このフェスティバルでは、モンペリエだけでなくラングドック・ルシオン地方のあちらこちらでコンサートをしようという試みが年々積極的に行われていて、この「カルミナ・ブラーナ」もそんな枠組みの中で公演されます。コンサートは二回。15日水曜にモンペリエの北部セヴェンヌ地方のマンドゥMendeで、16日木曜には港町セートSète にての公演。
私はオペラjrの子供たちの準備に取り組んだので、彼らが歌う3曲だけは知っていました。が、ラジオフランスのフェスティバル側から指揮者と合唱団とソリストたちの練習ピアニストを務めてほしいと頼まれたので、12日の日曜日は一日中「カルミナ・ブラーナ」の練習でした。
さてこの曲、タイトルを聞いてぴんとこない人も、曲を聞いたら絶対に一度はどこかで聞いたことがある有名な曲です。野性的で迫力満点のオープニングとラストの曲は、テレビや映画でしょっちゅう使われていますからね。
合唱やソロを混ぜながら、歌なしのオーケストラ演奏だけの部分も含め30曲近い曲があります。そのほとんどが曲中で何度も拍子やテンポが変わる変拍子。しかもすさまじいスピードの曲がたくさん。ピアノで弾くには難しいところが一杯。はたして私の腕はもちこたえられるのか、、、と心配でした。
普段、土壇場で初見演奏とか直前で仕事を頼まれることに慣れてしまっている私ですが、この「カルミナ・ブラーナ」に関してはわざわざパリから5月末に速達で楽譜を送ってもらっていたんです。でも、そのほかの緊急の仕事に追われているうちに約束の日を迎えてしまいました。
どんな人か知らない指揮者のもとで一日中練習。しかもこのハイスピードの曲。
だいぶ不安感があったにもかかわらず、こういうタイプの曲は私が練習するとどんどん腕を痛めて何もできなくなるパターンなので、もう練習もそこそこ、CDを繰り返し聞いてテンポの変化を頭にたたきこむ方法でいどみました。そのテンポの変化だって、指揮者によるわけですからもう挑むしかない。
12日の日曜日。朝はオペラjrの子供たちと指揮者だけの練習。だから私もいつものメンバーとともにリラックスして指揮者の登場を待っていました。
そこへ現れたのがベンジャミン・エリン氏 Benjamin ELLIN。若くて大きなイギリス人指揮者。着くなり彼はもう汗だく状態。
「僕はマンチェスターの出身なので、この暑さが大変!」という彼。先週までは35度とかでつらかったけど、ここ2、3日は30度まで気温が下がっているので、私たちには「涼しい」と感じられる温度。かわいそうに北部出身の彼は完全に参ってる様子。
11時の約束のために余裕をもって来た彼でしたが、もう子供たちがスタンバイしている様子をみて、すぐさま練習を始めました。ヴァレリーとともに厳しく練習してきたおかげで、エリン氏も子供たちのできばえに驚いて大満足の様子。エリン氏は片言のフランス語で子供たちに指示をしましたが、アメリカ滞在経験もあるヴァレリーは問題なく英会話ができるので、この時はほとんど英語ですみました。
さて、オペラjrのみんなはこれで帰っていき、午後は指揮者と私と合唱団とによる練習。約束の14時に練習会場に行くと、合唱団がいない!合唱団はラトヴィア・ラジオの一団。このところ毎年フェスティバルにやってきて、その正確さと迫力でいつも圧倒させてくれるハイレベルの合唱団です。取り組み態度もまじめだし、そんな彼らが約束の時間になっても、時間を過ぎても現れないことに私は驚きました。
エリン氏はどんな合唱団で、どこから来た合唱団かも把握していなくて、状況がさっぱりわからない様子。それなら「私がちょっとフェスティバルの運営スタッフに電話してみます。」と言ったところへスタッフが登場。運営・管理を実質的にこなす3人組がやってきて、「問題が発生しました。彼らは時間を間違えたみたい。。。」と言う。しかも私は驚いたけど、この3人、英語をあまり話せないみたい。だからフランス語がほとんどしゃべれないエリン氏は、フランス語で説明を受けてもあまりよくわからない感じ。なんとか合唱団は約束の14時に来れないこと、そのあとに予定されていたソリストとの練習をずらして合唱団には16時に来てもらおうということで了承しました。謝るスタッフに対し、エリン氏は「問題ないよ。大丈夫だよ。」と優しい反応。
そんなわけでエリン氏と私の二人は16時まで時間がぽっかり空いてしまいました。お互い「ピアノで練習したかったらどうぞ。」と譲りあいつつ、私は腕の事情により今弾くと状況は悪化すると判断していたので、「私はもう弾きませんからどうぞどうぞ。」とグランドピアノとリハーサル室を彼に残すことにしました。でもやっぱりこんな時はおしゃべりですよね。彼の片言のフランス語と私の下手な英語を混ぜながら30分ちかくおしゃべりをしました。
話を聞いて、私は「指揮者の生活」の実態を垣間見て驚いてしまいました。
まず、彼はどんな合唱団とどんなソリストと、そしてどんなミュージシャンと演奏するのか知らないまま来たということ。今回はオーケストラではなくて、2台のピアノとたくさんのパーカッションというバージョンで演奏されますが、もちろんどういった編成で、、とかいうことは把握しているけれど、ソリストのこととか誰一人知らないといいます。そこで、実際はこれが当然なのでしょうけど、すべてはフェスティバル側が人選をし、プログラムを決めているので、指揮者も選ばれた一人にすぎないということです。フェスティバル側が選んだミュージシャンが約束の時間に集結し、わずか3日間で練習をして本番を迎える。改めて考えると、これってすごい仕事だと思います。
一緒に演奏するということは微妙なタイミングとかが最重要で、お互いを信頼できなかったら本番なんて迎えられません。しかもよりによって「カルミナ・ブラーナ」という難曲!すごいスピードでの変拍子や、連続して曲を演奏する部分や、微妙な呼吸の間をとる場合、たっぷり時間をとる場合、など場合によりけりで、そういったタイミングをみんなが了承してしっかりと把握していないと大変なことになります。
それを統率するのが指揮者の仕事。指揮者が自分の音楽観、アイディアを提案して、時には説明して歌手やミュージシャンを納得させなければいけません。だからそんな指揮者にとって一番求められる能力は、音楽云々の前に「コミュニケーション能力」だと私は思います。それはたとえ話す言語が違うミュージシャン同士だとしても。
そして、皆がその指揮者を信頼して「よい演奏をしよう」と思わせる何かがないと、いい演奏はできません。だから音楽的知識や指揮さばきなんかのテクニック的なことに関しては、「この人はわかっている。」と思わせるだけのものが背景にあれば、それは現れるものです。それだからこそみんなも信頼する。オーケストラのミュージシャンや合唱団はまだしも、オペラの歌手という人たちはかなりキャラの強い人たちが多いわけで、そんな人たちをまとめるのだって簡単ではないですよね。
モンペリエに来てから指揮者の仕事ぶりを間近でみるようになって、彼らの知識量のすごさと仕事量のすさまじさに驚かされるとともに、「どんな人間であるか。」が一番のカギなように思っていました。
今回、こうしてイギリスを代表する若手指揮者ベンジャミン・エリン氏と一日一緒に仕事をしましたが、子供たちとの練習、ラトヴィアから来た合唱団との練習、そしてフランス人ソプラノ歌手、アメリカ人バリトン歌手との練習を通じ、この人は真面目でおだやかで、とてもわかりやすい指揮をするし、正確な指示を出し丁寧に説明をするうえ、おおらかな人間性を感じたので、これからどんどん活躍していくに違いない!と思いました。
合唱団がくるまでの間おしゃべりをしている中で彼のしていることを語ってくれましたが、彼はロンドンを拠点にこれまでのところイギリス、リュクサンブール、ロシアで指揮をすることが多いとのことです。そして今がフランスデビューの大事な時期。そのためにフランス語をきちんと話せるようになりたいといって、私にフランス語のワンポイントレッスンをさせました。
彼は指揮だけでなく作曲もしているとのこと。「僕にとっては両方とも大事なんだ。」と言っていました。そして彼のプロモーション用のCDを私にプレゼントしてくれました。指揮をし、作曲をし、というのは演奏するだけの人とは違って本当のミュージシャンだな~とつくづく思います。
それだけでも忙しいだろうに、彼はロンドンにある音楽学校のディレクターを務めているといいました。音楽を子供や若者に広げたいという情熱から、子供や若者でオーケストラができるような学校と、もう一つ、貧困層の家庭の子供たちがたくさんいる地区での音楽学校と、二つの学校を率いているようです。そして聴衆とやりとりのあるコンサートなんかも熱心にしているようで、教育的コンサートもたくさんしていると言っていました。
彼は29歳。私がとあるイタリア人指揮者のことを「彼はまだ若い。」と言ったもんだから、「彼は何歳?」と聞いてきて、「35歳くらいかな~?」と答えると、「僕は大きいし髪の毛も薄いから老けて見えるけど、自分は29歳です。」と言ってきました。フランス人には完全ハゲの人もたくさんいるから、「髪の毛もうすいし、、、」という表現がなんか日本人みたいで意外でぷぷっときましたが、「あなたは落ち着いてるからじゃない?でもだいたい年相応に見えるよ。」と言っておきました。
穏やかな表情の裏には、勉強熱心でハードにたくさんの仕事をこなしている生活があるんだろうな、と思うと信じられないくらいです。
この日、私はまぬけなミスもちょっとしてしまいましたが、無事に練習ピアニストの任務を果たすことができました。
リトヴィアの合唱団なんてウォーミング・アップの時点で、その迫力に私も指揮者も圧倒されたし、ソプラノ歌手は若くてきれいなお姉さんで、まるで芸能人のような立ち居振る舞いでしたが、歌い出すとすごくきれいな高音にびっくりしてしまったし、バリトン歌手もさわやかでかつプロフェッショナルで、歌い出すとこれまたすごいハイレベルで、たくさんの「わくわく」をもらいました。
私みたいななんちゃってピアニストがモンペリエで生活しつつ、家から徒歩10分の場所で、こうして世界各地からやってくる一流ミュージシャンたちとの練習に参加するなんて、それこそ驚きだなーと思った私です。
家に帰ってからベンジャミン・エリン氏についてインターネットをのぞいてみたら、たくさんのページがでてきました。彼のオフィシャルサイトも見つけたので、興味ある人は覗いてみてください。
http://www.benjaminellin.com/
今のところイギリスとロシアが中心ですが、これからフランスでも活躍の場を広げていき、間もなくドイツでだって始まるだろうし、その先にはアメリカも待っているだろうし、いつかは日本もかな?
応援します!
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