先月のとある日、ささやかな20周年祝いをしました。
自分にとって、フランス生活20周年、モンペリエ生活20周年です。
よいこともつらいことも、酸いも甘いも、本当にいろいろとありました。
そんなこんなのすべてが、当初の予定外だったことは言うまでもありません。
日本を出ると決意したとき、何も日本を出てフランスでずっと生活がしたいと夢描いて出たわけでもありませんでした。「ちょっとそこまで」という感覚ではないにしても、日本の外ではどんな人たちが、どんな風に、どんな暮らしをしているのかな?と思って、旅行だけでは見えない部分も見てみたいなと、あくまで「一定期間」を想定して、どこかに行くことを決めたのでした。そして、いろいろ考えた結果、フランスという国を選んで、モンペリエという街を選んで出発したのです。誰かから何かを紹介されたとか、フランスを勧められたとか、モンペリエに誘われたとかいうことは何もなく、若かったころの自分がいろいろと考えぬいた結果、自ら選んだ場所が、ここモンペリエだったのです。
ここでの冒険は、本当にゼロから始まりました。でももともと変に度胸はあるのか、言葉がうまく話せなくても、日本から来たばっかりの自分なんだからこんなもんだと開き直ったところもあって、到着直後からいろいろ自分で開拓したものです。
さすがに、そこから20年も生活することになるなんて、当時は夢にも思っていなかったでしょう。だから人生はおもしろいもんだとつくづく思います。
モンペリエには、在仏30年の先輩、在仏40年の大先輩、そして在仏50年を迎える大大大先輩がおられます。
皆さんいわゆる「フランスに住む日本人」なわけですが、フランス生活で年を重ね、今ある姿を拝見する限り、やっぱり十人十色ですね。人柄や道のり、みんなそれぞれ違うわけですから、現在の生き方もそれぞれです。
大先輩の皆さんは、現在日本国籍の方、フランス国籍の方、第三国の国籍の方といろいろですが、心は日本人と思っておられても、やっぱり社会的にはフランス人だなと思う方が多いですね。国籍の問題、人種的な問題よりも、どんな社会の中で暮らしているかという影響は大きいもので、日本にずっと住む日本人とはかなり違う価値観をもったり、ものの見方をしたりと、自然となっていくものでしょう。
そして、インターネットがある時代にフランスに来た人と、日本に電話もろくろくかけられなかった時代にフランスに来た人では、やっぱりちょっと違いがあります。20周年を迎えた自分は、ちょうどその境目に位置すると思っていて、私よりも後に来て、インターネットがいつでも使える状況にあり、飛行機も以前より気楽に使えて、毎年一度日本に帰ることができる世代の人々には、日本人的な感覚の人が多いように思います。
「フランスに住む日本人」にもパターンはいろいろあると思いますが、最近の世代の人は、「フランスに住んでいる」という部分が強調されるけれど、心も社会的にも割と日本人のままの方が多い感じがしています。
毎年一回とか自由に日本とフランスを行き来しながら年月を過ごしてきたのだから、かれこれ3年、5年日本に帰っていない、いや下手したらもっと長いこと帰っていない、という人とはやっぱり過ごしている時間と環境が全然違いますもんね。
あとおもしろいのは、同じ大先輩の世代でも、世界的都であるパリに40年暮らした日本人と、南仏の地方都市に40年暮らした日本人で、だいぶ雰囲気が違うということです。
日本人の方と出会う度に、その方がどうして今ここにいるのか、その道のりを知るのは興味深く、そして逆に自分はあの時こうだったらもうここにはいなかった、と想像するなどすると、お互いに知り合った不思議を感じずにはいられません。
その後でどんな関係性になろうとも、日本から見れば地球の反対側の一地方都市で出会ったということは、ご縁という言葉以外では説明できないものだなといつも思っています。
そしてここに住むフランス人や他の国出身の人との出会いだって同じです。他の街から来た人、他の国から来た人もいれば、自分が来た後で生まれた人だってたくさんいるわけです。
人との出会いはご縁そのもの。
今日もまた「ごえんのわ」に感じ入る自分でした。
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