南アフリカ、ベラルーシ、オーストリア組は、それはもう堪能な英語でお話をされます。
細かい演出の指示を出すには、一つの言語だけではお互いにわかりあえないわけです。
さらには舞台装置の指示などもありますから、モンペリエオペラ座のスタッフも英語でがんばらなくてはいけません。

そのため、現場では、フランス語、英語が飛び交い、さらに舞台袖では、イタリア語、ロシア語も入ったおしゃべりとなっていたのです。

私は前回、「トゥーランドット」でRudy Parkに圧倒されて、人柄に魅了されたとお伝えしましたが、その彼とまた再会することになり、楽しい気分で仕事にいきました。
前回は大きなCORUMが仕事場でしたが、今回はオペラ座コメディ。舞台裏といってもせまいものです。みんなと連日顔を合わせます。
そんな中で、Rudy Parkともすぐに遭遇したので、まずは「アンニョン ハセヨー!」とあいさつしてみました。そしたら前回のことを覚えていたのか、「えー、日本人でしょ!」と返され、私の韓国人なりすまし作戦はあっけなく終わることに。なんせ、韓国語はそれ以外知らないという事実にもいたたたた。隣国の言葉をもう少し知らなくては!

彼は私に日本語であいさつをしてくれるし、私はイタリア語であいさつはできるけれど、
おしゃべりをするには、やっぱりお互いちょっとたどたどしい英語に切り替えないと話が続きません。おかげでまた久しぶりになんちゃって英会話を楽しみました。
連日顔を合わせていると、ますますわかるのが彼の人柄。本当に気のいい、謙虚な、そしてサービス精神旺盛なおもしろい人です。姿は姿で見れば見るほど、「お相撲さん」としか言いようのない風貌です。
私たちは年も近いだろうし、ヨーロッパに来たときが同じ時期ということもあり、そして数少ないアジア人同士ということで、やっぱり自然と親近感がわきます。なんやかんやで互いに写真を撮りあい、終いにはフェイスブックでお友達になりました。

あちらはモンペリエの音楽ファンを圧倒させたスター、こちらはただの舞台裏スタッフ。でもすっかり打ち解けあってしまいました。本人には「ヨン様と呼んで」と言われましたが、あえて親しみを込めて「パクさん」と呼ばせてもらうことにしましょう。

こういうとき、言葉の壁があっても、人間通じるものがあればわかりあえるという面を再確認できてうれしくなると同時に、やっぱりおしゃべりをスムーズにしたり、ギャグをもっとスムーズに言い合うには、英語なり、イタリア語なり、もっとできないとなあと痛感します。
なんせ、今回の舞台では演出が凝りすぎているために舞台装置が複雑で、舞台上に水はあるは、いろいろな空中プレイならぬ吊り下げプレイもあり、ちょっとした事故やらアクシデントが続出。パクさんも数日続きでアクシデントに見舞われました。
最終リハーサルであるゲネプロ中にもアクシデントが起き、お客さんはもちろん、スタッフ、さらにはディレクターも気が動転するような場面もありました。
私は英語で「大丈夫だった?」「痛みは?」「今日も気を付けてよ。」とか言うしかできず終い。コミュニケートはとれても、フラストレーションが残ります。

幸いパクさんはケガにも見舞われましたが、4公演を見事にやり切りました。
他の歌手陣も、みなさん見事なパフォーマンスレベルです。
演目が難しいだけに、連日満席御礼とはいきませんでしたが、見に来た人の口コミ効果で宣伝は広がったようで、最終日のカーテンコールではかなり盛り上がりました。
皆さんのエネルギー、レベル、そして仕事ぶりには、ブラボーと心から言いたくなった公演でした。お疲れさま!

そして23時ごろの帰路の途中、「再び英語とイタリア語の勉強をするぞ!」と誓った私なのでした。

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