ピアニストであり作曲家であり即興のプロでありアレンジでもなんでもこなす万能ミュージシャン。
クラシック音楽からジャズ、そして民族音楽まで、境界線を越えた独自の世界をもっている人。
私は彼の演奏は何枚かのCDを通して聞いていましたし、世界中で飛び回る人気ピアニストの一人だと認識していました。でもCDを聞いてめちゃくちゃ好きになったかというとそういうわけでもなく、これまで彼のコンサートがモンペリエであっても行く機会がないまま今年に至りました。
今年のラジオフランスのフェスティバルでは彼のソロリサイタルが組まれていて、幸い私の都合もあったから招待券をお願いして聞きに行こうかな、、、ともくろんでいたのです。
ところが、モンペリエでも大人気の彼。収容2000人のCORUMの大ホールでのソロリサイタルですが、早くも席は完売してしまっていて、招待券をゲットすることができませんでした。
それならまあしょうがないや、と思ってあきらめるのがいつもの私ですが、なぜだか今年は違いました。なぜだか彼の演奏を聞きたいと無性に思ったのです。
そこで私がとった行動とは?
舞台裏のスタッフに「今日の夜のコンサート、舞台袖で聞いてもいい?」とお伺いをたてたのです。
すると答えは「もちろんOK!」とのこと。
私はオペラの練習とか本番を舞台袖で聞くというのには慣れているのですが、オーケストラのコンサートやソリストのリサイタルを舞台袖で聞いたことはこれまでにありませんでした。
それを突然世界の大物ファジル・サイでするのですから、ちょっぴりうれしはずかしの私ははりきって出かけました。
舞台袖というのはこんな感じ。オペラでもなく、オーケストラもなしのコンサートですからいつもに比べてがら~んとしています。
「あれ?leonardo何してんの?席とれなかったの?」と数人のスタッフに声をかけられながらも、私が「邪魔じゃない?」と聞くと、「何言ってんの、ここはleonardo の家のようなもんよ。」とうれしい返事。
すっかり居心地もよくなってリサイタルの開始を待ちました。
さて、お客さんも席に落ち着き、皆がアーティストの登場を待ちかねてる会場内。
その間、舞台裏ではすべての準備が整ったところでアーティストを楽屋に呼びに行きます。
さあ、私の目の前にファジル・サイが来ました。
これまでに見てきたいろんな写真ともまた違う、なんだか独特な風貌の人です。
正直、「あれ?こんな人だったっけ?」と思ってしまいました。なんだか怪しい、なんだかパッとしない、、、といったら失礼ですがなんだか不思議な空気が周りを囲んでいる人。
会場内の照明もセットされ、いざコンサートの開始です。
ステージに出る直前の彼は何やらパワーが高まっていて、きびきびしてました。
「15分したら一回戻ってくるから。」と英語でスタッフに一言声をかけて、彼はステージに。
プログラム一曲目はブゾーニによるバッハのシャコンヌ。
パワフルな演奏です。
私はモニターを通して彼の姿を見ていました。
彼が歌いながら弾いているのが聞こえてきます。
演奏開始とともに、別世界にいってしまったかのような彼。
完全に自分の世界、自分のスタイルを持っている人です。
がっちりとした一曲目を終えると、割れんばかりの拍手を浴びながら彼が舞台袖に戻ってきました。
汗を拭いて、水を飲んで。
そんなファジル・サイが私から2メートルのところにいるわけですが、そこで彼の目が私に向かって止まりました。
一瞬私は「なんだこの部外者娘は?」とでも言われるのかと思っちゃいましたが、「なんだこの子?」と思ったような表情を見せた彼。
それもそのはず、舞台袖にはごくわずかなスタッフがいるだけで、ほとんどが男。そこにまるで普通の服装の私で,しかもアジア人の私が一人ぽつんと、でも堂々と舞台袖に座って彼を見てるのですから。。。
一瞬「?」の表情を見せたピアニストも、すぐに自分の世界に戻ったようで、再びステージへと向かっていきました。
プログラム2曲目はムソルグスキーの「展覧会の絵」。
歌いながら身体をゆらしながら彼独自の演奏がくりひろげられます。
まるでクスリかなにかでいってしまってるかのようで、別世界にいってしまっています。
でもそれは怪しい感じや危険な感じではなくて、彼の場合、目に見えるのは「楽」の感覚。聞こえてくるのは「楽」の感覚。彼が心のそこから楽しんで演奏しているのが感じられるのです。
音を楽しんでる感じです。もしかしてこれが「音楽」って感じ?!
テクニック的にすさまじいパッセージもすごい勢いとパワーで弾きまくる彼。
感傷的な部分はとことん優しくてきれいな音。
すごいコントラストです。
私はすっかり圧倒されてしまって、彼に見入ってしまっていました。
もちろん聴衆も皆圧倒されて、満席の会場は大盛り上がりでコンサートの前半が終わりました。
というか、ブゾー二のシャコンヌと展覧会の絵を続けて弾くこの人って一体。。。
さて、コンサートの第二部はもともとプログラムにも「聴衆から応募されたテーマをもとにした即興演奏」と書かれていました。
どういう風に募集されているのかな?と思っていた私ですが、何気なくロビーをぷらぷらしてたら謎が判明。ロビー中央にテーブルがセットされていて、「ここであなたの希望のテーマをファジル・サイにリクエストできます。」と籠がおかれていたのです。
私の前にはパパと一緒に張り切ってテーマを書いている男の子。
私は即興演奏のテーマと聞くと、聴衆が舞台に上がってピアノで弾いて見せたり歌って見せたりするもんだと思い込んでたんですけど、ここは紙に書くのですね。しかも楽譜とか音符ではなくって、テーマを言葉で書くのです。だから要するに音楽のテーマ(メロディー)を提示して「これをもとに即興してください。」というのではないのです。
休憩の終わり際にスタッフがこの籠を取りに来て、舞台袖まで運んで行きました。
私もそれにくっついて自分のポジションへ。
たくさん応募されたリクエストは抽選のような形で、フェスティバルのディレクターでありパトロンであるクリング氏みずからがステージ上にでて、抽選、司会進行を務めます。
フタをあけてみれば、即興演奏のテーマというよりは「あれを弾いてほしい。」と言う感じのリクエストでした。
ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」を自己流でアレンジしたのを弾いてくれ(演奏時間軽く15分くらい)、自分のオリジナル曲も弾いてくれ、「ネコ」というテーマで頼まれた即興を弾いてくれ、大サービスの演奏が続きました。
彼はピアノの弦を抑えながら鍵盤を弾くという不思議な奏法をもっていて、まるでピアノではないどこかの民族楽器のような響きがします。まさにhis own world。
彼はトルコ人なんですけど、彼の演奏を聞きながらトルコという土地を感じました。
トルコは西洋と東洋のはざまに位置して、トルコ人の風貌と言うのはヨーロッパ人でもなく、アジア人でもなければアラブ人でもない独特なものです。
土地柄、人種的にも文化的にもはっきりとした境界線がないというか、そのすべてが混ざった感じがトルコであり、トルコ文化なんでしょうね。
ファジル・サイはそれを体現してるような感じがしました。
突然「トルコに行きたい!」熱に駆られる私。
即興演奏のオンパレードの中でも一番わくわく感が高まったのは、ヨーロッパに住んでいる人ならだれもが知っているであろう、某携帯会社の着信メロディーをもとにした即興。
シューマンの小曲を何気に普通に弾きながら、とつぜん着メロが入り込んでくる。
まるでコンサートでのマナー違反である、突然なりだす携帯着信をちゃかしているかのようでした。即興はどんどん発展して、すばらしい曲に。
これにはお客さんも大喜び。
あんなすごいプログラム前半を終えてから、このサービスぶり。
会場はスタンディングオベーションで大盛り上がりです。
そこでまた彼が汗ふきに戻ってきました。
私の目の前をふら~と一周歩いて、またそのままステージへ。
この瞬間を私はカメラで捕らえました!
まるでノートルダムのせむし男のような後ろ姿でしょう?
でもこの後姿が私には強い印象を与えたんです。
音楽を楽しみきって演奏する彼。
コンサートのスケジュールはびっしりと埋まっていて、世界中の舞台に立ち、お客さんを熱狂させてきている彼。
でも、どんなに大きな舞台にだって、彼はこうして一人で出ていくわけです。
そしてまぶしくて暑いくらいのスポットを浴びているわけです。
でもそれぞれのコンサートの間はというと、この一人の孤独な時間、空間を通っているのです。
世界的アーティストの人生をふと目の当たりにした気分でした。
この彼を出迎えるのは熱狂的に興奮している聴衆。
ファジル・サイはスケールの大きい演奏とは対照的に、とってもきっちりとして堅実なお辞儀をする人です。そのコントラストもとっても印象的でした。
そしてアンコール曲の演奏。
数曲の即興演奏に続いて、まるでもう10数曲もアンコールで応えてくれてるかのようです。
そして次に戻ってきた彼は、スタッフに客席の照明をつけるように頼みました。
そうでもしないとお客さんは興奮して、いつまでも拍手をし続けますからね。
こうして大興奮の渦の中、ファジル・サイのリサイタルは終わりました。
私はすごいワクワクをもらいました。
私には個人的なこだわりがあって、誰かが作曲した曲を演奏する人のことは「演奏家」だと思っています。作曲をする人はもちろん「作曲家」。でも、自分で作曲した曲を自ら演奏したり、即興演奏したりする演奏家のことを、「音楽家」だと思っているのです。
だから、クラシックの演奏家でも、休憩中になると即興を楽しんだりする人の姿を見ると、「おお、本物の音楽家だ!」とワクワクさせてもらっているのです。
このファジル・サイ、ほんとにほんとの音楽家ですね。
ワクワクの固まりのような人。感覚が全ての人という感じがしました。
家に帰ってから日本語のサイトを検索していると、日本でももちろん人気がある人だとわかりました。しかもテレビ出演とかもして、「鬼才・天才・ファジル・サイ」とかキャッチコピーまでついてたり、挙句の果てには某女優さんとの不倫疑惑報道とかまで出てきて、「え?そんなにメジャーな人気を博している人なの?」とびっくりしちゃいました。
ともかく、そんな人の舞台袖での姿を目の前で見れた私はラッキー者です。
演奏を生でタダで聞かせてもらった私はラッキー者です。
とてもとても貴重な経験をさせてもらいました。これは貴重な体験でした。
2 件のコメント:
はじめまして!!
ブログ拝見させて頂きました~!!
もう、8年も住んでいるんですね!
私は、今年の7月からモンペリエに一人で住む事になった21歳の女です!
語学を習いに来たわけではないので、フランス語全くの無知です・・・
少しずつ遣らなくては、と思いつつ、出来ていないのが現状です。
それどころか、自分で決めて来たのにも関わらず、寂しい気持ち
ばかり大きくなっていきます。
始めは、誰でもこうなるのですか・・・?
こんにちは!そしてモンペリエにようこそ!
語学を習いに来たわけではないのなら、文法の勉強とかみっちりする予定とか時間はないのかなと想像しますが、とにかく外国語の習得は時間がかかるものだし、人それぞれの生活の仕方で語学力の伸び方にはすごく大きな差がでるものだと思います。
自分に必要なこと、自分が得たいものなどをはっきり自分でわかっていたらあせることはないと思いますよ。
寂しく感じる感じない、人との出会い触れ合いをもとめて自分から出て行く行かないなどを含めて、海外生活は自分発見の旅だと思いますので、どうぞ楽しんでください!
今やモンペリエには日本人もたくさんいますから、もしもの時にはなんとかなると思いますよ。
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