御年83歳のピアノの巨匠、アルド・チッコリーニ Aldo Ciccolini のピアノソロのコンサートです。
彼もフェスティバルには毎年、普段のシーズン中のモンペリエ・オーケストラのコンサートにもかなり来ているので、モンペリエの音楽ファンには親しみのある人。ナポリ生まれのイタリア人ですが、フランスに帰化しています。ドビュッシーやサティなど、20世紀のフランスピアノ音楽を熱心に演奏してきた人です。彼にとったら、彼が若い時にまだ現役で活躍していた作曲家たちですもんね。本当のコンテンポラリーだったわけです。
でも何がすごいって、83歳で現役だということが素晴らしい。
行きたい行きたいと毎年気にかけながら、やっとのことで生の演奏を聴けることになりました。しかもフェスティバルが始まってすぐに、招待券をお願いして頂いた2席。二階バルコニー席の最前列。特等席です。
コンサート開始のアナウンスでは、「体調不良にもかかわらず、このコンサートを行ってくださるチッコリーニ氏に感謝申し上げます。」と述べられました。
そうなんです、今日の彼は肺炎を患っていた病み上がりかまだ病の真っただ中なのか、ラジオのコンサート中継生放送を本人がキャンセルしてくれと頼んだほど。
舞台に現れた彼は、83歳という年を感じさせるし、あまり体調万全というわけではなさそうな様子でした。Corum の大ホールSalle Berlioz の大きな舞台の真中に置かれたグランドピアノまで、結構距離があります。
マエストロはおじいちゃんらしく、おっちらおっちらとゆっくり歩きます。
でも、演奏が始まるともう83歳のおじいちゃんはどこにいるのか。とっても軽やかで優しい音でモーツァルトのソナタを二曲弾いてくれました。
一曲目は子守唄とトルコ行進曲で超有名な11番。二曲目は私が高校時代に試験の課題曲で勉強した13番。
おじいちゃんは無駄な動きや無駄な過剰表現なんか一切なく、でもとっても若々しいなめらかなピアノを弾いてくれます。
そして演奏後には、大きなホールに観客に向かって、3方向にそれぞれ律儀にお辞儀をしてくれます。
この前半二曲で観客はすでに感無量。
熱心なファンなのでしょう。一回席のステージ前にすわっていた女性が花束を手渡そうとスタージ下まで歩み寄りました。おじいちゃんはトコトコトコとゆっくり彼女に歩み寄って花束を受け取りました。
とってもあたたまる光景。
これを持って第一部が終了。
20分の休憩をはさんでからはプログラム変更にともないドビュッシーのプレリュードでした。
すごい俊敏な動き、時にはとっても華やかな音。そしてとにかくなめらかなんです。
もう観客は大感動。83歳のおじいちゃんの演奏とは思えない若々しさに衝撃を受けてます。
しかもこのプログラムを当然のように全曲暗譜で弾いてくれました。
暗譜で演奏って、私ももう久しくしていません。。。
脱帽です。
そして「Simple is best 」で正解だと教えてくれる彼の演奏。
表現を誇張する身体の動きはまるでなし。ビジュアル的に過剰な表現はゼロ。
そんなのなくたって音が語ってくれますからね。
私はこれまでにそんなに数多くのクラシック音楽のコンサートに行ったわけではないのですが、今日の彼の演奏にはドカ~んとやられてしまいました。もう感極まるとはこのこと。生まれて初めて、2000人のお客さんがいる会場で真っ先にというタイミングで立ち上がってしまいました。
スタンディングオベーション。
私だけじゃなくて、あちらこちらで誰からともなく立ち上がり、大部分の人がスタンディングオベーションで拍手喝采を送りました。
はっきりいって、83歳のこのエネルギーあふれる演奏の後で、イスに深々と腰かけたまま拍手を送るなんて「失礼だ!ありえない!」という私のとっさの自然な反応でした。
私の感動具合も今までで一番に達していますが、会場の拍手の熱烈さも今までで一番かも。
そこからはみんなの感動はもちろん、83歳という年齢の彼の演奏への驚嘆で敬意があふれているように感じました。
大観衆に応えておじいちゃんはすぐさまアンコール曲を弾いてくれました。
恥ずかしながら私の知らない曲でした。限りなくショパンのスタイルに近かったのですが、聞いたことがなかった曲でした。ここでマエストロの音はさらに透明感をまして、力強くもあり暖かくもあり。プログラムにあった曲の演奏よりももっと若々しく調子にのっている!
これで観衆はもう大感動。
スタンディングオベーションとブラボーの嵐で、マエストロにお礼を伝えます。
するとするとマエストロは次のアンコール曲に向かってくれました。
私も大好きなグラナドスの曲。
スペインの色が最高。観客はますます引き込まれて、割れるような拍手。
スタンディングオベーション。
そしてそしてなんとマエストロは親指を立てて、「イエ~イ」のサインか、それか「あともう一曲」のサインか定かではありませんが、またすぐにピアノに向かって3曲目のアンコール曲を弾いてくれました。
おじいちゃんはもう肺炎もなんのその。なんてサービスぶり。
自分のピアノでの演奏と観客の喜びようを見て、すっかり元気になったのではないでしょうか。
3曲目のアンコール曲のあと、2回もカーテンコールに応じてくれて、コンサートは終了しました。
大感動してスタンディングオベーションで手が痛くなっても大拍手をする私の隣で、友人のAさんは座ったままだったけれど、高校生になるまで真面目に熱心にピアノを習っていた彼女が言いました。
「この世のものとは思えない演奏だった。。。。。」
楽屋にいって握手してほしかったけど、おじいちゃんには休んでもらいたい気持ちもあって楽屋侵入はしませんでした。
今日のコンサートで胸打たれたのは、チッコリーニの演奏とともに、彼と同じくらいの年齢であろう杖をついたおじいさんが、その杖を振りかざすようにして大きな拍手を送ってる姿。
83歳でも現役でいられる人はこの世にそうとはいない。ましては83歳で演奏現役のアーティストはそういない。 しかも「現役」という名で演奏をする巨匠はいるとしても、楽器演奏は肉体的能力によるもので、どうしても年とともに衰えるものだと思っていました。でも83歳のチッコリーニは、衰えるどころか正確なタッチで生き生きとした演奏をしてくれるのです。
今夜のマエストロは80歳の観客にも元気を与えただろうし、20歳の若者にも元気を与えたことでしょう。
普段、仕事で取り組んでいる最中以外、クラシック音楽のことを口にすることがめったにない私、人の演奏がどうだとかめったに口にすることがない私ですが、感想を述べずにはいられないコンサートでした。
いろいろな環境、状況が重なってか、チッコリーニは日本での知名度があまりないように思います。ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、リヒテル、グールド、などなどスーパースター級の今はすでに亡くなった巨匠たち、アルゲリッチ、ポリーニ、アシュケナージとか、今も活躍中のスターたちも含め、名前を挙げだしたら何人か出てきます。ファンにも好き好みはあるでしょうが、みんな知名度が高いです。彼らと比べると、チッコリーニの名前は日本ではメジャーではないように思います。
でも、この高齢にかかわらず、まだ来日コンサートの予定があるのならば、皆さんにぜひぜひお勧めします。アルド・チッコリーニ。
私も何がよかった、あれがこうだったとかタラタラと語るつもりはありません。聴くしかありません。彼の演奏が生で聞けるチャンスがあるなら、本当にチャンスを逃さずに聞きにいってみてください。
今晩のコンサート、きっとこれからずっと心に残るであろうコンサートです。
2 件のコメント:
LEONARDOさま
はじめまして。
チッコリーニ氏を検索して、こちらに行き当たりました。
今夏のマエストロの演奏をお伝えいただき、とても嬉しいです。
私はこの十数年、マエストロが数年間の来日ブランクの後、頻繁に来日されるようになって以来、ほぼ全ての公演に、万障繰り合わせて足を運んでおります。
この数年で、ようやく日本でも氏の真価を知る方が増えました。
2010年3月に来日公演がありますので、今からそれは楽しみにしております。
今後も現地でのマエストロの活動に触れられましたら、ぜひブログ上でお知らせくださいませ。
よろしくお願い致します。
ゆりしーずさん、こんにちは。
チッコリーニつながりでコメントをしてくださってありがとうございます。
最近知ったことによると、7月のこのコンサート当日、チッコリーニは40度の熱があったにもかかわらず、演奏してくれたのだとか。
年齢のことといい、彼の内なるエネルギーに恐れ入っている私です。
私の方も日本でのコンサートの様子や日本の聴衆の反応にも興味がありますので、よかったら次回のコンサートのときなど、様子をおしえてください。
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