2009年12月8日火曜日

Musicien engagé

11月21日と22日、Le choeur symphonique の「ドイツレクイエム」の練習ウィークエンドの二回目がありました。


私は21日土曜日、朝10時から17時半までオペラjrの集中練習があったのですが、夕食をさっさとすませて20時から、この「ドイツレクイエム」の練習に参加。

もちろん疲れてぼ~っとしてるわけですが、指揮者エルヴェ・ニケ氏(Hervé Niquet)を前にすると「めっちゃ疲れてます~。」なんて言えない。というのも、彼のスケジュールこそ超超ハードだからです。そもそも、土曜日の練習が夜20時からだけというプランニングを見るからして、ニケ氏は朝からどこかで仕事があったからという理由がうかがえる。最近はレコーディングの仕事も山盛りだと言っていたから、パリでそういった仕事があったのかなと私は勝手に解釈していました。


一ケ月ぶりに会うなり、ニケ氏は「こんばんは!」と日本語で言ってきた。
おっ、前回は夜でも「こんにちは」と言っていたのに進歩している。「あ、すごい。マスターしてる!」と言うと、「ちょっとは努力してるんだよ。」とのこと。


さて、150人の合唱メンバーを前にニケ氏はおもむろに練習開始。

普通の人にとったら土曜日の夜20時から23時の練習なんて、なかなかエンジンが入らないもの。でもニケ氏は容赦なく、というか、当然だけどボルテージ高くがんがんぶっ飛ばす。反感を買ってしまいそうなことも容赦なく言ってしまうのがこの人。たまには反感どころかひんしゅくを買ってしまいそうなことも言ってしまう。もちろん笑いもとってるけど、下手すると笑いでは毒舌のフォローが聞かなかったりする。そんなときは私も隣で苦笑い。。。

でもなにより要求度の高さというのがすごいと思う。
プロのオーケストラを指揮する場合だってエネルギーが肝心だけど、音楽愛好家のアマチュアの人を前に、いかに自分がエネルギーを出しつくしているのかを、身をもって見てもらってそれに応えてもらおうというわけ。だけどそれにしてもすごい。難しい要求にアマチュアの人が「そんなの無理だよ。」で止まってしまったらだめなわけで、くらいついてもらわないとだめ。あの手この手を使って要求にこたえてもらうのが目的。そしてアマチュアなだけに、どうやってその要求に達っせるのかという指導が必要。理解してもらえるように、納得してもらえるように指導しながら要求していくのです。しかも短時間で結果にありつかないといけない。


そもそもこの日、彼はスイスのバーゼルから飛行機を二つ乗り継いでモンペリエにやってきたそうな。しかもバーゼルではオペラの練習真っ最中で、中日の土日休みを利用してこうしてモンペリエに仕事に来たのです。なんというバイタリティ。なんというエネルギー。

「今朝は5時半に起きて飛行機乗り継いでやって来たんだよ~。」としんどそうに言うマエストロを前にすると、「私は家から徒歩10分のところで10時から17時半まで仕事して疲れてるんです~。」とはとても言えません。


「ドイツレクイエム」というのは本当に密の濃い作品で、演奏するには一秒とも気を抜けるとこがなく最初から最後まで真剣なエネルギーを要する作品。

アマチュアさんでは難しくて当然。

でもマエストロは要求する。

ほんの集中力も問題なんだと。ほんのエネルギーの問題なんだと。



「あなたたちは現実がわかってない。現実世界から完全にはずれたところにいる。」と言って説明するのは、まずプロのオーケストラとともに演奏できることの貴重さ。そしてその環境には莫大な費用がかかっていること。オーケストラの団員と歌手のソリスト二人の給料とギャラがどれだけかという話。そして一つのコンサートを行うのにどれだけの人がかかわって、どれだけのお金が動くのかという話。同時にここでポカをしたらもう二度とそのチャンスはもらえないこと。ニケ氏としては、結果が出せないとLe choeur symphonique が消滅するだけでなく、彼のオーケストラLe concert spirituel だってモンペリエのシーズンにもう呼ばれなくなるし、彼自身が招待指揮者として呼ばれなくなるという危機感をもっての仕事。2000人以上収容のホールのチケットはすでに完売近く売れているということ。そしてそのお客さんはだれもアマチュアだからというレベルを期待してはいないということ。ブラームスの「ドイツレクイエム」を聞きたくてチケットを買っているのだということ。そしてブラームスへの尊敬の念、彼の作品への驚嘆と敬意。そしてetc. etc.。


ニケ氏は自分が立ち上げたバロック音楽のオーケストラと合唱団Le concert spirituelを指揮しているのですが、そのグループのために自分がしてることの80パーセントは政治だという。資金集め、支援あつめのためには政治との交渉が第一。とくにフランスのような政府が文化・芸術を守り、育てている国では、政治がものを言うのです。
最近、日本では同じようですが、今後、政府の財政調整の中で文化・芸術を支援する費用が大幅に削減されていくことが目に見えています。そのこともあって、ニケ氏はオーケストラがなくなる日、オペラ座がなくなる日を現実にとらえてないと、なくなってしまってからではもう遅いという。


ニケ氏はミュージシャンであると同時に、バロック音楽を研究する音楽学者でもあります。その双方を同時にこなして各方面で高い評価を得ている人なわけですが、彼の発言を聞いていると、それだけでなくて「音楽」というのものために戦っている人だなあと思いました。


そういえば、普段から私はミュージシャンというのは人類の文化遺産を守るための活動だと認識していました。音楽というのは、医学とかと違って人類にとって絶対必要なものではありません。でもだからこそ守る活動をしなかったら、過去の作品はいつのまにか忘れ去られてなくなってしまうものでしょう。


フランス語にはengager (アンガジェ)という動詞があって、名詞化するとengagement。日本語訳すると約束、契約、または参加、投資、投入などいろいろ言葉が見つかりますが、要は真剣に取り組むということ。再帰動詞s'engagerを使えば責任をもって取り組んでいる姿を表せます。仕事においても、何かの行事においても、さらにはカップルの真剣な向き合いにだってあてはまります。

有名な歌手や俳優で人道政治的な活動をしている人がいますが、そういった人を表すのにも使える言葉。ニケ氏を見ていると、musicien engagé だなあと思いました。

彼のスケジュールを見ていると普通の人とは全く違う暮らしをしているし、彼が放出するエネルギーを目の当たりにすると普通の人とは全く違うということがよくわかりますが、それもこれも彼が生活を「音楽」に捧げているからなんですね。

彼の活動で共感するというかいいなあと思うところは、教育活動というか普及活動にも熱心なところ。もともと音楽を理解する人たちだけを相手にするのではなくて、若者だったり愛好家の一般人の人たちを指導して一緒に音楽を共有しようとするスタンスが感じられます。

すでにLe choeur symphonique の人たちは、たとえ「口が悪い人」とかいう印象をもっている人ですら、高いレベルを目指して取り組むことをこの3年間で身をもって習い、その結果を肌で感じているはず。それだけでもすごい成果だと思います。だから私も心からLe choeur symphonique の今回のコンサートの成功と来シーズンへの存続・続行を願っているしだいです。

土曜日3時間、日曜日5時間半の練習を終えると、ニケ氏は呼び寄せたタクシーに飛び乗り、モンペリエ空港に向かってパリ経由でスイスのバーゼルへと戻って行きました。翌日朝からはまた連日オペラの練習、そして本番がまっているのです。

走り去るタクシーの後姿を見ながら、「こうやって人生を送る人達が実際にいるわけなんだよね。。。」と思った私でした。

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