2009年10月3日土曜日

二人はライバル イタリアのマエストロとフランスのマエストロ

久しぶりに7月のラジオフランスのフェスティバルのネタです。今日は「C'était Marie-Antoinette」の音楽面での裏話をちょっと。

このスペクタクルで指揮を務めたのは、イタリアバロック音楽の第一人者 ファビオ・ビオンディ氏。彼は1961年シチリア島のパレルモ生まれ。幼いころからヴァイオリニストとして才能を発揮し、1990年には古楽器のアンサンブル集団 Europagalante ユーロパギャラウントを立ち上げました。


サイトはこちら http://www.europagalante.com/

彼らはイタリアバロック音楽のレパートリーの新しい解釈などを取り入れた演奏で、いろいろな賞をもらっています。

一方、このスペクタクルのためにオーディションをして結成されたコーラスをまとめるChef de choeur (合唱指揮)を務めたのが、フランスバロック音楽の第一人者 エルヴェ・ニケ氏。前にこのブログでも日本では「鬼才」として紹介されているエピソードをお伝えした人。

1957年生まれのフランス人。ピアノ、チェンバロ、オルガンというあらゆる鍵盤楽器をマスターし、声楽もマスターし、作曲もし、パリ・オペラ座のコレペティとしてキャリアをスタートさせた方です。実際に歌手としてWilliam Christie ウィリアム・クリスティが率いる有名なバロック音楽集団 Les Arts Florissantsに参加していたこともあります。

ニケ氏はフランスバロック音楽の研究と復興のためにバロック楽器のアンサンブルとコーラスを立ち上げました。1987年に結成された彼のグループを Concert spirituel コンセール・スピリチュエルといいます。

サイトはこちら  http://concertspirituel.com/

このグループもいろいろな賞をもらっていて、ニケ氏の活動は音楽学観点からも様々な賞を受けています。2年前にグループ総動員で日本公演を果して、かなり話題になったようですね。

さて、この二人は年頃も似ていて、それぞれイタリアバロック音楽に活動を捧げたイタリア人とフランスバロック音楽に捧げたフランス人ということで、音楽界でのポジション取りがどうも似ていますよね。
最初私は、ビオンディ氏の指揮のもとでニケ氏が合唱指揮を務めると聞いた時、正直驚きました。で、二人は同じ分野で活躍する友人同士なのだと私は勝手に解釈をしておりました。

そしたらそんな話ではなくって、誰かがニケ氏にかなり無理やり頼み込んだということらしいのです。その誰かというのはきっと王様K氏のことでしょう。

で、普通に私たちが想像できるように、この二人は友人同士ではなくってライバルということになりますよね。
そんな二人が公演の総指揮と合唱指揮というポジションでともに働くというのは、どうもデリケートな話です。
二人とも超多忙な人たちだし、練習のスケジュールの面でも嘘か本当かは知りませんが二、三、あまり穏やかでない発言を裏で聞いたりもしました。

そんななかで私はというと、まず、コレペティさんの代わりにダンサーたちの練習ピアニストを担当することになり、照明さんのセッティングの練習も担当することになったことは以前のブログでお伝えしました。
しかし練習が進んでいくと、合唱の練習ピアニストも必要だということでそれも頼まれました。
つまりニケ氏のもとでのお仕事です。彼とは5月に一緒に仕事をした時に好感触だったので、厳しくて有名なニケ氏ですが、あまりドキドキすることなく練習の日を迎えました。逆に私がドキドキしていたのはニケ氏とビオンディ氏の関係だったりしました。

多忙なニケ氏は本番3日前の日曜と月曜の二日のみだけの参加。
日曜日が一日中、合唱のみの初めてであり一回きりの練習。月曜日がオーケストラ、合唱、歌手、俳優、ダンサーすべてが初めてそろっての通しリハーサル。この二日間だけでニケ氏は合唱をまとめあげました。

日曜日に私が練習会場にいくと、ニケ氏は「あれ、僕達を監視しにきたの?」と冗談をいいましたが、私が伴奏ピアニストとして雇われていたことは知らなかった様子。
「最初は僕がピアノ弾くから」と言って練習が始まり、初顔合わせで初練習でこれっきりという練習が行われました。

途中、舞台の方でオーケストラとの練習を終えたビオンディ氏が顔を出しに登場。
私が勝手に心配してた二人のマエストロの関係ですが、やっぱりここは大人でプロ。こんなところでライバル光線なんてとばさないし、二人とも相手の仕事を尊重してのやりとりでした。
月曜日にはニケ氏が「合唱はいい出来にまとめておいたから。ちょっとフランス流の香りをつけておいたけど、後は君が変えていいよ。」と言って別れを告げ、ビオンディ氏は「サポートと協力ありがとう。」とお礼をいう。

ニケ氏がたったの二日で合唱にテキパキと的確な指示を与えてまとめあげたところはさすが。実は私、彼の指揮のもとでピアノを弾くために雇われたんですけど、ピアノの腕も一流なニケ氏は、日曜日の練習の間、ずっとピアノに座ったままで作業を進めました。
メンバーで私一人がこれまでの舞台稽古に参加してきていたので、音楽のカットやそれぞれのテンポについて知っているのは私だけ。で、私はニケ氏の横に座ってえらそうにテンポなどの指示を与えておりました。私たちの練習の様子を、オペラ座のプロダクション・ディレクターであるKが見に来たんですが、私が全くピアノを弾いていないのを見た彼女には、あとで「leonardo 、テクニカル失業してたわね。。。」と一言突っつかれてしまいました。
ピアニストとして契約を交わしてお給料も頂いておきながら、まったくピアノに触らなかったことで、私はちょっと気がひけていましたがそれ以外は全く問題なくって、むしろ楽ちんでラッキ~ってなもの。ところがニケ氏はたいそう気にして、「自分がピアノに座りっぱなしでごめんね~。欲求不満になったでしょう。でも時間があまりなかったから、こうした方が効果的にできるもんだから。。。」と謝られてしまいました。「いえいえ全然気にしないでください。おかげで楽にさせてもらいましたから。」

実際、ニケ氏のような人の仕事ぶりをすぐ横で見ているだけでもとても勉強になるものです。それを私はお給料をいただきながらしてたなんてなんてラッキーな話。

さて、ニケ氏は本番を待たずして立ち去り、ゲネプロと2回の公演が残されました。で、ニケ氏は去り際に「三日とも、公演開始の一時間前に合唱のraccord (最終調整チェック)をleonardo やっといてくれる?」と言ってきて、事務の上の方とも話をつけて確定。
なんちゃってピアノ弾きの私ですが、ここはそれこそなんちゃってで合唱指揮という名目でraccord を任されることになっちゃいまして、契約もとりかわしました。
そうなると正直、「どうしたらいいかな?何を言ったら効果的かな?」と考えてしまいます。そこで私が考えたのはビオンディ氏の意見、意向を確認するということ。
ゲネプロが終わった後、彼の楽屋にのこのこっと出向いて、「ニケ氏はもういないので、私が後の調整をまかされました。何か気になったところや手直ししたいところはありますか?」と質問しました。すると彼は「すごくよかったよ。全体的にはもうほぼこのままでいい。2、3だけちょっと確認しておきたいことがあるけど、ほんの小さなことだよ。」と言うので、「明日、私たちは本番前にraccordをするんですけど、よかったら、、、。」と私が促すと、「パーフェクト!じゃあ僕も顔を出すよ。」と言ってくれました。

というわけで、公演初日はビオンディ氏の指示を直接あおぐことができました。
二日目は私が私なりに思ったことをいい、何箇所かちょっと確認して、任務終了!
って、本当に私みたいなんがこうして仕事させてもらって恐縮です。。。勉強しないといけないことが次から次へとくる。。。

でも合唱の出来はかなりよく、ニケ氏がオーディションをしてこの公演のためだけに集められたメンバーでしたが、彼もご満悦。よかったよかった。

こんな感じで、私にとっての「c'était Marie-Antoinette」は終わりました。

舞台セットや照明、衣裳に演出のスカルピタ氏独特の世界があふれていて、「美しい」舞台でした。
でもこの「C'était Marie-Antoinette」の舞台にかかわって印象に残ったことの一つが指揮者ビオンディ氏の人柄。

彼はシチリア人だからなのか、若くして世界を見てきた人だからなのか、とてもおおらかなんです。正直言って、音楽の世界で一流で活躍するミュージシャンでこういった感じの穏やかさをもった人にはあまり出あったことがありませんでした。すっかりファンになってしまったチッコリーニ氏のような人ともなると、やっぱり年齢と経験がありますから、穏やか人も多いですが、働き盛り、活動しまくりの年齢の人で、このビオンディ氏のようなおおらかさはめずらしいと言っていいでしょう。
的確で鋭くありながらも、彼は常に共演者、相手の立場を尊重し、話しあいももつことができる人でした。指揮者だけでなく、皆をまとめる立場となると、どうしても自分の考えを主張する面ばかりが目立つ人が多いものです。それはなにも批判的なことではなくって、皆を統率しないといけないのだから必要なことなのです。
でもビオンディ氏のスタンスからはもっと「分かち合う」というメッセージがあふれていたように思います。

彼の人柄からインパクトを受けたのは私だけではなくて、歌手や合唱のメンバー、照明や舞台マネージャーたちスタッフからも「彼のあの人柄といったら!」という称賛の声がたくさん聞かれました。

本番終了後、舞台裏ですれ違ったので「ブラボ~!」と私が声をかけると、「協力ありがとう。ほんとに。メルシー!」といってビズされました。いやー、私なんかにも感謝してくれて、私の方は「あなたのもとで仕事ができて光栄でした。」という気持ちでいっぱい。
私には貴重な出会い、貴重な経験となったのです。

この公演についてのメディアの反応がテレビや新聞で出ていましたが、つい最近になってFrance3のビデオを見つけました。もともとはFrance2 で番組をもうけるという話でしたが、私の知るところ、まだ放映はされていないようです。
次のビデオを見ていただくと、ゲネプロのときの舞台の様子が見れますし、スカルピタ氏やビオンディ氏のインタビューも入ってます。ビオンディ氏はイタリア人ですがフランス語を流暢に話します。彼の顔つき、話し方から彼の人柄が感じ取れるのではないかと思いますので、どうぞのぞいてみてください。

http://culturebox.france3.fr/all/13441/Natacha_R%E9gnier_est_Marie_Antoinette_pour_Jean-Paul_Scarpitta/?utm_source=player_embed&utm_medium=player_embed&utm_content=player_embed_legende&utm_campaign=player_exportable#/all/13441/Natacha_Régnier_est_Marie_Antoinette_pour_Jean-Paul_Scarpitta/


その他、写真や記事を見つけたのでここに貼っておきます。

フィガロ紙

http://www.lefigaro.fr/theatre/2009/07/31/03003-20090731ARTFIG00279-natacha-regnier-le-grand-theatre-de-marie-antoinette-.php

クラシック音楽のサイト

http://www.classiquenews.com/ecouter/lire_article.aspx?article=3111&identifiant=2009827NH7V66KTIYAN94MDZI4AE6LM8

2 件のコメント:

joku さんのコメント...

これはまた貴重な裏話をありがとうございました。
ニケとビオンディが夢の共演!と思っていましたが、こんな事情だったのですね。

leonardo さんのコメント...

どこの舞台でも劇場でも、誰と誰が共演するかというのは、やっぱり上の方が決めるようですね。
でもこの二人の共演はとっても贅沢なものでした!