「ビスタンクラック」のコンサートでの仕事は、お客さんにはとても喜んでもらえたものの、私としてはちょっぴり悔しい不満の残るものとなり、何よりもすさまじい集中力を要したので、コンサート終了後数日たっても頭がぼ~っとしてしまう状態に陥りました。
さて、どんなコンディションで仕事をしたかたという話です。
まず、このオペラは14人の女性歌手とピアノのためにかかれた作品で、紡績工場で働く女性たちを管理するための規則をもとに1番から11番の曲に分かれています。すべて演奏して大体1時間半。
規則というと、たとえば「5時に起床」とか、「昼休みの時間と過ごし方」とか、「街に出かける特別許可証」とか、はてには「トイレに行く許可」とかまであります。そして規則をやぶると実家に帰る特別休暇が没収されてしまうとか。
厳しい労働環境が明らかになり、人権や女性や子供の労働に関して社会問題を扱っているオペラでもあります。
当初、私にこの仕事の話が来たときは、9月に二日間と10月のコンサート前日の練習が予定されていました。しかし財政難のせいで9月の練習が中止になったのです。Heliade だってプロの団体ですから、歌手たちは合同練習でいくらかの報酬を受けるからです。そして彼らもかなり頻繁にコンサートをあちこちでしているので、たくさんのプログラムを同時にかかえていて、「ビスタンクラック」の練習だけをしているのとは違います。
ただ、この「ビスタンクラック」プロジェクトは数年がかりの計画だということもあって、すでに彼らは部分部分ながらも公の舞台で発表してきていました。
まずプロジェクト発表のときに9番までの曲の抜粋で演奏しています。そして今年の2月には9番までのすべてが演出とともに舞台で発表されました。
そして聞いたとところによると、今年の6月ごろに、新しい10番と11番の譜読みをみんなでしたといいます。「譜読み」なので、準備が整っているわけではありません。ですから9月の練習は彼らにとったらこの新しい2曲をしっかりとまとめるという大事な目的がありました。それが中止になったので、彼らにとったら不安材料が残ったわけです、、、。
さて、私はというと?
私は昨年の秋、練習に参加した時に、5番と6番、そして7番と8番の練習につきそいました。が、この時わたしは完全な初見。楽譜が私に前もって渡されることも、練習中与えられることもなく、2日間が2回、その場で楽譜を見て直接弾いただけです。ですからゆっくりじっくり楽譜をみたことはありません。しかも1番から4番までは全く知らないし、9番から11番も全く知りませんでした。
今年の9月頭に9月の合同練習はなくなったと聞かされたので、それをカバーするためにもまずはすぐさま楽譜を送ってもらうこと(まだ楽譜すらもらってなかった!)と、音源を渡してほしいと頼みました。幸い、メンバーのBが2月の舞台を録音してたので1番から9番までの音源が手に入りました。
今はパリ住まいのエレーヌ(指揮者・指導者でリーダー)が9月中旬にモンペリエに来る予定があったので、そこで一度会って2時間、一緒にテンポなどの確認をしました。
そこからは完全に一人での準備。
10月10日のコンサートの前日、10月9日にしかみんなとの練習がないのですから。
ピアノ弾きとして生計をたてながらも、家で個人練習をするということが超少ない私。
その私が仕事の合間をぬって、かなりの時間このオペラのためにピアノに向かいました。
問題は、ピアニスティックではないピアノパート。機械の音を表したり、厳しい労働環境を表す音楽のため、激しい連打や猛スピードのパッセージがてんこもり。しかもピアノの最高音から最低音までかけめぐり、不規則な音列や不規則な拍子とリズム。まあ、「現代音楽」ですね。幸い和声的なベースがあったので、無調、不協和な部分はごくわずかでした。
私が自分で弾くのに好むタイプの音楽ではないはずですが、interestingだったのでいつのまにやら好きになっていました。
でもオクターブや和音の連打とかは私の身体を痛めます。練習しないといけないとはわかっていても、こういうパッセージを練習できる時間は身体能力的にとても限られているんです。そこでそれをカバーするために私がしたのは録音を聞きまくること。そして弾かずに楽譜を見ること。まさにイメトレですね。
これにはほんとにたくさんの時間をかけました。仕事に行く前も、仕事から帰ってからも。
こんなふうにそれなりの個人的努力をして、10月9日を迎えました。
この日、明らかなスケジュール調整のミスですが、私は昼にオペラ座でのコンサートの譜めくりを担当し、2時間半がついやされ、終わってからダッシュで家に帰って、車でセートに向かいました。
そう、唯一一回の練習はセートでだったのです。15時から夕食休憩をはさんで22時半まで。。。。。
皆にとって新しい10番と11番があるとはいっても、この日の最大の目的は私と初めて演奏するのだからそのために全体をとおしてあちこちの調整をするはずでした。
しかし、曲者は10番。
実は10番は14人の歌手それぞれに独立パートが与えられていて、14声合唱なのです。しかもここぞとばかりに無調やらもりだくさんで、まさに「混沌」としたものが表現されています。
この10番にてこずり、なんとなんとこの日の練習で10番と11番しかできなかったのです。
えぇ~~~!!
練習後半には作曲者ブデ氏も現れたのですが、翌日が本番とは誰も思えない状況なのは明らかでした。
22時半になってしまったので練習は終了しましたが、1番から9番までを私と一緒にしたことがないままコンサート当日を迎えるということに誰もが「うそだろ~!?」と不安を抱えたまま帰宅したことはいうまでもありません。
さて、セートからモンペリエに帰る時、メンバーの2人を乗せ、道を間違えた私はいつもよりも遠回りをし、家に帰ったのは23時半でした。
長時間座ったままだと体中に痛みが発生してしまう私。
コンサート前日夜にして、すでにオーバーヒートしてました。
そして当日。
前の記事で載せた写真のように秋晴れの青空にめぐまれました。
それはいいんだけど、これまた私が車を出さなくてはいけなかったのです。。。
他のメンバー3人を乗せてサン・ジャン・ド・ギャールまで1時間半。途中、素敵な景色も見かけましたが楽しむ暇はなし。
前日から座りっぱなしのためにあちこち痛い痛い。
コンサート会場の教会についたときには、もう疲れきってた私。
それからちょっとだけウォーミングアップと会場の音響をチェックしてから昼食。
そして14時から19時までの練習が始まりました。
今回、演出はなしとはいえ、ビデオ映像のタイミングのチェックや照明のチェックも入ります。みんな譜面台には一応ランプを備え付けてもらってるんですが、それでも私の譜面が見にくかったから、照明をあげてもらうように交渉したり。
オペラ全部の演奏時間が一時間半なのですから、ちょっとやりなおしたり、くりかえしたりしてたらあっというまに時間はたち、19時となりました。
日が落ちたあたの教会は寒い寒い。疲れと寒さで私は絶不調!!
このとき大問題が発覚。
この難しい音楽のために、私はエレーヌに誰か譜めくりの人を用意するように頼んでいました。そして念のため、Heliadeの事務を担当してるEにもその話をしておきました。そしたらEが「僕がやるよ。」と言ったので、私はすっかり彼を当てにして、コンサート当日、彼が現れるのを待っていたのです。そしたら練習が進んでも彼の姿がないではないですか。
そして19時になって私が質問。「ねえ、Eはこないの?」と。
そしたら彼は用事で今日は来れないというではないですか。「え、、、。彼が譜めくりすることになってたんだけど、、、、。」という私。そしてエレーヌはというと、私から譜めくりを用意するように頼まれたから、そのことを気にしてたけど対処していなかった。。。
「どうしよう!」とうところでそこは迷いもなくある人に白羽の矢が。
それはエレーヌのお母さんであるS。モンペリエの学生コーラスグループを指導したりしているミュージシャンです。私はざっと楽譜を見せながら説明。内心は「難しくて猛スピードの音楽だけどだいじょうぶかな、、」と不安もよぎってましたがほかに手はない。
なんといっても他にも問題だらけ。
練習中に2か所、なぜか皆と私がずれるところがあって、私にはその原因が理解ができなかったので、本来なら確認して問題を解決するわけです。しかし!その時間もない。皆は夕食に行き、私は食べるきにもならないからちょっとピアノに残り確認。そしてエレーヌと2、3、口頭で確認。
開場は20時ですが、寒いところにいてもしかたないし、レストランへいって2、3口かじった後は、温水で両手をしっかりとあたためました。
もうこれ以外に努力のしようがないという現実。みんなより先に教会に戻って準備。
お客さんはいっぱい。
満席完売のようです。
コンサート開始。
まず、私はピアノの前に座って新たな問題に気がつきました。
暗い。
練習中にはまだ外の日差しも多少なり入っていたけど、今は夜で暗幕がはりめぐらされ、私には楽譜のための小さなランプが楽譜の上にくっついてるだけ。
暗い。
鍵盤がよく見えないよ~!自分の手が見えないよ~!
しかしもう遅い。やるしかない。
音楽が始まってまもなくして、私は次の問題に気がつきました。
やっぱりSは音楽についていけてない~!!
こんな音楽を初見で譜めくりは、やっぱりミュージシャンだって難しかった。
私は自分自身必死で弾き、必死で指揮を見て、必死で皆と合うように全集中力を発揮している最中なのだけど、変なところでページをめくろうとするSに「まだ!」とか「早すぎる!」とか「まだ4小節ある!」とか叫ばなくてはいけなくなったのです。
。。。。。。
コンサート前の練習で理解ができなかった問題箇所が近づき、私は一層気をつけてましたが、やっぱりだめだった!私は確実に正確に拍にそっていただけに納得がいかない!なんで?
でも今これが本番!
やっぱり練習で問題解決しなかったから。。。
ああ、悔しい。
そんなこんなでさらに新しい問題。
譜めくりをしてくれたSは60歳を超えた人。猛スピードの音楽の譜めくりでいちいち立ち上がってくれません。私の横で座ったまま譜めくりをしようとしています。
でも私はピアノの最高音から最低音まで動き回って弾かなくてはいけません。ページをめくろうとのばす彼女の腕が私の前をさえぎって、「うわ~!邪魔です~!」楽譜が見にくけりゃ鍵盤も見えない!
。。。。。。
そんなこんなで必死になっていると事件は起きました。
腕を伸ばしているSがピアノのふたに肘を預けるようになって、私がそれを気にし始めていたのもつかのま、ずった腕のせいで鍵盤のふたが落ちたのです!
落ちたって、ピアノを弾いている真っ最中の私の手の上に!
。。。。。。
幸いバッターンと激しく落ちなかったからよかったものの、確かに私の手の上に落ちて痛かったの事実。
でもだからって演奏を中断することはできません。だって変拍子の猛スピードの曲。途中で落ちたらもうおしまいです。私は鍵盤のふたが落ちたって、多少ミスタッチをしたって、とにかく弾き続け、ふたも自分で持ち上げ元にももどし弾き続けました。
私のすぐ右手には観客がいます。
彼らは目の前に必死でピアノを弾きながら「まだ!」とか「早い!」とか譜めくりの人に叫び、挙句の果てにはふたが落ちてアクシデントに襲われているピアニストがいて、ちゃんと舞台全体の音楽が聞けているんでしょうか。。。
そんなことを考える余裕まででてきていたのか、私。
曲と曲の間は見えない鍵盤と自分の指の場所の確認をして過ぎていきました。
そして9番目の曲に。
この曲は「光」がテーマで、演出効果として照明が消されて、14人の歌手が手持ちライトをともします。それはそれはきれいなんですけど、私には大問題!
鍵盤がみえないどころか、指揮者のエレーヌがほとんど見えなくなった!
ぼや~っとシルエットが見えるだけ。
。。。。。。。。
なんて状況下で弾いているんでしょか、私は。
でも、こんなコンディション、現実とはいえ、会場のお客さんたちは息をのんで作品の中に入り込んでいるのが感じられました。
11番が終わり、照明が落ちました。
絶妙のタイミングで大拍手が起き、ブラボーの声も飛び交い、とても熱い反応でした。
作曲者ブデ氏も客席から出てきて大拍手を浴び、私も拍手をいただき、コンサートは終了しました。
前日の夜の練習をみて、ブデ氏も相当不安だったことでしょう。
あれに比べたらよくぞやったという出来です。みんな集中してやりきりました。
音楽的にとても美しい瞬間もあり。照明と演出でとても美しい瞬間あり。
お客さんの心にヒットしたようです。
1時間半の舞台。指揮者とピアニストにとては本当にノンストップです。エレーヌにとっても14人の歌手にとってもアドレナリンでっぱなしのコンサートだったことでしょう。11曲全部を初めて通してしたのが本番だったなんて。
まさに「最後までやりきったぞ!」という感じでしょうか。
でも、いつもならみんなでがんばったと感じられる舞台が常の私ですが、この時ばかりは私は人一倍大変だったと思ってしまいました。
メンバーの中の一人、アルト歌手で個人の活動もすごく好調のBが「今夜のleonardoはずばぬけていた。」と言ってくれて皆からのブラボーを促してくれて、このBの言葉がせめてものなぐさめ。Bは私が準備のために個人的にたくさん時間を費やしたということも気遣ってくれて、この人はわかっていると感じました。
ブラボーと言ってくれるみんなに、私は「アホなミスがもったいない~!」と反省。楽譜的に難しいところ、音楽的に難しいところもあの練習だけでなんとかみんなと合わせることができたのだから、それは私の練習方法が正しかったということ。それなのにあの練習中に解決できなかった部分がそのまま出ちゃって、、、。
まあみんなそれぞれがちょっとずつミスをしたというのが現実でしょうか。
私が「ピアノのふたが手に落ちたんよ~!」と報告するとみんな唖然。
そうよね、あり得ない話よね。
本番の演奏中にピアノのふたが手の上におちるなんて。
ああ、こんな状況化でのコンサートはもう勘弁です。
集中力とエネルギーという点で、今までで一番出しつくしたのではないでしょうか。
もともと報酬を得るためにした仕事ではなかったのですが、結果的に費やした時間とエネルギーと、コンサート後の疲労具合を見ると、あまりに割のあわない仕事でした。
こういうことも経験して、今後の仕事の選択方法の改良につながっていくのでしょうか。
ああ、疲れました!
このコンサート翌日に幸い一日オフの日があったのですが、疲れは回復できず、その後、20日間ノンストップでそのほかの仕事が連続しました。
10月10日の疲れがとれたのは10月28日になってからのことでした。
そんなこんなで私のコンサート記録・報告でした。
最後にSの一言を。
このぶっとばしのコンサートで私のすぐ横にいたのが、譜めくりをしてくれたこのS。
本番の途中で彼女が音楽についていけなくて、挙句の果てに私が「まだ早い!」とかいうからすっかりパニック状態になってしまっていたのを感じました。なんだか彼女にも悪かったなと思います。なんといっても彼女のミスでもないんですから。
あえて言うなら、こんな難しい曲をあまりにも余裕がないスケジュールの中でやろうとしたこと。
Sがコンサート終了後に言った言葉です。
「leonardo。なんて難しい仕事をこなしたことか!すごいプロ根性!」
0 件のコメント:
コメントを投稿