今年のフェスティバルで唯一の演出付き舞台作品であり目玉作品であったのが、このブログでも何度も名前がでているジャン=ポール・スカルピタ氏によるオリジナル作品「C'était Marie-Antoinette」でした。
日本人もよく知るフランスの歴史上人物であるマリー・アントワネット。フランス人にとってもやはり人気のある歴史上人物であり、今でも彼女の人生は注目を浴び続けています。
オペラとして彼女を扱った作品は存在しないわけですが、スカルピタ氏が自らアイディアを抱き、構想を練って、オペラちっくな音楽劇のようにまとめあげました。
そのアイディアの発端となったのは、彼がソフィー・コッポラの映画「マリー・アントワネット」に参加したこと。私も大好きな映画監督の一人であるソフィー・コッポラとスカルピタ氏はかねてから親交があって、映画中、マリー・アントワネットのために作られたオペラ座で、王妃自らが歌って演じて楽しんでいたというオペラのシーンのためにアドバイザーとしての参加を頼まれたのでした。同時にスカルピタ氏は彼の名前そのままで「スカルピタ伯爵」というチョイ役でもでています。
で、この映画に取り組む中、スカルピタ氏はマリー・アントワネットの人生をオペラにしてみたいと思ったのだそうです。
マリー・アントワネット研究では第一人者である歴史家のエヴリンヌ・ルヴェール Evelyne Lever の「C'était Marie-Antoinette」をもとに台本がまとめられ、さらに衣裳には、映画界では世界的に有名で、数々の賞を受賞している衣装デザイナーのミレナ・カノネロ Milena Canonero の協力を得て、計画を実行に移したのでした。
でもこの作品、オペラちっく音楽劇というからには音楽が重要です。
マリー・アントワネットを題材にした音楽は存在しません。そこでスカルピタ氏が考えたのは、マリー・アントワネットの時代の音楽、彼女が実際に聞いた音楽、彼女が愛した音楽をもとにいくつかの作品をチョイスし、イタリアバロック音楽界のアーティスト、ファビオ・ビオンディ Fabio Biondi氏のアドバイスのもと、ピッチーニ、ラモー、グレトリー、グルック、モーツァルトなどの作品が選ばれました。
ヴァイオリニストであるビオンディ氏が率いるバロック・オーケストラ「Europa Galante」の演奏で、4人の歌手、そして今回この舞台のためにオーディションをおこなって結成されたコーラスが加わりました。
マリー・アントワネットの役は、当初からフランスの有名な女優さん、シルヴィー・テストゥ Sylvie Testud と決まっていたのですが、彼女のスケジュール調整のミスのために参加できなくなってしまい、急きょ抜擢されたのが若手女優のナターシャ・レニエ Natacha Régnier。彼女は若手とはいっても、もうすでにカンヌ映画祭で最優秀女優賞を得ている人です。
そして13人の俳優あるいはダンサーが、ポリニャック夫人をはじめ宮廷での取り巻き役を務めました。
さて、私はというと、練習初日の4日前になって突然、コレペティさんがこれない日一日の代理を務めてほしいと電話で頼まれたわけですが、結局は練習が進むにつれて私が必要な日が増えて、俳優さんたちの演出のけいこ、舞台照明の調整のためのけいこなどの練習ピアニストを務め、さらにはコーラスの練習ピアニストもすることになって、結果的にはプログラムにも名前を載せていただくほど、スタッフの一員とならせてもらいました。
練習期間は約3週間。本番は7月29日と30日にオペラ座コメディで行われました。
フェスティバルの期間中、ラジオフランス主催のフェスティバルなわけですから、生だろうと録音だろうとラジオフランスの番組でほとんどのコンサートが放送されるのですが、この「C'était Marie-Antoinette」は、テレビ局France2での放映が決まっていました。そのために最終通しリハーサルの日には、スタンドのカメラが4台、手持ちのカメラが3台という大々的な撮影チームが現れて舞台を撮影していました。
さて、この舞台で一番の注目を浴びたのは豪華な衣装。ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」で衣装を担当した人がこの舞台の衣裳を担当したので、映画で使われたドレスが使用され、さらにこの舞台のためにオリジナル衣装が作られました。
出演者それぞれがかなりの数の衣装替えをするので、舞台裏は大変。前例がないほどの衣装さん、メークさんが参加しました。
そしてそれぞれの楽屋にはあふれそうなほどのドレスが並べられていました。
ミスがないように、一人ひとりのために衣装とアクセサリー、小道具のセットが一目で確認できるように写真が貼られています。
衣装を替えるごとにメイクも変えないといけないし、かつらも変えるので、メイクさんにとっても膨大な仕事。しかも与えられた時間はわずかなわけですから、舞台裏はまさに修羅場でした。
こちらは宮廷貴族役の俳優さんたち。結婚式のシーンの衣装で。
映画「マリー・アントワネット」では本物志向のために、当時のドレスを再現するべく、生地、仕立ての仕方など徹底的に研究されたうえで、衣裳が作られました。そのため、このうえない高級感。オペラの舞台衣装でここまでの上質の衣装はめったとみられませんよね。
彼はダンサー。舞台裏でお水を飲んで休憩してるところですが、まるで時代劇映画の撮影現場にきたようですね。
彼女はマリー・アントワネットの娘役。オペラjrのcheur d'enfants のメンバーでもあります。
彼女はとても素敵な声でドラマティックな演技力をもったソプラノ歌手。彼女の衣装替えもすごい回数で、歌っては衣装を替え、舞台からひっこんでは衣装を替え、という感じで、「さすがはプロ。よくやるな~。」と感心させられました。
みんなが衣装替えで格闘する中、唯一出番が一回きりだったのが、この彼。彼はバリトン歌手。これまでに二回一緒にお仕事をさせてもらっています。私とは同世代なこともあって、いたってフレンドリーですが、この衣装とメイクはすごい。練習中も出番を待ってばかりの手持ちぶたさで、この衣裳をまとったままふらふらと歩いていたから、かなりおかしかった。初めて衣裳をつけてホール内に現れた時は、てっきりどこかの国のなにか宗教がかった危ない人だと思ってしまった私でした。。。
マリー・アントワネット役のナターシャは全部で10回を軽く超える衣装替えを行いました。どれも驚くほどの奇麗なドレスでしたが、演出の進行のなかで一番大きな問題となったのがこの衣装替え。いくら3、4人がかりでやったって、スピードには限りがありますからね。本番二日前の通しリハーサルでも着替えが間に合わないことが多々あり、スタッフはみなストレスとプレッシャーでピリピリしてました。
この舞台では、ステージ上で演技を続けながら、実際に着付け係たちが王妃の着替えをするように衣装替えをするシーンもありました。そのため、ただでさえ大変なのに、衣裳さんたちは自ら衣装を身につけてステージに現れるのです。
衣装と同様、とてもきれいだったのが舞台美術。いつもながら、スカルピタ氏が演出する舞台はきれいで幻想的で素敵なんですが、今回も舞台装置は必要最低限でシンプルにしつつ、とてもきれいな幕を多用することで場面変換を行いました。
こちらはオペラを鑑賞する王妃のシーンの幕。客席にいる貴族たちと演奏するミュージシャンたちが描かれています。
次の写真は暗くて見えにくいですが、有名な鏡の間のシーンの幕。
これらの幕は全部シースルーですけてみえるので、幕の前に登場人物がいるのと後ろ側にいるのとで、また違った効果がでます。
鏡の間の幕の後ろ側に鏡の幕も配置すると、本当に「鏡の間」のようになるのだから、このアイディアはすごい。
こちらは王座の幕。
王妃のテーブルも舞台セットを使わずに、こうして幕に描かれた絵で表されました。
こうしたきれいな衣装、道具、舞台セットに舞台照明が加わると本当にきれいなんです。ここがスカルピタ氏のマジックのような演出効果。
練習中にもたくさん写真をとりたくてうずうずしてましたが、仕事をしている最中にカメラをかまえてばかりもひんしゅくをかうと思って、あまり撮れませんでした。
私がイタリア旅行に出た一日目はニースで一泊したのですが、翌朝のFrance2の情報番組で、この舞台のことが紹介されていたので、思わずテレビ越しに写真をとってしまいました。どんな感じの舞台だったのかをお伝えするために、載せますね。
マリー・アントワネット役のナターシャのインタビューも放送されました。
こちらは宮廷でのパーティーのシーン。
世継誕生のシーン。
今回この舞台に参加しておもしろい発見だったのは、マリー・アントワネットの人生は下手したら日本人の私の方がフランス人よりも詳しく知っているということ。私は小さい頃からかなりの歴史好きだったので、西洋史、フランス史もけっこう把握してましたが、さらに日本には「ベルサイユのばら」のようなマンガがあるのが大きい。ある日スタッフ同士が「私、この舞台のおかげでたくさんの歴史的事実を学んだわ。」とか「王妃に愛人がいたなんて知らなかったわ。」とか言い合っていたので、驚いたのはこの私。「え~!!私なんて小学生のころからフェルセンのこと知ってたよ!」とか言っちゃいました。そしたら今度はフランス人が驚く驚く。「え~、日本人はフランスの歴史も習ってるの?」と。そこで私は「ベルサイユのばら」のことを説明しました。それにはフランス人もびっくり。
どうやら、王妃の首飾り事件については、このことがギロチンに送られるきっかけとなっただけに、さすがにフランス人も知っているようでしたが、フェルセンのことは歴史ファンとかしか知らないことのようなのです。
驚いちゃいますね。
フェルセン役の俳優君は、背が高くスマートで絵にかいたような端正な顔立ちで、「ああ、ベルサイユのばらの作者はこんな顔をイメージしてたんだろうな。」とおもっちゃました。残念ながら彼を写真にとるのを忘れてしまったので、遠目ですが、、、王妃とフェルセンのシーンです。
いかがでしたか?そんなこんなで長くなりましたが、「c'était Marie-Antoinette」レポートでした。
舞台本番の日には、スカルピタ氏の華麗な人脈のため、モンペリエのオペラ座コメディの客席では世界的セレブの顔が見かけられました。イザベラ・ロッセリーニまでいましたからね。(イングリット・バーグマンとロッセリーニ監督の娘さんです。)ソフィア・コッポラのファンとしては彼女も来てくれるかと期待しましたが、残念ながら姿は見ませんでした。
このオリジナルな舞台。衣装、舞台、照明の美しさに観客は酔いしれましたが、現実的にはテキストで演じられるシーンと音楽で歌われるシーンのかわりばんこという進行の仕方がちょっと平坦で、厳しく言えば変化に欠けるマンネリ化気味の舞台、といったところでしょうか。
でもこの舞台に興味を抱いた関係者は多いようで、今後ベルサイユ宮殿の劇場での公演、アメリカでの公演の話があがっているようです。
衣装変換、舞台変換の秒刻みの修羅場をなんとかやり遂げたスタッフたちは、公演終了とともに安堵感と開放感にみたされた笑顔になっていました。
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