日本では、ごく一般の人の家にグランドピアノがあるというのはめずらしいとは言っても、誰だってどこらかしらでグランドピアノを見たことはあるでしょう。学校の音楽室、あるいは体育館にはたいていグランドピアノがありましたもんね。
かたや日本でプロの音楽家、あるいは音楽を専門に志す人の間では、ピアノと言えばグランドピアノというのがごくあたりまえのこと。音楽教室、ピアノの先生の家、音大、音高にはグランドピアノがあるのが当たり前で、ほとんどの人が大学受験前までに親が自宅にグランドピアノを買ってくれる、さらには防音システムまで整えてくれる、というビップ待遇を受けて練習に励むのが普通です。遅くても音大入学を機にグランドピアノを買ってもらうという感じでしょうか。
アップライトピアノのことをフランス語ではpiano droitと言いますが、一昔前、日本のどの家庭でもアップライトピアノをみかける、と言ってしまえるほど、女の子はピアノを習う、ちょっとでもピアノを習う子はアップライトピアノを買ってもらうという時代がありましたよね。
とにかく、日本にはヤマハとカワイという二大メーカーがあるおかげもあって、ピアノの普及率が抜群にいいのです。
プロのミュージシャンで某T芸大ピアノ科出身のとある人は、「家庭が裕福ではなかったから、大学受験もアップライトピアノで準備したし、大学に入ってからもアップライトピアノだった。代わりに先生の家で練習させてくれたり、大学で優遇してもらえた。」と言っていたのを聞いたことがあります。戦後の時代ならまだしも、彼は現在40歳代。こんな例は日本の音楽界では本当にめずらしい例でしょう。
私自身、自分のためにピアノを買ってもらうとか防音の設備を整えてもらうとかはなかったけれど、母親がピアノをしていたので、私が生まれた最初っからグランドピアノが家にありました。私が最初に親しんだ楽器がグランドピアノだったのです。ピアノの個人レッスンを3歳から受け始めたのですが、先生とのレッスンも最初っからグランドピアノでしていました。それからというもの、グランドピアノで弾くのが当たり前、という環境の中にずっといました。
某市立高校の音楽科に進んでみたらならば、20室以上あるレッスン室すべてにグランドピアノが二台ずつ入っていて、コンサートサイズのグランドピアノも二台あって、全室冷暖房完備、完璧な防音システムなどなど、あらゆる面で完璧でした。しかも私立の学校じゃないんですよ。公立の高校でこの設備だったのです。その「完璧」が、当然のことであると思える環境にいたわけです。
笑えることに、最初のカルチャーショックは大学に行ってからのこと。某県の公立の大学だったのですが、こちらはぼろぼろの校舎。近代的な防音システムは一切なく、ところどころ、木製のとびらが二重になってる程度。それもそのはず、校舎のあちらこちらで雨漏りしてるところだったので、まさに財政難真っ只中の匂いがぷんぷんする学校だったのです。
それでもグランドピアノは学校中のあらゆるレッスン室にあって、ピアノ科のレッスン室にはもちろん二台ずつ。学校の中にコンサートサイズのグランドピアノもいくつかありました。唯一、学生が自由に練習できる練習室だけはアップライトピアノでした。そのことだけでも「超リッチ」な高校からきた私たちには「ド貧乏」、「設備不十分」に見えたものです。
このときは、日本の音大は私立と公立でこんなにも設備が違うんだ~。。。と勝手に想像して思い聞かせていました。
日本では音高、音大の外でも、グランドピアノを見かけることはしょっちゅうで、レストランやホテルでのピアノ弾きのバイトに行ったならば、そこにはもちろんグランドピアノがあるし、って感じで、やっぱり「人前でピアノを弾く=グランドピアノを弾く」という図式が日本にはあると思います。
ところが、フランスに来て、そんな図式はあっさりと崩壊したのでした。
最初のショックは、私が今働く音楽学校に初めて足を踏み入れた時。
古~い建物の一室にアップライトピアノがあるだけで、そのピアノ自体古くて質のいいものじゃなかったけれど、なにより部屋がボロボロ。。。。。
冷暖房がどうのこうの、防音がどうのこうのなんて話す必要もないくらい、もうボロボロ。ドアはしっかり閉まらずすきまだらけ、壁紙は一部はがれて床には汚らしい古いカーペットが、、、、、。
「極貧」の匂いがぷんぷんする音楽学校でした。(笑)
そして次にわかったことは、ピアノを習う生徒のほとんどが家に本当のピアノ、つまりアップライトピアノを持っていないということでした。クラビノーヴァのような電気ピアノをもっていればまだしも、鍵盤数も少ない半分おもちゃのようなキーボードを使ってる子も数人いました。
また、使用する楽譜に関しても違いが。私はある先生の産休の代理でやってきたのですが、生徒たちがもっていた楽譜はほとんどがコピーの楽譜。楽譜は高いから、年に何冊も買えない、というのです。(レッスン数が少なくて、レッスン時間が短くて、一年で学べる量が少ないというのもありますが、、、。)
とにかく、なにからなにまでが日本での常識とは違いました。
ま、この音楽学校はモンペリエの郊外にある極貧学校だから、ここが特別なんだろう、、と思いたかった私ですが、このショックはコンセルヴァトワールの様子を見て決定的となりました。
モンペリエの旧市街地の中心にあるモンペリエのコンセルヴァトワール。音楽とダンスを学ぶための教育施設で、入学試験や進級試験がありますが、ちびっこから28歳くらいまでが学べます。
古い建物を校舎にしているので、レッスン室の形も広さも部屋によって違います。もちろん防音設備はどこの部屋にもありませんでした。おかしなことに事務系の部屋は冷暖房完備できれいでしたが、、、。
ピアノ科の先生の部屋にあるピアノも部屋によってそれぞれで、一番格の高い先生(?)の部屋にはグランドピアノが二台ありましたが、他の先生の部屋にはグランドピアノ一台とアップライトが一台だったり、単にグランドピアノが1台あるだけだったり、まちまちです。
他の楽器の先生の部屋にはアップライトが一台あるだけ。しかもこのアップライトピアノ、日本人が見慣れているアップライトよりも一回り小さく、本当に箱型サイズでタッチもおかしく痛んだ感じのするピアノがほとんど。
そしてそして、こちらに来てこれが当たり前なんだとわかったことは、ピアノの椅子がないということ。日本ではピアノとその椅子はワンセットでいつも一緒ですよね。椅子の高さを調節することは、ピアニストにとってとても大事なこと。でも、こちらではピアノだけがぽつんとあって、椅子はその辺にある普通の椅子を持ってきて使ったりするのです。
このことは何もコンセルヴァトワールだけのことじゃなくって、モンペリエの近代総合ホール施設CORUMでも同じことです。
「フランスではこうなのか、、、、。」と無理やり言い聞かせて、私も長い間、高さがまるで合ってない普通の椅子に座ったり、椅子を2個3個積み重ねて、不安定な状態でピアノを弾いたりしてきました。
グランドピアノといえば、コンセルヴァトワールの最上学年の生徒ですら、自宅にはグランドピアノはもっていません。みんなアップライトピアノだけ。そのため、みんな学校で練習するのです。
生徒だけでなく、伴奏ピアニストとしてヨーロッパ中で活躍しているピアノ伴奏科の先生ですら、単身赴任先のモンペリエのアパートにはアップライトピアノを入れてるだけでした。
私がモンペリエでこれまでに出会った人で、家にグランドピアノをもっていると言ったのは4人だけ。一人は大学の音楽学部教授、もう一人は音楽学校で私が産休代理を務めたピアノの先生。どうやら旦那さんが高給取りだそうで、結婚後にグランドピアノをプレゼントしてくれたそうな。あとの二人は音楽愛好家の50歳代の女性で、ピアノは小さいころから習っていたので、趣味にしてはなかなかそこそこの腕前を持っている人たち。他に仕事を持っている彼女たちは仕事で稼いだお金で40歳前後にグランドピアノを購入したと言ってました。
ま、そんなわけでこちらではグランドピアノに簡単にはお目にかかれません。
それにしても日本とフランスにはいろいろと違いがありますね。ピアノ全般の普及率なんて天と地の差。グランドピアノなんて、フランスではプロを目指す人の間でも簡単には手が及ばないリッチで贅沢な代物。
日本人で音楽を志す人のほとんどが海外に出て勉強を続けるわけですが、技術的には日本人のレベルのほうが格段上だったり、一般人の間での音楽普及率も日本のほうが断然上だったり、おもしろいもんです。
さてさて、なんで今日この話題だったかというと、小さいころからグランドピアノに慣れ親しんできた私から見たら、やっぱりピアノというのはグランドピアノなのであって、アップライトピアノや電気ピアノというのは指先のテクニックや読譜の練習用にすぎないと思うのです。ピアノを鳴らす、ピアノを響かせる、音色がどうのとかいうのはやっぱりグランドピアノで学ぶことだと思うのです。
音楽学校でピアノを教え始めて7年目になるのですが、教え方や曲の選び方、生徒との接し方なんかは自分なりにあれこれ考えて工夫もして、私のやり方が確立でき始めてきたところです。そのかいもあってか、私とピアノを習って6年とか7年という年数になってきた生徒たちには、その進歩と成長がはっきり表れてきて、教えてるこっちもうれしくなることが多いのです。
そんな中で唯一残念なことが、このピアノの話。
音楽学校ではあんまり質がいいとも言えないアップライトピアノでレッスンしてますが、発表会などをするときも、小学校の多目的室にあるアップライトピアノでするか、あるいは他の場所でするときはたいてい電気キーボードを持ち込んでするんです。
当初は私も、「フランスではこれが普通か、、、、」と言い聞かせていたんですが、やっぱりそうはいきません。初心者ならまだしも、上達してきた生徒たちにキーボードで弾かせるなんて、生徒もやる気がでないだろうし、こっちも生徒に申し訳ない気持ちがしてしまうんです。
去年の秋には、私の生徒がドビュッシーの「ゴリーウォークのケークウォーク」と映画「ピアノレッスン」のテーマ曲をこのキーボードで弾き、私は正直「。。。。。。。」と半分怒りと情けなさで悶々としていました。
それからというもの、「せっかく練習もがんばってして上達してきた生徒にキーボードで弾かせるなんてもう嫌だ~~!!」宣言をして、何か手立てはないか、と画策をなってきたのです。
そこへ、今年は新たに「それぞれの楽器でレベルの進んだ生徒たちだけでコンサートをしよう。」という企画話がもちあがりました。
私のクラスは学校1、2を争う大所帯だし、レベルが進んだ中高生を何人もかかえてますから、必然的にこのコンサートの企画には私も加わりました。
普段とは違う場所で、、、という音楽学校の意向もあり、ピニャンPigan に新しくできた図書館のロビーでしよう!ということになりました。昔の鉄道の駅を改築してできた建物で、天井が高くて一面のガラス窓のおかげで明るい日差しのなかでとても素敵な場所だと聞いていました。
しかし!問題は、そこにはピアノがないということ。
重度の財政難にあるこの音楽学校にはアップライトピアノをレンタルする予算すらありません。そこでピニャンの役場に費用をまかなってもらうよう依頼しましたが、残念ながら却下。。。それならばということで、ある人がアップライトピアノを無償で貸してくれると申し出てくれたのですが、私は正直、フランスで見かけるアップライトピアノというのは中にはピアノとは呼びにくい代物もあるので、アップライトピアノならなんでもいいというわけではない、クラビノーヴァのほうがずっとかましということもある、といって慎重姿勢を見せました。私がそのピアノを試しにいって返事をするというのでもよかったわけですが、忙しくって時間に余裕がないうえに、もしも状態の悪いピアノだった場合、善意で申し出てくれてる人に丁寧にお断りするのもなんだかなあ、、、と思ってあーだのこーだの言っていました。
すると音楽学校がいつもお世話になってる楽器屋さんが、クラビノーヴァを無償で貸してくれるという申し出をしてくれたのです。
ほんとお金がないところには、こうやって善意のサポートの声が出てくるところがありがたいことなんですが、判断をもとめられた私は正直言って困ってしまいました。
本当だったら、ちゃんと設備のととのったホールでグランドピアノでコンサートをさせてあげたいというのが私の希望。日本だったらごくごく当然のことです。おちびちゃんの初心者ばっかりの音楽教室だってそうしてます。
日本では設備に恵まれているだけでなく、発表会参加費というのを別に払いますからね。参加費、お写真代、先生への花束代だのなんだのって。
そんなこと、こちらではありえないんです。「そもそもの音楽学校登録料が高いのにさらに何かあるごとになんて払ってられない。」というわけです。その、音楽学校登録料というのは、実は日本人からみたら、それ一ヶ月分じゃない?という安さなんですから、もう日仏比較はしてられません。
私はもうとにかくうんざり。
日本とフランスで政治の方針が違うとはいえ、教育方針が違うとはいえ、家庭における収入と支出のやりくりの考えが違うとはいえ、「お金がない、お金がないって、ほんとにどこまでお金がないの~~~!!」って叫んじゃいますよ。
でも、私の嘆きを理解してくれた人はたくさんいたのです。
まず、私の同僚でヴァイオリンの先生であるマチアスは「leonardo の生徒にクラビノーヴァで弾かせるのはどうかと思うよ。。。」と言ってくれ、私の生徒のママで本人もチェロを習い、音楽学校の運営にボランティアで協力してくれてるドラは、とあるアイディアを出してくれました。
それは私たちの音楽学校の教室がある村の一つ、Lavérune ( ラヴェリュンヌ)のお城にあるピアノの持ち主に直談判するというもの。
私たちの音楽学校がまたがる7つの村の中で唯一、お城の中に普段からコンサートに使用されている部屋を保有する村ラヴェリュンヌ。コンサートだけでなく講演会、展示会などにもよく利用される部屋なので、予約は年度初めまでにしないといけないと聞いていました。
さらにここに古いグランドピアノがあるらしい、というのは知っていました。
ドラによると、このピアノはラヴェリュンヌの所有ではなくて、とある人からレンタルしているのだそうです。
で、このとある人というのが、モンペリエにアトリエをかまえるピアノ調律師兼修復士さんであるH氏。私も知っている方の旦那さんです。
H氏は会員多数のピアノ愛好家のアソシエーションを率いていて、単なるピアノコンサートだけでなく、ピアノ弾き比べレクチャーやピアノの構造についてのレクチャーなんかを熱心にしてらっしゃいます。
ドラもこの会のメンバー。
ある日、この会の集まりのあと、ドラはH氏に直接、音楽学校の状況とピアノの必要性を説明して協力をもとめてくれたのです。ありがたいことにH氏は快諾してくれて、無償でこのピアノを私たちに使わせてくれることをOKしてくれたのです。続いてドラはこのことをラヴェリュンヌの村役場に伝えて、部屋とピアノともどもを使わせてくれないかと頼んでくれたのです。
ラヴェリュンヌの村役場で文化芸術を担当しているのはデビー。彼女は音楽学校が誕生した初期から数年前までずっと、現在のドラと同じようにボランティアで学校の運営をサポートしてきてくれた人。
ホールが使用可能な日を教えてくれただけでなく、その日の数日前に他のコンサートのためにこのピアノが調律がされることになるとまで教えてくれました。
こうしてすべてがそろいました。
みんなの善意で、みんなの好意で、超貧乏音楽学校の生徒たちがグランドピアノで弾くという夢のような話が現実化するのです。
すごいことになってきました。
こうなったからにはこのコンサートの運営に積極的に関わらないといけません。いつのまにやら、このコンサートの企画準備の指揮は私が務めるようになりました。
参加者の決定、プログラムの決定、練習の日程組み、当日の段取りなど、私がイニシアティブをとってやりました。
みんなの好意がうれしかったのと責任感から自然と行ったこと。
ただ、問題は一つ。
それはオペラjrの「アマール~」の本番と同じ週にこのコンサートを行うということ。つまりアマールの練習の大詰めとコンサートの準備を同時進行させないといけないということ。さらに、例のピアノトリオをこのコンサートで弾くと決めたもんだから、その練習もしないといけない。生徒がコンサートで弾く曲もちょっと背伸びさせる挑戦型の曲を選んだので、しっかりとめんどうをみないといけません。
どれも大事で一つも軽んじられない状況に陥った私は、空いてる限りの時間を使って生徒の練習をし、
晴れて過密スケジュールの新記録を作ってしまいました。
5週間休みなし。。。。。。
その話はまた今度しますが、とにかく、すべては生徒にグランドピアノで弾く機会をあげるため!
そのまぼろしのグランドピアノはこちら!
アンティーク風で素敵なピアノでしょう?
また追ってコンサートの話もお伝えします。
0 件のコメント:
コメントを投稿