2008年7月19日土曜日

音楽三昧 3

16日の水曜日の夜は、ピッツェッティ作曲のオペラ「フェドラ」が演出なしのコンサート形式で演奏されました。オペラjrの子供たちも合唱に参加するので、私も準備に参加。本番も舞台袖で第三幕だけ聞かせてもうこととなりました。

ピッツェッティと言っても、今日日本でこの名前を知っているのは音楽専門家、音楽関係者か、よっぽどのクラシック音楽ファンだけだと思います。イルデブランド・ピッツェッティ(Ildebrando Pizzetti 1880-1968)はイタリア近代の作曲家で、 だいたいプッチーニやマスカーニと同年代に活躍した人です。後進の指導にも熱心で、ミラノ音楽院での生徒の中には、映画音楽で有名なニーノ・ロータがいました。
先日お伝えしたように、モンペリエオペラ座とオーケストラのディレクターであり、ラジオフランスのフェスティバルも指揮しているルネ・クーリング氏は、忘れ去られた作曲家や作品をとりあげるのに熱心で、この「フェドラ(Fedra)」もそういった趣旨でプログラムに組まれたわけです。

この日の演奏はモンペリエナショナルオーケストラをバックに、ラトビア・ラジオ合唱団とオペラjrのChoeur d'enfantsが加わり、フェドラ役のハスミク・パピアン(Hasmik Papian)など世界のトップアーティストがソリストとして歌いました。
仕事でこういう舞台に関わることで見えてくるのが、一流ミュージシャンの舞台裏の顔です。今回も練習に参加することによって、意外な姿や態度とか見ちゃったりしましたが、まあ裏事情をばらすのもなんなので控えておきます。




この写真は舞台での合同練習風景ですが、この少し前に、また思いがけない新しい出会いがありました。オペラの準備に必要不可欠な人というのは、指揮者に次いでコレペティというピアニストです。フランスではシェフ・ドゥ・ション(Chef de chant)といいますが、ソリストの歌手たちの準備、練習につきあい、アドバイスを与え、指導までしてしまうすごい職業なんです。なんとこの「フェドラ」のコレペティとして、日本人ピアニストが来てたんです。日本とイタリアで活躍しているTさんです。指揮者と合唱だけの練習のときに顔を合わせ、私は「あ、アジア人だ!」と思っていたら、向こうから「日本人のピアニストがいるって聞いてたんです。」と声をかけてくれました。実は今モンペリエオーケストラには日本人ヴァイオリニストのYさんがいて、この「フェドラ」には日本人女性三人が参加していたんです。モンペリエという土地でこうして出会うのも何かの縁ですよね。Tさんは10日ほどモンペリエに滞在中で、私と出会ったのはもう本番間近の後半でしたが、知り合ってからの数日間、食べに行ったり飲みに行ったりしてご一緒しました。普通オペラの準備というのは3週間から1か月かけてするものですが、フェスティバルとかでは準備時間がそんなに持てません。今回のこの「Fedra」も、まあ演出なしの舞台ではあるけれど、実際には2週間もないくらいで仕上げられたんです。しかも知られていない作品で近現代。ややこしいに決まってます。そんなコンディションでのコレペティという大仕事。Tさん、ほんとお疲れ様でした。本番前まではいろいろと心配もあったけど、本番はさすがにまとまりがあって、観客もブラボーが飛び、いい反応。若手のトップを行くイタリア人指揮者のエンリケ・マッツォーニも、本番後は笑顔になってよかったよかった。

オペラjrの子供達はどうだったかというと、彼らは第三幕だけの出番。本当は40人必要な舞台だったけど、プランニングの連絡が遅かったことなどもあって、大部分の子がバカンスに出てしまったあとということになり、たったの28人が参加。歌う部分はほんの少しだけど、コーラスとのアカペラ部分だったりして、これまた簡単ではない。しかも子供達はいつも暗譜で歌うので、今回のコンサートも、オーケストラ、ソリスト、合唱団とみんな楽譜ありで演奏の中、子供達は楽譜なしでよくがんばりました。

このコンサートをもって、2007-2008年度の彼らの活動はすべて終了となるので、これで晴れてバカンスです。みんな本番前に記念撮影をしてました。

私はついでに今年度の最年少者で新人のコンビをパチリ。

前にも紹介したナセルとソフィアンです。彼らはまだ9歳。大舞台もこの日が初めてでした。こんな小さな彼らも経験を積んで少しずつ頼もしく成長していくことでしょう。来年を楽しみにしたいと思います。

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