その方はジェラール・ドパルデュー。
© M.Ginot
1970年から今日にいたるまで、トリュフォー作品など数多くの映画に出演し、好き嫌いはともかくフランス人なら誰もがみとめる歴史に残る名優です。フランス映画をあまり知らない日本人でも、彼はハリウッド映画にもかなり出ているので見たことはあるでしょう。私が記憶しているところだけでもアメリカ映画に「コロンブス」や「鉄仮面」などがあります。
昨年、30代の若さで亡くなった個性派俳優ギヨーム・ドパルデューは彼の息子。
絶大な影響力を持つ父と強い個性をもった息子の間の確執は絶えず、マスコミが喜ぶような話には尽きませんでした。でも、さらなる活躍が期待されていた息子を突然失い、ドパルデューの失望憔悴の様子は周囲の人々から伝えられています。
この日のプログラムで、ジャック・オッフェンバックが作曲した劇音楽が演奏され、そのナレーション役として4人の俳優さんが出演したのです。
軽くて楽しいオペレッタで有名なオッフェンバックですが、「La Haine」(恨み)というタイトルでサラドゥVictorien Sardouが書いたイタリアルネッサンス時代の混乱の時代を舞台に描かれた演劇のために音楽を作曲したのです。この劇作家サラドゥは「トスカ」の作者でもあります。作曲されたのは1874年のことで、全曲とナレーションが演奏されるのはこれが世界初演。まさに隠されていた作品がよみがえるという感じですね。
出演する4人の俳優さんの中には、ドパルデューだけでなく、もう一人の大物がいます。それはファニー・アルダン Fanny Ardant。 こちらもフランス人なら誰もが知っている大女優。低い声が個性的で迫力のある、とても味のある語り方をする俳優さんです。彼女も出演した映画作品は数知れずなので、フランス映画ファンの人なら必ず知っていますよね。
ドパルデューも今年60歳。そしてなんとアルダンも同じ60歳。ですが、すらっとひきしまった姿はとても若々しくきれいで、「あ~、これが女優スタイルとでもいうものか、、、」と思い知らされました。サングラスをかけているとまるで40代後半の人に見えましたから。
あとの二人もドイツ人とフランス人の名前の知れた個性派若手女優さんたち。
プログラムの前半にはグルリットManfred Gurlitt の「Trois discours politiques pour baryton, choeur d'homme et orchestre 」(バリトンと男声合唱とオーケストラのための三つの政治演説)(1946)が演奏され、休憩をはさんだ後半に「La Haine」が演奏されました。
私は前半の「三つの政治演説」の字幕操作を担当したので、前日の練習から参加。
土曜日の朝9時半から練習が始まったのですが、王様ドパルデューはアルダンと共に11時頃御到着。
ブログでもおなじみの演出家スカルピタ氏はドパルデューの親友と自称する人で、いつもはトップの座につくスカルピタ氏が、まるでドパルデューとアルダンの付き人であるかのように、かいがいしく付きまとわって登場。
まあ、「親友」というのも嘘ではなくて、昨年息子ギヨームをなくしたばかりのドパルデューとともにクリスマス休暇を過ごし、悲しみを共有しているので、実際にとても親しくしているようです。
この土曜日の朝の練習は、彼らが遅刻してきたために、オーケストラは一通り通したけれど俳優のメイン二人は大したこともせずに終了。
私は午後の仕事の前にお昼を食べるためにそそくさと出て行こうと急いでいました。
すると、CORUMの出口のところで階段を下りて行った私と、エレベーターを使って降りてきた彼ら御一行がはち合わせ。
大物の御一行ではあるけど、何げにスルーっと通り過ぎていこうとすると予定外に声がかかりました。
「Ah~ leonardo !! 」
振り向くと声をかけたのはスカルピタ氏。
ご機嫌がいいのだか、私の手をとって 「Ça va leonardo ?」と言ってきてくれました。
「ええ、元気ですよ。ありがとうございます。あなたは?」なんて聞き返しているうちに、スカルピタが大物御一行にむかって、「見てみて!彼女は僕のコレペティなんだ。leonardo。」と私のことを紹介してくれちゃいました。私も調子が狂いますが、「どうも~、Bonjour ~」とごあいさつ。するとドパルデュー氏もアルダン氏も「あ~、コレペティか~。Bonjour !」 ととてもにこやかな笑顔で返してくれました。
続いてスカルピタ氏が「彼女は日本人だから『ありがとう』と言わないといけないんだ。」とかなんとか言うもんだから、ドパルデュー氏も「そうそう、『ありがとうだ。』」とかいい、やっぱりフランス人は日本のことたいして知らないよな~と感じながら手を振ってお見送りをしました。
こんなふうに世界的大物とあいさつをしている自分がおもしろいもんだと、てくてくと自宅までのわずか徒歩10分の距離を歩きながら思いました。
実は私が実物のドパルデューを見るのはこれが3回目。彼はスカルピタ氏やクリング氏とのつながりもあって、モンペリエのオペラやオーケストラに度々出演しにきているからです。だから私がモンペリエに来てからこれがすでに少なくとも3回目か4回目。
彼はこの地方にいくつかの大きなワイン農園を経営しているし、モンペリエの街に立派なアパルトマンを持っているとか。
彼は間違いなく名優ですが、大物すぎて、そして実際の体格が大きすぎて(あの胸囲は驚異的ですよ、ほんと)、正直言って遠目に見ているとあまり素敵ではないんです。といってもファンの方には怒られますが、彼は今さら緊張するとかってことはないだろうし、リラックスしているってこともあって、練習中の舞台上での立ち居振る舞いがあまりスマートで素敵というタイプではないんです。
が、このとき「Bonjour !」といって見せてくれた笑顔はとても自然で、さわやかと言ってもいいくらいの好感のもてる笑顔でした。となりにいたファニー・アルダン氏もサングラス越しではあったけれど、とても若々しくてキュートな笑顔でした。
世界に名をはせるスターたちの一瞬の表情に「おや、やっぱり意外と素敵?」と思ったもんです。
さて、翌日の日曜日は14時から通しリハーサル。
このときは報道陣の数も結構いて、テレビ局と新聞関係者が撮影するなかでのリハーサルとなりました。
ドパルデュー氏とアルダン氏は終始にこやか。
休憩中には写真攻撃にあうドパルデュー氏ですが、とても快く応じていました。
関係者しかいないはずの会場ですが、この写真に写っているお姉さんは、どうもいても部外者。きっと芸能関係かなにかの人かしら。。。
このコンサートには例のラトヴィア・ラジオ合唱団がまたも出演していますが、彼らにとってもドパルデューは大物スター。合唱団のメンバーもかなり熱心に写真をとっていました。
ファニー・アルダンの立ち姿ですが、年齢を感じさせないきれいな足でまいっちゃいますよね。 て、おじさんみたいなこと言ってますが、本当にきれいでした。
このリハーサル中、実はまるで喜劇のようなシーンが何度も見られました。
というのは、世界初演の作品ですから、CD発売されるかどうかはともかく、録音して記録に残したい指揮者さんはかなりナーバスになっていて、時間もあまりないことですから、「とにかくみなさん静かにしてくださいね。録音してますから。」と何度も何度も言っていた。
それなのに、舞台と客席の間をいったりきたりするスタッフの数は知れず、そのたびに足音や、椅子の音、床がきしむ音、ドアの音が響き、指揮者はどんどんナーバスになっていきました。音がするたびに、指揮をしながらも客席に振り返って怒っている指揮者。しかも、一番動きまわっている人というのが王様クリング氏とスカルピタ氏。
スカルピタ氏は、舞台の上のドパルデューとアルダン氏がいかに美しく見えるかということに気をまわしていますから、照明の具合だの微妙な椅子の向きだの、まるでスタイリストかマネージャーかと思う割れるほどあれこれと気をつかいます。
そしてクリング氏はクリング氏で、「字幕がよく見えないぞ!」と言ったり、「照明の具合がよくないぞ。」と言ったり、なんやかんや言って 動きまわる。
ついに指揮者もぷっつんきて、「ありえない!」と怒る。
そして真剣勝負の通しリハーサルができないとわかった彼は、結局、何かあるたびに演奏を中断して、最後の指示や注文をミュージシャンにつけはじめました。
そうなると、スカルピタ氏はとまらない。クリング氏の耳元であれやこれやと言って、ついに王様も了承。二人して大手を上げながら指揮者に演奏を止めさせました。
王様を前に指揮者もぷっつんしてますが、どうやらスカルピタが譜面台のせいで彼らの顔が見えないとクレームをつけたよう。王様とスカルピタ自らが4人の譜面台を取り除き始めました。
そんなこんなで演奏は中断しまくり。
音がしないように万全の注意をしている他の人たちも、気をつけているのに間の悪いタイミングで椅子がきしんでしまったり、ドアの音が遠くからひびいてしまったり、ぷっつんきてる指揮者を思うと、みんな失笑してしまわざるを得ないコメディー状態でした。
さて、本番は日曜日の夜20時。
私は前半しかお役目がなかったので、休憩中にホール内に潜入して後半はゆっくりとお客さんにまじって演奏を聴きました。
オッフェンバックの音楽が、まるで今日の映画音楽のようになじみやすく素敵で、私はとても気にいりました。そしてやっぱり名優たちのナレーションには迫力があります。
演奏終了後、鳴りやまない大拍手に迎えられて、ドパルデューたちも長い間聴衆に応えていました。
さて、コンサート終了後、舞台裏から帰ろうと通りかかったら、やっぱりドパルデューたち目当てで控室に向かう人は多い。
しかも、一応一般のお客さんは立ち入れないことになっているので、舞台裏までやってくるのはなんらかの関係者。オペラやら舞台の世界で働く人々にとっても、やっぱりドパルデューとアルダンは特別な大物。ついついみんなミーハー行為い走っちゃうんですね。
私は特別にファンではないし、「昨日挨拶してもらったし、まあ楽屋にまで行くことはないや。」と思って帰ろうとしたら、そこへ私もちょっと加わってる「C'était Marie-Antoinette」のチームがそろって登場。「Ah~ leonardo !」と言いながら、みんなすっかりミーハーな表情でドパルデューの楽屋に向かっていきます。
「あ、それなら私も!」と彼らの後をついていった私。
そしたらかなりの人が順番待ちをしていました。
ま、待つのはもういいやと思って、写真だけパチリ。
本番の直後だけど、二人とも心よく対応しているところが印象的でした。
そしてやっぱり笑えるのはスカルピタ氏。
今日の彼はまるでマネージャーのよう。もう離れません。でもそれは聴衆よりも誰よりも、きっとスカルピタがファニー・アルダンの美しさと演技力にほれ込んでるからなんでしょうね。
こんな感じでフェスティバル7日目が終わりました。
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