さて、私の練習ピアニストとしての仕事ももう終わったわけで、この日何をしていたかというと、実はオペラの字幕操作を担当しました。この仕事はオペラjrとしてではなくて、オペラ座のスタッフとしてです。
どこの国でも、オペラ公演は母国語でするのが基本ですから、最近は字幕を表示して観客が内容を理解しやすいようにしているホールが多いと思います。さらに外国語のオペラに限らず、自国語のオペラにも字幕をつけることも増えてきています。
私もこうして字幕が存在することは知っていたんですが、実は最近までどうやって字幕が表示されているのか知らなかったんです。字幕と言えば、映画をまっさきに思い浮かべるために、なんとなく、今の時代コンピューターで勝手にしてると思いこんでました。それが去年の11月に、モンペリエのオペラ座からロッシーニのオペラ「チェネレントラ」の字幕操作のお仕事の話を頂いて、その時に初めてわかったんです。実はあれ、きちんと担当の人がいて、手で操作してるんです!
まあ、手で手動で、とは言いましたが、もちろんパソコン上のパワーポイントの中にインプットされています。でも字幕の準備の第一作業として、まずは歌詞の原語と訳のバランスを考慮しつつ、音楽上、適切な場所にカット割りといいますか、割りふらなくてはいけません。さらに観客がそれなりに読んでついていけるスピードになるようにも配慮しなくてはいけません。モンペリエのオペラ座では、芸術舞台部門のえらいさんであるJean-Marc(ジャン・マルク)が、直々にこの作業を担当しています。彼は、まず翻訳作業を彼自身が行ったり監修を行ったりして字幕の下準備をします。そして、すべての歌詞がそれぞれふさわしい場所で映し出されるように割りふりを行います。次に、実際に映し出されるときのバランスなども考えて、行構成などを行ってパワーポイントの中にインプットします。こうして字幕の準備はできあがり。
さてここから、オペラ公演での生の音楽にあわせて、的確なタイミングで字幕が表示されるように、パワーポイントを操作する人がやってくるわけです。私の任務はこれでした。簡単に言えば「パワーポイント操作」。しかも、ただマウスをクリックするだけ。正直言って、この話を聞いたときは「なんだ簡単そうじゃん」と思いました。でもやっぱり何事もやってみて初めてわかるもの。
私の初仕事がロッシーニのチェネレントラだったことから、早口ことばのようなレチタティーヴォが満載だということがカギでした。実際に経験して言えることは、「要は集中力」ですね。
では写真と一緒に「チェネレントラ」の時の仕事の様子を報告します。
字幕操作は、客席の中央にある音声ミキサー室で行います。
この小さな小部屋には、もちろん音声さんの機材がそろってます。このときは、ガラスが割れる音とかいった音響効果もあったので、音声担当のクリストフもこの小部屋でスタンバイしてました。
でもここ、実は舞台のまっ正面、特等席でもあるんです。
私がポジションについて前を見れはこの通り。パソコンの向こうのガラス窓から見渡せば舞台が一望できるんです。
そして実際の作業はというと、薄暗い光の中で、楽譜とにらみっこ状態。
楽譜はもちろんピアノ伴奏用。それでもオペラ一本全部となるとすごいページ数ですよね。
ロッシーニの「チェネレントラ」とは、魔法使いこそ登場しないけれど、話の筋はほとんど童話のシンデレラと同じです。メゾ・ソプラノが主役チェネレントラで、彼女の義理の父であるドン・マニフィコの屋敷と、そろそろ花嫁を見つけなくてはいけない王子様の宮殿を舞台にオペラは展開します。登場人物としてはドン・マニフィコと意地悪で見栄っ張りな二人の娘、王子様と彼の指南役である哲学者、そして王子様の家来、合わせて6人が現れます。早口で超絶技巧もりだくさんのパッセージや、二重唱から六重唱までロッシーニ色まんさいの人気オペラでもあります。歌手では、チェチリア・バルトリなんかが得意レパートリーとして人気を博してますね。
この字幕操作、とにかく正しくできてるかは目でスクリーンを見て確認すればいいわけですが、音楽のテンポが速いと楽譜から目を離して確認してる時間なんてない!ロッシーニはだてにロッシーニって名前だけが有名なのではなくて、やっぱりさすがはロッシーニなんです。このチェネレントラも喜劇でオペラ・ブッファというジャンルになりますが、とにかく陽気。そして早口言葉のような速さ。ロッシーニはウケねらいで書いてたんでしょうか。それとも歌手の超絶技巧を追及していたんでしょうか。六重唱の早い部分なんて、ピアノ版の楽譜ですら、1ページにわずか2小節しか入らない。そしてその楽譜をめくる速さの早いこと。一秒ごとにめくっていたような気がする。
写真の楽譜に鉛筆書きの線が入ってるのは、これがクリックすべき印。ところどころスクリーンには何も表示されないブラック部分もあります。
私は日本人ですから、「音楽を聞きつつ、イタリア語の歌詞にも耳を傾けて、さらにそれがフランス語の字幕で映し出されるのを確認して、、、、」という作業は、正直言って頭が猛烈に疲れました。文字通り、脳みそフル回転だったのでしょう。それにこのオペラをよく知らなかったので、仕事の初日にいきなりオペラ全幕に体当たりといった感じでした。このチェネレントラでは、公演が4回がありましたが、私はゲネプロとその前の通しリハから参加して、一応、二回の練習機会をもらって本番に挑みました。初日はとにかく歌手の歌詞にを聞きとるために、全身を耳にして集中したんですが、歌手も毎回微妙に歌い回しが変わったりするものですから、そのたびに「あれ?」とか振り回されてしまったんです。さらに言ってしまえば歌手も人間。歌詞を間違えたりすることもあります。でもその度に歌詞が違うからって「あれ?」と動揺していたらだめなんです。というか一瞬たりとも何かに振り回されてしまうとそこでアウト!ほんとすごいスピードですぐに見失ってしまうパッセージが山ほどだったんです。そのため、オーケストラにしっかりついていくのがポイントだと学びました。3回、4回とこなすと、さすがに長いオペラでも、ちょっぴり息抜きできる部分や、ミスする心配のない部分などがわかってくるので、何もオペラの序曲から最後まで神経はりつめてなくてもいいんだということがわかり、多少楽になりました。さらにちょっぴり余裕がでてくると、合間にとなりにいる音声のクリストフとおしゃべりしたりして、タイミングが悪いと「ちょっと!どこかわかんなくなったじゃんか!」と人のせいにして一瞬あせったりしてました。(笑)
オペラの字幕担当という仕事、普段はたいていどこのオペラ座でも、オペラ座の練習ピアニストがする仕事ということになっています。というのも、ピアニストはずっと練習に参加してきてて曲を知っていますし、オペラ公演当日は仕事が終わって空いてますからね。まさに今回の「L'Indien des neiges」での私。このオペラは私も練習に参加して、楽譜をくまなく知っていたからこそ、字幕操作を担当できたものの、もし知らなくて最後の通しリハでいきなりぶっつけで操作しろと言われたら、難しくていくつかミスをしたことだろうと思います。練習ピアニストのスケジュールの都合で誰か他の人が必要になると、私がチェネレントラでやったように外部の人に声がかかるわけです。人選基準は楽譜読解力をカギとした即戦力とのことなので、やっぱりその点強いのはピアニストでしょう。日本でもそうなんでしょうかね。日本のオペラ界を全く知らないままここにいるので、日仏比較ができません。。。
この仕事を初体験して、意外と学んだおもしろさが、オペラの数回ある公演のそれぞれの違いの発見でした。さすがにオーケストラは日によってできが違うということもそうありませんが、まず歌手のみなさんはその違いが明白。疲れや体調、エネルギーの違いが声にも歌にも演技にも出ます。そしておもしろかったのは観客の違い。おもしろいところでのウケ方、歌手への拍手など反応の仕方、それぞれ日によって違うんです。前にも言ったように、日本でオペラを見たこともなかった私が、こうして一本のオペラを6回続けてみるなんて、思ってもいなかった経験で、いろいろ発見できました。なにより6回通して聴けば、「このオペラを知っている」と多少言えるようになるもんです。
それに今回の公演は演出が現代バージョンとでもいうような、おもしろい設定で掃除機や冷蔵庫、オートバイまで出てきて、一口に同じオペラとは言っても演出によってずいぶんと印象も変わるんだろうなと思いました。ですから、本当の意味で「このオペラを知っている」と言うには、同じオペラをいくつも違った演出で見た、とかでないとまだまだ甘いかな?
この「チェネレントラ」には王子様の従者役で、韓国人歌手のPaul Kong が出演してました。お互い舞台裏ですれ違ってあいさつしてるうちに、アジア人同士の親近感からか、ちょっとカフェに一杯飲みに行くことになりました。話していると私達は年齢もほぼ同じで、彼の方が少し前からフランスで生活しているとのこと。マルセイユのオペラ研修所で学んでから、各地のオペラに出演してがんばっているそうです。しかもなんと4年前にはオペラjrのオペラにも出演したというではないですか。意外なつながりで話もはずみましたが、なんといってもお互いアジア人の仲間意識でうれしかったのでしょう。彼が言うにも、フランスのオペラ界でアジア人と遭遇することは本当に滅多とないとのこと。特にオペラ歌手の場合は、役と関係した容姿も少なからず関係するので、仕事を得るのは本当に簡単じゃないと言ってました。それでも「チェネレントラ」でのKongさんは、そのバリトンの声も、超絶的な技巧も、さらには演劇的要素も、どれをみてもはまり役といった感じで、観客の声援もひときわ大きかったし、アーティストの出口でわざわざKongさんを待っていた人もいたぐらい、存在感大でがんばっていまいした。各地で歌っているといるけど、モンペリエが気に入って家族でモンペリエに住んでいると言っていたから、またいつかすれ違う機会もあることでしょう。
こうしていろいろな出会いも運んできてくれる新しい仕事体験。これからも大歓迎です!
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